<変身>
ホテルの部屋に帰り着いたエドワードは、自分のベッドの上にいる人物に気付いて全身に緊張を走らせた。
多少光ったところで構わない。両手で円を作り、右手を戦闘用に変形させる。
だって、こんなの、有り得ない。
「おかえり」
ベッドの縁に座って窓の外の大きな満月を見ながら白手袋を嵌めた左手を振っているのは、見覚えのありすぎるほどある、自分の姿だったから。
声を発さず、動きもせず、それどころか息さえも詰めて相手とのタイミングを計るエドワードを、エドワード・エルリックは振り返る。
「どうしたんだよ、そんな怖い顔して」
ゆっくりと振り返った顔が月明かりに照らされる。鎧機械の右手をエドワードと同じく鋭利な刃物に変えて構える自分の顔を見た時、エドワードから力が抜けた。
練成させた右手を元に戻す。
「あれ? やるんじゃねーの?」
「……何の冗談だ、エンヴィー」
「……何でバレた?」
エンヴィーと呼ばれたエドワードは、閉じた口の両端を思い切り上げる。本人では浮かべないような表情を作って笑った。
「オレが変身できるって知ってたんだっけ?」
「知らねーよ、んなことは」
だけど、と言いながら、エドワードはもう一人の自分に向かって歩き、その目の前で立ち止まる。
にやにやと笑う相手の前髪を一房引っ張った。結構、強く。
「いた……!」
「こんな悪趣味な真似、お前以外の誰もやらねぇよ」
「酷いなぁ、おチビさん」
「うるせえ。チビって言うな」
「チビちゃんはチビちゃんだろ。こーんなに視界が低くて狭いなんて、あだだだだ!」
エドワードにとっての禁句を連発させた時、前髪から手を離されて、代わりに後ろの三つ編みを乱暴に掴まれた。
「なにすんだよ!」
「変な格好してるからだ!」
「気に入らないのー?」
オレは気に入ってるのに、と、エドワード・エルリックが笑う。
髪を掴むエドワードの手から頭を後ろに引いて、すり抜ける。と、解ける、金の髪。
月の光を浴びて、金というよりは銀に変化するしなやかな。
エドワード・エルリックは自分でその髪を摘んでみせた。
さらさらと何度も流しながら囁く。
「この真っ直ぐな髪も、生意気そうな目も、短い手も、小さい体も、みんなみんな好きだけど?」
エドワードを下から覗き込んで、にっこりと笑う。
無邪気そうな、計算づくのような、感情の読めない、化けている本人の顔を思い起こさせる表情で。
一瞬、その顔に目を奪われながら、エドワードも告げた。
小さく。だけど、ひとことひとこと、はっきりと。
「嫌いだよ」
その体も、手も、目も、髪も。
「なんでさ」
「オレより……なんでもねぇ」
「そこまで言っといて黙ることはないんじゃなーい?」
「……」
「じゃあ、言うまで苛めてみちゃう?」
エドワード・エルリックはエドワードの体を引き寄せ、柔らかいベッドの上にその体を沈み込ませた。
「エン……!」
エルリックはエドワードの耳朶に噛み付く。
ちり、とした痛みを与えたすぐ後に、生温いものを耳の中に差し入れた。
「……っ」
「相変わらず耳が弱いよね、おチビさん」
「あっ……」
輪郭、裏側、そして中と、丁寧すぎるほど丁寧に舐め上げる。エドワードの体がびくびくと震える。
時折息を吹きかけると、唾液が冷えて、余計にエドワードは体を弾ませた。
「こっちもこんなに反応しちゃって」
胸部や腹部に這わせていた指でその下に触れる。もうとっくに膝下まで下ろしたズボンや下着がエドワードを守ることはなく、生身のそれに機械鎧の右手で触れた。
「……っっ」
「冷たい? でもこれはこれでいいでしょ」
「やめ……っ」
感覚がわからない分、痛くないようにと柔らかく握っていることが微妙な摩擦を生み出すらしく、エドワードは必死に頭を振った。
そしてとにかく喚く。
嫌だ。やめろ。放せ。変態。
「前の三つはともかくさぁ」
「うあっ」
――変態はやめてって言ってるじゃん。
エルリックの腕がガシャリと派手な音を立てたかと思うと、エドワードの足から邪魔な衣服を抜き取って膝裏を抑え、そのまま大きく開かせた。
「や……っ!」
「なにが嫌ー? 等価交換、だろ、錬金術師。やめて欲しかったら情報ちょーだいよ」
じゃなきゃ最後までヤっちゃうよ?
暴れる体を押さえ込み、上体を倒してエドワードの顔近くで囁くと、違う、と返された。
「違うっ。別にヤんのはいい!」
「え」
エドワードはエルリックから顔を背け、目を硬く瞑ったまま怒鳴る。
「その格好が気にくわねーんだ! 元に戻れ、エンヴィー……ッ!」
叫ばれる自分の名前は結構、気持ちが良くて。
更に、続けられた小さな台詞が駄目押しとなった。
「オレは、自分にキスするナルシスな趣味はねぇんだよ……!」
どーせやるなら最初から最後までちゃんとしろ。そう、エドワードは言ったのだ。
くすぐったいような気持ちの良さを感じながら変身を解くと、エドワードの顔に、首に、胸に、エンヴィーの黒い髪がバサリと掛かる。
その黒髪を掴んで、自分の顔も持ち上げて、エドワードはエンヴィーの唇に自分の同じ物を乱暴に押し付けた。
歯がぶつかって痛むほどの激しい口づけ。
「チビちゃーん、もっと色気のあるキスをしてくれよー」
「うるせえ! 怒ってんだからこんくらいでいーんだよ!」
「だからぁ、なんで怒ってんのさ」
「……オレの、姿だったから」
「それはそんなに怒ることなわけ?」
「……ったりまえだ……」
エドワードが何事かぼそぼそと口の中で言ったので、エンヴィーはリピートをかける。
耳を寄せて、その言葉を聞く。
そして。
そうして。
赤くなるエドワードに、負けず劣らず、エンヴィーの体温も上がった。
自分の顔が、自分の目と同じくらい赤くなることを、エンヴィーは初めて知ったのである。
――なにこれなにこれなにこれ!
初めて起こった症状に対応できずに固まっていると、エンヴィーの変化に呆気に取られていたエドワードが、くくく、と笑った。
エンヴィーに組み伏せられた格好のまま、くすくすと笑い続ける。
「……なにがおかしいんだよ」
「だって、おかしーって。エンヴィー。お前、そんな顔もできるんだ?」
もっと早くに言ってみれば良かった。変な意地はらねーで。
エドワードは目を細めてエンヴィーを正面から見ると、両頬に手を添えて、さっきとはだいぶやわらかさの違うキスを仕掛けた。
ゆっくりと、味わうような。
離れる時には誘いの言葉も忘れない。
「早く続きしよーぜ」
ついでに腰も軽く動かされて、エンヴィーは硬くなった自分を取り出した。
許可が出たなら遠慮はしない。いや、出なくたって遠慮なんかしたことないけど。
静かに自身をあてがって、数度往復したあと、一気に奥まで突き入れる。
「……くッ……あ!」
様子を見ながら引いたり押したりするうちに、圧迫からくる苦痛に歪むエドワードの表情が、徐々にそれだけじゃなくなる。
「あ……あぁ……っ……ん……」
声に色気も含まれてきたところで、エンヴィーは、たまんないよねこの人、と心底思った。
目が生意気。顔が好みで、カラダも好き。
そのうえ。
嫌だったんだ、である。
『お前が化けてたオレが、オレよりキレイに見えたから、お前はそーゆーのが好きなんだと思うと悔しかった』
などと、言ってくれたのである。
生身の足の方を肩に担ぎ上げて挿入の角度を変えながら、バカだよねーとエンヴィーは心の中で呟いた。
目の前の人間より自分が変身した姿の方がきれいだなんてそんなのはありえないけれど。
もし、そう見えたとしたって。
――オレにはあんたがそう見えてるってだけのことじゃんか。
それをもう、悔しかっただのヤキモチ妬いただのって。
「どこまで落としてくれるんだろね、あんたはさ」
「あ、ああっ」
より激しく前後して、勢いづいたその先で、エンヴィーは欲望を解いた。
同時にエドワードも白くて熱い液体をエンヴィーの腹部に浴びせる。
それを指でとって口の中に含むと、エドワードの味がした。
ぞくぞくするような瞳が気になって。
整った顔がまた好み。
奪ってみたら体も良くて。
おまけに心まで可愛いっぽい。
そんなのに触れていると。
自分が自分でなくなるような気がしない?
なんて恐い、Transformation。