<誕生日>※エンエド書きさんに25題の21題目「ロイ・マスタング大佐」から続いているような続いていないような?(なぜ疑問符)。



「こんばんは」
 ウィンリィとピナコの家から自分の部屋に帰り着いたエドワードは、突然掛けられた声の方向を見る。
「誰だ!?」
「そんなに怯えないでよ」
 くすくす。くすくす。
 人を食ったような、その笑い声には覚えがある。
 笑い声は窓の向こうから聞こえていた。
 エドワードはゆっくりと窓に近寄り、開放する。
 家の傍に立つ大きな木の枝に、それは座っていた。エドワードが呟く。
「エンヴィー……」
 長い髪。奇抜な服装。闇に浮かぶ、紫の瞳。
「やあ、おチビさん」
「お前、生きて……」
 数年前、焔に包まれたと聞いたはずの人物に、エドワードは息を呑む。
「まぁね。ほら、基本的にオレたち不死身だし」
 それが造られたもののサダメってもんでしょ。
 木の枝から露出の多い足をぶらぶらと揺らしながらエンヴィーは言った。
「ぼちぼち悪行しながら生きてるよ。近寄るつもりはなかったんだけどさ。偶然、あんたを街で見かけたから」
 重そうな腕もなく、硬い音を立てる足もなくなったエドワードは、一生懸命何かを買い込みながら笑顔を見せていた。
 八百屋に。肉屋に。花屋に。ケーキ屋に。
 思わずしばらく眺めてしまったくらい、眩しい笑顔だった。
「いろんな奴と仲良さそうで、なーんかオレまで嬉しくなっちまったんだよね」
 元気そうで良かったと、エンヴィーは笑った。
 少しの沈黙が流れ、その後、遠慮がちに言う。
「顔、見たいんだけど」
「見せろよ。こっちに来い」
 即答したエドワードに紫の目が見開かれた。
 縦に入った特徴ある瞳孔が、わずかに膨れる。
「いいの、そんなこと言って。キスとかそれ以上とか、しちゃうかもしれないよ?」
「今更」
 エドワードが吐き捨てる。
「あの頃、そんなの散々やってたじゃねーか。こっちの都合もお構いなしに」
「それはそうだけど」
「じゃあ問題ねえだろ」
 強さを持って、エドワードは右手を闇の中に差し出した。
「来い」
 その手を掴んだのはエドワードよりも、ひとまわり小さい手。続いて現われたのが、十六、七の子供の姿。
「お久し振り」
「よぉ」
 エンヴィーは間近で見たエドワードに、肩を竦めた。
「もう、おチビさんなんかじゃないんだね」
 身長も、手足の大きさも長さも、声も、すっかり大人のものだった。
 エドワードに近づいて、密やかに囁く。
「今日、誕生日なんだって? オメデトウ」
 そしてキスをひとつ。
 唇を覆うだけの、簡単なキスだった。
「いくつになった?」
「二十」
「そっか」
「お前は?」
「は? 年取んないよ、オレは。そんなの見ればわかるじゃん」
「じゃなくて。誕生日。いつだよ」
 た ん じょ う び ?
 驚いて思わず口パクになったエンヴィーをエドワードは真っ直ぐに見た。ちっとも変わらない瞳のままで。
「あるだろ、それくらい」
 だってお前はここに居るんだから。
 ここに居る。存在している。生きている。それは過去に、この世に生まれたということだろう?
 エドワードは目で、全身で、そう言っていた。
「……まあね。製造年月日ってんなら、あるんだろうけどさ」
 エンヴィーはエドの向こうの壁を見た。正確には闇を見た、だ。
 練成反応なのか化学反応なのかそんなことは知らない。ただ、もうもうと立ち上がる白い煙の中でエンヴィーは目覚めた。
ぼやけた天井。ぼやけた壁。ぼやけた周りの人型。その中で唯一はっきりと見えた、あの人。
『ようこそ』
 どこかに狂を含んでいそうな声が、そう言った。
 ようこそ。この世へようこそ。私の可愛いお前。
 その言葉があれば十分だった。
「どこの世界に……造った物に、『お前は今日、○月○日にできたんだ』なんて説明する馬鹿が居るんだ。そんな変人、いないだろ、ふつ……」
 最後の言葉はエドワードの口の中に飲み込まれた。
 エンヴィーは相手の胸を強く押して、唇を手の甲で拭う。
「なにすんだよ……っ」
「お前が、あんまり煩いから」
 小さな声で呟いたエドワードが、ゆっくりとエンヴィーの背中に手を回した。
 そしてエンヴィーの肩に額をぶつける。
 剥き出しの肩は、ひどく冷えていた。
「何? ウザイよ、おチビさん」
「『もうチビじゃない』んじゃなかったのかよ」
「精神がガキならチビでいいじゃん。何してんだよ」
「お前に、泣かされてる」
「はぁ?」
 思わぬ言葉に素っ頓狂な声を発したエンヴィーだったが、だけど自分の肩の上で確かに震えている頭に気づいて、大きく開いた口を閉じた。
 低く尋ねる。
「なんで」
 エドワードは静かに首を横に振った。
「わかんねーならいいよ」
「気になるじゃん」
「気にすんなよ」
「気になる」
「だから忘れろって」
「……できるわけないだろ!」
「じゃあ言うな!」
 会話の度に大きくなった声がエドワードで最大になる。
 大きくなった分だけ空気が震えた。エドワードの語尾も。
 ぐり、と、額を更に強く押し付けたエドワードは、高ぶる感情を抑えて抑えて、だけど抑えきれずに溢れさせる。
「造られたものだなんて言うな!」
 初めて会った時、そんなものではないと叫んで、ご丁寧に蹴りまでくれたのはどこのどいつだ。
「そんな悲しい事、自分で言うな……!」
 鎖骨に掛かる熱い息を勘じながら、エンヴィーはぼりぼりと頭を掻く。
「悲しいも何も事実だし」
「違う!」
「……なんでおチビさんが荒れるのさ」
「知るか!」
「なんだよ、それ」
「なんだよもなにもねえよ!」
「こーゆーの、八つ当たりって言うんだっけ? それとも逆ギレ?」
「正当な怒りだ」
 熱い唇は、やっぱり熱い言葉を吐き出す。
 ひとこと、ひとこと、ゆっくりと。
「忘れてるだけだ。知らないだけだ。絶対、あるんだから」
 オレが決めてやると、熱い声は続けた。
「お前の誕生日はオレが決めてやる」
 そう言ったエドワードは少しだけ頭を動かして壁に掛かった時計を見た。零時を十三分、過ぎている。
「今日だ。オレと一日違い」
「……安直」
「うるせえ! 来年もお前はオレにおめでとうって言って、次の日にはおめでとうって言われるんだよ。これから、ずっと」
 背中に縋る指の力も強くなる。
 あーあ。やめてよ、馬鹿力。自慢の服が伸びるじゃない。
「あんたの近くに居たら、焔の大佐にまた捕まるじゃんか」
「捕まれよ。そしたら一年に一回、監獄に会いに行ってやる」
「たんじょーびに?」
「誕生日に」
 深く頷いたエドワードをちらりと見たエンヴィーは、大きく息を吐くと、するりとエドワードの腕から逃れた。
 窓枠に足をかけて、振り返る。
 笑って。
「ヤだよ。オレは自由でいたいもん」
 言うと同時に飛び降りた。
 上手に着地した後、今居たばかりの窓を見上げると、当然だがエドワードの姿がある。
「エンヴィー!」
「じゃあね」
 走り出した背中には「馬鹿ヤロー」という声が浴びせられた。
 ――馬鹿野郎!
 ――「またね」だろ!
 その後に聞こえた、オメデトウ。



「相変わらず変なヤツー」
 誕生日なんて。
「有ろーが無かろーが意味ないのに」
 駆ける足は軽かった。
 跳ぶ時もいつもより高く跳べた。
 いつもより速く駆けていた。

 有っても無くても意味はないけど――しかもデタラメな日にちだ――でも、ちょっとだけ楽しいかもしれない。
 エドワード・エルリックの誕生日と、その次の日。