<いたずら>
窓にコツコツと何かが当たる。
風でも強いのかと重い頭をそっちに向けたエドワードは、窓に張り付くようにして笑っていた人物に、かなり気が削がれた。
この秋の夜更けに、凄まじく似遣わない変態じみた格好の男を、エドワードはひとりしか知らない。
窓の外の人物は煩い。
『コツコツ』は『ゴンゴン』に変わり、やがて『ダンダン』になる。
鎮めに行って一発や二発殴り倒したいのは山々だが、そんな力など全然なく、『うるせえ』だけを唇で象って布団の中にいると、エンヴィーが足を振り上げるのが見えた。
――あのバカ。
ガシャンと音がしてガラスが部屋の中に散らばる。窓枠についたままのガラスを再度足でガシャガシャと蹴り落としたエンヴィーは、自分の体が通れるスペースができると、そこからジャンプしてすぐ下のガラスの破片を避けて、エドワードのベッドの上に飛び乗った。
結構な勢いで飛び掛かられて、ベッドのスプリングが伸縮する。エドワードの体も瞬間、宙に浮いてしまうほど。
――なにすんだ、この非常識野郎!
言いたいけれど、言えない。喉が痛くて声が出せない。
仕方がないからきつく睨みつけるが、相手はまったく気にしない様子でエドワードの顔を覗き込み「倒れてるっていうからお見舞いに来た」と言った。
そして、しばらくの間じっと上から見下ろすと、片手に下げていた篭製のカバンの中から何かを取り出し、口に含む。エドワードの上に覆い被さり、唇を重ねる。
外からやってきたせいだろうか。冷やりとする唇が気持ちいい。
エドワードが薄く唇を開くとエンヴィーの唇は深く重ねられ、隙間から舌が入り込み、そして。
「……!」
重なる箇所から、ところによっては冷たく、ところによっては温かい液体が、流れ込んできた。しかも苦手な味、というかはっきり言って、エドワードが嫌いな、牛から分泌された白濁色の汁、だ。
口内に広がった不味さを吐き出したくて暴れるが、もとより体力が弱まっているのに加え、エンヴィーにがっちり頬と顎を押さえ込まれているせいでそれもままならない。
「っ、ッ、ッッ!」
エドワードの喉が動く。ゴクリと鳴って、牛乳を飲み下す。
自分の口内に残った味も、すべて唾液と共にエドワードに移し、それをエドワードが飲み干すまで、拷問は続いた。
解放された時には、抗議する力さえも残っていない。
エドワードよりも軽くではあるが、酸素不足のためにやっぱり荒い息のエンヴィーは、笑い出す。
「は、はははっ、ははははは!」
面白くて仕方がないと言うように。
「意外に美味いだろ? どう、飲んだ感想は?」
エドワードは苦りきった表情のまま、枕もとに手を伸ばした。
昨晩から出なくなった声の代わりに意志を伝える手段として、そこにペンと紙を置いていたのだ。
力の入らない手で二文字を書く。
それをエンヴィーに見せつける。
――帰れ。
「ひどいなぁ。心配して来たのに」
――心配してる奴のすることか。
「栄養、あるんだろ。元気出してもらおうと思って」
――やかましい。帰れ。かえれ。GO HOME!
「冷たいよ、おチビさん」
――うるせえ。
防弾ガラスでバリケードを張ったようなかたくななエドワードに、エンヴィーはまたもや爆笑すると、帰るよと言った。
「元気、出して欲しかっただけだから」
お見舞いのバスケットを机に置く。
「起きれるようになったら食べてよね」
その言葉に、エドワードが不審そうな顔をしたので、エンヴィーは蓋を開けてみせる。
「……っわ」
「オレが作ったの。何がいいかわかんなかったから適当に」
中には、オートミールと色とりどりのサンドイッチ。アルミホイルに包んだなにかに、デザートのようなプルプルしたもの、そしてさっきひとくち飲ませられた牛の分泌汁。
「あんたに元気がないと、張り合いないじゃんか」
――おまえ……。
「じゃあね。おやすみ、おチビさん」
エンヴィーは去り際に、エドワードの左頬に軽く、キスをした。
そのキスの優しさに、エドワードはエンヴィーの消えた部屋で、元から赤い顔を、さっきよりずっと赤くした。
――変なヤツ。だけど。
嬉しかった、のも、事実で。
冷たくして悪かったかな、とも思う。
とにかく寝ようと思った。薬はさっき飲んだから。深く寝て、汗を掻いて、早く治したい。
机の上に残った贈り物に手をつけられるように。
――あれに免じて、窓の件はなかったことにしてやるよ。
もう少ししたらアルフォンスが帰ってくるだろう。部屋――というか窓――の惨状に驚くだろうけど、突風が来たのだと言って誤魔化そう。
考えているうちに、意識が遠のき始めた。考える言葉が途切れがちになる。
――おやす、み、エンヴィ……。
エドワードはするりと眠りの底へと落ちて行った。
楽しそうね、と声を掛けられて、うん楽しいんだと答える。
エンヴィーはうきうきしていた。
調査書に『苦手』だと書いてはあったが、あんなに嫌そうな顔をするほどに嫌いなのだとは思わなかった。
「早く元気になりなよ、おチビさん」
その瞬間を思って、ワクワクする。
トレイに乗せた料理をラストと自分の前に置く。メニューを見たラストが「今日は豪華」と言った。
「なんか、作りたい気分だったんでね」
指をくわえるグラトニーにはブリキのバケツいっぱいのブロック肉を渡す。
「お前は、こっち」
「いただきまーす」
「あいよ」
エンヴィーも椅子を引いて食卓についた。
オートミールはトマトで煮込んであるが、水の代わりにたっぷりの牛乳を使っている。
サンドイッチの具のすべての面に刷毛で牛乳を塗ったし、チーズをふんだんに使っている。
アルミホイルの包み焼きにはチキンが入っており、ホワイトソースを使用。デザートにはミルクプリン。
――シチューは食えるらしいけど、他はどうなんだろね、おチビさん?
エドワードの反応を想像しながら、エンヴィーは目の前の食べ物を頬張った。
明日、様子を見に行こう。
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エンヴィーはつまらないことでも嬉々として手間暇かけて嫌がらせをするような子だといいと思います。
料理ができる子萌えなので(上手でも下手でも)本誌2005年8月号のマルコーさんに食事を運ぶエンビには
激しく激しく萌えでした。だってあの人手が足りてなさそーなウロボロ組に料理人がいると思えなく、
ってことはエンビが作ってんのかしら!とか。夢を見過ぎですか、私。
朝はオムレツ、夜は肉、のメニュー違いの細かさもたまりません。同棲してもばっちりだよ、エンエド!