【Gentle times,Gentle peopleーハルアベ】…2008.10.29
※2006年12月にCエさん発行の『元希さんがプロ野球選手・隆也が幼児、隆也が元希さんに
橋の下で拾われた』という設定の本に参加させて頂いた時に寄稿したものです※
最近、榛名がタカヤに買ってくるお土産は種類が豊富だ。 と、言えば聞こえはいいが、ようは節操がなくなったということでもある。そして土産のはずなのに、榛名はおかしな行動を取るようになったのだ。 リビングから聞こえてきた榛名の声に、秋丸は「何がしたいんだか」と、呆れが半分以上混ざった呟きをこぼしながら、夕飯用のホワイトシチューを皿に盛った。 両手に二皿、腕に一皿を乗せて移動すると、買ってきたお土産をタカヤから奪って得意げになっている榛名の頭を右手のそれで軽く殴る。 「なにすんだよ!」 「なにかしろよ。ほら、テーブルの上片付ける。そんで拭く!」 すると榛名よりも先にタカヤの方が反応した。榛名が乱雑に広げた物品をテキパキと、だけど丁寧に、絨毯の上に重ねて置き、青色の布巾でテーブルを隅々まできれいに拭いてくれる。 「ありがと。いい子だね、タカヤくん」 秋丸が誉めると、タカヤは照れた笑いを浮かべた。 誉められなかったいい年のコドモの方は、ふてくされながら秋丸の手からシチュー皿を受け取り、タカヤがきれいにしたテーブルの上に並べる。 「そうそう、働かざるもの食うべからずだからね。榛名、手ェ洗ってご飯盛って」 「へーへー」 「返事は一回」 「わーったよ!」 お前はオレのオフクロか、などとひとりごちる榛名を無視して、秋丸はタカヤに笑いかける。 「タカヤくんも手、洗って来てね」 「ん」 「終わったらサラダを運んでくれる?」 「うん!」 タカヤは深く頷くと、パタパタと洗面所へ走って行った。そんなタカヤを見て、炊きたてのご飯を釜の底から掻き混ぜながら榛名が口を尖らせる。 「全然タイド違くね?」 「人徳じゃない?」 「わーるかったな、そんなご大層なもん持ってなくてよ」 「拗ねるなよ」 聞きたい事が喉まで上がってくる。 どうして最近タカヤくんにイジワルばっかすんの。 なんでそんな余裕なさげに苛立つの。 どうして、相談してくんないの。 だけど秋丸はそれらを音にしないまま飲み込んだ。 黙っているということは榛名がなんとかしようと頑張っているということだ。それを邪魔したくないし、邪魔なんてした日には最高に不機嫌になるか誤魔化されて終わりのどっちかだ。どうしようもなく行き詰まったなら頼ってくるだろう。解決したならその時に理由はわかるはずだし。それまでは見守るしかない。 秋丸が短く息を吐いたと同時に、さっきと同じ軽い足音がこっちに向かってくる音が聞こえる。 その子に任せる仕事を与えるため、秋丸は冷蔵庫から冷やしておいたかぼちゃサラダを取り出した。 秋丸が言葉を飲み込んでから一月が経過した。未だ、榛名の無節操かつ無選別に思えるお土産攻撃は止まない。 心なしか榛名がやつれてきたように思える。タカヤも、榛名の変化とその原因が自分らしき事に薄々気づいているらしく、だけどどうすればいいのかわからなくて落ち込んでいるように見えた。 このまま見ているか、それとも口を出すべきか、食器を洗いながら秋丸が悩んでいると、突然、後ろになにかがぶち当たった。 「うわ、びっくりした」 いつの間に立っていたのか榛名が居て、頭を秋丸の首の付け根に押し当てている。 「……どうしたん?」 弱っている榛名にこれっぽっちも気づいていない振りで普通に、だけど心から柔らかい声を出してみる。 「オレさァ」のあと、しばらく長い間、一音も発さなかった榛名だったが、拭き終わった食器を秋丸に渡されノロノロとそれを仕舞い始める頃にようやく言葉が続いた。だけど、聞こえたそれは自分の耳を疑いたくなるセリフだった。 ――オレさァ、やっぱタカヤのカゾクになってやれねーのかな。 素で動揺してしまって声が上擦る。 「な、なに言ってんの」 「あいつ、感情のフリハバ狭いじゃん?」 「え、うん、まァ、そうともいう……かなぁ」 狭いというか、不自然なまでに気遣いや我慢を知っているというか。 「なに買っても喜ぶんだよ」 「そりゃそうじゃない? 榛名、ちゃんとタカヤくんの好きそーなの選んでるし」 ジャンルは様々だけど、と心の中で付け加える。 「けど、どれを取り上げても怒ったり拗ねたりしねーんだ」 「……あー」 それでピンときた。榛名が悩んでいる理由に。 誰かに言われたのかもしれない。タカヤが物を欲しがったり、ねだったり、わがままを言ったりしないこと。それが子供らしくないということ。生活環境に問題があるかもしれないということ。 言われるまでもなく、それは一緒に暮らしている榛名が一番引っ掛かっていることで、以前、そんなことを洩らされたりもした。だが、他人に言われると相当堪えたらしい(詳しくは言わないけど相手は子供を何人も育てた百戦錬磨のおばさんみたいだし)。 「そんなことないです、オレがあいつの欲しいもんをわかってやれてねーだけです」と言い返すことで不安を押しやって、一月と半分、タカヤが本当に欲しいものを探していたのだそうだ。 「いろんなトコ連れてったし、いろんなモン買ってみたけど、ドレも執着出すとこまで行かなかった。それどころか日に日に笑わなくなるし、怯えたよーにオレを見っし。も、どーすればいいかわかんね……」 弱々しい声にバカだなーと思う。本気で「なんだ、そんなことか」と言ってしまいそうになったが、秋丸は口を噤んで、代わりに心の中で笑った。 子供が子供と同居するようなものかと思った。最初、榛名が捨て子と一緒に暮らすと言った時は。正直、飽きたら途中で放り出すんじゃないかと心配したが、それは大きな誤解だったようで、驚くほど真剣に、榛名はタカヤに愛情を注いでいる。そしてタカヤだって拾ってくれた人という以上に、絶対、榛名が好きなのに。 端から見ている自分は満腹になるほどわかるのに、当の本人がわからないなんて(でもそんなものかもしれない)人間とは不便な生き物だ。 「伝わらないってツライねぇ」 「あ?」 「や、なんでも」 ――タカヤくんにヒドイことはしたくないんだけど。 だけど、辛そうな榛名を見てるのも自分には苦しいことだったから、秋丸は榛名の肩口を左手の甲で押しながら「ヒントをあげるよ」と言った。 いちどだけ、タカヤくんの好きなものがわかるように仕組んであげる。 あとは、ちゃんと自分で気づけ。 榛名に科された課題は、とても簡単にできることだった。 次にテレビで放映する試合を誰かに録画――直接『撮る』も有り――してもらうこと。いいね、と念を押され、わけがわからないながらも榛名は生真面目に頷く。 榛名の試合が放映される日は外食をしないというのが、なんとなくの習慣になっていた。タカヤがテレビを見たがるからだ。だけど秋丸は、丁度良く昨日の新聞に入っていたチラシをタカヤの目の前に広げて見せた。近所にオープンしたというハンバーグ店のチラシだった。 「タカヤくん、ここに行ってみない? 今日行くとね、デザートにプリンをつけてくれるんだって」 「プリン?」 「うん、プリン。それにハンバーグも美味しそうでしょ」 実際、食欲に訴えるには充分な写真で、タカヤの小さな喉もコクリと唾を飲み込んで上下する。だけどちらりと時計を見て躊躇った。 「でも」 「ん?」 「もうすぐ、もときさんの……」 試合が始まる、と最後まで続かなかった。ここが、榛名が懸念していた部分だ。自分の希望があるのに、人を気遣って我を通さない。榛名の試合が見たいけど、折角誘ってくれた秋丸に悪いから行かないとは言いづらい。今のタカヤの気持ちとしてはこんなところだろう。秋丸はごめんねと口に出さずに謝った。 「ああ、そうだね。じゃあビデオに録っておこうか。帰ってきたら観よう?」 「うん!」 代替案に勢い良く同意したタカヤに、もう一度「ごめん」と呟くと、秋丸はビデオの予約をセットする振りだけした。 「ただいまー」 「おかえりー」 返ってきた返事はひとつで。いつもなら声と共に顔を紅潮させながら出迎える姿が影もない。 「おー。寝ちまった?」 いつもより遅い時間だしなと榛名が思った矢先、ソファーに座っていた秋丸が手首を振って榛名にサインを出した。こっちこい。 「ナニ」 ただならぬ雰囲気を素早く嗅ぎ取って、榛名も忍び足で秋丸に近づく。屈めの指示に従った榛名にひそめられた声が伝える。 「タカヤくん、寝室で布団被ってる。行ってやって」 「……あ?」 秋丸の言葉に榛名の眉毛が中央に寄った。途端、額に軽いチョップが飛ぶ。 「言っとくけど、好きで泣かせたわけじゃないからね。お前が知りたいっていうから協力したんだから誤解するなよ!」 秋丸は「苛めやがったのか」という無言の問いに先回りして答えると、榛名が肩にかけたままのカバンを指差し、約束どおりに持ってきたであろう録画テープを忘れず持っていくように言い渡す。 「はァ?」 「だからあ!」 秋丸は隣室のタカヤに聞こえないよう小さな声で作戦内容を榛名に打ち明けた。 ドアを二回叩き、榛名はタカヤの名前を呼んで見る。 「ターカーヤ。オレ。入っていーか?」 返事はない。 「……入っぞ」 ドアを開けてベッドの上を見る。布団がタカヤの体の分だけ膨らんでいる。 ベッドに近づき、そっと布団をめくってみると中のタカヤは寝入ってしまっているみたいだった。穏やかな寝顔とは裏腹に頬も枕もじっとりと濡れている。 「ンだよ……」 秋丸に言われたばかりの言葉が頭を過ぎる。 ――お前の試合が見れなかったことが悔しくて悲しいんだ。 子供の体温でも乾かない涙。この量を流すほどに、自分の試合を見たいと思ってくれているのか。 榛名は手にしたビデオをタカヤの目の前に置いた。そして、静かに部屋を出た。 リビングのソファーには心配顔の友人がいて、榛名は秋丸の隣にぼすりと座ると彼に寄りかかった。肩が上下する。笑いが込み上げる。 「榛名?」 奇妙に笑い始めた榛名を秋丸が覗き込むと、その瞳は潤んでいて。 「見んな」 ぐい、と秋丸の顔を押しやって、榛名は笑いを止めた。 「ダレの気持ちのフリハバが狭いって? わかったよーなこと言ってんなって感じだよな。ホント、バカ」 なにも見えていなかったと榛名は自嘲気味に口元を歪ませる。 「自分が関係してたらわかりにくいことなんて、いっぱいあるよ」 「だとしても」 誰よりもあいつのこと、わかってやりてーと思ってたのに。 「今、複雑?」 「ん。ちょっとな」 タカヤが見えていなかった悔しさと、タカヤの楽しさの直結が自分であったことへの嬉しさとで。 榛名が大きくため息を吐いた時、リビングのドアがカチャリと開いた。小さな頭と顔が覗く。声も。 「おかえりなさい。これ、きょうのしあい?」 両手で大切に持ったそれを掲げられ、榛名は首を縦に動かした。 「そー。暇な時にでも見ろよ」 「あした、みる!」 キラキラした目で即答されて、榛名は思わず微笑んだ。すると口元が緩んだ拍子に涙腺まで緩んでしまったらしく、ギリギリで止めていたものが目の縁からぽろりと落ちた。 「うわ」 咄嗟に手で抑えたものの、それは確実にふたりに見えてしまったと思う。榛名は照れ笑いで誤魔化しながら下を向いた。手の甲を濡らした水を逆の手で擦って消滅を試みる。 ドアが閉まる荒い音。 近づく足音。 沈むソファー。 なんだと思う暇もなかった。榛名の髪に小さな手が触れ、ぐしゃぐしゃと頭のてっぺんを掻き回す。 「『よしよし、泣くな。男は強ェんだぞ』」 それは、榛名がタカヤにいつも言う言葉だった。 「ぶ」 まさか、タカヤがそんなことを言うと思わず、榛名も秋丸も吹き出す。 「な、なんだよ、タカヤ……!」 「今の言い方、榛名に超そっくり!」 似てると言われたことで気を良くしたタカヤはますます乱暴に榛名の髪の毛を掻き混ぜた。 「ちょ、おい、やめろって」 「あー、榛名もそれ、タカヤくんによくやってるよね。そっか、タカヤくん、それやられるの好きなんだ」 「分析なんかしてねーで助けろ、秋丸!」 「やだよー。いっぱい慰めてもらったら? じゃあタカヤくん、オレは帰るから榛名をよろしくね」 大仕事を仰せつかったタカヤは神妙に――だけどとても嬉しそうに――頭を大きく振って了解の意を秋丸に伝える。 「おやすみ」 「ごめんなさいありがとうおやすみなさい、あきまるさん」 「おやすみなさい、タカヤくん。ついでに榛名」 「ついでかよ!」 「おやすみー」 榛名の突っ込みを適当に煙に巻いて、秋丸は今や第二の自宅と言っても過言ではない部屋を後にした。 なんらかのトラウマはあるのかもしれない(なにせ捨て子だ)。 だけど。 「おはようもこんにちはもおやすみなさいもありがとうもごめんなさいも言えるし、オレにも榛名にも優しいよ、タカヤくんは」 生活環境や育て方が悪いなんて、絶対に無いから。 「いつもどーり、王様でいなよね、榛名」 もうすぐ、榛名がタカヤと暮らし始めてから一年になる。 前言撤回と秋丸が叫んだのは、王様が王様らしくなり過ぎたせいだった。 子供が自分をものすごく欲しがってくれるということに気づいた王様は、外出中、わざと走ったり隠れたりして子供に泣きべそをかかせるという技を覚えたのだ。 「ガキじゃないんだからやめろよ、榛名!」 元希さんなんかだいっきらいだ、と言われるのも時間の問題だと思う。 END |
<ブラウザの戻るでお戻りください>