【2005年1月16日発行 『kiss me quick!』 再録

 


 何の縁もねェだろ、と、ものすごく楽しそうに問い掛けてくる年上の人間に「ガキ
か、あんたは」と言いたい気持ちを抑えて、隆也は答えた。
 多分、相手が望んでいるはずの言葉を。
「あーハイハイ。確かに何の予定もねーですけど?」
 ニィ、と笑った元希の恐ろしい顔を、隆也は一生忘れないだろうと思った。



「ていうか」
 そんなに浮かれるものなのか?
 小声で囁きながらトンボを動かすのは隆也たち一年生だ。といっても、膨れ気味な
のは隆也だけである。
 二年と三年が去った後のグラウンド整備に精を出しつつ、練習が始まる前から異様
にはしゃいでいた人たちを思い出して、下級生はクスクスと笑った。
「サトシさんは浮かれるだけちょっと無駄だよな」
「マサカズさんなんて絶対一個はあるって豪語してたぜ?」
「あれはぜってーオヤだって!」
 聞かれていないと思って、なにげにヒドイことこの上ない。
「ま、人気のスポーツのひとつではあるし」
「うん。人気ある人はそれなりに貰うんじゃないかな」
 タクマさんとかシンタローさんとかモトキさんあたりは数、多そう。
 モトキ、の名前で阿部の肩がピクリと動く。
 同級生たちの話は止まらない。
「しっかし、あのモトキさんが機嫌良く喋ってんのって初めて見た気ィする」
「言えるー! オレ、向こうから挨拶されて超ビビったもん!」
「あの人でもバレンタインって楽しいんだな」
 興味なさそうなのにとか、硬派だと思ってた、などと続けられる会話を背中で聞き
ながら、容易に想像できるだろ、と阿部は心の中で毒づいた。
 ――騙されんな。アイツはかなり子供の部類だ。
 そりゃオレだって最初は怖そうな外見に気圧された方だけど。
 周りとの壁を高くして自分だけの練習を黙々とこなす、ひとつ上で途中入団の榛名
元希は、数居る先輩の中でも特異な存在だった。
 ぶっきらぼうな上にあまり喋らなかったり、笑わなかったり、咥えてその実力だ。
そもそも監督から紹介されている時点で、ハルナだ、と何人かに囁かれたほど、中学
野球――この辺の――では有名な選手らしい。
 そして噂をあっさり肯定させる「豪」が上につく速球は、全員の目を釘付けにした。
 強くて凄くて、そして、冷たい。
 年が絶対なる上下関係を生み出す中学生で、更に、自分たちを寄せ付けない元希が
敬遠されるのは、当然のことだった。
「今日みたいなモトキさんなら話かけることできっけど」
「普段は無理だな」
 あ。この流れは。
 苦手な瞳が向けられると察した隆也がグラウンド整備を切り上げようとした途端、
皆のキラキラ攻撃に捕まる。
「すっげーよなァ、隆也は」
 キラキラ攻撃とはその名の通り、羨望の集まりだ。
 シニアに入って半年。同じ一年に投手がいなかったために組む相手のいない隆也
は、元希の相手として抜擢された。最初はボロクソだった。元希の速球を目で捉える
ことができず、後ろに逸らす、体で受け止めるのオンパレードだった――最初は嫌が
らせでわざとぶつけているのかとも思ったが、今ならハッキリと否定できる。元希に、
そんな技術はない。
 悔しさと向上心とを剥き出しで元希に向かった隆也は、ようやく最近、元希の球の
殆どを捕球できるようになったのだ。
 その事実と、挫けなかった心と、そして。
 その時、ベンチの中から声が飛んできた。
「タカヤ! 終わったんなら早く来い!」
「あ、はい!」
「片付け、やっとく。タカヤはモトキさんトコ、行ってやれって」
 ひとりが隆也に一歩近づいて、隆也が手に持っていたトンボに手をかけた。
「サンキュー」
「どういたしまして。それより、ホラ。早くいかねェと、またどやされっぞ」
「おお」
 再度、感謝の意を表わして右手を自分の顔の前に出した隆也は、自主練のために
残っていた元希の元に駆けていく。その背中を見送って、誰かが呟く。
「……すげェなァ……」
 声に出したのは一人だが、それは全員の意見だった。
 隆也が、手負いの獣のようだった元希と話し、時には鋭い言葉の応酬をし続けた結
果、最近になって元希が笑顔を見せるようになったのだ。自分たち一年とはまだそん
なに話をしないが、同級生や上級生たちとは随分ふざけあうようになっていた。
 単に元希が戸田北というこのチームに慣れてきたということなのかもしれない。
 だけど、そこに隆也の影響があるのは、誰の目から見ても明らかだったから、尊敬
の眼差しを向けずにはいられないのだ。
 あらためてバッテリーのコミュニケーションの取り方と深さを思い知らされた感じ
だ。性格なのかもしれないが、隆也ほどに真っ直ぐ、そして真摯に誰かに向かうなん
て、多分、経験がないし、やろうと思っても貫き通す自信がない。
「怖いよな」
「うん。怖い。球もあの人の性格も。オレ、キャッチじゃなくて良かったと思ったもん」
「言えるー」
「オレだったら逃げてた」
「その前に組ませられてねーよ。例えフリーでも」
 ――監督の采配は凄い。
 結局はそーゆーことなのかと首を捻りながらも、一年生たちは当初の会話に戻って
いった。
 ところでさ。
「誰が一番貰えるか、賭けねェ?」
「正直に答えてくれっかな」
「いくつか貰った人なら教えてくれんじゃねーの?」
「うし。そーゆーことで」
「じゃあシンタローさんに百円」
「オレ、モトキさん」
「本人の自信を狙ってマサカズさん」
「すげ、ギャンブラー!」
 自分には関係無いと最初から思っていれば、バレンタインなんて気楽な行事なので
ある。



「何の話してたんだ?」
 グラウンドの隅でキャッチボールを開始しながら元希が訊ねた。
「ナンカ、楽しそうだったな」
 お前以外。
 付け加えられた言葉にミットの中のボールを返すことも忘れて、隆也は元希を凝視
する。
「なんだよ?」
「や……」
 隆也は白いボールを右手に移す。握り直して丁寧に投げる。
 さっきまで朱く美しかった空は、今はうっすらと濃紺になりはじめていた。大きく
弧を描いて隆也と元希の間を行ったり来たりするボールは、その紺を受けて同じ色に
同化しそうになる。
 時折姿を消しそうになる球を相手の腕の振りと慣れとでキャッチして、隆也は続き
を言った。
「元希さんて、なにげに結構見てますよね、ヘンなトコまで」
 そして首を傾げる。
「いや、違うな。ヘンなトコしか見てねェのか?」
 途端、強い音がした。聞き慣れた風を切る音、空気を裂く音。
 反射でミットを顔の前に掲げる。
 バシッと鋭い音を立てて、ボールは構えた中に吸い込まれた。手のひらが痺れる。
「あっぶねー……」
「ちっ。捕りやがったか」
 舌打ちと苦々しい口調が元希の口から洩れた。当然、ムカっとくる。
「わざとかよ!」
 似たような強さで放ると、向こう側からも「おわっ」という叫び声が聞こえた。
「なにしやがんだよ!」
「元希さんが先に仕掛けたんでしょーが」
「……お前がシツレーなコト言うからだ、ろっ」
「ちょ、今、本気で投げただろ!」
 さっきよりも速度を増したボールに鳥肌が立つ。
 体ならともかく、顔で元希の球を受けてしまうことなんか考えたくもない。
 てめーの腕自体が凶器だってことを頭に叩き込んどけこの野郎、と喉まで出かかっ
た時、元希が耳の中に指を突っ込みながら、気が入っていなそうな口調で言い捨てる。
「捕ったんだからいーんじゃねーのー?」
 横柄なその態度に、隆也の頭の血管も二本くらいブチ切れた。
「どこの子供ですか、あんたは!」
「どーせガキだからよ。オトナな隆也くんが一歩引けば?」
「引きまくってんじゃないスか、いつだって」
「本気でそう思ってんならどーかと思うぜ」
「はあ? どーゆー意味だよ」
「ワカンネーなら、やっぱ子供。無自覚ってタチ悪ィ」
「元希さんにタチのことを言われるなんて思いませんでしたね、オレも終わりかな」
「てんめェ……! そーゆーとこがシツレーだって言ってんだよ!」
「無礼であんたに勝てる人間が居ますか」
「むっ、ムカツク!」
 大声を出しながらキャッチボールとは思えないスピードで球を投げ合う二人を、
ボールを磨きながらハラハラと眺めていたひとりが「やっぱスゲェ」と苦笑した。
「心を開かせたのはホントだけど、タカヤは寝た子も起こすよな、エンリョナシに」
 うんうん、と頷いた全員の心中は一緒だ。
 ――夫婦喧嘩は犬も食わない。
 ほっとくのが一番だ。
 最後のボールをバケツに放り込んで仕舞ったら、急いで着替えて、急いで帰ること
にしよう。





 二人がボールが見えなくなったことに気付くよりも先に、監督室から「そろそろ閉
めるよ」という声が掛けられた。
 二人の居残りは、監督が帰るまでという時間制約がついているため、手にしたグラ
ブやミットも外さないままロッカールームに駆け込む。二人では広い更衣室にも関わ
らず、隣合わせのロッカーで、お互いに張り合うように体を押し合いながら着替えた。
 荒れる息でロッカーを飛び出し、監督に頭を下げる。
「したっ!」
「うん、お疲れさま。また明日ね」
 軽く手を振ってくれた監督に会釈して、外に出た。
 さっきまで平気だったはずの外なのに、一度でも室内に入ると寒く感じる。
 澄んだ空気と、高い空にキレイに瞬く星がより一層、気温の変化を伝えてくるのか
もしれない。
「さっみー」
「っすね」
「平気そーに見えっけど」
「元希さんほど寒がりじゃないだけです」
「……」
「なんです?」
 口を開いて、だけど言葉を発しなかった元希に隆也がクエスチョンマークを出すと、
元希の開いたその唇が前へと突き出された。
「お前はさ、なんでオレにだけつっかかんの?」
「つっかかってなんか」
「いるだろ。もーちょっとさァ、穏やかにハナシしてーなって思うのによ」
「え」
 隆也は口と目を開き、足まで止めて驚く。
「あんだよ」
「だ、だって、あんた……いや、元希さんが」
 誰かと話をしたいと思うなんて思わなかった。
 呆然と呟いた隆也に、オレはどんなチョウゴウキンだよ、と元希は肩を落とす。
「それなりに血も肉も神経も通ってんだぞ」
「あ、特に最後のが信じられません」
「おっまえ!」
 元希は、真顔で突っ込んだ隆也の首に自分の腕を巻きつかせた。
 先に巻いてあるマフラーが邪魔で、ちゃんと締まってるのかどうかわかりにくい。
が、腕の中の隆也が苦しげな表情を作っているからには、息苦しいのは確実だろう。
 そのことに満足しながら、元希は前方にあるコンビニを指した。
「カワイソーなタカヤに、チョコ、奢ってやんよ」
「……なにがカワイソーなんですか」
「だって明日、貰うアテはなーんもねェんだろ?」
 なーんも、に力を入れ、そう言ったよな、と確認されて隆也はおとなしく頷く。そ
れは事実だし。
「言いましたけど」
「せっかくのバレンタインに何もねーんじゃ、オトコとしてサビシイじゃんか」
「別に」
「あぁ?」
 否定を許しそうにない元希の笑顔に隆也は観念する。害があるわけじゃないし好き
にさせておこう。そして質問を変えてみる。
「……臨時収入でもあったんですか?」
「おーよ! ショーガツに来れなかったオジサンが昨日来てさ、なんか食いなさいっ
て小遣いくれた」
 ほくほく顔でそんなことを言う元希に力が抜ける。
 つまりはその臨時収入を使いたくて、どーせ使うならついでに後輩に恩も売ってお
こうという寸法か。日にち的に丁度いいから、二月のメイン行事にかこつけて。
「どした?」
 不意に顔を覗き込まれて、その近さに息を呑んだ。
「……っ」
「あ?」
 すぐ近くに、整った元希の顔がある。
 目が合う。
 頬が触れそうになり、体がなんだか熱くなる。
「っと、近すぎです……ッ」
「は?」
 首を覆っていた腕をぐいと押し上げると、その下で体を潜らす。元希の腕から逃れ
る。隆也は圧迫の少なくなった首を指で抑えてケホケホと咽た振りをした。
 そう。苦しかったのだ。じわじわと首を締められて。苦しさが頂点に達して、息が
できなかっただけで他意はない。
 いきなりバクバクと動き始めた心臓と沸騰し始めた血液に言い訳して深呼吸をす
る。心を落ち着かせる。まったく、あのままいってたら窒息死だったに違いない。
 急ぎ足で歩く隆也の後ろを大股でゆっくりついてきていた元希は、顎に手を当てて
いたかと思うと、やがてにやりと笑った。
「隆也」
「なんスか」
「もしかしてお前、オレんコト好きだろ」
「はあああああ!?」
 言われた言葉に思い切り振り向く。叫ぶことで一瞬で溜まった疑問を伝える。
 なにをどうしてどうなればそんな考えに。
 そもそも『もしかして』なんて言葉が頭についているのに、なんで語尾で決め付け
になるんだ。
 混乱してぐるぐると回る隆也の視界を元希が覆った。
 少し屈んで、顔を近づける。
 鼻先が触れそうなほどの距離で止まる。
 ――うるさい。うるさすぎる。なんだよ、この心臓。
 元希の息を唇に感じる。
 隆也はぎゅっと目を閉じた。
 だってこれ以上、視線を合わせておくなんてできない。
 あまり間を置かず、唇にやわらかい感触があった。
 言葉にするなら、ふにゅ、とか、うにゅ、とかそんな感じ。渇いた感触はやがて滑
らかになった。元希の舌に唇を舐められたせいで。
 閉じた瞼を最大に開いて硬直する。
 眼球にうつるものは近すぎ、大きすぎて見えない。視覚からは判別できない。だけ
ど記憶している。
 ――周りには元希さんしかいなかったはずだ。イコール、コレは、元希さんだ。
 最後に強く押し付けられて元希が離れていく。
 抑揚のない声で隆也は尋ねた。訊こうと思って訊いたわけではない。勝手に口をつ
いて出たのだ。
「なに、してるんですか」
 それに、少し困ったような顔をしながら元希も答える。
「あー、キスっつうの?」
 その単語に感情も動きも戻ってくる。爆発する。
「んなことはわかってますよ! なんでオレにンなことしたんですかって訊いてんだ
ろ!」
「だってお前が目ェつぶっからよぉ」
「はあ!?」
「目の前でンなカオされたら、やっとくかって気になんだろーが」
「勝手に欲情すんな! ……ホンット、常識ねェっつうか、信じらんね……っ」
 頭を抱えてその場にしゃがみ込む。本当に頭が痛い。なんなんだ、このケモノは。
「隆也、隆也。オーイ、タカヤ?」
「触んないでください、ケダモノ」
「ひっでーな。まァ、否定はできねーけど」
「されてたまるかってーの。もう、なんかイロイロ情けなくて動けません。コンビニ
行くなら行ってください。オレはココで待ってます」
「丸まりながらかよ」
「丸まってよーが転がってよーが寝そべってよーがオレの勝手でしょ」
「そらそーだけど」
 少し悩んだ元希は、転がんなよ変だから、と言うと隆也から離れる。遠ざかる足音
を聞きながら、頭と一緒に隆也の胸も痛んだ。
 ズキズキする。バクバクもしてるしドキドキもしてるけど、なによりズキズキがひ
どい。
 なんで弾みで近づく?
 なんでいきなり妙なことをする?
 遊びの延長の触れ合いが、なんでこんなにイタイんだ――。
「モトキのクソったれ」
 消え入りそうな声で悪口を言ったら、痛みが少し軽くなった。
 なんだ。文句を言えばいいんじゃねェか。
 突然落とし穴に落とされてどう這い上がればいいのかわからない状態だったが、浮
上のきっかけを見出した隆也は必死に呟く。
「アホ。バカ。マヌケ。ノーミソ足りなさすぎ。もうちょっと考えて行動しろよ。つ
うか何やっても構わねェけど、オレを巻き込むな。なんでオレがお前の気まぐれを受
けて泣きたくなんなきゃいけねェんだ」
 そこまで口にして疑問が浮かぶ。
 泣きたい? なんで?
 落ち着いてきた心で返事を探す。
 ――元希さんが勝手だから。
 なにが勝手?
 ――キスなんかしやがった。断わりもなく。
 打診されたら良かったのか?
 ――え。
「……なに言ってんだよ、オレ」
 自問自答で浮かんできた言葉に動揺する。
 断わるとか断わらないとか、そんな問題ではないだろう。じゃあ何が問題って、問
題って、なんだろう。わからなく、なってくる。
 冷えるどころかヒートアップする脳みそを抱えていることに疲れてくる。
 そして突然、冷静になる。いや、開き直るというのかもしれない。
「も、どーでもいいや。わかんねェし」
 勢いをつけて立ち上がった隆也の後ろで、驚く声が聞こえた。
「うお」
「……ナニしてんスか」
 後方一メートルくらいのところに元希が立っている。
「いや、お前が復活すんの、待とうかなって」
「いつから立ってたんですか」
「え、っと……」
「えっと?」
 言い辛そうにしている元希を促す。問い詰めると、明後日の方向を向きつつも、元
希が答える。
「最初、から」
「――コンビニ行ったんじゃなかったんですか?」
「行きかけたんだけどよ。ポケットに、コレがあんの思い出して」
 手ェ出せといわれて思わず出した阿部の手のひらに、黒に近い茶色の包みが落とさ
れる。
 五個、六個、七個、八個。
「チロルチョコ……」
「おー」
「くれるんスか」
「おお」
「安いですね」
「うっせえ! いーだろ、チョコならなんでも!」
「欲しいとも言ってませんけど」
「受け取れよ」
「くれるんなら貰います」
 隆也は小さなそれを二個取って、残りをポケットに仕舞うと、自分にひとつ、元希
にひとつと振り分けた。
「せっかくだから、食いましょう」
 包みを開けて、中のチョコレートを頬ばる。
 口内でどろりと溶けていくそれに、興奮した状態で固まっていた心も同じようにど
ろりと溶けた。
 格好悪い。なにをいきなりテンパったりしたんだろう。たかがキスひとつで。
 ちらりと元希を覗き見る。
 隆也を見ないようにしながら口をもぐもぐさせている。
 気遣っているのだろう態度がオトナなのかコドモなのかわからなくて、隆也は思わ
ず笑った。
 だめだ。やっぱり憎めない。
「なに笑い出してんだよ」
「や、なんとなく。今日は感情の起伏が激しいみたいです」
「いつもじゃんか」
「そうかもしれないですけど、きっかけを作ったのは元希さんだってこと、忘れない
でくださいね」
「きっかけって」
「先に手ェ出したのはあんただってことですよ」
 隆也は歩き出す。コンビニの少し先で煌々と輝く自販機に近づいて、缶のドリンク
を一本買った。
 ホットココア。
 熱いかと思ったそれは適度に温かった。元希に放る。
「あげます」
 寒い中、待っててくれたお礼です。
「や、それは、元はと言えばオレがワルイんだし」
 ごにょごにょ言いながらも元希は受け取った缶で手をあたためる。やはり寒いこと
は寒かったらしい。
 胸のドキドキは続いている。
 微妙な、ズキズキも。
 これがなんなのか、はっきりはしないが、さっき元希を見ていたら、なんとなくわ
かりかけたような気になった。言葉はすぐに拡散してしまったけれども。
 とりあえずわかっていることは、やられっぱなしは性に合わないということだけだ。
 手を温め終えた元希がプルタブを開けるのを待つ。ひとくち飲んで、満足そうに息
を吐く。よし、今だ。
 隆也は元希の手の缶に口をつけると残りの全部を飲み干した。
「おまえ、」
 なにする、の言葉は口の中に閉じ込める。
 爪先で伸び上がって、唇を重ねて、飲んだココアの味が残る舌を元希の口の内で
一周させた。
「……お返しです」
 キスも、チョコレートも。






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