<抱き締める>2004年ハロウィン企画 エンエドその1
ドアがノックされ、エドワードよりも早く、エンヴィーが反応した。
扉を開ける。
次の瞬間、もの凄い絶叫が響き渡る。
「ぎゃああああ!」
「うわあああん!」
そして顔中から血を流したエンヴィーの頭が派手な音を立てた。
「いったー!」
「いたいけな子供たちを脅かすな!」
篭いっぱいにお菓子を詰めたエドワードが、玄関前でしゃがみこみ、あるいは立ち竦み、泣き出している子供たちにそれを差し出す。
「ごめんな、怖かっただろ」
しゃくり上げる子供たちに篭の中のケーキやキャンディやマシュマロを見せると、大きな目を涙でいっぱいにした子供たちが、掠れ声ながらもお決まりの言葉を告げた。
「……Trick or Treat?」
そして『Treat』の方を貰った子供たちはエドワードにお礼を、エドワードの後ろに居る黒いおにーさんには力一杯のアカンベーを送りつけて、次の家へと歩いて行った。
「やー、楽しいね、ハロウィン」
「お前なぁ」
お菓子を貰えなかった子供たちが悪戯してもいい日で、決して訪問された方のしかもイイ年をしたおっさんが子供たちを脅かしていい日じゃねえんだぞ。
エドワードの小言もどこ吹く風で、窓から見える街中を練り歩くいくつもの仮装の集団を見ていたエンヴィーだったが、おっさんという言葉に反応する。
「ちょっと、おチビさん。今の誰に掛かる言葉だよ」
「お前以上の年寄りはここには居ないはずだけど?」
「むっかつく」
「本当のことじゃねえか」
「そーだね。おチビさんがチビなのも本当のことだしね」
「……締め出されてえみてーだな」
にっこり笑ったエドワードが、右手の機械鎧の手を開いたり握ったりしてみせる。
う、と言葉に詰まったエンヴィーはやがて、ゴメンナサイ、と小さく言った。
「だってさ、しょうがないじゃん。人間を脅かしたり傷つけたり痛めつけたりって心が騒ぐんだもん」
「騒がせんな、そんなもん」
即、言い訳を一刀両断されてエンヴィーは唇を尖らせる。
なんだよ。ちょっとスプラッタを演出してやっただけじゃないか。
さっきからひっきりなしに無邪気にドアを叩く子供たちと、躊躇いもなくドアを開け、お菓子を振舞うエドワードを見ているうちに、エンヴィーの生まれ持った悪戯心がむくむくと大きくなってきたのだ。だから、自分の変身能力を最大に使って、顔中に血を浮かばせ、首が半分ざっくり切れた状態で「いらっしゃーい」と出てやった。かぼちゃの面を被ったり、魔女の格好だの吸血鬼の姿だのを真似た子供達に。
けたたましい叫び声や泣き声を聞くとスカッとする。
キモチイイ。
心地良い。
だけど、それを悪趣味だと鋼の錬金術師は言う。
エンヴィーに言わせれば、普段はホテル住まいなくせに、わざわざこの日のために一軒家を借りて菓子を撒く――今日びのこの行事は一軒家にしか訪問しないんだそうだ――エルリック兄弟の方の気がしれない。ちなみに弟の方は仮装要員プラスガードマンとして、どこかの団体と一緒に街を歩いている。更に付け加えて言うならばエンヴィーがこの家に居ること自体を知らない。知っていればブラコンのアルフォンスのことだ。一も二もなく帰ってくるだろう。魔物から兄を守るために。
ザマーミロ、懐に入ってやったもんね、と一人で勝利の気分に浸っていると、エドワードの叱咤が飛んでくる。
どうやらまだ来るであろう行列軍団の皆様のために買い置きの菓子類をそれぞれの篭に詰めろと言われていたらしい。
もちろん、答えはNOだ。
「なんでオレがそんなことしなきゃいけないのさ」
「……」
少しの沈黙の後、「お前邪魔、上に行ってろ降りてくんな」とエドワードに言われ、すごすごと引き下がる。
引き下がらなかったら、本当に外に追い出すだろう。まったく。冗談のひとつも通じやしない。
エンヴィーは二階のエドワード用の寝室に入るとそのベッドに身を投げ出した。
固めのスプリングがエンヴィーの体を、反動の分まで入れて押し返す。
階下ではまたノックの音が響き、元気な声の「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!」という声が聞こえてきた。
「悪戯したいのはこっちだよ」
せっかく、何の用事もない夜だったのに。
ここは北部のとある街だ。父親の命で、ちょっとした偵察と横槍を入れに来ていたエンヴィーは、目の端を掠めた赤いコートに思わず振り返る。
後姿は人ごみに紛れてしまったけれど。
まさか、自分が間違えるはずがない。
赤いコート、金色の髪、そしてミニサイズと来たら、鋼の錬金術師しかいないだろう。
そして一時間後。探すまでもなく大騒ぎしている二人組をみつけた。
なんだ。今度はこっちに来てたんだ。
そうして昨日の夜、そいつ(ら)の泊まる場所を発見して窓から中を覗いた。
口を開けて、この寒いのに腹を出して眠るその姿に苦笑する。
「明日はちゃんと来るからね」
そんなことを呟いて、そっと離れた。
宣言通りにやってきたら、なんだか街は妙なテンションで。
黒とオレンジの浮かれた雰囲気に日付を指折り数え、思い当たる。
「万聖節か」
秋の収穫を祝い、亡くした大事な人間を偲ぶ日の前夜祭だと、過去に誰かに教わった気がする。
祝ったり偲んだりする気持ちもよくわからないが、更に前夜祭ってなんだそりゃ、と思った覚えがある。
まったく、人間ってやつは何を考えるのかよくわからない。
エドワードにも「こんなことをして何の意味があるのさ?」と聞いたら、少し躊躇った後に、好きなんだよ、とだけ返ってきた。
「確かに。この雰囲気は嫌いじゃないけどね」
エンヴィーは起き上がり、出窓になっているそれを開けて、そこに座り込む。
小さな街だ。たかが少し小高いところにあるこの二階建ての家から見ただけで街の外れがわかるくらいの。
街灯もろくに付いていない闇の中で、吊るされたり窓辺に置かれたいくつものジャック・オ・ランタンが光を放っていた。動いているのは仮装の集団が点す光なのだろう。
「魔女に吸血鬼にゾンビに狼男」
エンヴィーはさっきの子供たちの仮装を思い出す。
「あんなのが怖いのかな、人間は」
だったら。
「オレがホントの姿で歩いたら、そりゃビビるんだろうな」
化け物。
それは今まで散々言われてきた言葉。
仲間みたいなやつらにさえゲテモノだと称された。
「……るっせーんだよ、クソ野郎」
特によく吠えてくださったグラサン男を思い出して、胸がムカムカした。
ああ、いやだ、
こんなに苛つく夜は、なにか――。
頬に、熱が触れた。
ビクリとして振り向くと、そこにはエドワードが立っていた。手に、マグカップを持って。
「な、なに」
「ココア。もう、全員の訪問終わったっていうからさ」
「くれんの?」
「いらねえんならオレが飲む」
「そんなこと言ってないじゃん。貰うよ、ありがたく」
「じゃ、降りろ。窓開けてっと寒いんだよ」
「はーい」
床に下りて、窓を閉める。ちらりと外を見ると道を歩くオレンジは、まだまだ元気に揺れていた。
温められたココアを半分ほど飲んだとき、それに解かれたようにエンヴィーの口から問いが洩れた。
「おチビさんは、オレがこの姿じゃなくてもオレのこと好き?」
「――は?」
なに言ってんの、オレ。
突然何かを口走った自分に焦る気持ちと裏腹に、唇は質問を続行する。
「だからさ、オレって変身できるわけじゃん? そーしたらこの姿がホントの姿だなんて限らないわけで、もし、すっごい異形の化け物とかだったらおチビさん、どうすんのかな、って」
じっとエンヴィーをみつめていた金色がまばたきをした。ゆっくり。そして訊かれる。
「ハロウィンの仮装なんてメじゃないのか?」
「んー、そうだね。もっと、こう、なんてゆーか……」
デカくて醜くてヤバいかな。
そんな言葉を飲み込む。
だって言ってどうする、そんなこと。
もとより、聞いてどうするこんなこと、ではあるのだけれども。
黙ってしまったエンヴィーを見て、マグカップを机の上に置いたエドワードはぽつりと言った。
変わらねえ、と。
「別に、テメェがどんな姿をしてようが、どうでもいい。そもそも、元々好きじゃない奴を嫌いになれるわけがねえだろーが」
その言葉に目を見開く。
「なんだよ」
「いや、意外。ていうか、想像したどの答えとも違ったから面食らってるっていうか」
どんな姿でもどうでもいいということに喜んだらいいのか、それとも好きじゃないと言われたことに対して落ち込めばいいのか。
ひどい言葉なのか、やさしい言葉なのか、ちょっとよくわからない。
「ばーか」
ぐるぐるしているエンヴィーの体がエドワードの体重を受けて、後ろに倒れた。
「体験してねえことを言われたところで、その時、自分がどんな態度を取るかなんて知らねーよ」
ただ。
つけ加えられた言葉に、エンヴィーはなんだか笑いたくなる。
けなされてんのに笑うなと言われたが、いや、だって、にやけるところじゃないのかな。
ただ、とエドワードは言ったのだ。
「お前みたいな胸クソ悪い奴はどんな姿をしてよーが気付くだろーけどよ」
なんて、色気のない告白。
同時に、なんて、幸せな。
「どうしよう」
エンヴィーは笑った。
「どうしよ。オレ、おチビさんにすっげーイタズラしたい」
だけどこの人はたくさんのお菓子を持っている。
魔にとって、なんて不便な日なんだろう。Hallowmas All saint’s Dayは。
だが、エンヴィーのバンダナを抜き、自分の三つ編みも解いたエドワードは小さな声で言った。
「お前にやるお菓子なんかねーよ」
「は……」
それって、もしかして、もしかしなくても。
エンヴィーはエドワードを引き寄せて、負けないくらいの小声で問う。
「Trick or Treat?」
答えは。
口の中に消えはしたが、確かに聞こえた『Trick』
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