【お誘い】<2005.2.12>
「あ、あべくんっ」
「なに?」
いいスポーツ用品店があったら、教えてくれないかな。
勇気を振り絞って聞いてみたら、あっさりと「一緒に行こうぜ」と返された。
「え……」
「あ、ダメ?」
「だ、ダメ……じゃない、ケド、阿部君、迷惑なんじゃ……」
「バーカ」
「う」
よく考えろと阿部は三橋の額を軽く手の甲で叩く。
迷惑だったら誰が一緒に行くって言うかよ。
田島が後ろからひょっこり出てきて会話に加わる。
「そーだぞー。アベはメーワクだったら場所だけ教えてポイなヤツだよ!」
「ポイってなんだよ、田島。オレがヒドイ人間みたいじゃねェか」
それに便乗したのは水谷だ。
「ヒドイじゃん! こないだオレを購買部に置き去りにしてったの誰よー」
「お前がさっさと決めないからだろ。つーか、ちゃんと出たトコで待ってただろーが」
「気づかないって、あんな隅っこ」
「水谷、かなりショック受けてたもんな。阿部は結構、みんなを泣かせてるよ」
「お前まで言うか!」
栄口が言うならかなりマジでそうだよな、なんて阿部を悪役に仕立てて遊びまくる他のナインたちの会話を聞きながら、三橋は「うひ」と笑った。
このチームは、すごく楽しい。
着替えの時間ですら楽しい。
三星時代には味わえなかった空気にゆったりと身を浸しながら、三橋は着替えを続行させる。
浸りすぎて花井に「鍵閉めるぞ、早くしろよ」と急き立てられてしまったほどだ。
帰り際、明日でいーのと聞かれて、頭を縦に振る。
「じゃ、駅前のコンビニの前に10時な」
「う、うん!」
明日。
駅前。
じゅーじ。
三橋は何度も繰り返し、デートみたいだと、こっそり喜んだ。
約束の10分前に着くと、もう阿部は到着していて、コンビニの中で雑誌を読んでいた。
ガラスの向こうにいる阿部をみつけた三橋もコンビニの中に入る。隣にやってきた気配に、阿部が雑誌から目を離す。
「おう」
「おは、よ、阿部君」
「早いじゃん」
「阿部君、こそ」
「ま、いつもよりは遅いしな」
部活にしても学校にしても。
「そう、だ、よね」
コンビニで買い物はと聞かれて首を横に振ると、じゃあ行こうと促されて外に出た。
阿部が三橋を振り返る。
「ところで何買うんだ?」
「あ、練習用のユニフォーム。なんか、キツクなってきて」
「ユニフォームか」
少し考えた阿部は、ちょっと歩くけどいいかと三橋に尋ね、三橋がコクコク頷くと「それじゃあこっち」と歩き出した。
道々、いろんな説明を加えながら案内してくれる。
大きなものなら今から行くところがいい。小さなものだったら駅ビルん中で大丈夫。ちょっといいものが欲しい時は駅の反対側の1本メを左に曲がって坂を下りた店がお薦め。ついでにその手前の立ち食いソバは結構イケる。
「へ、へえ」
「戻ってきてから歩いたりは?」
「し、してない。近所しか、行ったことなくて」
「まあそうか。普段は練習あるしな」
「阿部君は、この辺、よく来る、の?」
「ああ。こっちの方が地元よりも店あるから」
阿部は横断歩道の向こうの大きな看板を指差すと、あれが目的地だと三橋に教えた。ついでに、通りかかったおむすび屋を指差して「ここは激旨」と追加する。一瞬覗いた店内のガラスケースの中には、確かに見た目にも美味しそうなおにぎりがたくさん並んでいた。
ユニフォームだけ見るつもりだったのに、気がつくと90分が経過していた。
グラブやミットをみたり、バットを振り回してみたり、阿部が防具を真剣に見るのに付き合ったりしたせいだ。
「時間くっちまったみたいで悪かったな」
申し訳なさそうに言ってきた阿部に、三橋はとんでもないと首を振る。
面白かった。楽しかった。ひとりできたってそりゃ楽しいけど、でも、阿部君と居たからいつもよりもずっと面白かった。
勢い込んで言われて、目を丸くした阿部は「そっか」と満足そうに笑う。
「オレも面白かった。見るもん、やっぱ違うし」
「オ、オ、オレも! 防具、とか、始めてゆっくり見た、かもっ」
「まあ普通は見ないよな」
「お、おもしろ、かった!」
「お前、そればっかり」
歯を見せて笑った阿部にどきりとした。
だって、本当だよ。心の中で叫ぶ。
いいお店を教えてくれて、案内してくれて、一緒に行ってくれて、買い物に付き合ってくれて、同じ時間を過ごしてくれて。
誰にされてもそれは嬉しいけど、それでも阿部が相手だと、相手だから、もっと、特別に嬉しい。
隣を歩く阿部を見ながら、買ったばかりのユニフォームが入った袋の持ち手をぎゅっと握り締める。
キツクなったユニフォーム。
それは身長が伸びている証拠で。
今は少し目線が上にある阿部を、いつか、越せる日がくるのかもしれない。できれば超したい。
そーしたら。その頃には。
少しは自信が持てているのかなぁと思う。野球や性格や、イロンナことに。
そうだといいと願っていると、阿部がさっき薦めてくれたおにぎり屋さんの前を通り過ぎた。咄嗟に足にブレーキをかけ、阿部の右手を掴まえる。
「おわ」
「あ、ごめっ」
「や、いーけど。なんかした?」
「あの、おに、おに」
「おに?」
「おにぎり、食べない!?」
付き合ってくれたお礼に奢らせて。
やっとのことでそう言うと、阿部はいいよと三橋を制する。
「奢りはいーよ。オレも自分のもの見たかったし。けど、腹は減ったから買っていこーぜ」
今日の練習は午後からだ。もちろん、三橋も阿部も部活のための準備もしてきている。
集合時間まで、あと1時間20分。
高くて青い空を眺めながら、ベンチの中で、ゆっくりおにぎりを食おう。
阿部の提案に三橋も同意する。
阿部が選んだのは、梅干と鮭と岩海苔。
ツナマヨと鳥唐と天むすといなりを選んだ自分よりは遥かに渋好みだ。
そんなところも阿部君らしいと思いながら、三橋はペットボトルのお茶を2本追加した。
にぎりメシを食べるなら必要でしょう。
ちらりと阿部を見て、せめてこれくらい……は、と言うと、阿部は諦めたようにため息をついて、そして「ありがとな」と告げた。
ありがたく貰う。サンキュー。
ぱあっと顔を明るくした三橋に、でもこれっきりだからなと釘をさすことも忘れない。
――大げさなんだよ、ちょっと付き合ったくらいで。
「そ、そうかな」
「そーだよ。毎回こんなんじゃ、誘いづらくなるじゃねーか」
「え……」
阿部の言葉に驚く。聞こえてきた言葉の意味を理解することができなかった。止まってしまった三橋に、固まるなよと肩を竦めた阿部は、もういちど、ゆっくりと言った。
「これからも、買い物とか、一緒にするだろ?」
「……うん……っ!」
晴天。
コンビニ前。
10時待ち合わせ。
今日、わかったことがまたひとつ。
阿部君は、梅と鮭と岩海苔が好き。
ひとつ。またひとつ、君を知る。
それが、すごく嬉しい。
晴天。
雲ひとつない青い空。
白いボールが今日も高く、飛んでいく。
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