【あなたじゃなきゃ】<2004.7.27>



 夜はただ夢中だった。
 目の前にある体に。
 この事態をどうしようとか、嬉しいとか思う気持ちはやがてどこかに飛んでいき、とにかく夢中で貪った。
 狭い中をこじあける痛さは、時間が経つごとに、あたたかさに包まれる快楽だけを三橋に与える。
 阿部の中で動けるまでじっとして、「いいぞ」と言われて動いて、触れ合うあまりの感触に三回往復しただけで達してしまった。情けなさに泣きそうになっていると阿部の手が背中に回り、三橋を抱き寄せて耳元に囁いた。 呪文のように。
 ――大丈夫。大丈夫だから。まだイケるだろ?
 言葉に導かれるように三橋自身が固さを取り戻す。
 内部で膨れた三橋に、わずかに体を強張らせた阿部だったが、やがてできる限り、力を抜き始めた。
「あ、あべく……っ、オレ、もう……っ」
 阿部の準備が整うまで待っているつもりだったのに、入れているだけでまたむずむずしたものが込み上げてきて、半泣き――零れないまでも目の縁に溜まった涙を自覚できた――で阿部に懇願する。
 暗い部屋の中で阿部が頷いたのが見えた。
 焦る気持ちをなるべく抑えながらも、三橋は前後に体を揺らす。
 少し抜いて、また入れて。さっきよりも大きく抜いて、ゆっくりと戻す。
「……ふ……っ」
 気持ち良さに吐息が洩れる。相手の体を気遣う余裕も、息を吐くたびに無くなっていく。
「う、あ、あ……っ」
「三橋、もっとゆっく、り……っ」



 阿部から出されたリードに従えたのかどうかもわからない。
 出したばかりの自分は、さっよりも長く持って、その分、阿部はきつかったのだろうか。
 意識が戻って自分の体を見た三橋は、腹部にこびりついた残骸を見て初めて、阿部も達したことを知った。
 その阿部も三橋の隣で定期的な寝息を立てている。
 眉間の皺の跡が、昨夜の痛みを堪えたせいだということに気付いた三橋は、少し躊躇った後、そっとそこに口づけた。
 普段より幼い気がする阿部の寝顔をしばらく堪能していると、阿部が身動ぎ、寝返りを打つ。
 反対側を向いた阿部の体からタオルケットがずれて、全裸なことに改めて気付く。
 ――う、わ……ぁ……っ。
 綺麗な背中のラインとか更にその下が見えて、やっちゃったんだ、という事実に三橋は赤面する。
 初めてのセックスは、すごく気持ちが良くて。
 こんな快感を知っているから世の中にはそーゆー系の雑誌や何かがいっぱいあるんだな、とか、そんなことまで考えてしまい、自分の思わぬ思考に慌てふためく。両頬をバチンと叩いて頭をはっきりさせると、急に視覚まではっきりしてきた。
 ――……ッ!!
 三橋の両目に写ったのは、阿部の、その、自分がゆうべ出たり入ったりしたところ、から、溢れている、白濁の液体。
「あ、わ、ど、」
 心臓がこれ以上には鳴らないだろうというほどに大きく鳴り出す。跳ねる。口から心臓が飛び出そう、なんて表現をよく聞くが、まさしくそんな感じで、感覚的には喉の入り口に心臓が来ていると言われても驚かないと思うほどだ。
 どうしよう、と、周りを見渡し、何かを探す。
 だけど「何か」なんてバクゼンとしたものを探していたって見つかるわけもなく、動揺した末に、そうかタオルだと、ようやく気付いた三橋は、ベッドから下りるとタンスからトランクスとTシャツを取り出し身につけ、阿部と、階下でまだ寝ているはずの母親を起こさないように、足音を忍ばせて洗面所へと向かった。
 水を含ませたタオルと、乾いたタオルの二枚を手に持って、また自室へと戻る。壁側に向いていたはずの阿部はまた逆の位置に戻っていて、結構動くんだね阿部君、なんて、三橋を笑わせた。
 阿部の首や胸を見ると、無数の赤い斑点がついている。
「こ、れ、付けたの、オレ……かな……っ」
 そういえば。
 何度も阿部の体に齧り付いた記憶がある。
 自分の行為に照れながら、三橋は水に浸したタオルを阿部の体に当てた。阿部がぴくりと反応する。三橋の手が止まる。が、起きる気配はない。今のうちに、と腕を拭いて胸を拭いて、阿部の体の違和感に気付いた。
「……?」
 黒い、アザがあるのだ。
 一箇所だけではなく、何箇所と。
 腹部や肩、胸や腹と、よく見れば腕にも。
「なんだろ……」
 一番はっきりと残る腕のそれを見て、目を見張る。
 アザの輪郭。
 それは、間違えようのない、扱い慣れた物の大きさだった。
「……ボール、だ……」
 途端、三橋の脳裏に速いそれが浮かぶ。肩ならしでさえ魅力的で「全力」なら息をするのも忘れてしまうほど見惚れてしまう、それ。
「榛名サン、との……?」
 あれだけの速度だ。いくらプロテクターでカバーしていても受け損ねた時の衝撃はかなりのものだろう。カバーの無い腕なら尚のこと。
「……っ」
 気付いたら、頭の上から声が降ってきていた。
「三橋! おい! なんだよ、朝から……!」
 だけど答えられなかった。代わりに、懸命に舌で阿部の体を探る。
 左肩と腕の付け根。
 右の鎖骨下。
 第一肋骨と第二肋骨の間。
 鳩尾。
 左腕の肘から少し手首寄りの場所。
 大小様々なアザを何度も何度も辿る。
「……っ……」
 阿部の息が上がり始める。
 特に胸部や腹部に三橋の舌が来ると、腹筋が震え、下半身が揺れた。
 勃ちあがりかけてくる阿部を握って上下させながら、三橋はアザを上から吸い上げる。
 強く、つよく、強く。
 だけどアザは赤さの中でも存在を主張する。決して同化しない。三橋は音を立てて吸い上げ続ける。
 消えない。消えない。消えない。消えない。
 がむしゃらに弄られて、阿部は顔を上げた。だって気付く。めちゃくちゃなようで、同じ場所しか三橋が愛撫して来ないこと。
 三橋が吸い上げる場所を見て、体が震えた。その場所は。
 過去、硬球が当たった場所だった。
 目が眩むほどの痛さを伴った胸の傷。
 息ができなくなるほどにめりこんだ腹の傷。
 縫い目さえくっきり残った腕の傷。
 苦い中学時代の古傷たち。
 榛名の触れた傷に、三橋が唇を寄せているのだ。繰り返し、繰り返し。
 ぞくそく、した。
 やましいことなんてあったわけじゃない。そんなことを考えるのがおぞましいと思うほどに何もなかった。だけど、三橋は榛名を気にしていて、それが、こんな態度を取らせているのだ。マウンドを離れた今も。
 阿部は小さい声で言った。
「……泣くなよ」
「泣いて、ない……」
「そう? じゃあいいけど」
 もっと小さく返ってきた声にそう言うと、「もう痛くないって」と告げた。
 三橋がコクンと首を振り、左腕から唇を離した。
 三橋は阿部の足を広げて、そこに自分の体を割り込ませる。
 そうしてトランクスを下げると阿部から分泌された液を阿部の後ろと自身に塗りつけて、静かに阿部の中に沈みこんだ。
「うぁっ……!」
 裂かれる衝撃に阿部が喉を後ろに反らせる。
 弓なりになった阿部の胸のアザに、三橋はまた口づけた。
 悲しい。寂しい。愛しい。切ない。いろいろな想いが込み上げる。
「三橋……っ」
「スキ、だよ、阿部君」
 阿部の最奥まで入り込んだところで言ってみる。「知ってる」と微笑まれて、三橋も笑った。
「ウヒ」
 泣き笑いの微妙な表情に、やっぱり微妙な表情で返すと、阿部は突き上げられる動きに集中した。



 拘っているのは三橋だろうか。それとも自分なんだろうか。
 だけど、阿部にはわかっていた。両方だということ。
 互いに払拭できた時、もう一度言ってやろうと思って――やっぱり訂正した。
 ちょっと待てよ。オレはちゃんと言ったじゃないか。
 投手としても、投手じゃなくても、お前がスキだって。
 あんな恥ずかしいことをまた言うなんてごめんだ。阿部は三橋に気付かれないようにため息をついた。
 まったく。
 うっかり迷ってしまった自分も間抜けだけど、信じない三橋も三橋だ。
 時間を掛けて気付かせてやろうと決意する。
 なにせ、あと二年半強、残っているのだ。



 気付いてよ。
 信じてよ。
 あなたでなければ、だめなこと。




***********************************************

うーん、だいぶ強引(がっくり)。
なにか、こう、もっとジレンマが書きたかったような気がするのですが、
なんだか途中で見失ってしまいました。
榛名サンの存在はデカイよね!だけ伝わっていれば、まあいいか(←おい)。




<ブラウザの戻るでお戻りください>