<僕らが旅に出る理由〜黒白SIDE〜>※紺部分、新平SIDEと同文。
「な……」
白馬探は、部屋の惨状に目を見張った。
呆然と呟く。
「どうしてこんな……」
幼なじみである西の名探偵として名高い服部平次その人が、久し振りに事件を抜きにして遊びに来ると言っていたのが二週間前。
その頃だと花見シーズンだね。
確かに探はそう言った。
なに、服部来んの? オレも遊びたい。
探のクラスメイトで、でもって更に、あの、そのつまりはそーゆー関係だ、の黒羽快斗も週末を一緒に過ごすことになった。
こっちが二人だからそっちもね、ということで、平次の相方――探偵としても恋人としても――の工藤新一も遊び仲間に加わることを勧めた。
そして約束の金曜日の夕方。
放課後、運悪く担任に捕まってしまった探は――担任が近づいてきた時点では快斗もその場に居たはずだが、いつの間にか姿は消えていて背中に「お前の家で待ってる」なんて張り紙が貼られていた。待つのは家じゃなくて、そこの家主だろう、もう――気の良い担任が気安く引き受けてしまった修学旅行のしおりなるものの制作手伝い要員として駆り出され、下校時刻を告げるチャイムがなってから既に三時間は経過しただろうという夜九時もわずかに回った今現在、ようやく帰還と相成ったわけである。
父親同士が知り合いで、幼い頃から行き来のあった探と平次だったから、探が何も言わなくてもバアヤはもてなしてくれるだろうし、寛ぐだろう。
自分を見捨てて先に帰った快斗に至っては、その図々しさも想像の範疇で。
だがしかし。
「よお、遅かったなー、さぐー」
「さぐちゃん、おっそーい、つか、酒、たりなーいっ♪」
「……邪魔してる」
居間に散らばる、もの凄い本数の酒酒酒。
缶ビン問わず、というより、酒の銘柄そのものを問わないらしい。
ビールに始まり、カクテル、焼酎、日本酒、ワインにウィスキー。
つまみの空き袋も相当な数だ。テーブルの中央には、多分バアヤが出したと思われるオードブルセットの空き皿がどんと、鎮座しているし。
いったい、どれだけの胃袋を持ってして、これらの物品を納めたというのだろう。
白馬家のリビングでゴロゴロゲラゲラと暴れる同年齢の男三人の酔いどれ姿。
探は帰ってくるまで「ボクがいなくてもくつろいでくれているといいんだけど」とは、確かに思っていた。
思ってはいたが、ここまで自由にやられると呆れる以外の何者でもないのは確かである。
憮然たる面持ちで立ち尽くす探に近寄った快斗は、その首に両手を回し、けらけらと笑う。
「なーに、怒った顔してんの、さぐちゃん。もっと楽しくいこーぜぇ?」
「君にさぐちゃんって呼ばれる覚えはないね」
「え、探、怒ってるん!?」
快斗の言葉を聞き齧った平次が探のズボンの裾を引っ張って、なんだか甘えムードだ。
「そらオレら、もうこーこーせーやし、さぐちゃん言うのも悪いなって思てんけど、なんや気ぃ緩むと昔の呼び名になってもーて……あかんかった? いや? さぐ、オレんこときらい?」
目をうるませて。呂律のまわらない口で。探を見上げる。
そうか。平次って酔うと幼児化するのか。
知りたくもなかった幼なじみの変化に「いや、怒っているのはそっちじゃなくて」と顔を引き締める。
「別にね、ボクだってお酒は多少嗜むし、今更未成年がどうのこうのって言うつもりは全然ないけど、君たち、子供じゃないんだからさ! 飲んでもいいけど部屋は綺麗に保ちなよ! なんだい、このゴミ! 食べかす! 一度シャキっと片付けて……って、言ってるそばから床に缶を放り投げない、そこ!!」
そこ、とは。
静かに、だけど確実にアルコール量を増やしている、快斗によく似た顔立ちの――ああ、目が据わっている――東の名探偵。
「ああ?」
快斗や平次のように気軽に絡まない分だけ、妙な迫力がある。
「……もういいよ……」
酔っ払いは無敵なんだと誰かが言っていた。
埒が、あかない。
探は心の底からため息をつくと散らばった缶を一箇所にまとめ始めた。
よくもまあこんなに飲んで。
一体何時からこんな宴会を始めていたのか、謎である。
だがしかし、今日は学校があったわけで、更に平次は大阪から来たのだ。午後四時台の新幹線に乗ったとしても探の家に辿り着くのは夜七時にはなるわけで。
二時間弱……?
時間を辿り、考えていた以上のハイペースさに、探は身震いをした。
尋常じゃないペースでの酔っ払いはまだ序の口で、これから本流に乗り始める頃じゃないのだろうか。
悪い予感というものは得てして実現してしまうものなのだ。
「きたないんがあかんのやな?」
「え?」
「じゃあキレイなトコに移動しよーぜ、白馬!」
「ええ?」
「お前んちの桜、結構綺麗に咲いてたじゃん」
「えええ!?」
違う、そうじゃない。
もちろんそんな白馬の叫びは酔いどれ共には届かず、ビニール袋に入った大量の酒を新一が、つまみを平次が、そして探を快斗が手にして、宴会場所はリビングから庭先へと替えられた。
引き摺られ外に出て行く探に、バアヤが「後片付けはやりますのでお気になさらずに。ごゆっくりなさってください、お坊ちゃま」と礼なんかして、そこじゃないだろう気を配るところはさ、と探の肩を最大に落とす結果となった。
そして酔いどれ共は宴の真っ最中。
「はーい、オレ、おーさまー! 一番と二番がー、くんずほぐれつで四の字固めー!」
「えーっ、痛ぇのはヤだよ。誰だよ一番」
「オレ」
「くーどーうー? どーせなら平次が良かった……」
「おい、王様。ジャーマンスープレックスに変更しろよ」
「もちろん工藤が投げられる方だよな?」
「バーロッ、んなもん黒羽の役に決まってんだろ」
「なんでもいいから怪我しないようにね。ほら、平次、酒零してるよ、しっかり持ちなって」
「さぐちゃんはおかんみたいやねー」
「はいはい。ほら体が斜めになってる。もう飲むのやめたら?」
「なんでー? 楽しいもん。まだまだ。はい、まーぜーてー、引く。くどおもくろばも! おーさまだーれ!?」
「オレ。もうネタねーって。服部、番号見えてる。……二番と三番は明日水族館巡り」
「はぁ!?」
新一の命令に激しく反応したのは三番を手にした黒羽快斗。
「なにそれ、嫌がらせ? 嫌がらせだよな? うっわ、工藤最低ー!」
オレが魚嫌いなの知ってるくせに。
「あったりめーだろ、だからそれにしてやったんだ。つーか、どこであれデートするきっかけ作ってやったんだから感謝ぐらいしやがれ、ばーか」
「……で、ボクは結局巻き込まれるんだね……」
探の呟きなんて、当の本人たちには聞こえない。
「むっかつくー。平次寄越せ、もっかいやろう! ほら、引け、工藤」
快斗は平次の手の中から奪った「王」という文字と三番までの数字が書かれた割り箸をじゃこじゃこと両の手のひらで擦り合わせると新一に向ける。そして残りの二人にも。
最後に残った一本を高々と掲げてにっかり笑う。
「一番と二番は明日井の頭公園でデート! ボート乗ってこい。証拠写真も忘れずに!」
「なんだよ、それ!」
お前、今絶対なにか細工しただろ、と、新一が快斗に詰め掛けているが、それを悟らせるほどマジックの腕は鈍くない快斗だから、当然そんな抗議は却下だ。
そして(二人の)話し合いの結果、証拠写真は二組とも。
何枚かは第三者に取ってもらう、という誓約が交わされたらしい。
そんなこんなで、休日のはずの土曜日は昼間から健康的に行動的に出かける運びとなったのだ。
快晴。
さわやかな空とは打って変わって、最寄駅へと向かう快斗の足取りは重い。
「水族館巡り……って、まさか本当にハシゴしなくてもいいんだよね?」
「してたまるか」
「機嫌悪いね」
「良くてどーするよ。嫌なトコ行くのに」
「自業自得だろ」
「なにが」
「あそこまで工藤くんを酔わせた君が悪い」
「オレのせいかよ」
「違うのかい?」
三人の中では一番まともだったくせに。
探は快斗の三歩前に進んで、くるりと振り返る。
「雰囲気に酔っていただけで、心から泥酔していたわけではなかった。工藤くんや平次を止めようと思えば止めれた。ボクがおたおたするのが楽しかったからそのままにした。そうだろ?」
「自信たっぷりじゃん」
探はまた前を向いてスキップでもしそうなほどの軽さで足を弾ませて歩いた。
「君のことならね」
「……すげーね、愛ってヤツ?」
余裕綽々な探がなんだか悔しくて挑発的に煽ってみれば、それはあっさりとかわされる。
「それもあるけど、単純なんだよ、君の思考」
愛情、が、否定されないところがまた余裕っぽくて敵わない。
敵わなければ素直になるしかないわけで。
「はいはい。面白がったオレに天罰がくだったんですよ、カミサマから」
両手を頭の後ろで組んで探の後を追いつつ、せめてもの提案。
「サンシャインにしよーぜ。今、カエルいるんだって、カエル」
「カエル?」
「よんじゅっせんちにもなる世界最大のカエルだってよ。実際にいるやつは二十センチくらいらしいけど」
「……二十センチの蛙……」
「魚で具合悪くなった時のアフターケアもあるし、サンシャイン。間違っても葛西には行かねーからな」
都内で有名な水族館は三つ。
しながわ水族館とサンシャイン国際水族館と、葛西臨海水族園。
水族館以外もある池袋がいいだろうなとは探も思っていたけど、意地悪心が少しだけ沸きあがってきたので、言ってみる。
「他のところもアフターケアあると思うよ? 葛西臨海水族園はペンギンが有名じゃないか。結構広いところで飼育されてるんだろ?」
「ペンギンは有名だけど回遊しているマグロも有名です、あそこは」
「しながわ水族館のサメ水槽も興味あったんだけど」
「サメでもカメでも見たかったらどーぞご自由に! 知ってるか? しながわは小さい魚の宝庫なんだぞ? イワシだのイシモチだのが群れで泳いでんの、一糸乱れず! 行けるか、そんなとこ!!」
「サンシャインはなんで大丈夫なのさ?」
駅構外の階段を昇り、改札へ向かいながら、そんなのは調査済みだと快斗は胸を張る。
「今、あそこは特別展で犬猫タッチ広場があるんだよ! 可愛げのない魚を見て気持ち悪くなったら、ふかふかの犬に触って復活すんの」
「ああ、そう……というか、魚に失礼な……」
だって嫌いなんだからしょーがねーじゃん、と快斗は駅の券売機で池袋までの切符を買いながら笑った。
「それに、隣接のプラネタリウムで盛り上がるのも、いーんじゃねぇ?」
たまには。雰囲気出して。
探もその計画に微笑み返す。
「悪くないね」
ホームには丁度電車が到着したところだ。
「……撮っておく?」
「おう!」
「本気?」
「なんでだよ、可愛いじゃん」
家族連れが多い館内で、でかい図体した自分たちがこそこそしている姿はかなり違和感があるかもしれない。
探はそう思いながらも鞄の中からカメラを取り出した。
世界最大のゴライアスカエルとかいう、でっぷりと肉厚で手も足も太く、暗いとも明るいとも言いにくい緑色のボディのカエルの前でピースと共にご機嫌な笑顔を見せる快斗にシャッターを切りながら、折角水族館に来たのに、と、ため息をつく。
「コイツ、二メートルもジャンプできんだってよ。つーか、太腿が妙にリアルでなんともいえねーよなぁ。で? なになに……『脚を伸ばした状態の体長は七十センチから八〇センチにもなる』? すげーよな、オレの腰くらいまであるんだ……って、でけぇ!!」
「……楽しそうだね」
「白馬もゴライアスちゃんと写真撮るか?」
「いや、結構」
それより。
「魚、みたいんだけど。少しは」
到着してからこっち、快斗はカエルだのカワウソだのペンギンだのアシカだのアザラシだのペリカンだのフラミンゴだのを見て回っている。魚らしい魚ははマンボウしかみていない。
魚を避け、だけど同じ場所をうろうろするから、快斗の方が回遊魚のようだ。
「約束、したんだろ。魚群の水槽の前での写真も」
「……クリオネで勘弁してくんねーかな……」
これならまだ見れるんだけど、と、薄暗い館内で薄暗い水槽を快斗は覗いた。
ブラックライトで照らされている水槽には小さなハダカカメガイがふよふよと遊泳している。
「だめなんじゃないか。だって『ハダカカメガイ』だし」
ってことは貝なんだろ、これ、と探もクリオネを覗き込んだ。
頭部に小さな角を生やし、両手を広げて左右上下自在に泳ぐ生物。
動きを追っているとフラッシュが焚かれた。
「クリオネと白馬。なんかお似合い」
探はいつの間にか快斗の手にあるカメラに苦笑する。
「君、スリにいつでもなれるよね」
「ひでー感想洩らしてんじゃねーよ! ああ、もう。ほんと、クリオネっぽい、白馬」
「どういう意味だい?」
「可愛い顔して肉食。顔みたいな部分ぱかーっと開いてバクバク食べる獰猛性と、その毒舌。もうそっくり!」
「……可愛いってところだけ受け取っておくよ、ありがとう」
じゃあ、と探は綺麗に微笑んで快斗の手首を取った。
行こうか、魚群の水槽の前に。
青くなった快斗が、すみません失言でしたごめんなさいと、いくら喚いても、それは後の祭り。
ねえ、と探は声を掛ける。
おう、と快斗声を返す。
だけど。
意思の疎通はままならない。
ねえ、と探は六度目の問い掛け。
「こんな写真じゃ工藤くん、納得しないと思うよ?」
快斗も六度目の答えを返す。あくまで自分の意見は曲げない。
「納得するかもしれねーだろ、いいから撮っとけ」
肩を竦めて探はシャッターを切った。
レンズに収められている風景は。
狭い浴槽びっしりに詰まったマイワシの群れと、その前で目を瞑って引き攣った笑顔を見せる快斗の姿。
もう三枚も撮った。
マイワシの前には、館内一番の大きさを誇る水槽で泳ぐ、サメやウツボや亜熱帯のカラフルな魚と四枚。
これらの写真の方がよっぽど恥で笑い者にされるんじゃないかという思いは、胸の中に仕舞っておこう。
それが優しさになるかどうかはわからないけれど。
だがこれで、課題はひとつを残すばかり。
気味悪そうな水槽を見ないようにして歩いていた快斗は、自分の少し後ろを歩いていた人物が立ち止まったことに気がつかなかった。
また出口に出てしまい、どうしようかと振り返って。
「あれ?」
居ないことに初めて気付く。
「マジ?」
また中に戻れって?
しばらくその場で待つなんて悪あがきもしてみたけれど、一向に背の高い茶髪が現れる気配はなかったので、心を決めて魚の中に逆戻り。
探は、ひとつの水槽の前でぼんやり立っていた。
快斗が近づいても身動ぎもしない。
探の視線を追って水槽を視界に入れた快斗は息を呑んだ。
桜が、降っている。
水の中に。
結局、プラネタリウムには行かなかった。
気分を和ますためのワンニャンタッチ広場にも。
ただ、探の家に真っ直ぐ向かう。
早く帰りたかった。
ふたりに、なりたかった。
レースのカーテンから差し込む陽射しが探の白い肌を更に白く見せる。
上下する胸が誘っているようで、快斗はそこを彩る片方に口付けた。
「あっ……」
唇で覆って、食んで。
舌先で突付くと、硬度を保ち始める。
かたい乳首を前後左右に、夢中で倒した。舌と指で、一生懸命。
「……ふ……あ……っ、あっ」
二分も続けた頃だろうか。
探の腰が淫らに回り始め、立てた膝で膝頭同士を擦り合わせ出した。
突起への愛撫は下半身をダイレクトに刺激したらしい。
「あ……ぁ……っ!」
掴まれた肩に爪を立てられて、快斗は与えられた痛みに少しだけ眉を顰めた。
探の膝から、太腿の内側に手を入り込ませると左足を外側に倒して開かせる。
開いたそこに体を割り込ませ、すでに屹立している探を柔らかく握った。
「ああ……!」
跳ねる体を巧みに抑えて、先端から滲んでいる液体を全体になすりつけていく。
ぬめりが扱きを助け、より一層上下に揺らしやすくなる。
「や……やだ、黒……ばく……んっ」
枕の上で必死で被りを振る探の固く閉じた目尻からは水滴が流れる。
顔全体に優しいキスを降らせながら、より優しい動作で目元の涙を拭ってやると、快斗は揺すっていた前から液を掬い取り、後ろに持っていく。
「!」
「動くなって。ちゃんと慣らしてやるから」
「そーゆー問題じゃ……!」
「いいから任せなさいって」
濡れた指を入り口に向かって伸びる放射線に押し付け、間を濡らしていく。
掬って、伸ばして、掬って伸ばして。
ひくひくと慄きながらも、探のそこは徐々に快斗の中指を飲み込んでいった。
「この頃やってなかったもんな。固く、なってる……か。もうちょい……」
「うあっ」
ひとりごとのように呟いた快斗は自分の先端を探の蕾に押し付けた。
興奮から出たぬるぬるした先走りを探に塗りつけていく。
後ろに当てられて感じる快斗の熱が与える羞恥に、探は目を閉じた。
が、閉じた視界の分だけ感覚が鋭くなり、快斗の大きさに敏感になる。
「……黒羽くん……っ」
激しい鼓動が聞こえる。自分から。快斗から。
心臓と性器と、両方から。全身が振るえている。
もう。
「もう……なんだよ?」
快斗の問いに、顔を朱に染めると、探は少しだけ躊躇してからその首にかじりついた。
快斗だけに聞こえる声で願いを届ける。
「早く、してくれ」
ぶっきらぼうに言われた言葉に満足して、快斗は探を開いていった。
「く……あっ……!」
狭い入り口はそれでも押し込まれる快斗を受け入れ、快斗の形に広がる。
隙間無くぴったりと入り込んで。
内部の気持ちよい圧迫に、快斗は息を止めて快楽をやり過ごす。でないと挿れただけで達しそうな勢いだった。
息を整えた快斗は、注意深く動き出す。
抜くときは静かに。入れるときは激しく勢いをつけて。
「……っっ!」
時折奥を掻きまわすように。
「あ、」
抜き差しに合わせるように、探の喉から悲鳴にも似たかぼそい声が湧き起こる。
「あ、ああっ……ん…っ……、あ、あ、あっ」
繋がる箇所から卑猥な音が生まれはじめる。
繰り返し、繰り返し、繰り返し繰り返しくりかえしくりかえし。
内腑を、襞を、壁を擦って。
「……っ」
縋ってくる探の白い二の腕の内側が目に入って、快斗はそこに吸い付いた。
赤い、斑点ができる。いくつもいくつも。
花びらのように。
「……あ、……っ……んああっ…!」
「――――っ!」
一際高い最後の声を探があげたのと、探の奥壁に向かって快斗が欲望を放出したのは、ほぼ同時だった。
「綺麗だったね、サケビクニン」
いつの間にかオレンジになった陽射しを浴びながら、ベッドの上でタオルケットに包まった探が歌うように言った。
きっと脳裏に焼きついた、暗闇の水槽でひらひらと泳いでいた透明感のあるサクラ色の不思議な魚を思い出しているのだろう。
魚というよりは火の玉。現実的に言うならおたまじゃくしのような、それ。
クリオネと同じく、日本海やオホーツクの流氷漂う海に生息するという魚は、時が経つのも忘れるくらいの優雅さで探を魅了した。
魚特有のぬめり感とか、ぎょろっとした目玉だとか。
そんなものがなかったせいか、快斗もしばらく探と並んで見惚れていた。
ひらひら。はらはら。ふわふわ。
花びらや、雪のような、舞感。
幻想的な光景。
地上では、どんな生物もあんな動きはできない。
花びらにしたって雪にしたって、必ず最後には地面に落ちてしまうし。
快斗がそう思ったとき、少し高い位置から優しい声が降りてきた。
好きだよ、と。
「ボクは好きだよ。魚。水の中で、こんなに綺麗に、力強く動いているのを見るだけで、なんか勇気が湧いてくる。人間は本能の部分で水が好きだから、きっとその力もあると思うけど、でも、なんかいいじゃない?」
陸では動くどころか呼吸さえもできない大半の魚類だが、水中ではかなりのパーセンテージで自由だ。
人間じゃ、こうはいかない。
獣のように早く走れない。鳥のように空を舞うこともできない。
不恰好にそれなりの速さで地面を歩くことしかできない。
物に、文明に頼ったところで、便利さと見た目の優雅さは一致しない。
「だから、憧れる」
獣のように。鳥のように。魚のように、なりたい。
そうやって進歩してきた。
これからも努力をする。
だけど一生届かない、憧れたち。
「そうだな」
小さく、快斗も囁いた。
その時通りかかった女子高生にカメラを預ける。
罰ゲームでさー。こーんな雰囲気いいところで野郎同士でいちゃつき証拠写真取って来いなんて言うんだよ。悪いんだけど撮って貰える?
顔立ちの良さと愛想の良さに、快斗の頼みはあっさり承諾され、お題目『キスシーン』なる写真は、無事フィルムに収められた。
当然、人前だし、探をしゃがませて額へのチューだ。
苦手だった魚が少しだけ好きになれた気がする、土曜日。
日曜日。
工藤家の隣に住む発明家阿笠博士の家に集まってきた十七歳男子たちは、賑やかに暗室に閉じこもる。
手にしているのは互いのフィルム。
一昨日の王様ゲームより王様に定められたデートを決行してきたかどうかの見定めに。
写真屋に現像を依頼しようとした瞬間、新一から探に電話が掛かってきたのだ。
博士が暗室を持っているから自分で現像できる。明日オレん家に来いよ、と。
現像の仕方を博士から聞き、そして今は実験中だ。
怪しげな液体に付け込んだフィルムをピンセットで摘み出す。
「うお、マジで出てきた!」
「映らなかったら現像している意味がないだろ……」
「そーだろーけどさぁ、ロマンってーか感慨てーか、そーゆーのの無いヤツだなっつーか! 工藤、なんか恰好つけ過ぎ! どこのエセモデルだよ」
「平次は馬鹿面多いし……。何やってたの、君たち……」
快斗と探が覗き込んでいるネガには、斜め四十五度の角度の新一や鳩に襲撃されている平次や、たこやき、フランクフルトに焼きそば、焼きとうもろこしと、食べ物を手にしてブイサインをする二人しか現れない。
だけど雰囲気の違う写真が二枚。
神聖な空気を放って浮島に佇む社。
と、それを画面の端に、楽しそうにキスをする二人の写真。
「……」
快斗は黙ってそれを渡して自分達のものと交換した。
ちぇっ。
内心、膨れていたりする。
手元に戻った写真からサケビクニンの水槽前で取った、お子様のキスシーンを探し出す。
人前も何も関係なしに。
唇に吸い付いてやればよかった。
恥知らずなあいつらみたいに。
ボートの上での写真がうらやましくてため息をつく。が。
ちょっと待て。ボートの上……?
「おい、工藤」
「なんだよ」
「第三者に頼んだ写真ってもしかしてアレかよ。動物園の前の……」
「リスと撮ったやつだろ。可愛いかったか?」
「……アノ写真は……?」
「アノ? ……ああ。あんなの人前でするわけねーだろ、ばーか。セルフタイマーってもんがあるじゃねーかよ、カメラには」
「……」
お題目『キスシーン』そして『第三者に撮ってもらうこと』
キスシーンは自分達で撮れない。だからもう一個の条件と一緒くたにしてしまったのだ、快斗は。
「馬鹿かも、オレ」
「うん、馬鹿だな」
「うるせー」
「いいじゃん、楽しんだみてーだし」
「……まぁ」
「恥はかいてるけどな」
「うるせーよ、工藤、あっち行け!」
言われなくてもそーするよ、服部帰る時間だし、と片手をひらひら振って新一は暗室から出て行った。
平次も「じゃあまたな」と明るく笑って後に続く。
ここは快斗と探にとっては何の関係もない他人の家である。
誘った本人が出て行っては長居なんてしていられない。
カバンを手にすると、快斗と探も慌てて外に出た。
お邪魔しました。くだらないことに使ってごめんなさい。いや、本当に。
たまには、こんな休日も良しとしよう。
……今度は井の頭公園にも行きたいかもしれない。
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再録です、すみません;;
2003年3月のコピー本でした。
新平SIDEと連動した話ですー。