【ラストシークエンス】



 好きなんだということを伝えた。
 同意の言葉も貰った。
 そのまま手を出そうとしたら「まだ早い」と言われ、それもそうかと思ったので、とりあえず我慢をした。
 だけど。
 それから半年が経っても出来ない――全部が全部ではないが――というのは、ゆゆしき大事件じゃないだろうか。健全なる中学三年生、しかも、もう卒業を目前に控えた三月に入ってしまった今なら、尚更。
「どうよ?」
「どう……って……」
「気持ちいいとかよくないとか」
「よくない、かな」
「お前ねー」
「っから、揉むなと……っ」
 三上は、正直過ぎるほど正直に答えてくれやがった渋沢の尻を力任せに揉んでやった。



 唇を重ねてキスをして、それを深くしていき舌を絡める。ここまでは問題はない。渋沢もキスは好きらしい。
 渋沢の舌に自分のそれを這わせたり、先端を軽く食んだりしながらシャツの中に手を滑り込ませ、脇腹をなぞって胸に到達する。胸の中央に位置する突起のひとつに指を当て、そこを中心にぐるぐると回る。尖ってきた乳首に爪を立てたり引っ張ったり押し潰したりするのも今は慣れてきたらしい。
「……っ」
 この頃になると息が荒くなり始める。
 髪の毛に手を差し込んで、見た目より固い、だけどサラサラ感が気持ちいい渋沢の髪を梳きながら下着の中に手を入れる。びくりとする渋沢をキスで宥め、まだ固まっていないそれを軽く握り込む。
 傷つけないように優しく手のひらで揉んでやる。小指の先で袋を刺激しつつ、根本から上に裏筋を強めに押していく。
「ふ……」
「いい?」
 耳元に囁きかけると躊躇いながらも首が縦に振られる。
 オーケイ。まだイケるな。
 三上は渋沢のくびれの先の割れ目に親指を乗せた。撫でる。撫でまわす。旋回する。
「……っ……う、みかみ……っ」
 渋沢の腰が動き出す。三上の手から逃げるように、そして押し付けるように、下半身を波立たせる。
 先端には液体が滲み、それが三上の親指の腹を濡らしていた。
 ゆっくり、はやく。
 緩急をつけながら先端を刺激し、茎を擦る。旋回と上下運動と、その両方が渋沢を最高の大きさにまで変化させていく。
 三上の肩に置かれた渋沢の指に力が込められた。
 三上はこの瞬間が好きだった。
 武蔵森の守護神と呼ばれ、中学だけではなく、高校やその上の世界からも注目を受ける渋沢が、こうしている間は、その強さも見せず、ただ自分に縋っているのだ。優越感や独占欲などといった馬鹿らしい、そしてかなり自己満足な充足感を得られる。
 同い年だし、男同士だし。
 そんなことを感じるのが異常なのかもしれない。
 だけど、同い年で男同士だからこそ、サッカーで実力を認められない自分と認められる渋沢の差に嫉妬を覚えてしまう。醜いとか弱いとか、そんなことは三上にもわかっているし、できることなら感じたくない。だけど現実にその感情は確かにあるのだ。
 ――みっともねぇな。
 自嘲するように苦笑して、身体をずらすと渋沢の左足を大きく開かせる。間に顔を埋めて、震え、開放を欲しているそれを口に含んだ。
「あっ」
 くびれを唇で包む。やさしく覆う。ちらりと渋沢を見ると与えられる快感にどうにか慣れようとしているようだ。嫌悪も拒否も見られない。それを確認した三上は、亀頭から唇を外して、猛る渋沢を指で支えながら茎を横から咥える。右側。左側。そして裏筋を舌で下から上へ。
 そして息を大きく吸い込み、喉の奥まで口の中に収めた。唾液で滑りをカバーしながら動かす。
「――っ」
「どんな感じ?」
「また、お前は……っ」
「だって何がどんな風にヨくて、渋沢がそれを好きなのか嫌なのか、知りてーんだもん」
 だから教えて? 
 問いながら、渋沢の体液と三上の唾液で濡れそぼっている渋沢に息を吹きかける。
 そんなところに冷気を感じるなどという体験はまずないだろう。
 息を止めた渋沢を、やっぱり可愛いと思った。言葉を追加する。
「俺だけが一方的に楽しいのはヤなんだよ。だから聞かせろよ。なにが良くて、どこがいい?」
「……手、も」
「うん?」
「手も、かなり良かったが、口はそれよりも……なんていうか、やわらかさがいい、というか、その、皮膚では、なしえない温度とか、それに動かれると……」
 それまで必死に言葉を綴ろうとしていた渋沢の口から音が発せられなくなり、やがて静かに「だめだ」と言った。
「渋沢?」
「三上」
 ベッドに手のひらをつけて起き上がると三上を見下ろし、困った顔を作る。
「今までに感じたことがない感覚だから、どう言ったらいいのか、わからない」
 ――かっわいいなぁ、おい。
 三上は、出そうになった言葉を精一杯抑え込む。
 いくらこーゆーことをする関係でも、男が男に言われて嬉しい言葉ではないだろう。
 だが言葉はともかく、表情までは抑えきれずに笑ってしまう。多分、自分でもそうそう見せた覚えがない満面の笑顔――邪心抜き――だ。
 笑って、微笑んで、じゃあイくまでやろうな、と言う。そして行為を続行した。
 気持ちいいってさ。
 言葉にできないくらいイイんだってさ。
 嬉しいのと興奮するのとで、行為に熱がこもる。舌を細かく動かして先端に浮かぶ液を舐め取る。割れ目を硬くさせた舌先をで突つく。
「……ふ……っ、ん、ぁ……」
 渋沢の口から定期的に嬌声が出始めた頃を見計らって、三上は動きを早めた。
 唇も舌も口内の粘膜も指も、すべて用いて、ただ動かす。渋沢が気持ちよくなるように。俺で感じるように。そう、願いを込めながら。
 三上に収められた渋沢が痙攣を始める。血管がびくびく言い始める。感じている快楽は三上の頭を締め付けるように狭まっていく太腿の力が教えてくれる。
 ――フェラって、する方もされる方もマジでやらしいよな。
 先端を思い切り吸い上げた瞬間、硬い渋沢が最大に膨らみ、熱い精液が三上の喉奥を目指す。
 渋沢から出されたそれを「苦い」と嬉しそうに言って飲み込んだ三上は、渋沢の身体を再度、倒した。
 倒して、膝の裏に手を当てて渋沢を転がす。
 性の解放に自分がどんな姿にさせられているのか、すぐには判断がつかなかった渋沢だったが、荒い息の下で不思議に思う。
 ――なぜ自分の膝が自分の胸についているんだろう。というか、この姿は。
 下半身に違和感を感じた。
 生温かいものが、あろうことか、いわゆる尻の穴、に触れている。
 ――これは、三上の舌か……って、え!?
 次の瞬間、渋沢は全身の力でもって、三上の腹を蹴飛ばした。



「舌もダメで指もダメ。こんな状態じゃアレなんてもってのほかだろうし」
「ちょっと待て。アレってなんだ」
「決まってんじゃん。俺のコレ」
 三上が指した物体をみつめる。三上の体の中央。見つめて後ずさる。
「むむ、むむむ、無理だ! そんなものが入るわけがない!」
「そりゃ、イキナリは無理だろうよ。だっから、解して広げてやろうとしてるんじゃねえか」
「解すだの広げるだの言うな、なまなましい!」
 目を逸らして叫んだ渋沢に三上は深いため息をつく。
「あのさぁ、克朗くん?」
「なんだ」
「そのナマナマシイことをするために、俺たち素っ裸になってんじゃねえの、四ヶ月も前から」
「う……」
 そうなのだ。キスだけでは我慢ができないと、先に痺れを切らしたのは三上だったが、努力すると言ったのも確かに自分なのだ。
 キスから初めて、触られて、触り返すところまではなんとかクリアできた。だが後ろを探られるのだけは、理性が目を瞑らない。羞恥が激しくて、拒否してしまう。
「初めてん時みたく足が飛んでこない分だけ、マシになったとは思うけどよ」
 三上は自分のみぞおちを擦りながら言う。そこには一時期、風呂に入るたびに後輩たちが目をむくほどに凄い青痣があった。
 なにしろ三上はサッカーをやる者の脚を受けたのだ。加えて三上は完全に力を抜いていた。構えるなんて言葉が存在しない状態で見事にみぞおちに決まった渋沢の蹴りは三上の息を止め、意識までもを奪った。初夜にこんなんって有りかよ。そんなつぶやきを渋沢が聞いたのは、次の日の朝、鳴り続ける目覚ましを止められないほどに打撃を受けていた――身体的にも精神的にも――三上のベッドを覗き込んだ時だった。
「だから、それは悪かったと」
「そう思うなら進展させろよ」
 つーか、努力するって言いつつ、その気ねーだろ。
 単刀直入に言われ、渋沢は返す言葉に詰まる。
 だって、だいたい、何をどうすれば覚悟なんてものができるというのだ。どれだけ息を呑む行為かわかっているのか。
 と、考えて、そうかと手を打った。三上をまっすぐ見る。
「そういえば、いつから俺が下だと決まったんだ? お前でもいいじゃないか」
 至極まっとうな質問と切り返しだと言わんばかりに得意げな様子の渋沢の目は、次の瞬間、大きく開いた。
「それもそうだな。じゃあ渋沢がやってみるか?」
「え」
 予想外の答えを三上が出したからだ。
「俺の覚悟は当の昔に決まってるぜ。大丈夫。逃げたりしねーよ。けど渋沢」
 するりと、渋沢の首に三上の腕が絡む。
 三上は渋沢の上に跨ると、耳元で甘く囁いた。
「初めてだから、やさしくしろよ、ダーリン」
「――ッッ!」
 だって、急に、そんなことを言われても。
 パニックで口をパクパクさせる渋沢の頭上から冷静な声が振ってきた。
「五、四、三、二、一。はい残念。お情けタイム終了」
「は」
「は、じゃねえよ。心優しい俺が折角譲ってやったのにうんともすんとも言わねえから、渋沢はその権利を放棄したものだと見なす。よって、今の案は却下。やっぱ渋沢が下ってことで」
「そ、そんな横暴な話があるか!」
「あるだろ、ここに、今実際。行動に出なかった渋沢が悪い」
「いきなり言われて対処できるか!」
「俺だったらするぜ」
 三上は声に自信を漲らせて即答する。
 するよ、即答なんて。たとえどっちの立場でも。
 だってお前が好きだから。
 離さないためなら、なんでもやる。
 臆面もなく言われ、渋沢の顔が赤らむ。
「またお前はよくそんな歯の浮くような台詞を……」
「浮いてなんかいらんねーんだよ。時間がない」
 もう三月。中旬には卒業式を迎える。
 そうなったらジ・エンド。別れの季節だ。
「そうは言っても上にあがっても同じメンツで卒業もないだろう」
「その同じメンツ、から、俺が外れるとしたら?」
 思わぬ言葉に渋沢は三上を見た。
 三上が肩を竦める。
「エスカレーターに乗っかるとは言ってなかったよな?」
「言って……ない」
 言ったとか聞いていないどころではない。付属の高校が付く中学でまさかそのままの進学以外を希望するなんて思わない。だから、そんな話自体をするはずがなかった。
「ありえない選択じゃねえよ」
「そうだが……」
「チープだと思うけど、言っていいか、渋沢」
 進む方向が違うからといって関係が終わるわけではない。
 少し連絡が取り難くなる。
 話す機会が減る。
 一緒に過ごせる時間が少なくなる。それだけのこと。
 だけど、その『それだけ』が、どれだけ大きいかは計り知れない。
 だから。
 勇気が欲しい。
 思いを貫ける強さが欲しい。
 自分たちは大丈夫なのだという証が欲しい。
 離れていても自信の持てる思い出が欲しい。
「もちろん、この三年間の思い出もある。けど、俗物で悪ィけど、もう一歩進んだ俺たちが欲しいんだよ。渋沢の体温とか感触とか、もっとリアルに感じたい」
 手前勝手で悪いけど、決断してもらえねえか。
 小さく言われた声に、渋沢は黙ってベッドから降りると、唯一点いていたライトデスクのスイッチを倒した。
 部屋に暗闇が訪れる。
 そっとベッドに戻ると、三上の力に従って組み敷かれた。
 顔中や耳、首筋に与えられる粘着質なキスを受けていると、自然、体の中心が熱くなる。
 怒張する渋沢に手よりもやわらかく、口よりは硬いものが当たる。擦り合わされる。三上の、同じものだった。
 それに気づいた時、渋沢の先に蜜が溢れる。
 擦られる先端の摩擦のスムーズさは、多分、渋沢から製造される液体だけではない。
 蜜の滲む先同士が何度も何度も右回りにめぐる。
「あ……」
 天を仰ぐ渋沢の先から茎をたどって、三上が根元へと移動する。三上のもので裏筋を刺激されるという初めての行為に、渋沢の喉から声が出る。
 根元を通過した三上はその先へ進む。
 それの付け根の下から蕾までの僅かな距離の薄い皮膚に、ぐりぐりと亀頭部分を押し付ける。
 時折、蕾の入り口にまで滑らせる。
 入り口に当たるたびに体を固まらせていた渋沢だったが、繰り返される往復に覚悟を決めた。
 三上の肩を掴む。
「もう、いい。大丈夫だ。触られ、ても、蹴らない、と思う。堪えれる」
 だから直接触っていい。
 渋沢の腰がさっきよりも高い位置に固定された。
 暗闇でよかった。
 だって、尻を三上の目に晒し見せ付けているようなこんな格好を想像するだけで顔から火を噴く。
 だけどこれしかないのだ。
 ここしかないのだ。
 三上を受け入れる機関は。
 それなら、我慢する。羞恥くらいなんでもない。
 三上の指が皺の一本一本に触れて、先走りの液を塗り込める。
 逃げを打ちたくなる。
 恥ずかしい。気持ちが悪い。恥ずかしい。気持ちが悪い。恥ずかしい。気持ち悪い。恥ずかしい気持ち悪い。
「あっ」
 くぷ、と指先が内部に侵入したのがわかった。
「あ……」
「痛いか?」
 問われて必死に首を振る。そして闇の中ではその返事は相手に届かないと気づいて、言葉にする。小さく。だけどはっきり。
「痛くは、ない。ただ、妙な、感じだ」
 多分、指先を入れる前に自分の唾液もたっぷり含ませたのだろう。本当にあっけないくらいにそれは渋沢の中に入って入り口を掻き乱す。
「そっか」
 三上の声も固い。
「緊張、しているのか?」
 問うと、当たり前だろショヤじゃんか、と返ってきて渋沢を笑わせた。
 そうか。緊張しているのか、三上も。
 一気に心が軽くなる。
 三上の指も奥まで進む。
 少し左右に揺れながら進入してくる指を、ありありと感じる。
 消えない羞恥ならいっそ、ちゃんと体感してみたい。
 渋沢はそう思った。
 だってもう、入っているのだ。
 内腑を触られ、擦られ、入り口を外側から広げられているのだ。
 しかも、相手はその行為をしたくてしている。汚いだとかいう思いはこれっぽっちもなく、ただ、欲情の対象であるのだ。
 それならば自分もきちんと受け入れよう。
 回される指の動きに集中する。
「ああっ」
 中で指を鉤状に曲げられる。
「あ……っ」
 四回、内壁を触った三上の指が、その場での愛撫から前後のピストンに動きを変えた。
 少し引いて、戻る。
 さっきよりも引かせて、また奥まで押し込める。
 どんどん距離を長くさせているうちに、指先が一箇所に触れた。
「うあっ!」
 渋沢の腰が思わず跳ねる。
 電気を浴びたようなその快感に。
「ここ?」
「っ!」
「ここだな?」
「う、みか、み、そこは……っ」
「いいところ、だろ?」
 指に当たるしこりを三上は何度も突いた。
 そうか、これが前立腺。
 渋沢の乱れように興奮が次々と押し寄せる。
 もっともっと、俺を感じろ渋沢。そしてお前を感じさせろ、俺に。
 弱い箇所を攻められて渋沢はわけがわからなくなってくる。意識を保っているのがきつい。
 指が抜かれ、その何倍もの質量が押し入ってきたときは、さすがに苦しかったが、充分に濡らしてくれた三上の愛撫のおかげか、飛んでいるうちにそんなことはどうでもよくなった。
 それを入り口まで引かれてまた最奥まで押し込められる。
 その摩擦とせりあがって来る快感の波に揉まれながら、渋沢は三上の腹部に白濁の液体を放った。
 三上も数秒遅れて、渋沢の中に熱い欲望を注ぎ込む。


 
 一度覚えたことなら、次に躊躇いはない。
 二人は夜が来るたびにお互いを求め合った。
 単純にセックスが良いという思いと、直接触れ合う肌が気持ち良いのと、なによりできるだけ近くに居たいという思いと。
 あまりに行為に及ぶ自分たちを「サルみてえ」「気持ちはわかるけどな」と、笑っているうちに夜は更ける。時も流れる。
 卒業式も終わり、一度、寮を離れる。
 入学式までの半月は、どの寮生も自宅に戻り、高校の入寮が始まるまでは三年ぶりに家族と過ごす。
 荷物を運び終え、すっかり他人行儀となった自分たちの部屋をドアの外から眺める。
「楽しかったな」
「ああ」
「行くか」
「……ああ」
 松葉寮を後にし、東京駅までぽつりぽつりと他愛のない会話を交わしながら進む。
 お互い、行き先の切符を手に持っている。
 この先の未来も、やっぱり同じじゃないと思い知らされたみたいで切なくなった。
「じゃあな」
「ああ」
 楽しかったもありがとうも、なにもかもちんぷんかんぷんな言葉のような気がする。この場と心境に当てはまらない。
 だから、何も言えずに片手を挙げた。
 さようならなんて、もっと言いたくなかった。
 またなを気軽に言えるほど、子供でもなかった。
 なんて中途半端な自分たちなんだろう。
 お互い背中を見ないで、それぞれの家に連れていく電車が待つホームへと急いだ。
 平日の昼の半端な時間は、人もあまり居なかった。
 渋沢は四人掛けの席の窓際に座る。
 流れる景色を見ていたら、少し泣けた。
 少しの感傷を残し、ひとつの季節が確実に終わりを告げる。



 
 足音も荒く部屋を出る。
 待てよ、と後ろから掛けられる声は当然のごとく無視だ。
「待てよ、渋沢」
「うるさい」
 こんなやつに関わっていたら入寮式に遅れてしまう。
 こんなやつ。
 それの名前は三上亮。
 中学の三年間、同級生で同部所属で、同室だった男。
 高等部には行かないとほざいていた男。
 春休みももうすぐ終わる三月末。武蔵森学園中等部から高等部に移った渋沢克朗が割り当てられた部屋に入ったら、そこにはよく知った男がベッドの上で優雅に本なんか読んでいやがったのだ。
「よ、遅かったじゃねえか」
 部屋の中にいたのは本人だけじゃない。
 右側の机には既に男愛用のパソコンがセットされている。服も本も文具もなにもかも中学と同じ場所にセッティングされていて、一瞬渋沢は、ここは高等部ではないのかと自分の目を疑ったほどだ。
 男は横着に寝転んだままで言った。
「また同室だなんて、こりゃ運命かな。とりあえずよろしく」
 なにがよろしくだ。
 渋沢は静かに訊いた。
「外部に進むんじゃなかったのか」
「そんな道もあるとは言ったな」
「三上」
「俺が行くとは言ってねえじゃん?」
 自分をここまで激昂させれる人物なんて、そうそういない。
 そして、いないゆえに貴重で、まあ、特別なのだろう。
 怒りだけ落として今年一発目のコブシをお見舞いしてやると、渋沢は荷物も片付けないまま食堂に向かう。
「待てって、渋沢!」
 待たない。だから追ってこい。
 他人が一緒に生活する以上、いくつかの約束事が必要だ。最初の約束は、見事だましてくれやがった恋人にエッチ禁止令を二ヶ月発動させること。
 楽しい三年間になりそうだ。




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