<<あなたの名前〜コナン編〜>>
ねえ誰か。
このやっかいな関西人を、どうにかしてください――。
「おまえに会いとーて呼んだんや」
平次は、自分がさりげなく言った冗談に、相手の全機能を停止させる力があるなんて、きっと夢にも思っていないだろう。
最初に落ちたのは、確かに平次の方だったはずなのに。
コナンは、最近、変わってきた自分に気付く。
例えば。
いつも電話の近くに居たり、する。
『ちょお忙しくてな、電話できんかったんや』
久々の電話に飛びつきたいのを我慢して、五回コールを見送ってから受話器を取った。
「ああ、知ってる。あれだろ、茨木で起きた誘拐殺人事件」
『知っとったんか? あれ? けど内密に進めとったはずやけど』
オレお前と違ーて名前出さんし、と言われて、コナンは慌てた。
「め、目暮警部に聞いたんだよ、お前が解決したんだって」
『あーなるほどな』
納得し、自然に流れていく会話に安堵の息をつく。
名前なんて出ていなくても。
捜査の流れや解決方法を新聞やニュースで見るだけで、平次が手がけた事件ならわかる。
そんな相手が喜びそうなことを言いそうな自分に苦笑して、コナンはわざと面白くなさそうな声を出した。
「ちぇっ。どーせオレは目立ちたがりやですよ」
そーゆー意味で言ったんとちゃう、と言い訳する平次が楽しくて、つい拗ねはエスカレートしてしまう。
「オレはすぐ名前も出るしー、事件解決の経過や推理の組み立てすら公表しちまいますからねー」
言いながら、ああ、それは過去のことなんだなと思う。
今はいくら役立つことを言っても聞き入れては貰えない。それどころか現場に足を踏み入れることさえ、大変な努力が必要で。
そんなことを考えているうちに、当然ながら会話は途切れてしまい。
電話の向こうで、平次が静かにコナンに問い掛けた。
『……なにかあったんか?』
「――別に」
普通に、答えたつもりだった。
けれど発した声は、おそろしく冷たかった。
コナンの変化を感じて、平次は受話器を握り締めて叫ぶ。
『今すぐそっちに行くから、おとなしく待っとれよ!』
「え、はっと……」
平次の怒鳴り声に完全に我に返ったコナンが「しまった」と思った時は既に手遅れで。
電話はツーという虚しい音に切り替わっていた。
やめておけばよかったのだ。
仮にも西の名探偵と称される相手に、厭味を言い続けて、この苛立ちを気付かれないわけがない。
「やべぇ……」
どうしよう。
来てくれるのは嬉しい。
会えるのは嬉しい。
だけど。
コナンは親指の爪を軽く噛む。
会ってしまったら、ずっと感じているこの胸のモヤモヤのせいで、絶対、傷つける。最悪、直接平次に当たり散らしてしまうかもしれない。
「抑えれるのか、オレ」
不安を口にした。
それでも。
同時に顔もにやけてくる。
心配、してくれた。
すぐに来ると言ってくれた。
それが、すごく嬉しかった。
おなじくらい、酷く悲しいことでもあるのだけれど。
でも今は、喜ぶ自分を優先させることにして、悲しむもうひとりに、意識的に蓋をした。
コナンは新幹線のホームで平次を待っていた。
姿をみつけ、軽く右手をあげた瞬間、駆け寄ってきた平次に怒鳴られる。
「おとなしゅう待ってろ言うたやんか、ドアホ!」
その凄まじいまでの勢いに、コナンはゲラゲラ笑った。
変わらない。
初めて訪ねてきた時と。あの日も突然で。乱暴な言葉と態度で。
「怒んなよ。蘭とおっちゃんには外泊許可取ってきたからさ」
「え……なんで」
「なぐさめに来てくれたんじゃねーの?」
落ち込んでるように見えたんだろ?
「その、つもりやったんやけど……」
思ったより全然元気そうやんか、と平次は言葉を濁した。
「オレの力なんていらなそーなんやもん」
表面に出ているだけがすべてじゃないことなんて、理解しているつもりだけど。
でも、電話でコナンから感じた切れてしまいそうにピンと張った糸、みたいな空気は、目の前の人物からは微塵も伝わってこなくて。
取るものも取らず、焦って、大阪から東京くんだりまでやってきた自分が、なんだか間抜け以外の何者でもない気がしてたまらない。
そう言って笑うと「んな事ねーよ」と小さく返ってきた。
「頼りにしてっから、わざわざ迎えにきたし、どんな話でもできるよう、自分ちの鍵まで持ち出してきてるんじゃねーか」
コナンはズボンのポケットから鍵を取り出して、平次にみせつける。
途端、シュンとしていた平次の目の色が変わった。
「ほんま? 工藤ん家? いれてくれるん!?」
「な、なんだよ……っ」
幻覚が、見える。
頭にミミ。尻にシッポ。
子犬のように喜びまくる相手の迫力に押されながら、こんな笑顔を見れるんならもっと早くに自宅に招待すれば良かった、と微笑ましい気分になる。
これからどういう方法で、この来訪者をもてなすか。コナンの思考はそれに集中した。
「もっしもーし?」
「今いいとこなんや。ちょお話掛けんといて」
「……」
機嫌悪そうな新一の問い掛けは、上機嫌な平次にあっさり却下される。
「……話が違うじゃねーか」
工藤邸に足を踏み入れた平次は、想像以上のそれ、に歓喜の声をあげた。
「お―――っ!!」
探偵として有名な工藤新一と服部平次ではあるが、そこは高校生。推理マニアが高じて、実際動くようになっただけで、元を正せば推理小説オタク、なのである。
新一の父親であり、世界屈指の推理小説家でもある工藤優作の書庫を見て、冷静でいられるはずがない。
「うわ、これずっと探しとったんや」
しばらく興味津々に背表紙を眺めていた平次だったが、コナンがコーヒーを運んできたときには既に、自分の世界に突入してしまっていた。
「なにしに来やがったんだよ、この男」
コナンはふてくされながら、三杯目のコーヒーを、半ば自棄気味に飲み干す。
気持ちが理解できなければ怒れたのかもしれない。
本を取り上げて、相手をしろと、子供のように喚くこともできたのかもしれない。だけど。
小説に夢中になる気持ちも、中断された時の面白くない気分も、わかりすぎるほどにわかってしまうし、なによりプライドが許さない。
――構って欲しいと思ってる、なんて。
コナンはチッと舌打ちして、いつの間に飲んでいるのか減っていた平次のマグカップにコーヒーをなみなみと追加させると、シャワーでも浴びようと、そっと立ち上がった。
「連れてこなきゃ良かったな」
弱気な自分のため息に、大きくなっていく想いを、どんどん自覚してしまう。
久し振り――離れている距離を思えば頻繁に会っている方ではあるが――に見た平次は相変わらずイイ男で。
和葉とメールや電話でやりとりをしている蘭から、平次や和葉の通う改方学園には「服部平次ファンクラブ」なるものが存在し、男女問わないクラブ員がいて本人にバレないように日々活動――どんな活動だ――しているらしい、と聞いたことがあったが、今なら素直に頷ける。
女の子だけにもてる新一とは大違いね、と笑った蘭の言葉は置いておくとして。
ルックスに加え、平次は誰にでも気さくで優しい。大雑把なところがまた魅力なのもとてもよくわかる。
どうして大阪に、平次の幼なじみとして生まれたのが自分ではないのか。学校で一緒に授業を受けたり、昼休みに正面で弁当を食べたりするのが自分ではないのか。
考え事をしながら洋服を脱いだコナンは、風呂場に入った瞬間、そのことの他にもうひとつ。まったく別の悩みで、大きなため息をついた。
「どうっすかな……」
フィクションの世界に引き込まれていた平次は、どこからか聞こえてきた凄まじい音に我に返る。
「工藤!?」
ティッシュボックスからちり紙を一枚抜いて、栞代わりにページに挟むと、音のした方に向かって歩き出した。
「…………なにしてん?」
浴場で発見したコナンは風呂イスや洗面器と共にバスタブの中でひっくり返っていて。
倒れたはずみで頭をしこたま浴槽の内側にぶつけたらしく、一生懸命そこを押さえて痛みをやり過ごしているようだ。
「意外にドジやなぁ、工藤」
楽しそうに呟きながら手を差し伸べる平次の右手におとなしく助けられながら、コナンは恨めしそうに睨む。
「落ち込んでる相手にそれはねーんじゃねーの」
ついでに恨み言も口にした。
「お前のせいだもん」
「は?」
身に覚えのない突然の言葉に平次は目を丸くする。
コナンは頭と共にぶつけた背中を擦りながら言う。
「言いがかりだけどさ、そんなの知ってる。承知してるけど、でも言わせろよ。お前が、悪い」
「……えっと……なんで?」
「お前が、工藤って呼ぶから」
「はあ?」
ますますわからずに、平次は頭を捻った。
「お前、何言うて」
「だから! お前がオレのことを『工藤』って呼んで『工藤』として扱うから、思わずオレも新一として行動したくなるんだよ!」
そこまで言われて、平次はパチンと指を鳴らした。
「そっか! そんでここはお前の家やし、体が小さくなってからはシャワーなんて使うことないから、シャワーの位置が大人用やったんやな? 大人ぶって余裕ぶっこいて自分で取ろうとイスやら洗面器で台を作ってみたけど、バランス崩れてバッターン、ってワケか!」
「……そうだよ」
微妙に面白くない言い方ではあるがその通りなのでコナンは渋々頷く。
平次はイスの傍に転がっているシャワーを手に取ってみる。
「結構重いんやな、これ」
「ああ。下から持ち上げて外そうとしたんだけど」
「崩れて、ドンガラガッシャーン」
「もういいだろ、わかったなら黙れよ、笑うな! 人事だと思って!」
コナンは、背中を丸めてヒーヒー笑う平次の足に蹴りを入れる。
「悪い悪い。もう笑わへんて。結局浴びれんかったんやろ? お詫びにこのお兄様が一緒に入ったるから、機嫌なおせや工藤」
「い、いーよ、シャワーさえ取れれば自分で」
「ええから遠慮せんと。それとも照れてるん? 男同士やん、気にしなや」
「いいってば! お前、本読み途中なんだろ! さっさと続き、読みにいけよ!」
「本はいつでも読めるけど、こないに慌てふためく工藤は滅多に拝めんもん。貴重やし、もっと見てたいわー」
無知や鈍感ほど、重い罰はないとい思う。
残酷な無邪気さで自分を追い詰める、目の前の据え膳。
それが更に服を脱いで現れたら。
「泣いたって、知らねーからな」
小さく出した声は、脱衣所に向かって服を脱ぎ捨てる平次の耳には届かない。
「んんっ……」
喉の奥から出たはずの音は、狭い室内に反響して大きく聞こえた。
「さあ、どこから洗いましょうか、ぼくー」
なんて、ふざけながら入ってきた平次は、コナンと視線を合わせるためしゃがみこんだ次の瞬間には、天井を見ていた。
「え」
何が起こったのか。
判断できていない平次の上に馬乗りになったコナンは強引に唇を重ねる。
「おい、くど……」
意識を取り戻した平次が、コナンをどけようと、その肩に手を掛けた時、優しかった口づけが熱いものに変化する。
小さく開いた場所から舌を差込み、相手の口の中を蹂躙した。
短い舌ながらも、平次の舌を探し出して絡め出す。
「ん、ぁ……ふ……っ」
執拗に繰り返されるキスに、苦しくなった平次は顔を背けようとするが、いくら子供の力でも両手でがっちりと固定されていては身動きが取れない。
どっちの唾液かわからないほどに、コナンからも唾が注ぎ込まれ、自分からも溢れる。混ざり合う。
平次の口の端から零れた流れを追うように唇の位置をずらしたコナンに、初めての口づけの心地良さに放心していた平次が抵抗をみせた。
「やめろや、工藤……っ!」
「嫌だ」
挑発した方が悪い。
それを盾に、平次が何を言おうと聞き入れるつもりのなかったコナンだったが、意外な言葉に動きを止める。聞き返す。
「え?」
「……逃げへんて言うたんや」
呆気に取られているコナンに、平次はもう一度繰り返す。
「逃げへん。けど、ここは嫌や」
そして冗談ぽく、だけどその実、真剣に言った。
「初めてがバスルームって、なんか嫌やんか」
どーせならちゃんとベッドの上がいい。
平次はそう言って笑うと、まだ動けずにいるコナンに、自分から、熱のこもったキスをした。
「今更やめられねーぞ」
「せやからいいってゆーてるやんか」
いざあらためてやりましょう。
となるとなかなか開始できずに、ふたりはさっきから同じやりとりを幾度となく繰り返しっぱなしだ。
押し問答に飽きた平次が、質問を変えた。
「工藤は、その、あ、あるんか?」
「何が」
「なに、って」
この場で聞くことなんて、ひとつしかないだろう。
「えっちの、けーけん」
「え……」
口篭もり、真っ赤になったコナンの反応で、平次はいからせていた肩の力を抜いた。緊張していた胸を撫で下ろす。
「よかったー。オレだけまだやったら恥ずかしいんかなとか思うとったー」
「お前でもそんなこと気にすんの?」
「なんや、お前でも、って」
「や、別に他意はねーけど、興味、なさそーかなって。こーゆーことに」
「健全な高校生男児やで? 学校でも話題は出るし、興味ないわけないやんか」
そりゃ、そーだよな。
自分が『こーこーせー』をやっていた時も、ヤローが集まればそんな話になっていたし、一番の盛り上がりを見せていたはずだ。
コナンは苦笑する。
今の姿の小学一年じゃ出ない話題とはいえ、本来、高校生であるはずの自分がそんな常識さえ、忘れている。
慣れという事実にコナンがわずかに体を固まらせてしまったとき、平次がコナンの手の甲をトントンと人差し指で叩き、にやりと笑ってみせた。
「けど、困ったな」
「?」
「初めて同士やと上手くいかないとかゆーやん? オレら、ダメかもしれへんなぁ?」
悪い意味で落ち着いていた心に、その言葉で火がついた。
「バーロ。生物には本能ってもんがあるんだよ」
きゃーケダモノーなんて、平次がわざと甲高い声をだして、コナンを受け止めベッドに沈む。
ええ、ええ。ケダモノですから。
これからは、自然に、想いのままに。
「そ、こ……なんか、嫌、や」
「ここがいいって?」
「ああっ」
固く閉じていた平次の後ろは、コナンの指と舌によって、だいぶ解されている。
「へん、な……気分……っ」
「感じてるってことだろ? いいじゃん。もっと教えろよ。この辺は?」
前と後ろの丁度中間の薄い皮膚を舌でなぞると、平次の体が跳ねた。
襞の一本一本に舌を這わせると、入り口が物欲しげにヒクヒク動く。それに比例するように平次自身もおおきくなり、かなりの角度を持って、限界が近いことを知らせている。
「我慢しなくていいんだぜ? 何回でも、意識がある限りやるつもりだし」
「……そんなの……うあっ!」
コナンは慎重に指を中に沈ませた。
「は……あっ……」
小さいコナンの指でさえ、相当な強さで締め付けてくる平次の内部で、コナンは入れ込んだ指をぐるりと回したり、内壁に浅く爪を立てたりして刺激した。
「んっ」
そして震えながら、先端に滴を光らせている平次を口に含み、丁寧に愛撫する。
前と後ろの両方を同時に責められ、その違った快感に言いようのない何かが下半身に集中し始める。
「あ……っ、ああ、や……!」
「なにが『嫌』? ああ、こっち? こっちも触って貰いたいのか?」
上目遣いで、平次の胸に視線を向け、立ち上がっている胸の突起に空いている手を伸ばす。
強弱をつけて引っ張られ、摘まれ、体を捩ることでそれから逃れようとして、角度が微妙に変わったコナンの指により平次は、コナンの口内に、欲望のすべてを解放した。
「ああっ、工藤……ッ!」
隣で眠る平次は最後には殆ど意識がなかった。
もとより確かにそのつもりではあったけど。
「やりすぎたかな」
うっすらと残る涙の跡を指で拭いながら、乱れた前髪を整え、綺麗な額に口づけを落とす。
思いがけず手に入った想い人。
だけど、決して自分のものには成り得ない。
「ちくしょ……」
どうして、自分は泣けないのだろう。いつから涙というものを忘れてしまったのか。
「恨むぜ、工藤新一」
最初から、平次は新一しか見ていなかった。
正体がバレる前も、バレた後も。
それは喜ばしいことだ。
だけど。
哀しい。
『ガキ』
『ボーズ』
『おまえ』
『こいつ』
そして『工藤』
平次はコナンとは呼ばない。
名前を呼ばれないということは、認識されていないということ。
泣きたかった。
なあ。
気付けよ。
目の前の存在を認めて。
お前の声で、名前を呼んで。
――江戸川コナンはここにいる――
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今ではすっかり同一人物に見える新ちゃんとコナンちゃんですが、
暫くの間は(声優さんの影響もあるかと思います)別人に見えていました。
コナンちゃんは完全攻。新ちゃん微妙、みたいな(笑)。
その上、その頃聞いた青山先生のインタビュー「工藤新一は絶対に泣かない」
とかいう言葉を、だいぶ意識していたらしいです。素直だな、私!
で、できたのがこの話。
小五さんと平ちゃんは、なかなかコナンちゃんの名前を呼ばず、
なんでだろーと穿ってしまい、萌え要素満載になってしまいます。
映画やアニメで呼んでくれるようになりはしましたが、原作じゃ
やっぱり少なく「コナン」と呼ばれるシーンは、私の方がドキドキしてしまいます。