<Trick or Treat?>



 父親と母親がそれぞれ用事があると言って揃って出かけた夜。
 突然インターフォンが鳴り響き、ひとりで優雅な留守番を満喫――読書をしていたのである。しかも昨日発売になったばかりの最新刊だ――していた平次の邪魔をした。
 しかも、通常『ピンポーン』と聞こえるはずのそれは、とてつもない不協和音を奏でてくださったのだ。
 ――ピンポン、ピンポン、ピポピポピンポンピピピピンポンピンポーン
 居留守を使おうかどうか迷っていた平次は、ガバリと、寝転がっていたソファーから起き上がる。
「誰や、めちゃくちゃ鳴らしよって!」
 文句を言わなければ気が済まない。
 怒りにまかせて勢いよく玄関のドアを開けた平次の目に映ったのは、闇夜に浮かぶドテカボチャ。
「あ?」
 日常にありえない映像に上手く対処できず、なんとも間抜けな声が出てしまう。
 そんな平次に向けて、カボチャはくぐもった声で問いかけた。
「Trick or Treat?」
と、ようやく思い当たる。そういえば今日は十月最後の日、つまり。
「ハロウィンか!」
 大きなカボチャの面を被った人物は、その重そうな頭をコクコクと縦に揺らして、再度、平次に質問した。
「Trick or Treat?」
「お菓子なんてオカンが居らんとどこにあるかわからんわ。オレの部屋にあるのは全部食べてもうたし」
 そう言ってやるとカボチャは一瞬黙り、そしてゆっくり言う。
「Trick?」
 そーゆー風習やし、しゃーないやろなと、平次は笑ってみせる。
「なにするんかわからんけど、あんまり汚さん程度にやったら、してもええで」
 平次が言い終わるか終わらないかのうちに、カボチャはするりと玄関の内側に入り込み、後ろ手でドアを閉めた。
 よっぽど酷いイタズラを計画しているのか、ご丁寧に鍵まで閉める。
「ところでお前、どこの子……」
 近寄られて、そのカボチャが結構な身長を持っていることに気付いた。
 肩の位置が高い。オレとおんなしくらい?
 最近の子供は発育がええからなぁ、などと呑気なことを考えていた平次に、カボチャは最後の確認を取った。
「Trick、で、いーんだな?」
 面を外したその顔は。
「……っ!」
 相手を認識した瞬間、玄関に押し倒され、唇を奪われる。
 深い口づけのあと間近で囁かれた「声でわかりやがれ、バーロッ」という、楽しげな、だけど半分拗ねているような声。
「く、く、く、くどう……っ」
 平次は、突然仕掛けられた行為にはもちろん、なぜ目の前の人物がここにいるのかさえわからずに混乱する。
 そしてパニックしている平次をよそに、新一はイタダキマスと両手を合わせた。
「そんじゃまぁ、ハロウィン仕様、工藤新一特製オトナのイタズラを、たあーっぷりお楽しみいただこうかな」
 たぁーっぷり、に力を入れられて、平次は新一の体を押しやる。
「いらん! 菓子探す! 持ってくるからどけや、工藤!!」
「もう、おっそーい。男に二言はねーんだぜ♪」
「やめんか、こんボケっ!」
 だけど器用な手は平次の抵抗をものともせず、ベルトを外し、ファスナーを下ろして下着の中に入り込む。
 直接それを触られては力の入りようがなく、平次は与えられ始めた快感に体を拘束されながらも、なんとか声を出した。
「んっ……やめぇ……、や、工藤……ッ」
 もちろん、新一が制止の言葉なんかを聞くはずがないのである。



 頬や鼻筋、唇や顎のライン。
 いたるところに口づけながら手の中のものを柔らかく揉み込んでいく。
 その形の通りに上に下に。
 狭い下着の中でのゆっくりとした動作が、触られていることを余計に知覚させ、平次は新一の肩に爪を立てた。
「あ……おま……え、ここをどこだと……っ」
「えー? 服部平次くんの、おうちの玄関?」
 いつか新一が小さな姿だった時に聞いたことのある、わざとらしいまでに子供ぶった口調で言われる。
「その口調、ムカつくわ……!」
「可愛くていいだろ? なんせ今日はハロウィンだし」
 子供らしくいかなくちゃ、と新一が笑うと、十七にもなって何を考えているんやと平次は返すと、新一の肩に食い込ませた指の力を強くする。
 抗議の意味の平次の指に少し眉をひそめた新一は、抑えるための手段に出た。 
「ちょーっと肩痛ぇかな、服部」
 情熱的で結構ですけど、と新一は言って左手で平次のズボンごと下着を取り払い、自分の左肩から平次の手を取って蛍光灯の下に突如晒された平次の性器にと導いた。
 膨張し始めた自分を握らされ、しかも新一の手を重ねられて上下させられる。
 手の中で変化していく様だけでも自分の状況なんて丸わかりなのに、間近で囁かれる実況が余計に平次の羞恥を誘う。
「ほら、わかるか、服部。半分くらい固くなってきてる。どんどん血液も集中して、熱いし、ドクドク言ってるし、スタンバイオーケイって感じだろ?」
「う……」
 裏筋を通る親指に力を入れてなぞられて、そこから背中を通り抜けてくる快感に平次は立っていられずに床に沈んでいく。
 新一に支えられながらもずるずると座り込んだ平次は裸の尻に冷たい床が当たったことで、びくりと体を震わせた。
「冷たい? でもすぐ慣れるから」
 大丈夫だろ、と言った新一は、膝に溜まっている平次のズボンを見る。
 そして、どうしよっか、と言った。
「なに……?」
 その時の笑顔があまりに何かを企てていて。不安を一気に強くした平次に、直感を裏切らない言葉が掛けられる。
「脱がせてもいいけど、オヤジさんたち帰ってきたとき、言い訳できなくなるよな、下半身マッパじゃ」
「工藤、お前、何……うあっ」
 平次が問いを最後まで言い終わらないうちに新一は平次の両足首を掴み、揃えたままで自分の肩に担ぎ上げた。
 自分はその下から平次の足の間を目指す。
「なっ……!」
 転がされ、背中を襲うひんやりした床の感触も、取らされた態勢の恥ずかしさに吹き飛ぶ。
 平次の後ろに新一の指が当たった。
 前と後ろの薄い皮膚に舌も当てられる。
「やめっ」
 必死で両手を踏ん張らせて上半身と顔を起こした平次の目に、とんでもないものが映った。
「……っ」
 膝にわだかまるズボンのせいで埋めた頭が見えない新一の体。
 平次の太腿の間から伸びてくる、新一の手。
「んあっ」
 伸びてきた手は根元の双球を握り、下から、首を擡げている平次の先端まで這ってくる。
 手しか見えないのが、こんなにいやらしいなんて。
「あ、ああっ」
「お、濡れてきたじゃん」
 人差し指で割れ目をぐりぐりと弄られ、平次は目を瞑った。
 溢れる液を全部絡め取るように新一は指の腹で爪で、平次の先を回す。
「ん……あ、あ……」
 後ろにあてがわれた指は、付け根まで入り込んでいて、新一が中をかき回すたびに平次の声が甘くなった。
 前と後ろ、両方からの小さな摩擦に、自然に平次の足が開き、腰が動き始める。一本が入り込むのがギリギリだった指は、揃えた指が三本、出入りを自由にしていた。
「……あ、あ、あ……あっ」
 嬌声の間隔も短くなり、それは平次の我慢の限界を表す。
 だけどそれは平次だけではない。
 ジーンズの中の新一もだいぶ形を変えていた。
「服部、イきたい?」
「……っ」
「イきたくねーの?」
 無言の平次に、屹立したものの下をぎゅっと押さえつけ、揺らしながら再度問う。
「ふ……っ」
「なあ?」
 その時、肩の上の平次の足が暴れた。
 膝頭を動かし、ズボンを下ろしていく。ふくらはぎの中間まで急いで押しやると、ある程度動けるようになった右足を、一気にそれから抜きさる。
 ついでに膝の側面で、新一の頭をどついて少しスッとする。そうして低く叫んだ。
「イきたいのは工藤もやろ。オヤジらが帰ってこないうちに、さっさとやれや、ドアホ!」
 蹴られた頭を撫でながら「可愛くねー言い方」とかなんとか呟かれたが、そんなこと知ったもんじゃない。
 半分無理矢理に始められて可愛くしてやる道理なんぞ、これっぽちもないのだ。
 まぁ、残り半分は、流された自分にも非があると思うが、そんなことは伏せておく。
 今は、自由になった足を開脚させて、奥深くまで相手を誘い込み、気持ち良くなることだけを優先させるのだ。
「良ぉしなかったらタダじゃおかへんからな」
「えー、だって、十分もう気持ちいいだろ?」
「最後が肝心なんや、ボケ」
「はいはい。じゃ、動くぜ」
 平次の望みを叶えるために、新一はその細腰を掴んで荒々しく前後に動かした。
「ああっ」
 新一が引くたびに内臓ごと連れていかれそうになり、また奥まで戻される。
「ん、あ、あっ、あ、ああっ」
 新一の先端が壁に当たる衝撃に耐えながらも、平次は何度目かの大きな突き上げで、内部をいっぱいに埋めた新一の圧迫がもたらす摩擦に、体に挟まれた自身から欲望を解放させた。
「……く……っ」
 その時の平次の中と入り口の締め付けに、新一も間を置かずに、平次の中にたっぷりと精液を注ぎ込む。

 ――を、体位を変えつつ、更にワンラウンド、追加した。 



 さすがに二回目は「いい加減にしろ」と結構必死に抵抗したが、それによって更に相手を煽ることになってしまったらしい――この変態め。
 延々付き合わされたおかげで、いろんな意味で平次の体は力を無くしていたのである。
 平次と反対に、上に圧し掛かる絶倫馬鹿男は妙にスッキリした顔をしている。
 そうしてヘラヘラと言ったのだ。
「いーい行事だよな。『イタズラしていい』なんてさ」
「……お前の言う『いたずら』は、意味はきちがえとるわ、アホ」
「なーんでよ? 良かっただろ、お言葉通り」
 デリカシーのカケラもない新一の言葉には答えずに、平次は腕時計を覗き見る。
「こん為だけに来たんか、わざわざ」
「おう」
 否定のないアホンダラに、平次は大きなため息をついて立ち上がり、のそのそと下着を身につけると扉を開け、そいつの背中を思い切り蹴り飛ばした。
「せやったら、今日はもう十一月や! 用が済んだんなら早かえれ!!」
 怒鳴り声と共に外に放り出された新一は、一瞬呆けた後、空気の寒さに反応するようにドアをガンガンバンバンドンドンと叩く。
「ちょっとした子供ゴコロじゃん! お遊び! おめーには理解できねーのかよ、つーか寒い! 中いれろよ、服部!」
「やかましい」
 その場で反省しとれ、と言い捨てて、平次は疲れた体をバスルームまで引き摺った。
 とりあえず、汚れた体を綺麗にしないと何もできやしない。
 シャワーを捻って熱めのお湯を浴びながら、平次は憎々しげに呟いた。
「ああ、もぉ。ハロウィンなんてだいっきらいや!」



 それでも。
 シャワーを終えてさっぱりした平次が、喚きつかれてドアの外にしゃがみこんだ馬鹿者を室内に招き入れた時には、登校用のカバンのポケットに入っていたチョコレートがひとつ、平次の口の中に入っていて。
 寒さでガチガチ震える新一の唇にキスをして、ついでにそのチョコも流し込んでやる。
 ゴメンナサイと、うなだれる新一に、
「二度目はないからな」
と、釘を刺すことも、当然忘れない。
「広い家にひとりなんも寂しいから、今日限り入れてやるわ」
 うんうん頷き、子泣きじじいよろしく甘えてくる新一をバスルームへ押し込み、平次は台所でミルクがたっぷりのホットココアを作って、新一が上がってくるのを待つ。
 あんな、ろくに密着もなかったセックスで終わられてもかなわない。
 両親の帰宅に怯えつつ、今度はもっとゆったりした、やわらかい二回……いや、三回戦に、突入させるのだ。
 夜はまだまだ長いのである。

 Happy Halloween!