<風のそよぐ場所>



 夏季休校を利用して工藤新一と毛利蘭は、大阪在住の服部平次と遠山和葉に会いに、東京から三時間離れたその地に来ていた。
 新一と平次は、趣味と将来の実益を兼ねて高校生である今時分から「探偵」を名乗り、いくつもの事件を解決に導いていたりするが、そんな彼らを知っているかのように何もしなくても事件の方から二人に寄ってくる傾向がある。
 例に違わず今回も、新大阪の駅に着いた途端女性の悲鳴が上がり、同行の女性陣の意思は否応なしに抜群の結束を持って新一と平次は事件に身を投じた。
 そしてイレギュラーで起きた殺人事件を難なく解決した後、和葉お奨めの美味い中華料理の店、とやらに行く途中、事は起こったのである。
「それにしても格好良かったよなぁ、工藤くん」
「服部くんだって凄かったじゃない」
 なんて。
 蘭と和葉が後ろで互いの連れの推理や行動力を誉めあっていて。
 聞き耳を立てながら、ちょっといい気分になり、ちょっとだけ新一の気が逸れたその瞬間。
「あ」
とか、
「工藤」
とか、
「前っ」
とか。
 一気に放たれた言葉に前を向く間もなく、新一の体に固い何かがぶち当たる。
「いっ……!」
 すぐ後に「すみませーん」という小学生の声。
 うずくまる新一の傍には野球の硬式ボールが転がっていた。
「大丈夫ですか?」
 その場にしゃがんで動かない新一に変わってボールを拾った平次が、小学生にそれをふんわり投げて返して笑ってみせる。
「あー、平気平気。ちょお、びっくりしただけやから。けど、こーなることもあるから人の多い場所での野球は控えめにな」
「はい。すみませんでした!」
 スポーツ少年らしく、勢いをつけてきっちりお辞儀を果たした小学生は新一を気にしつつも、足早に仲間のもとに戻っていった。
 蘭と和葉は新一の傍に中腰になって顔色を伺う。
「しんいち……?」
「なぁ、工藤くん? どないしたん?」
 平次は、両の瞼をきつく閉じて脂汗を浮かべる新一の正面に陣取り、下から顔を覗き込むといくつか問いかけた。
 それに合わせ微かに上下する新一の頭。
 平次が立ち上がって周りを見渡すと、さほど遠くもない位置にベンチがあるのが見えた。
 あそこまでなら行けそうや。
 そう判断して、とりあえず、と和葉を見やる。
「夕飯はパスや。お前らだけで行ってこい」
「え……」
「なに? 工藤くん、そないに重傷なん?」
「重傷も重症。女にはわからん痛みやで」
「あ」
 蘭と和葉は声を揃え、顔を見合わせ、そして赤面した。
 つまり。
「そ。当たったんはアソコやから、復活まで時間掛かるやろうなぁ。けど折角来たんやから、蘭ちゃんだけでも美味いもん食うて来いや」
「平次たちはどないすんの?」
「工藤が歩けるようやったら足で帰るけど、無理なようやったらタクシーでも使うわ。観光はまた明日な」
「わかった。今日はアタシらだけで楽しむわ」
「うん。すまんな」
「服部くんこそ、新一をよろしくね」
「……っま……」
 今後の予定を三人で話していると、足元の新一から声が洩れた。
「なに? なんて言うたん?」
「ちょお待て」
 急かす和葉を制して、平次が新一の口元に耳を寄せる。再度低く出された言葉に平次は新一の頭をぽんぽんと叩いて、和葉と蘭を見上げた。
「すまん、やて」
 ――オレの分も食ってきて。
「嫌やなぁ、工藤くん。事故やん。しゃーないやん。とにかく大事にしぃやー!」
「新一、お土産持ってくから」
 後ろを振り返りつつ立ち去る蘭と和葉に「気ィつけろよ」と手を振った平次は、新一の体を支えて立たせる。
「歩けるか?」
「……ん」
 ゆっくりベンチまで歩き、ゆっくり休んだその後は、タクシーがいいと言い張るお坊ちゃんの希望通りに優雅な手段での帰宅となったのだ。



 はっーとり。
 早く来いよと言わんばかりに、ベッドの上で寝そべりながら自分を待っていたらしい男が、風呂から上がりたての平次を手招いた。
 いつもの、いやらしそーな顔で。
 いつもの嬉しそーな顔で。
 ちょっとだけ切羽詰まってるのがわかる、その表情で。
「お前、ほんっとに好きやなぁ」
 髪を拭いていたタオルを椅子の背もたれにかけて、平次はベッドに近寄り、その縁に手を置いて上半身を倒す。寝ている男の顔に自分の顔を近づける。平次の重みの一部が掛かったベッドは、ギィ、と独特な音を立てた。
 唇を重ねると、相手の舌が入り込んでくる。
 薄く開いて招き込んでやると、首の後ろを掴まれ、背中に手を回されて男の体の上に引き込まれた。
「んっ」
 手の乱暴さとは反対に慈しむような唇同士の触れ合いに夢中になる。
 生温くて、やわらかくて。
 キスを覚えた当初は、このぬるさが気持ち悪かった。
 初めて触れる粘膜が気持ち悪かった。
 それがどうだろう。
 今はこんなに。
「お前だってオレとキスすんの、好きだろ?」
 息継ぎの合い間に新一が囁く。
 囁いて、唇を唇で挟み、舐めて、熱く覆った。
 次に離れた時間に、平次も新一の言葉に素直に頷く。
「好きや。キスも、その先も」
「うん」
 唇から。指先から。重なった体から。
 触れるすべての箇所から愛しさと、そして欲情が溢れ出す。
 平次の背中を抱きしめていた手を前に回して、小さな突起を弄りながら新一もにっこり微笑んだ。
「うん、オレも。服部とえっちすんの、すげー好き」
 やりたい、と吹き込まれた声には、今から止まるわけないやろ、と返して、平次は全身に痺れが来るほどに摘まれた箇所からの愛撫に甘い声を出す。
 じわじわと、確実に湧き上がってくる欲が足の間に集中し始める。
 固くなってくる自分たちがわかる。
 と。
「いっ……!」
 色気たっぷりの緩んだ表情で平次を見つめていた新一が突然、その整った顔を盛大に歪ませて呻いた。
「いって……ぇ……!」
「工藤? どないしたん、工藤!?」
 新一の眉間に皺が寄る。
 そしてあの嫌な脂汗。



「おはよう」
「お、おはよ……」
 翌朝。平次が目を覚ますと、下に敷いた蒲団に居たはずの新一がなぜか隣に寝ていたりして。
 その不機嫌そうな顔を見ると結果なんか丸わかりなのだが、一応、平次は聞いてみる。
「どう、やった?」
「ぜーんぜん」
 これっぽっちも駄目だと首を振った新一は平次の足の間に手を伸ばす。
「ちょっ」
「あー、さすが朝だな。げーんき良いー」
「やめっ」
 トランクスの中に滑り込んだ不埒な手は、生理的理由から固くなった平次を触って撫でて揺らして。
「……っ」
 強く絞り込まれて、平次は敏感になっていたそこから昨夜出すことのなかった液体を吐き出した。
 平次の熱を手のひらで受け止めた新一はべったりとついたそれを、わざと平次にみせつけながら、丁寧に舐め取る。
 起きぬけからの卑猥な行為を咎めたい気持ちは多分にあるが、新一の自棄気味の気持ちも痛いほどにわかったりするし、どちらかといえばそっちの方が深刻なので、軽く睨みつけることで新一の行動を非難だけして、平次はトランクスの中に自分を仕舞い、ベッドから床へと着地した。
 カーテンを開くと、清々しいまでの青空が広がる。
「ほら、工藤。ええ天気やで。エキスポランドとか行こかー?」
「……いいよ。行かねぇ。服部だけ蘭や和葉ちゃんと行ってくればぁ?」
「工藤……」
「どーせ。不能男ですからね、オレは。服部くんの部屋残留して不健康に何回でもマス掻いて復活まで努力しますー」
「拗ねんなや」
「拗ねずにいられっか」



 昨日。
 平次と良い雰囲気になってそのままエッチに傾れ込もうとした新一は、ボールがぶつけられた箇所が激しく痛むという体験をしたのである。
「くどう、もう今日は諦めろや」
「ここまで来てやめれっかよ……っ」
 痛む。
 萎える。
 痛む。
 萎える。
 痛む。萎える。痛む、萎える。痛む萎える痛む。
 膨張するたび激しい痛みを訴えるそこはキスの先までを許さずに、あまりの痛さで縮小する。
 そして懲りずにまた挑戦して同じことを繰り返した。
「そこまでしてやらなあかんもんでもないやろーが!」
「でもやりてーんだもん」
 二ヶ月ぶりなんだぜ、と青い顔で言われたところで、平次は心配と呆れが先に立ち、興奮なんかとっくの昔に遠い国にお帰りあそばしている。
「気持ち良ぉないやろ。そないに無理してやったところで」
 しかし新一は断固として首を縦に振らなかったのだ。
 やってみなくちゃわからない。
「このまま溜めてる方が体に悪い」
 その結果。
 平次を見ても、触っても、触ってもらっても。
「……マジ……?」
 新一はぴくりとも変化しなくなってしまったのだ。



 音痴な人間ほど歌を歌いたがるもので、工藤新一も例外ではない。
 凄まじく狂った音程で、奇妙な替え歌を歌いながら――もはや何の替え歌なのかは理解不能だ――ベッドの上で枕やタオルケットと戯れている。
 ただ、音はともかく言っている言葉を拾うと「勃たない」だの「落伍者」だの「人生お先真っ暗」だので、鼻歌というご機嫌そうな手段を取りながらも、その悲嘆が深いことを平次に知らせる。
 あまつさえ「大阪に来なきゃ良かった」なんて呟いているから仕方が無い。
「そないなこと言わんでもええやん。オレが生まれて育った、大好きな街やねんで」
 地元びいきな平次がそれを咎めると、そーだけどさ、なんて俯いて頬を膨らませた。
 ――まったく。
 よく体験したくはないが、よくある事故だ。
 平次の体験、そして伝聞では、それで人生はもちろんのこと、性生活にも幕が下りた人間の話など聞いたことがない。
 きっと自然に復活するのに。
 なにを駄々捏ねまくっているのだろう、この子供は。
 そして、なぜそんな子供を許してしまうのだろう、自分は。
 そう思いながらも、平次は机の上の携帯を取った。
 電波の向こうは幼なじみだ。
「和葉? あんな、昨日のまま、工藤元気になれへんのや。そお。結構落ち込んどって、外歩く気分やないんやと。せやから悪いけど蘭ちゃんと二人でどっか行ってくれへん? は? 事件? んなわけあるかい。もう、ほんま、それどこやないんやって。お前もオトコならわかるやろ」
 平次の失礼な最後の一言には、ベッド上の新一にも聞こえるような大音量で「アタシは女や!」という怒声が返ってくる。
 切れた電話を持って肩で笑う平次に、新一は気の毒そうな視線を向けた。当然、目の前に居ない和葉に。
「ひっでーやつ」
「きょうだいげんかみたいなもんやんか。日常茶飯事や。お前かて蘭ちゃんと、こーゆー言い合いすんのやろ?」
「……小学生の時くらいはしたかもしれねーけど」
「それがオレらはまだ続いとんの」
「ガキ」
「ガキで結構」
「それよりも。行くで、工藤。着替えろや」
「は? ここに居るって言ったじゃん」
「居るために出かけんの!」
 一体どこに。
 その新一の疑問はすぐに解けた。
 無理矢理歩かされた道の先に、とある店舗が見えた瞬間に。



 こそこそする新一とは逆に、堂々すぎる態度で店内を物色して歩く平次と。
 ここはレンタルビデオ店の、奥まった区画である。
「この娘とか可愛えんやない?」
「自分、巨乳好き?」
「制服もんもええよなぁ」
「それともAVはやっぱ外国もんで、ってタイプ?」
 矢継ぎ早にけしかけられる質問に答えられない。それどころか、どこに視線を定めたら良いのかわからずに、新一はセクシーなポーズで並ぶ女性の様々なパッケージから百八十度離れた空間を睨み続ける。
「工藤?」
 そして低く低く、唸った。
「なんでオメー、こーゆーとこに来なれてるんだよ」
「入ったことない言う、お前の方が天然記念物やわ」
 マス掻きには欠かせないやろ、と新一が引っ張られてきたのはレンタルビデオ店内、アダルトコーナー。
 結構純情なんや、くどーくん、なんてからかう声に「うるせぇ」と小さく返しながら、結局新一はどれひとつとして手にすることはなく、その店を後にした。



 はっきり言って。
 失敗だと思います、服部君。
 か細い声が上がりっぱなしのテレビを見ながら新一は思う。
 そりゃあね。ひとりで見てればね。こーゆーのに興奮したりするんだろうけども。
 誰かが隣にいれば批評会になるのは予想される出来事で。
「だってさ、こんなのありえねーだろ。なんでそこでオッケーするんだよ、わかんねー!」
「アダルトビデオに現実要求してどないすんの。ロマンやろ、ロマン」
「それにしたって安直過ぎ。つーかさ、何、服部。お前はこの生徒と先生とかいうシチュエーションがイケルんだ?」
「まぁ年上のおねーさんっちゅーんはアコガレのひとつやろ」
「ああ、そう。年上だけどね、オレも。おねーさんじゃなくて悪かったな!」
「何マジになってんねん。論点ちゃうし。画面見ろや、もぉ。お前のために借りてきたんやから」
 突かれまくって淫らに揺れる胸とか。
 汗で張りつく髪の乱れとか。
 モザイクが掛かりつつも結合がわかる局部の動きとか。
 確かにつられないわけはないけども。
 そこはさ、男の心理ってもんが働くだろ。
「なんや、それ」
「知らない女見るより、好きな相手見てる方が楽しいに決まってんじゃん」
「……」
 クライマックスが近くなり、一層激しく体を繋げ合う男女の絡みをしばらく無言でじーっと眺めた平次は、女優の白い腹部に白く濁った液体が出されるのを見ながら言った。
「その気は、あったよ」
 最初から。
「は?」
「とりあえず、二本目も見てろや」
 レンタルビデオ店の袋を新一に放って平次は立ち上がる。
 そしてスタスタと部屋から出て行った。隣のドアが開いたので、自室に戻ったのであろう。
 平次専用のプレイルームとしてテレビもビデオもたくさんの小説も漫画も揃う、寝室の隣の部屋の中。新一は平次の行動をを気にしつつも、言われた通り、女子高校生と秘書のどちらを先に見るかで少し悩んだのである。



「……っ……」
 目の前のテレビには男優の股間に顔を埋める女優が写り、一心不乱に、そそり立ったものに唇と舌を寄せている。
 そして、同じことが新一の足の間でも行われているのである。
 男優と違い、固くはならない新一を平次は口内に収めて、やわらかく舌で愛撫する。
 新一を持ち上げて、裏筋を下から上に舐め上げるときなんて、触れている舌を惜しげも無く新一の視界の中に入れてくれるものだからたまらない。
 平次の赤い舌が自分を隈なく舐めて、辿って、不器用な手でもって懸命に扱いてくれている。
 ソファーに座る新一の開いた足の間に収まっている平次は白いシャツ一枚だけを軽く羽織り、覗かせた黒い肌とのコントラストがまた恐ろしいまでの魅力を醸し出していた。
 直接的な性器からの快感。
 視線による欲情。
 シャツの中身も見たいかな、なんて不届きなことを思った新一は、そろりと平次のシャツに手を伸ばした。
 背中から捲ろうとして、平次に手をばちりと払われる。
「あかん」
「……なんで」
「オレがすんの。不能もんは黙ってろ」
「ひ」
 っでー、と続く言葉は伸び上がって唇を重ねてきた平次の口の中に飲み込まれる。
「……ッ」
 舌を強く絡められて唾液が溢れた。
 先ほどまで新一自身に散々纏っていた熱が、今度は口内中を蹂躙する。
 平次のされるがままに舌を預けていた新一は、自分の上に跨る平次の脇腹に手を添えた。
 触れるか触れないかのタッチで脇腹から脇。脇から下腹部。そして胸へと動きまわる。
 横目でちらりと見たテレビ画面では豊満な胸を揉みしだいていて、新一もそれに倣った。
 尖る中心を外して胸上で円を描く。
 両方の親指で突起だけを押し込むように撫で回す。
「……あ……あっ……」
 平次の口から小さな声が洩れ始めた。
 左手で新一の首に縋りながら耳朶を噛んだり、耳の中に舌を入れてくる。
 そしてその至近距離で、新一の指の動きがもたらす胸からの刺激に合わせて熱い息が吹き込まれるのだ。
「は、っとり……」
「あ」
 勤勉な平次はそれだけで留まらず、右手で新一を握り、握りこんだそれに自分の固くなったものの先を押し当てる。
 先端から滲み出る液を、新一の全体にまんべんなく塗り込んでいく。
「う……」
「どや? 感じる?」
「すっごく」
「そら……良かった」
 くいくいと前後左右に揺れる平次の体がいやらしい。
 新一はそろりと平次の背中に手をまわし、背骨を辿ってその下の双丘の間に指を滑り込ませた。
「うあっ」
 奥に指を当てられて、平次の背中が仰け反る。
 その拍子に握られていた自分に力を加えられて喉の奥から変な声が出た。
「っ」
「あ、かんにん……っ、平気か、工藤」
「や、大丈夫……って。ここまでされてて元気になんねーんだから、ある意味大丈夫じゃないんだろうけどもな」
 情けねぇ、と新一が自嘲するように笑うと、平次が額をぶつけてきた。
 こつん。
「あほ。そう思うんやったら行為に集中しろや」
 このままオレひとりで最後までやらせるつもりか、と軽く笑われて心臓が跳ねる。
 その笑った顔もだけど。
 言われた言葉もだけど。
 それ以上に、想像してしまったのだ。
 コノママ ヒトリデ サイゴマデヤッチャウ 服部クン。
 ――あ…っ、ああ、あんま見んといて、工藤……っ。
 前と後ろの両方を自分で弄って、新一に見えるように尻を高く上げて。
 後ろに抜き差しされる右の指。
 前を上下に扱きまくる左の手。
 ――服部。もっとこっちに見せて。
 そう囁くと、恥ずかしそうにしながらも足を開いて、
 ――こう、か?
 ――うん、そう。服部の中に服部が入っていくのが丸見え。すっげえ興奮する。
 すると羞恥に顔を歪ませて、だけどどこかで快感も覚えて言うのだ。
 ――いけず言うなや、くどぉ。
 欲を含んだ声で。欲を現した顔で。イキたくてたまらないカラダで。
「あ」
「あ……」
 途端、新一の下半身に痛みが走った。
 手の中の物が膨らんでいく様を平次も見守る。
 ジリジリと響く痛みがありつつも、昨晩のような激痛はない。
 そして、完全に新一は固くなった。
「勃った」
 思わずハモった台詞がそれで。
「ぶ」
 一昨日までの固さを誇示したそれと、お互いの顔を見て二人はゲラゲラと笑った。
「色気皆無なんやけど、オレら!」
「八十のじーさんじゃねーんだからさ、オレ!」
 笑って笑って、涙が浮かぶほど笑って。
 そうして優しく口づけて、新一は平次をソファーに押し倒した。
 上下の位置を入れ替える。
 新一の頬をあたたかい手のひらで包みながら平次が聞く。
「痛みは?」
「ちょっとだけ」
「なんで復活できたん?」
「怒んねぇ?」
「聞かなわからんけど」
「呆れねぇ?」
「聞いてから決める」
 白状せいやと微笑まれて、その顔だと新一は答えた。
「ビデオの中の女よりさ、服部の顔と、そんで、あれ。ヒトリエッチに興じる服部くん、ってーのを想像しちまったら、も、こーんな元気に」
 怒りはしないけど呆れはするかも、と平次は一瞬黙ったのち、さらりと言ってのけた。
 更にさらりと、
「嬉しいオレもアホやけどな」
とも。
「できる?」
 誘うように囁かれて奮起しない男はいない。
 これいらない。もう邪魔。
 そう言ってビデオとテレビの停止ボタンを押した新一は平次の足を抱え上げて、まっすぐに自身を侵入させた。



「あっ、あ、あ、ああっ」
 リズムを掴めないほどに体を揺らされて、平次がひっきりなしに嬌声をあげる。
 平次の腰を抱えて根元までびっちりと収めた新一は、激しい摩擦はないが、浅く速く平次の中で動く。
 挿入ができなかっただけで、そこに至るまで山程のプロセスを通ってきていた平次の体は、焦れに焦れていたらしくて。
 濡れが足りない分、最初の抵抗こそ強かったが受け入れ始めると、すぐに溶け始めた。
 入り口できつく締めて。
 だけど内部で熱く絡んで。
 やわらかい粘膜がヤバイくらいに新一を包む。
「……ふ……あ、あっ」
「……やべ、って……もっと力緩めて、服部……」
「あっ」
 じわじわと奥まで挿入されて平次の喉がしなる。
 ゼロの位置に戻ろうと内壁が収縮する中を突き破るように進めば、新一にも平次にも言葉にしがたい、鳥肌が立つような愉悦が訪れる。
 緩めるだの締めるだの。
 自分でコントロールできるのであれば苦労はないと、平次は指に当たったソファーのカバーを強く握り締めた。
 制御なんてできないけど。
 でも。
 この気持ち良さを得るためなら、できる限りの努力はしたい。
 だって骨を折ったのだ。
 できないと駄々を捏ねる子供を慰め、借りたことのないビデオを――独身の大阪府警勤務の若い刑事や、クラスメイトたちから修正があったりなかったりするテープは多少回ってきたりはしたが――慣れている振りをしてレンタルしたり、シャツを着た下には何も着衣せずに、手では触ったことはあるがそれ以上はしたことのない新一に奉仕を施してみたり。
 頑張ったのだ。
 頑張っただけの見返りは貰うと、新一が元に戻ったときに、こっそり誓ったのだ。
 もっと。
 もっともっと。
 もっともっともっと。
 新一を感じたい。
 平次は新一に向かって手を伸ばすと、切れる呼吸の合い間から新一の名を呼んだ。
「くど……」
「ん?」
「くどぉ」
「なに?」
「手……」
「手?」
 伸ばした手は新一の指と固く強く絡み合う。
 繋いだことを感覚で知った平次は、新一の力を借りて、ぐい、と起き上がった。
「おわ」
 形勢逆転。
 無理に変えた体勢のせいで、内部に埋め込まれた新一の角度が変わり、あまり突かれない場所に当たって、平次の体を痙攣させた。
 弱い。
 辛い。
 でも、気持ち良かった。
「なに……?」
 不安気に瞳を揺らした新一を見下ろしてにっこり笑う。
 言うたやろ。
「今日は、オレがすんの」
 平次は新一の腹部に両手をついて、足を踏ん張った。体を持ち上げる。繋がったそれが抜けかかって、わずかに糸を引いた。
 間髪いれずにまた落とし込む。
 新一を体の中で受け止める。
 大きく、ぎこちない初めての体位でのセックスに、新一が気持ち良さそうな声を出した。
 そのことに、更に興奮して、平次は必死で動く。
 相手の声が、より上がる場所。
 自分の全身が痺れるほどに、当たると気持ち良い場所。
 空気と液体とが交ざっての卑猥な音が、室内にゆっくりと浸水していくようだった。
 もう、自分たちしか世界にいない。
「あ、あ……あっ、あ、ああっ」
「……く……、服部、もっと、ゆっくり……」
「先にイってもええよ。何回でも、付き合うたるし……ッ」
 予測できる動きにない分、与えられる愉悦に対して敏感な新一が思わず嘆願しても平次はそれを許さない。
 たまには、こんなのもいいだろう。
 だけどそれだけじゃやっぱり終わらずに、新一は楽しそうに舌打ちをして、自分の体の上で跳ねる平次の剥き出しのそれを握ったのだ。
「んんっ」
「じゃ……どっちが先にイくか競争……」
「あ……っ、ずる……工藤……ッ!」
 欲望を如実に表す、形を変えた自身からどんどん製造される不透明な液体を、先を擦られることでもっと作り出す羽目になった平次と。
 その行為が余計に自分を締め付けてくるという結果を招いた新一と。
 どっちが先に果てたかは、ふたりだけの秘密なのである。



「腰痛ぇ」
「アレが痛いよりか、ええやんか」
「あれは二度とごめん」
 なにはともあれ。
「復活おめでとう」
 間近で微笑まれて、新一は苦笑した。
「めでたいとは思うけど、堂々と祝われるもんでもねーよな」
「いーんやないの。せやって工藤、地獄の底まで落ち込んでたやん」
「地獄の底って」
「違うん?」
「違わねーけど」
 だってお前とできなくなるんだぜ。
「……アホか。そんなんなくたって一緒には居れるやんけ」
「そーだけど、こーなっちまった以上、それ抜きには考えられないっつーかさぁ!」
「エロ魔人」
「どーせ」
 平次は、むくれた新一の頬にキスをして、人のこと言えんけど、と呟く。
「え」
「こーなった以上、セックスも相性のひとつやもんな」
「え、それ、って」
 口をぱくぱくさせる新一に、平次はお決まりの声でお決まりの言葉を言い放つ。
「アホ」
 ――自分ひとりがエロいと思っとるんやないで、ボケ。




 次の日も快晴で。
 いつも元気な女性陣の後をついて、昨日行き損ねたエキスポランドを目指しながら、新一は平次にこっそり囁いた。
「いいところだよな、大阪って」
「いきなりどないしてん」
「んー。なんか、そう思った」
「昨日は『来なきゃ良かった』とかほざいてたやん」
「だってさ、それはそれ、じゃん」
 あんなことがあったら。
 それとは別に。普通に考えて。
 元気があって、勇ましくて、ちょっとガラが悪くて、だけどなんかあったかい。
「お前、そのもの、って感じ」
「ガラ悪いが引っ掛かるんやけど」
「本当のことじゃん。あーあ。でも服部、ここが好きだろ? 出てくる気はないよな?」
 新一の言いたいことはわかっている。
 わかっていて、平次はしっかり首を縦に振った。
「もちろんや」
「オレも。なんだかんだ言っても東京好きだし、東京以外は行けねーと思う」
「どないすんの」
 高校二年生という年は。未来も見据えていかなければならない。どんな年だってそれはそうだけど、学校に、紙に、自分の進行方向を書き記さなければならない。
 淡々と、だけど内心、心臓を破裂させそうになりながらも尋ねた平次に、つよい言葉が届いた。
「どうもしねーよ」
 真っ直ぐ、平次を見て言った。
「どうもしない。だってこのまま、変わらねーだろ?」
 今のまま、今までのように、会って、会いに行って、会いに来て。
 触れてる時間も、触れれない時間も大切にして。これまでのように。
 だから。
 新一は平次に右手を出した。
 グーパーグーパーと手のひらを閉じて広げて。
 来い、と伝えて。
「だから、これからもよろしくお願いします」
 来い。
 そして握れ。
 手を繋ごう。
 その顔は自信に満ちていて、断られるなんてこれっぽっちも思っていないようだ。
「こーの自信過剰男が」
 小さく小さく平次は言うと、新一に向かって手を伸ばす。
 その時、前方の和葉と蘭から声が掛かる。
「平次ー、工藤くーん! 電車来てまうよー!」
「はやくー!」
 声の方向を見て止まった平次の手を即座に握り、繋いで、新一は走り出した。
「いくぞ、服部」
「おう」


 一緒にいよう。
 叶えられる最大の時間まで。


 風がそよぐ、この場所で。



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2003年8月16日発行のオフ本より再録。