<熱愛>



「ん……っ」
 未だ慣れない箇所に指を埋められて、平次は小さな声を上げた。
「いけそう?」
「……っ……」
 そんなことを聞かれても。
 どういう状態だといけそうで、どういう風になるといけないのかなんて、平次にわかるはずもない。
 ただ、相手と一体になることだけを思ってコクコクと首を縦に振り続ける。
「だいじょ……ぶっ……平気……ッ……せやから早く……!」
 キスや体の表面への愛撫に緩んだ体がまた固くなる前に。
 大きさ的には既に十分な新一に手を伸ばして、自分のそこへと宛がった。
「あ、もっ、工藤、指、邪魔……っ」
 それよりも先に自分に突き立てられているもののせいで、中に取り込むことができない。
 指じゃなくて、違うものが欲しい。
 正直に願いを口にすると、新一が息を詰めたのがわかった。
 喉元に掛かる新一の熱い息が、荒さも齎し始める。
 指が抜かれて膝裏に手を添えられ、前に倒されながら大きく開かせられた。自然、腰が上がる。新一に向く。無防備な入り口を新一が塞ぎ、ゆっくりと奥まで侵入してきた。
「う……あ、あっ」
 相当な圧迫。
 新一は繋がる箇所をやさしく指先で撫でる。受け入れられているという事実がどうやらもの凄く嬉しいらしく、それは行為に及ぶ時に必ずする癖でもあった。
 さっきまで指の太さだったそこが、新一の怒張したものを軽々と呑み込んでいく。
 ゆっくり、みっちり、平次の内部に新一が埋まる。
「……ん……ふ……っ」
 全部を納めきった新一が、一回、深呼吸をして息を整える。平次の細腰を掴んで、静かに動き始める。
 最初は深いところで浅く、小刻みに。
 そしてそれは緩む平次の内部に合わせて、段々に、深く長く強い摩擦に変わっていった。
「あ、ああっ、あ!」
 内部を擦られると、そのうちなにがなんだかわからなくなってくる。
 快楽の他には何も感じなくなる。
「あ……んっ、あ、ああっ」
 もっと擦って。
 もっと突いて。
 もっと奥まで。
 思っていることが口に出ているのかすらわからない。
 ただ平次が思うことは、必ず、叶えられるのだ。
 真っ直ぐ律動する新一が、平次の弱い箇所も好きな箇所も、すべてを責め立ててくれる。
「はっ……あ……っ、んんっ、あ、あ、ああ……ぁ!」
 新一の動きに合わせて力を抜いていく平次の体を好きに揺さぶって、そして二人は同時に上り詰めた。
 平次が新一の腹部に放った、興奮を表す濁った液体の熱さが失われる前。新一は指で掬ったそれを自分の口に運ぶ。体内に入れる。残った液も丁寧に指先に取って、まだ荒い呼吸を繰り返す平次の口の中に指ごと突っ込んだ。
「ん……」
 独特のえぐみが舌の上から去っていっても、平次は口の中を蹂躙し続ける新一の指を一心不乱に舐めた。
 気持ちいい。もう一回したい。もっとしたい。
 覆い被さってくる首や背中に縋ってうわ言のように囁くと、新一が自分の中で形を取り戻すのがわかる。
 貪欲にお互いを求め合って、二人は、気絶するように意識を手放した。



 目覚めると、隣の男はまだ気持ち良さそうに寝息を立てていた。
 簡単な朝食でも作ろうかと起き上がろうとした平次だったが、男の手ががっちりと自分の肩に回っているので外すことができない。いや、外せることは外せるのだが、
「あったかいから、まぁいいか」
と、そんな気にさせてくれるような体温を移してくれたから、それに甘んじる。
 目の前で伏せられた睫は影を落としていて。
 平次はしばらく、ぼうっと新一の顔を眺めた。
「ほんま、きれーな顔しとるよな、こいつ」
 推理もさることながら、きっと、最初に目が止まったのはこの顔のせいだったに違いない。
 知り合って結構経った今でも平次はそう思う。
 推理馬鹿で、自分勝手で、えらく格好つけが激しくて、周りが見えない自己完結型で。
 欠点を上げていけばキリがないのではないかと思われる相手の、第一で最大の長所だと思う。この整った顔というものは。
 あまりに無遠慮に眺めていたせいで、視線を感じたのであろう。
 新一の眉と頬がぴくりと動いた次には、閉じられていた瞼が二枚とも上に押し上げられていた。
「……んー……?」
「おはよう、工藤」
「……はよ」
 なにニヤニヤしてんの?
「せやって寝てる工藤って可愛いやもん」
「……可愛いって何だよ」
 自分への評価として滅多に聞かない単語に新一は眉をひそめる。だがそんな新一に構わず、平次は言った。新一の頭を撫でながら。
「なんていうか、野生動物を手懐けた気分っちゅーの?」
「はぁ?」
「お手」
「え」
 手のひらを出されて、新一は条件反射で、それに手を乗せてしまう。
 うっかり実行してしまった新一にゲラゲラ笑って、平次はぎゅ、っとその首に抱きついた。
「ほら。結構、懐いたよな。前は全然そっぽ向いてばっかやったけど」
 猫みたいやけどな気まぐれ度が、と呟かれて、新一は唇を尖らせた。
「そーいうお前だって猫みたいだろが」
「オレ? 猫? 初めて言われたで?」
 大抵、犬に似ていると言われるのに。
 平次の言葉に、新一はきっぱりと首を横に動かした。
「いや、猫タイプだよ」
 ――寄ってきて、無理矢理遊んで、勝手に帰って。
 こっちの都合も気持ちもおかまいなしな人間なんて早々居ない、と言いかけて訂正する。
「父さんと母さん以外では初めて会った――かな?」
「お前のオヤと一緒?」
「そう。だから弱いってのもあったんだろうな。そーゆーペースに巻き込まれるようにできてんだよ、人の好いオレはさ」
「人が好い!?」
 その単語に、大げさに声を出した平次の上に被さると、両頬を引っ張りながら新一はにっこりと笑ってみせた。
「なにか言いたいことがあんのかな、へーじくん」
「いひゃいいひゃい!」
 手加減無しで引っ張ったせいで一気に平次の顔が赤くなる。
 赤くなった頬と、痛みから少し涙が滲んだ目元に唇を近づけて、軽くキスを落とす。組み敷いた体を大切に抱き締めた。
「ほんと。人が好すぎて困っちまうよ。電話しても出やがらねぇ。メールしても返事はねぇ。それなのにいきなり家ん前に立ってたお前を、何も言わねーで泊めるくらいだぜ」
「あー……」
「押しかけ魔」
「否定できんなぁ」
「連絡しろって言ってるだろ」
「びっくりさせたろ思て」
「いらねーよ、そんなプレゼント」
「そぉやんな」
「だけど」
「ん?」
「会えて嬉しい」
「……え」
 平次の背中に回った新一の腕に力が篭もる。
「なんかしたのかと思った。電源切られて、返信出したくないような、なんかそんなことやっちまったのかと思ってた」
 学校から帰ってきたら門の前に見慣れた人物がしゃがんでいて。
 北風にしばらく晒していたのであろう頬は真っ赤になっていて、口からは絶えず白い息が出ていて。
 その人物は歩いてくる新一をみつけた途端、破顔させたのだ。
「工藤」
 そして聞きたかった声で、聞きたかった言葉をくれた。
 ――そろそろ工藤切れしてもーてな。補給させて?
「敵わないと思ったよ」
 どうしようもないほど囚われてる。
「好きだ、服部」
「くど……」
「好き」
「えっと」
「好きだ」
「お、おおきに」
「好きだってば」
「うん、わかった」
「違うだろ! 聞かせろよ、お前も」
 まっすぐみつめると、平次は口を金魚のようにぱくぱくさせる。
 声にならない呟きはきっと、
『ようもそないなこと臆面もなく言えるな』
だろう。言えるさ、言える。だって本当のことだから。
 か細い声でダメ押しをした。だって聞きたい。
「……言えよ、服部……!」
 ふう、と、平次が吐いた息で耳の横の髪が揺れた。
 頭を抱えられ、背中を撫でられて、おねだりが成功したことを知る。
 平次の声が笑っている。
「でかい駄々っ子やなぁ」
「うるせぇ」
「けど、ほんま、可愛いわ」
 なぁ。
 早く。
 耳元に吹き込んで。

 たったひとつの言葉を。


 『me too』じゃなくて『I Love You』



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相変わらずこっぱずかしいものですみません。
あの、なんていいますか、コナンスペシャル(幽霊船編)を見てたら、
どーにもこーにも平ちゃんが不憫で不憫で……(涙)。
いじらしいって、健気って、心に訴えるものがあります(苦笑)。
というわけで反動で。
新ちゃんに好き好き言って欲しくなって、こんな甘い話になりました。
私は今年も盛大なドリーマーであることは必至です。