【メール交換】…2005.1.4


 〜栄口SIDE〜


 こたつの上の携帯を眺めること30分。
 まだ、心は決まらない。
 そんな弟を興味深げに見つめていた姉も、10分過ぎ、15分過ぎ、20分を超えた辺りにはため息をついて、「慎重になるにも限度ってものがあるのよ。当たって砕けちゃいなさい」と、こっちの心境も知らずに最もな正論を言い放つと、こたつから出て朝食を片付け始めた。
 栄口勇人は、目の前に置いた二つ折りの携帯をパカリと開いて、明るくなったディスプレイを見る。
 そこには、もう1時間も前から宛名だけがセットされたメール画面がある。
 ――ちょっと誘うだけじゃん?
 そう思いはするのに、なぜか手が動いてくれない。
 ――暇かどうか、確認するだけじゃんか。
 断わられた時のことを考え、指が怖がって携帯を持つことを拒否してしまう。
 その時、壁掛け時計が11時を差し、中の振り子が大きく揺れて、音を奏で出した。

 ボーン ボーン ボーン

 正月も三が日を過ぎれば大概だれてくる。
 テレビを見るのにも飽き、寝ていることにも飽き、どこかへ遊びに出たくなる頃だろう。

 ボーン ボーン ボーン 

 三が日を過ぎれば次の日は4日だ。そして1月4日は、チームメイトである水谷文貴の誕生日だ。
 冬休み前、野球部の名簿の整理中に知った誕生日。その場で「暇?」と聞けばよかったと、今になってつくづく後悔する。そしてその後も予定を伺うことをできずに、とうとう今日がやってきてしまったのだ。

 ボーン ボーン ボーン

「断わられてもさ、諦めつくじゃん。直前どころか当日なんだからさ」
 家族となんかしてるかもしれないし友だち多そうだし、と、栄口は小さな声で自分に言い聞かせる。

 ボーン ボーン

 余韻を残して、時を告げる音が止んだ。
 栄口は携帯に手を伸ばす。伸ばした先はメールのメッセージ書きではなくて電話、の、短縮1番。
 数回のコールで相手が出る。
「あけましておめでとうー」
『おう』
「今年もよろしく」
『こちらこそ』
「阿部さ、初詣行った?」
『毎年、行った覚えのがねェけど』
「だっよな。暇してたら行かね? 三橋とか水谷とか誘って」
『構わねーけど』
「ん。じゃあ決まり。三橋には……」
『オレから電話しとく』
「そっか。オレは水谷、誘ってみる。OKだったら1時間後くらいに駅前で」
『了解。また後でな』
「うーっす」
 阿部だったら簡単に話ができんのになァなんて、気を許しているがゆえに微妙に失礼なことを思いながら、阿部の声がしなくなった携帯をみつめる。
 大丈夫。大義名分はできた。
 あとは、誘うだけ。
 栄口はアドレス帳を開き、水谷の名前を探すと、電話番号を通り越してメールアドレスを開く。
「格好悪いというか往生際が悪いというか」
 そんな自分に苦笑しながらも言葉を書き入れた。

 :あけおめー
  あけましておめでとー。今、暇? 阿部たちと初詣行くんだけど行かない?

 送信。
 祈るような気持ちで携帯を置くと、1分もしないうちに着信を告げる灯りが点った。
 ガバリと喰らいついて受信メールを見る。

 Re:あけおめー
  あけおめ、ことよろー! 行く行く! 超ヒマしてたー!!

「ぷ」
 もれなくエクスクラメーションマークのついた勢いのある文章に、思わず噴き出す。
 そして思い出す。
 合宿で、顧問と監督の話をしていた時に「なになに?」と話に加わった水谷の姿。
 他にも、春の大会・武蔵野第一対浦和総合観戦中、阿部が三橋に、回転の多い球と少ない球の飛び方の違いを説明しようとしていた時「なーにー」と覗き込んできたり、浜田が他の援団員を連れてやってくればグラウンド整備の手を休めて「なにー?」と駆け寄ってきたり。
「人が集まってるとこ、好きなんだよな、きっと」
 子犬みたいだと思いながら、阿部たちをダシにして良かったとホッとする。心の片隅ではひとりで誘っても応じてくれたのかなと思わないこともないけれど。
 着替えをしようと部屋に向かいながらメールを書いた。
 待ち合わせ時間と、待ち合わせ場所と、そのついでのように、だけど実は1番伝えたかった言葉を。


 ――誕生日、おめでとう。






 〜水谷SIDE〜


 どうしようかと悩みながら、水谷はベッドの上で転がった。
 正月はどこにも行く予定がないと阿部と話していたような気がする。ということは電話をすれば一緒に遊びに行けたりするだろうか。
 ――ヤローがヤローに連絡すんのに、ナニためらってんだよ、もー。
 自分へのツッコミも力がない。
 だって初めてなのだ。
 あんなに気が合って、話も合って、趣味も合って、傍にいると嬉しくて、なのに、ドキドキしてしまうのは。
「オレ、おかしーよな」
 自慢ではないが、友だちは多い方だ。今日――たんじょーびだったりする――だって、いろんなヤツラに誘われた。中3時のクラスメイトたちなんて男女混合7人でパーティーしようぜと言ってくれた。それらを丁重にすべてお断りして、なのに、起床してから4時間経っても予定が決まっていない。
「栄口と遊びたい、なー」
 枕もとに置いた携帯を手に取り弄ぶ。
 と、バイブレーションにしておいた携帯が揺れた。
 ブブブブ ブブブブ ブブブブブ
「おわっ」
 突然の揺れに驚いたせいで、携帯を布団の上に落とす。慌てて拾って、表示された名前に心臓がドキリと跳ねた。
 ――栄口……!
 急いで受信したメールを見る。
 それには、新年の挨拶と、外出の誘い。
「よ、よ、よ」
 よっしゃあ、と心の中でめちゃくちゃに叫びながら返信ボタンを押す。喜びに震える指で即行かえす。
「あけおめことよろ、いくいく、ちょーヒマしてた、と」
 送信してコートを引っつかむ。
 いつでも出かけられる用意をしていた自分が可愛いか可哀相かは謎なところだが、嬉しいものは嬉しい。
「阿部たちと初詣……」
 誰が『たち』に含まれるのかはわからないが、新年早々に栄口と連絡を取り合っていたのが阿部なことは確実で、羨ましいと思ってしまう。
 しょうがないよな。だってやっぱり歴史が違う。
 こっちは出会って9ヶ月、向こうは3年と9ヶ月だ。
 これからこれからと、鏡を覗いて髪を整えた時、再度、着信ランプが点いた。
「何時にどこかなー」
 今すぐ行けるけど、なんて用意周到な自分を自画自賛しながら開いたメールに、水谷は言葉をなくした。
「……っんで……?」
 1時間後の待ち合わせ場所と共にやってきた栄口からのメールには、誕生日の祝いの一文も添えてあって。
 ドキドキする。
 クラクラする。
 胸が締めつけられる。
 呼吸もできない。
 ヤバイほどに。
「ウレシー……っ」

 待ち合わせまでまだ時間があってよかった。
 だって、すぐになんて動けない。



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恋を自覚するのは文貴のが先だといいと思います。

はっぴーばーすでー水谷くんv
栄口くんと水谷くんが大好きです。
栄口くんはそのうち、阿部と同じくらい、水谷くんに容赦しなくなればいいのにとか思ってみたり。

誕生日申告バージョン↓ 年内最後の練習日にて。


水「ちょっと皆様お聞きになって! 文貴さんてば1月4日がたんじょーびなの! よろしく!」
 (全員一瞬動きを止めたあと、黙々と着替え続行)
水「なんで誰もなんにも言ってくんないんだよー!」
阿「めでたいめでたい休み中なのがスゲー残念(超棒読み)」
水「くっ。キャプテン、阿部がいぢめるー!」
花「阿部にそーゆーのを期待すんなよ……」
水「仲良くなる前に誕生日が過ぎる花井と、仲良くなっても絶対に休日に当たるオレの誕生日って、どっちがカワイソかなァ」
花「別にオレはカワイソーじゃねェよっ」 
栄「あーでも、水谷らしいよね、1月4日って(にこにこ)」
水「え、そう?」
栄「うん。三が日の誰もがゆっくりしたい時にヤキモキさせて、ちょっと気ィ抜ける辺りに生まれてきて、
 結局休みがなくなって忙しい毎日に繋がるんだもんな。大変だったろうね、水谷の親」
阿「生まれた子供は生まれ通りにマイペースだしな」
栄「そうそう」
水「……あの人たち冷たい……っ」
花「阿部、栄口。あんま、苛めんな…(訳:オレが大変だから)」


7組’sとサカミズが可愛すぎてたまりません。

 


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