【空飛ぶパンプキン】…2007.09.07
ネズミが地下の部屋から劇場へ向かうとき、風はゆるく、なまあたたかった。 独特なその風に、台風が来るな、とネズミは思う。 そして今日の日にちを思い出した。 そうか。また1年が経ったのか。 0時になったら、紫苑がひとつ、おとなになる。 劇場への道すがら、なにげなくパン屋だの八百屋だのを見てしまった自分に驚いた。あそこにケーキだのチェリーだのがあったら、自分は買おうとしていたのだろうか。いくら最初に会った時の思い出の品だからといって、それは安直すぎる。 「別に、プレゼントなんかやる義務はないんだぞ」 いくら頭に言い聞かせても、一度思ってしまった『誕生日だからプレゼントを』という胸の奥の言葉は抜けない。 紫苑なら言葉だけでも充分すぎるほど喜んでくれるだろう。だけど、それに手を加えたい自分がいる。 「甘ちゃんにつきあってると、こっちまで甘くなるらしいな」 ひとりごちて、芽生えてしまったそれを相手のせいにしてみた。そんな自分も以前の自分とは違っていて、他者に影響されていることを余計に感じる羽目になる。 「……気づかなかったことにしよう」 ネズミはそう結論を出すと、仕事場へとまっすぐに足を向けた。決めたからには何も見ない。何も考えない。なのに、紫苑の嬉しそうな顔が浮かんできて、その残像を消すのに、少しだけ苦労した。 おつかれさまの支配人の声と同時に外に出る。 なまあたたかい風は強風へと姿を変えている。すぐ、雨も来るだろう。濡れるのも構わないが、濡れずに済むのならそれに越したことはない。ネズミは早足で紫苑の待つ地下の部屋へと急いだ。 そして。 「……なんで、こんな日に姿がないんだ」 普段なら椅子に腰掛けながら小ネズミたちに本を読んでいるはずの紫苑が、どこにも見当たらない。 台風好きもいいかげんにして欲しい。 ネズミは解きかけた超繊維布を巻きなおすと、今来たばかりの階段を駆け上った。 紫苑を泉のそばでみつけることができた。 一応、用があって外に出たらしく、右手には水差しを持ちながら両手を広げて風を一身に受けている。空を見上げる顔は満面の笑みを湛えていて、紫苑が昂揚していることが見てとれる。そのままくるくると回り出すんじゃないかと思って眺めていたら本当にやりだしたので思わず噴き出した。その声に、紫苑が振り向く。 「やあ。おかえり、ネズミ」 「なにやってるんだ、あんた」 「台風が来たから」 「嬉しくなって踊り出したっていうのか」 「……黙ってみてることはないだろ」 少しの羞恥はあったようで、紫苑の頬や首筋が赤くなる。唇を尖らせた紫苑にネズミは恭しくお辞儀をした。 「それはそれは、陛下のご機嫌を損ねてしまって申し訳ありませんでした。ですが殿下、このままだと雨が降り出してお風邪を召してしまいます」 「陛下なのか殿下なのか統一して貰いたいよ」 「減らず口はいいから、早く水を汲んで帰ろうぜ。あんたの巻き添えで濡れるのはごめんだ」 「それなのに迎えに来てくれたのか?」 紫苑の精一杯の皮肉にネズミは水差しを指しながらにこやかに返す。 「それを迎えに来たんだ。あんたじゃない」 紫苑は右手に持ったものに今、気づいたらしい。 「そうだ。ぼくは水を汲みに来たんだった」 「そんなことだろうと思った。なんでそんなに台風が好きなんだ、あんたは」 「え、なんでって」 理由を喋ろうとした紫苑の視界に、嵐の晩に似遣わない鮮やかなオレンジが飛び込んできた。 「え」 「紫苑!」 紫苑の頭に直撃しそうだったそれを、ネズミが咄嗟に手を伸ばしてキャッチする。 ネズミの手のひらからはみ出したそれは、小さいかぼちゃだった。 「パンプキン……、だね」 「だな」 こんなもの、いったいどこから。 かぼちゃが飛んできた方向を見るが、そこには闇のほかには何も見えてこない。だが、見上げた木々の先のほうが激しく揺れていることで、風が更に強まったことを知る。林のおかげでわからなかったが、いよいよ到着したようだ。手のひらにぽつりと大粒の雫も落ちてきた。 「おっと。立ち話してる場合じゃないな」 頷いた紫苑が泉に近寄り、水差しをいっぱいにする。水を汲んでくることと紫苑を探すこと、それぞれの目的を果たしたふたりは、本格的に雨が降り始める前に、なんとか家に戻ることができた。 汲んできた水をさっそくストーブの上の鍋であたためながら、ネズミは椅子に座り、かぼちゃを宙に放り投げて遊ぶ。紫苑はそれを見ながら、近くに畑があるのかな、と呟いた。 「野生のものだろう。こんなところに畑があったって、盗まれて奪われてお終いだ」 「探せばもっとあるのかな」 「いや」 雨の中でも探しにいきそうなほど好奇心を漲らせている紫苑をネズミは否定した。 「この辺の土地は定期的に見ている。実どころかツルすら見かけたことがない」 「そうか。ほんとに風に飛ばされてきただけなんだね」 「そういうことだろうな」 「どうするんだい、それ」 「もちろん、ありがたく頂くさ。明日の朝はパンプキンスープだ」 「外側も?」 「当然。かぼちゃは皮も食えるんだぜ、知らないの……」 か、と言おうとして言葉を飲み込む。紫苑の言いたいことがわかってしまった。なんてタイミングだ。つい昨日、紫苑は10月末日に行われていたという収穫祭について書かれた本を読んだばかりだったのだ。 「……やりたいのか」 「ネズミが、どうしてもだめだっていうなら、諦めるけど」 「……おれが買ったものじゃない。だめだなんて言う権利なんかないだろう」 だけどせっかくの天からの授かりものだ。実はできるだけ取れよと念を押して、ネズミは紫苑にかぼちゃを放った。 「ありがとう」 嬉しそうに礼を告げた紫苑は棚からナイフを持ち出す。 「取ったものはどうしよう」 「今から煮ればいいさ。直接、鍋に入れてしまえばいい」 「うん」 紫苑はストーブの側に立って、切り取った皮や実を鍋の中にぽとぽとと落していく。 挿絵だか写真だかで一度みたきりだろうに、ジャック・オ・ランタンと呼ばれるそれに、かなり形を整えて近くしていく。 「無駄に器用だな」 呆れたように呟くと、楽しそうな声で返ってくる。 「役に立っているじゃないか」 「無駄だよ。あんたが器用じゃなかったら、それは適度な大きさで適当に切られて鍋の中で溶ける運命だったんだから」 そんなことを話しているうちに、紫苑はきれいに中を繰り抜いた。 ネズミの忠告通りに皮を3分の1くらいまでこそげられたかぼちゃは、透け具合が正にランタンで。 「ほんと。無駄に器用だな」 ネズミはさっきの台詞を繰り返すと立ち上がり、蝋燭を持ち出して紫苑の手のひらの上のかぼちゃの中に入れた。蝋燭に火を点すと、ランプの明かりを消す。 地下の部屋に、ストーブと、そしてジャック・オ・ランタンの、小さく、あたたかなひかりが灯った。 しばらく眺め、紫苑が言う。 「いい雰囲気だね」 「やたら、ムードがあるな」 「これをたくさん作って、お菓子を貰いに練り歩いて、お化けの仮装して。すごく、楽しそうな行事だよね」 やってみたかったと紫苑が言うので、やっているじゃないかと言い返す。 「制限なんかされてないんだ。やりたいことを、好きにやってみればいいさ、なんでも」 「……そう、だよね」 ランタンのあかりの前で紫苑が俯いた。俯いて、ランタンを床に置く。ネズミに向き合う。 「紫苑?」 ネズミの肩に手を置いた紫苑は、上体を屈め、ネズミの耳元で囁いた。 「――……?」 「は?」 「Trick or Treat?」 ハロウィーンと呼ばれる行事のお決まり文句だ。 お菓子をくれなきゃいたずらするぞ。 菓子なんて、そんな贅沢なもの、この家にあるわけがない。 嵌められた。これが狙いか。 ネズミは舌を打つと、紫苑の襟首を掴んで引き寄せた。奪うようにキスをして、囁き返す。 「Trick or Present?」 「え」 紫苑が欲しいというならくれてやる。 続けた言葉に、紫苑は目を大きく開き、そして、とてもとても嬉しそうに微笑んで、ネズミの体を大切に抱き締めた。 ――Happy Birthday ****************************************************** 紫苑、ハッピーバースデーv タイトルはニュースの記事から。 トマトやきゅうり方式で栽培されたかぼちゃのことがこの見出しで記事になっていて、 超かわいい! 超使いたい!と、雰囲気に合ってるかどうかはともかく使ってみました。 そして朝チュン並の濁しですみません。この後はきっと激しい夜でしょう。←書け。 え、えろ神さまが不在で……っ(言い訳)。 <ブラウザの戻るでお戻りください> |
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