【俺のものは俺のものお前のものも俺のものA(戸田北)】…2007.8.26


※2006年6月18日発行戸田北アンソロジー『Season』に掲載の草梛徹さんが描かれた漫画の元となった話です。
 


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


  学ランに着替えたその人は、更衣室の真ん中で自分の荷物を床に投げ出して
なにやら探し物をしていた。
 そのあまりの豪快な散らかしっぷりに、もうあまり人はいないから別にいいんだけど、
とか、それにしてももうちょっと穏やかに出し入れしても、などと思うが、とりあえず口には
出さず、阿部隆也はその行為を見守っていた。
 豪快なその人――榛名元希という――は、やがて「くそ!」と叫びだすと、床に放り
投げた荷物をまたカバンの中に豪快にめちゃくちゃに押し込み始めた。ユニフォームを
畳まずに丸めようと、教科書の端が折れようと、それは確かに隆也に関係ないことでは
あるが、一応、少しは苦労して作った次の試合のデータ表くらい、ぐちゃぐちゃにならない
ようにして欲しい。
 隆也はため息を吐くと元希の隣にしゃがみ込んで、そのカバンと中身を奪った。
「貸してください」
「あ?」
「見てられません」
「……んだよ、入ればみんなオナジだっつーの」
 自分の行動にケチをつけられた元希は唇を尖らせる。そんな元希をちらりと見て、
隆也は黙々と残りの道具をカバンに入れた。新しいものを入れながら、既にぐしゃっと
されたカバンの底のデータ表をさりげなく取り出し、皺をきれいに伸ばして表のポケット
に入れ直す。
 すべてを入れ終わると、それをスッと元希の前に押し出した。
「サンキュー」
 そして元希の行動について訊ねてみる。
「探し物ですか」
「おう」
「整理して入れないから失くすんですよ」
「ちっげーよ! 初めからなかったんだよ!」
「でも、なかったことに気づかなかったんでしょ?」
 そう言ってやると相手は黙る。どうやら図星なようだ。
 ほんの一瞬ふてくされた元希はすぐに立ち上がり、今度は「帰っぞ」と隆也を追い
立てる。
「なんですか、いきなり」
「コンビニ行きてーんだよ、キシリがねーんだ、キシリ!」
 そういえば、今日は口が動いていない。練習時以外、ひっきりなしにガムを噛んで
いる元希にしては珍しい。
 聞けば、口の中がスース―していないと落ち着かないらしく、それでさっきまで必
死にカバンの中をさらっていたらしい。
「立派に中毒患者ですね」
 落ち着きなく隆也を急かす元希に苦笑し、隆也は持ってますよと言ってみた。
「元希さんがいつも食べてる味のじゃなければ持ってますよ」
 元希の目がキラリと光る。すかさず手のひらが差し出される。
 ぎぶみー、きしりとーるがむ。
 子供みたいなその表情と行動に、隆也はロッカーの中から自分のカバンを引っ張り
出した。サイドのポケットから細長い四種の包みを取り出す。
「どれがいいですか?」
 青と紫とピンクと黒のそれ。
 元希は全部を掴み、興味深げに眺める。
「食ったことねえんだよな。ドレが美味い?」
「さあ。オレも買ったばっかだし」
「ふーん」
 決めあぐねている元希に、隆也は提案する。
「一個ずつ味見していいですよ」
「マジ!?」
 顔を輝かせる元希に、こんなことくらいで喜ぶんだと、なにか感動みたいなものを
隆也は覚えた。だいぶ慣れてきたとはいえ最初の印象はだいぶ強くて、未だに怖くて
近寄りがたい人だというイメージが強いだけに、意外もいいところだ。その意外な人
は、嬉々としてガムを開封し、青いものを一粒口の中に入れた。次の瞬間、かぱーっ
と口を開ける。舌にガムを乗せたまま、ものすごく嫌そうな顔をする。
「ど、どうしたんですか」
「不味い! ハミガキ粉食ってるみてえ!」
「……だから爽やかになるんじゃないんですか?」
「ハミガキコなんて、ぺって捨てるもんだろが! なんで胃の中に入れなきゃいけ
ねーんだよ!」
 そりゃごもっとも、と頷くしかない剣幕で怒鳴られ、わけもわからないまま「すんませ
ん」と頭を下げる。下げた後で「別にオレが謝ることじゃないんじゃ」と思い、反論しよ
うとしてやめた。歯磨き粉の味に憤慨してすぐにそれを紙に吐き出した元希が、さっさと
次の紫を口の中に放り込み、ご機嫌な表情になったからだ。
 ええと。
「美味い……ですか?」
「おう! コレはイケる」
「へえ」
 そしてすぐにピンクの包みも開封した元希は驚きの声を上げた。
「うお」
「なんすか」
「コレ、白ェ!」
「……」
 元希の指に摘ままれた物を見ると、確かに白くて。
「……そーですね」
「おま、つまんねーヤツだな! 驚けよ、白いんだぞ!」
 驚けと言われても。
「ミドリはミドリだし青いのもアオだし、紫のだってムラサキだったのに、なんでピンクで
シロになるんだよ」
 味は美味いけど、なんて呟く元希から紫とピンクの包みのガムを取り返してみる。
 確かにピンクは白いコーティングを施されているし、紫は紫――というか、こっち
の方がピンクっぽい――だった。だからといって元希ほど驚いたりはしないが。口の
中に一種ごと入れてみる。噛んだ瞬間、甘さが口内に広がった。
 うん、美味い。ちょっと甘いけど。
 隆也が二種のガムを味見していると、突然、元希が咽せ出した。
 ゲホゴホ、すごい勢いで。
「元希さん!?」
 慌ててその背中を擦る。叩く。心配する――と、涙目になった人がきつく隆也を睨
み、顔を歪めて、力一杯叫んだ。
「辛ェ!!」
「は?」
「カライんだよ、これ! 殺す気か!」
「そんな、大げさな……」
 その言い方にムカッときたのだろう。元希は黒いガムを隆也に突き出した。隆也も
突き出されるままにそれを食べる。そして。
「……辛いことは辛いですけど、そんな泣くほどのもんじゃ」
「うっせえ! 泣いてねーよ、この味オンチ!」
 その言い分には、もはやどこから突っ込んでいいのやら、だ。
「元希さんが甘党だってだけで、オレの舌に非はないでしょーが……」
 がくりと肩を落す。好意でガムを分けて、しかも全種類の味見までさせてるのに、
どうしてこんな言われ方をしなければならないのだろう。
 理不尽すぎて納得がいかないが、ミドリのを持ってねーから悪いんだと、更にオレ
様な言葉を追加されては、もう「はいはい、仰るとーりで」と降参してしまう。
「……帰りましょうか」
 いろいろなことに疲れて、すべてを流すことにした隆也に、元希は手のひらを差し
出した。
 指をグーパーと何度も握る。
「なんスか?」
「ピンクと紫のくれ。あと二個ずつ」
「ミドリのじゃないですよ」
 ちくりと言った厭味は通じず、「ソレは美味かった」と元希はニッカリ笑った。
 勝手だけど。
 オレ様だけど。
 時折見せるこの笑顔に惹かれているのも事実だからしょーがない。
 隆也は粒ガム四つを取り出すと、乱暴に元希の手のひらに押しつけた。
 呆れというか苛立ちというか怒りというか、せめてそんなものを伝えたかった隆也
の行動の意は元希には伝わらず、元希は渡されたガムをもしゃもしゃと噛み続ける。
 他愛のない話をしながら分かれ道まで来た時、そういえば、と元希は隆也を振り
返った。
「なんでお前、あんなにガム持ってたん?」
「え」
「や、別にいんだけど。でもどーせならミドリのヤツ持ってこいよ、今度から」
「あっ、あんたのために買ってどーするんですか!」
 全部取り上げられるでしょそんなことしたらと言うと、なんだよケチと、アカンベーをされた。
「ケチはどっちですか!」
 怒鳴ると、元希は肩を揺らして片手を上げる。
「じゃーな」
 念を押すことも忘れない。
「土曜日、オレ、ガム持ってこねーから」
「知りません!」
 隆也は顔を真っ赤にしながら遠くなる人に叫ぶ。
 元希の姿が見えなくなった時、隆也はその場にしゃがみこんだ。
 心臓が、ばくばくしている。
 だってバレるかと思った。そんなわけはないのに。

 ――なんでお前、あんなにガム持ってたん?

 言えるわけ、ないでしょーが。
 あんたが食ってたから気になったんだ、なんて。
 あんたが食ってたからミドリのだけ真っ先になくなったんだ、なんて。
「あー、もー。オレ、バカみてェじゃん」


 バカみたいな自分は、土曜日にはきっと、緑のガムを持っている。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


原案を頼まれたのも、それを漫画にして頂いたのも初めてで、
原稿を頂いた時に「うわー!」と、ものすごく感動しました。
漫画にして頂けただけで既にもの凄く嬉しいのに、
だって空間が! 動きが! 表情が! 間が!!(落ち着け)。
小説では表現しきれない(私は、です)それらが
ダイレクトに目や脳に映って、漫画描きさんてすげえ!!とぶるぶるしました。
いつか原案のままサイトか本に掲載してくださいね、の
とおるさんのお言葉に甘え、UPさせて頂きました。
何度でも言う。とおるさん、ありがとうございました!

今ではちょこっとパッケージ&味事情が違っているキシリですが、それはそれで流してやってください。
黒のキシリは銀になり、そして今は製造されていません。1番好きだったのにー(涙)。




<ブラウザの戻るでお戻りください>