2000年8月22日、バイク事故により救急車で運ばれる
ただ運のいいことに事故現場のかなり近くが病院
病院到着時は全く覚えていないが「家に帰る」と連呼していたらしい
その手術では頭部を切断したが特に以上が見られないため再び頭蓋骨をはめなおす
しばらく意識不明が続き、医者も変に思っているところに全身が痙攣を始める
もう一度頭部を検査すると脳の一番重要な神経をつかさどる脳幹の圧迫出血で脳幹が押しつぶされている
即座に2度目の緊急手術
手術は成功・・・だが再び意識不明で事故から3ヵ月後、ついに目を覚ます
意識が目覚めたが喉に気管切開の管を入れ、意識不明で食事が取れなかったため、おなかにいろう(チューブで栄養を入れる)を通して流し込み排泄物などのためにオムツやおしっこのための尿管がささっていました
意識不明なので特に問題はなかったですが・・・
意識は回復したが寝たきりの状態のまま転院
完全に覚醒はしていないためよくは覚えていないがなんと転院時に「介護用リムジン」使用
転院して・・・そしてここから奇跡の回復
まず車椅子に乗る
しばらくしてたどたどしいながらも車椅子での自走に成功
またしばらくして自分で車椅子からベッド、トイレへの乗り移りができるようになる
そして、病棟の周りを重りをつけて10周も20周もリハビリとして自分の車椅子で周る
その急速な成長の間わずか3ヶ月足らずだった
その後、リハビリ病院に転院
転院後も回復は順調に進み、毎日文字を書いたり、立ち上がりを自分で練習した
そして、ついに前に支えがあれば歩けるようになり、自分も家族も喜びこのまま歩けると思った
そのときは・・・
その後リハビリで歩いている最中のこと
突如がくんと膝折れして崩れ落ちた
そのときは誰しもあまり気にしていなかった
それからだった・・・
突如今まで自分ができていたことがスムーズに出来なくなった
自分の中では「調子が悪いのかな?」程度にしか思えない
しかし、日に日に体が重くなり手も足も緊張が高くなり動かない
その状態でまた転院
転院後、おそらく前の病院の報告書では乗り移りは見守りと書いてあったんだろう
入院直後にトイレの乗り移りを見せてと言われる
しかし、今は体が思うように動かない
大丈夫、大丈夫と言われるたびに自分自身が悔しくなり看護師さんの前で悔し涙を流した
その後もリハビリを続けたが状態は悪くなる一方
結局今まで出来ていたことも一切出来なくなり全介助に逆戻り
かろうじて左手は動いたので車椅子も電動車椅子を借りた
担当医師も歩けていた患者を全介助に戻してしまい退院とは言いにくかったんであろう
結局原則入院は3ヶ月のところ8ヶ月半もお世話になった
ここから悪くなった原因を突き止めようと検査入院
しかし、一向に原因は見つからない
検査を終了した段階でもっと詳しく検査するかどうか聞かれたがおそらく何もないだろうということで断らざるを得なかった
それから転々と以前お世話になった病院をめぐった
以前の一番体が動いていた頃を知る病院関係者は今の僕の状態にきっと驚いていたであろう
どうしようかと困っていた
すると某有名病院から「最後の手段として治療実験の手術をしないか?」と声がかかる
何でもやってみようと思っていたので即返事をして了解の意思を伝えた
そして当時まだ無認可の治療実験の同意書を書いた
手術の概要は簡単に言うとおなかの中にポンプを埋め込み一日単位で決まった量のバクロフェンという薬を体に流し込むのだ
手術が終わり痙縮が収まるようになった
そしてついに本格的な家での生活が幕を開ける