犬、柴犬、座敷犬タケシのHP 文章
初版    99/08/12
前回更新 05/02/28
最終更新 06/02/28

目次

1 紹介
1-1 自己紹介
1-2 名前の由来
2 座敷犬のすすめ
2-1 外犬と内犬との分岐点
2-2 座敷犬が見せる素顔
3 お散歩
3-1 お散歩の流儀 『ボディーガード派』
3-2 かけっこでriharaに勝った日
3-3 ロープ一直線事件
3-4 時速22キロ超時代
3-5 人間アンチロックブレーキ事件?
4 犬を「獣(けもの)」ではなく「家族」の一員として受け容れた過程
4-1 獣(けもの)を躾ける?
4-2 焼きそば事件
4-3 からかうつもりが逆襲を受け、口許を咬まれた!その時、riharaは......?
4-4 夢の中での話
4-5 riharaが93年11月15日に見た夢
4-6 窮犬riharaを噛む?
5 エピソード
5-1 シャンプーのテーマもほどほどに
5-2 あっ!子犬が突進して来る!事件
5-3 危機一髪、riharaが車に跳ね飛ばされた話
5-4 高イビキで聴くピアノ
*** "座敷犬高イビキ系"『ピアノの勧め』(takeshi.piano.htm)(別文書)(00/12/18)
5-5 タケシが小学生と認められた日(!?)
5-6 『向こう傷は男の勲章やぁ』事件
5-7 それでも......だった夜
6 健康管理と病気
6-1 会陰(エイン)ヘルニア
  6-1-1 病気の兆候
  6-1-2 『会陰ヘルニア』とは
  6-1-3 手術を決断するまで
  6-1-4 病院へあてた手紙
  6-1-5 手術と入院
  6-1-6 無事退院、手術と入院の費用
6-2 タケシの最期 1999年 00/02/10 Up
  6-2-1 10月気絶した話
  6-2-2 10月難聴の疑い
  6-2-3 11月と12月
  6-2-4 12月23日
  6-2-5 12月24日最期
  6-2-6 その後
  6-2-7 ワンちゃんの最期とどう向き合いますか?
6-3 散骨
  6-3-1 散骨 02/12/19 Up
  6-3-2 犬の散骨の法的手続 03/08/15 Up
7 よそのお宅の愛すべき犬たち
7-1 柴犬カイ君(仮名)
7-2 ハスキー犬コタツスキーさん(仮名)、そして、***
7-3 東横線沿線渋谷ベランダ2匹ワンちゃん
7-4 G君とriharaの和解 05/02/28 Up
7-5 歌の中の「年老いたシェパード」 06/02/28 NEW
7-6 園児 海(カイ)君(仮名)
本『犬、柴犬、座敷犬タケシのHP 文章』ファイル(takeshi.txt.htm)内でのみ表示している画像一覧
     inugoya.JPG 991211-06.JPG  以上
本『犬、柴犬、座敷犬タケシのHP 文章』ファイル(takeshi.txt.htm)内で表示しないで参照のみしている画像一覧
(『犬、柴犬、座敷犬タケシのHP 写真』ファイル(takeshi.pic.htm)内で表示・参照しているものと同じ画像です。)
     syouga02.JPG syouga01.JPG hernia06.JPG  以上

本文

--------------------------------------------------
1 紹介
--------------------------------------------------

--------------------------------------------------
1-1 自己紹介

--------------------------------------------------
柴犬タケシ
オス
1987年3月30日生まれです。
完全な座敷犬で、7割の部屋は出入りが自由です。
東京都町田市の南部(東急田園都市線沿線)に住んでいます。
私riharaは、男で、1963年生まれです。
タケシは生後30日程で我家に来た当初、父、母、姉とも一緒に暮らしていました(兄はすでに独立)。
しかし、姉が嫁ぎ、両親は前後して他界したので、その後は私と一緒に暮らしました。

性格
マイペースです。
日本犬の気性、ありのままを大切にして育ててきたつもりです。
他の犬に対しては、1割は相性が合わなくて吠え、8割は無関心で平静にしており、残り1割は鼻を鳴らして親愛の情を示します。
非社交的、かわいげがない、よくいえば独立自尊といったところです。

1999年8月12日
『犬、柴犬、座敷犬タケシのHP』( http://www3.plala.or.jp/rihara/ )初版をUpする。

1999年12月24日20時21分
タケシ、永久の眠りにつく。
12歳8ヶ月です。

2002年11月24日
遺骨を散骨する。
(同月末、riharaは横浜市の日吉へ引っ越す。)

--------------------------------------------------
1-2 名前の由来

--------------------------------------------------
当時私は、父、母、姉と暮らしていました。
姉と相談し、両親の老後のお散歩用にと、姉の知り合いを通じて柴犬のブリーダーの人から分けてもらおうと決めました。
1年半ほど待って、いい子犬が生まれたからということで、4月の末に父と姉がブリーダー方へもらいに行きました。

他のご家庭と同じく、犬の名前をどうするか、父と姉と私はいろいろと考えました。
私の提案は父と姉に不評で、父と姉は『犬を見て、第一印象で決めよう。』と言い出しました。
私のイヤな予感は当たりました。父と姉は、『小さくてコロってしているから…』といい、『コロ』と名付けたのです。
私は、日本中にたくさんいらっしゃるコロちゃんとそのご家族を敵にまわすつもりはありません。
しかし、柴犬は日本犬、とすれば日本の健やかな男子らしい名前にしたかったのです。
りりしく大人の犬になったときにふさわしい名前にしたかったのです。
上野動物園に『童童(トントン)』というパンダがいましたが、成人していつまでたっても『童・童』=『わらは・わらは』=『こども・こども』という名前では少しかわいそうという気がします。
そこで、私だけは日本犬らしく健やかに成長するように、『タケシ(健)』と名付けました。
したがって、タケシはもの心つくころには自分は『コロ』であり『タケシ』であり、2つの名前をもっているということを理解していました。
誰が『コロ』と呼んでも、誰が『タケシ』と呼んでも、タケシはちゃんと振り向きます。

--------------------------------------------------
2 座敷犬のすすめ

--------------------------------------------------

--------------------------------------------------
2-1 外犬と内犬との分岐点
--------------------------------------------------
生後半年くらいは、身体がほぼ大人と同じくらいになる割には分別がつかず、人を咬んだりすることもあります。
しかし、この場合の咬む行為は、決して相手を傷つけようとして咬んでいるのではありません。
犬同士がじゃれ合うのと同じで、人間を犬と近づけて理解しているためであり、言うなれば親愛の情の証だと思います。
犬も咬み加減がなかなか分からない時期なのです。
人間の皮膚を傷つけるような咬み方、歯のあて方をした場合は、その都度「咬んじゃダメ!」といって、教えてあげる必要があります。
うちのタケシも生後5ヶ月目くらいがもっとも咬む加減が分からなかった時期で、その都度家族から、「痛い!咬んじゃダメ!」と叱られると、本人は悪気がないのでしょう、キョトンとしていました。

同じ頃、家族の中では、もう外に出さなくてはだめじゃないか?という空気になり、実際犬小屋も用意して、タケシを中に入れました。
しかし、このときタケシが今までには見せなかったようなイヤそうな顔をして、決して中には入ろうとしなかったのです。
その時、数枚だけ写真を撮りましたが......。

もしも、このときタケシが喜んで犬小屋に入っていれば、タケシは外犬になっていただろうと思います。
しかし、本人の抵抗が強く、ではもうしばらく内犬として様子をみよう、ということになりました。
程なくタケシも人間を咬んではいけないということを覚えて、結局今まで座敷犬として過ごすことになったのです。

うちの場合、外犬と内犬との分岐点は非常に微妙なところにあったと思います。
もしも、あのとき外犬にしていたら、犬に対して今ほどの情は湧かなかったと思います。
「それなりにかわいいが、会えばいつも吠えてうるさいヤツ」、位にしか思えなかったかもしれません。

今でも、犬とじゃれ合うときは、腕や足をわざと咬ませますが、それは咬むというより、咬むまねをする、歯をあてるだけ、といった感じです。
それに、タケシは、ジーンズのデニム地、トレーナーの裏起毛素材を認識して、人を傷つけない限度の強さ加減で愛咬してきます。
それも信頼関係のある家族だけにする行為で、タケシはかわいいヤツです。

座敷犬にするか、外犬に出してしまうか、思案するご家庭も多いかと存じます。
しかし、ポイントです。

『生後10ヶ月は辛抱して下さい、必ず犬に分別がつきますから。』

--------------------------------------------------
2-2 座敷犬が見せる素顔
--------------------------------------------------
犬のいい点は、無条件で家族が大好きだということ。
人が機嫌を損ねて帰宅しても、犬はいつもと変わらない愛情を示してくれます。

座敷犬とすることは、確かにデメリットもあります。
しかし、犬の多面性に触れ、理解し、より愛情が深まること、請け合いです......。


犬が夢を見るなんて、タケシと生活するまでは思いもよりませんでした。
警戒を解き、安心しきって、いびきを立てて寝入ることもあります。
そして、夢の中で寝言を言います。
実際には、喉の奥だけで(自分を睡眠からさまさせないような音量で)吠えるときもあれば、あたかも誰かと引き離されようとしているかのような切なそうな声を出すときもあります。
また、夢の中で走っているんだなと分かるのは、手足も先のほうの関節だけをヒクヒク動かすからです(これも、自分を睡眠からさまさせないような程度)。


居間にいて側を通り過ぎるときに、ほんのちょっと体を触れさせて、自分をアピールして行きます。
猫みたいに。


浴槽を掃除していると、のぞきに来ます、労をねぎらいに......。


まだ数ヶ月の頃。
家族の誰かが、急にそば耳を立てて、
「あぁ! ウルトラマンが来たっ!」
というと、タケシも急にそば耳を立てたかと思うと、一目散に玄関まで走って行っていました。

--------------------------------------------------
3 お散歩
--------------------------------------------------

--------------------------------------------------
3-1 お散歩の流儀 『ボディーガード派』

--------------------------------------------------
『ボディーガード派』とはどのような流儀でしょうか。
それは、犬の自由に任せるやり方です。
例外的に自由を制限するは、 (1)他の人の安全や利益を損なう場合、 (2)犬自身の安全を損なう場合、 (3)散歩予定時間を超える場合、という具体的な理由がある場合です。

これに対し、『統制派』とはどのような流儀でしょうか。
それは、犬が人の統制の下にあることを重視するやり方です。
(もちろん、牧羊犬、盲導犬、介助犬、警察犬などお仕事をする犬は別問題です)
自分の真横から少しでも離れることを許さない、他の犬に関心を示し立ち止まることを許さない、道端の臭いを嗅ぐことを許さない、といったやり方です。

なぜ『ボディーガード派』なのか?

原則として犬の自由に任せるのは、犬の価値観は人知を超え、また散歩の目的が犬のストレス解消にあるからです。

犬の価値観は人知を超えます。
犬は人と異なり嗅覚が非常に発達しています。道端への臭い付けは犬社会での重要な伝達手段です。また犬の種を存続させてきた特有の本能的行動もあります。犬の胃もたれに効く草は私には分かりません。散歩の途中で犬がある場所に行きたがったときに、それは価値のないものだ、とどうして人間が決めつけられるのでしょうか。人が無価値と考える犬の行動の中には、犬にとって非常に価値の高い重要な行動があるかもしれません。その機会を否定してしまうこと、その芽を摘んでしまうことは、犬の一生にとって不幸であると考えます。
散歩をしていると犬が3メートル程戻って臭いを嗅ぎたがる場合があります。私は初めの頃は「嗅覚が発達しているのだから行きたいところへは通り過ぎる前に行かないとダメ!」などと考え許しませんでした。しかし、臭いにも強弱がありますし、現地点で得られた情報から3メートル程戻ったところの臭いが重要な意味をもってくることがあるかも(!?)しれません。今では犬の価値観を尊重して、戻りたがるときには戻るようにしています。

犬のストレス解消が散歩の主要な目的です。
これは多くの方に賛同頂けると思います。とすれば、なおさら犬の自由に任せるのが合目的的ではないでしょうか。散歩に費やせる時間を30分と決めたら、その時間内では、犬がどちらの方角へ行こうと、3メートル程戻ろうと、同じ所で何分も臭いを嗅いでいようと、行きかけた道を引き返して違う方向へ行こうと、一旦家の前まで帰ってきたのにそれを通り越して他の方向へ行こうと、散歩させる人にとっては小さな問題で、容易に寛容できることであると思います。

例外的に自由を制限する3つの場合は、犬が人の社会で生きていく上で必要なことです。

(1)他の人の安全や利益を損なう場合。
不用意に幼児に近づいていって、驚かしたり、果てには怪我をさせないように。
自転車に幼児を乗せているお母さんが安心して通れるように、はじによる。
もちろん、他人の敷地に勝手に入り込むことはできません。
温かい春の日差しに冬眠からさめて和んでいるテントウ虫にオシッコをひっかけないように、など。

(2)犬自身の安全を損なう場合。
自転車に轢かれないように。
水たまりを車が通過したときに水(泥)しぶきをかけられないように。
毛虫の異常発生している木に近づかないように。
乾いていないアスファルトの油面を踏まないように。
猫に近寄って不用意に引っかかれたりしないように(猫にとっては身を守る上で理由のあることです)、など。

この (1)、 (2)に備えて散歩の途中は結構後方を含め辺りをキョロキョロしています。
これが、『ボディーガード派』の名の由来です。

(3)散歩予定時間を超える場合。
散歩させる人にも生活上の予定はあるので当然です。
しかし、時間内である限り犬の自由を最大限尊重すべきです。

以上、『ボディーガード派』の内容と理由について記しました。
時間内では犬の自由にさせるんだと達観したやり方は、特に、日ごろあまり犬の散歩をしたがらない中学生やお父さんにとって、心穏やかに散歩でき、犬も満足でき、両者の利益が合致するので、お勧めします。

確かに、『ボディーガード派』の散歩は、走り回りたい盛りの若い犬には向かない面もありますが、それはお散歩させる人間の運動能力に応じてアレンジして下さい。

また、犬の自由にさせて追従するだけでは、人の存在が希薄にならないかと思われるかもしれません。
しかし、自由にさせていても、引き綱の微妙な加減で、そっちの方へはなるべく行きたくないとか、そこはよそ様の植え込みで避けてほしいとか、を理解してくれることがあります。
そして、犬はいつも飼い主の存在を意識しています。
ある晩のことです。
道路工事の現場へ入っていって、70mほど入った先が1mほどの段差になっていて、それにもかかわらずタケシはどうしてもその先へ行きたかったのでしょう、自分で登れるところを探した後にそれでも見つからず、おもむろに私の方を見て、「あんた(?)ならここを登らせてくれるでしょう!?」と言いたそうに「クゥ、クゥ」と鼻を鳴らすのです。もちろん、タケシを登らせて先へ進みました。散歩になるとほとんどマイペースで飼い主のことを大して気にしていないように思っていましたが、やはりいつも飼い主が一緒にいることを意識しているのみならず、自分にできなくて飼い主にできることまでもきちんと理解しているのだなぁ、と改めて思いました。

--------------------------------------------------
3-2 かけっこでriharaに勝った日

--------------------------------------------------
タケシがかけっこでriharaに初めて勝ったのは、生後6ヶ月くらいであったと思います。
近所の公園の200mほど舗装した場所でした。
私は、
「えぇ!! もう負けちゃうの?? 1歳にもならないのに!!!!」
と感想を持ちました。
私は大人げなく悔しくて、訓練と行動自由度を増すために導入した7mのロープを負荷にしようと地面に引きずらせて競走してみましたが、やはり敵いませんでした。
でも、考えてみれば当然ですよね。
犬が今まで種を存続させるためには、生後6ヶ月ころまでには十分速く走って外敵から身を守るようになっていなければなりませんから......
タケシは、走る喜びを全身にみなぎらせていました。

--------------------------------------------------
3-3 ロープ一直線事件

--------------------------------------------------
ちょうどそのころでしょうか。
同じ公園内で芝生の広いスペースがあって、タケシと思いっきり走っていました。
全く人がいないわけでもないので7mロープはつないだままです。
スペースの中央から端まできて、私は左に旋回したのですが、手首に感ずるところがあって、タケシの方をみると、タケシは右に旋回し、全身に走る喜びをみなぎらせ、思いっきり走っているではありませんか!!!!
「まずぃ!!!!!!」
と思いましたが、張りかかったロープの輪からすっぽり通した手首を抜く暇(いとま)はありません。
私は体勢を変えて手首を思いっきりタケシの方へ突き出しました。
が、次の瞬間、タケシは首輪が首にぐっとくい込み、ロープと胴と後ろ足が一直線になり宙を舞いました!!!!!!......

私は凍り付きました。
幸いタケシの身体に異常は生じませんでした。
7mロープは綿編み込みのものでわずかでも伸縮性があり、それが幸いしたのかもしれません......。

--------------------------------------------------
3-4 時速22キロ超時代
02/02/28 往時の”速さ”を計測
--------------------------------------------------
タケシは、その後もよく走りました。
全盛は1才から7才くらいでしょうか。
一定の速さで延々と走る、というわけではありません。
50m、100m、200mくらいをダッシュして止まる、というパターンです。
近くの川のサイクリングロードは、交差する道も少なく、人もほとんどいない時間帯が多いので、それくらいの距離を猛ダッシュするのに支障はありません。

その頃は、自転車で例の7mロープを持ってお散歩していました。
7mロープは、普段は、両手を程良く広げた幅の輪を幾重にも作って、残り1.5mくらいを出すようにして使います。
一方、サイクリングロードでは、ロープを全部出して、道に引きずるようにします。
アスファルト舗装のためロープが石や杭に引っかかるようなことはありません。
タケシも、首にかかる負荷をほとんど問題にしません。

サイクリングロードでいざダッシュというときは、タケシと自転車の前輪が並ぶように、こちらで調整して走ります。
タケシが自転車の前に出てくることはありませんが、一応の予防のためと、タケシがあまりに優位にたって優越感にひたったり劣後して劣等感にひたったりしても、走る喜び・満足感は得られないと考えるからです。

riharaの自転車選びのコンセプトは、ファッションは捨て実利に徹し、盗難にあいにくいものです。
ごくごく普通の軽装車、ときにはママチャリなどと呼ばれるものです。
26インチ、内装3段のものです。
その内装3段は、ギア比の低い方から、「軽」「平」「速」となっています。
その「速」で、まあまあゆるく快適にこげる速さです。
(2002年2月、riharaは当時の”速さ”を計ってみようと思い立ちました。
例のサイクリングロードでは町田市が市民ランナー向けに基準地点から0.5kmおきに、その旨プレートを設置しているので、その0.5kmの誤差は数メートルもないと思います。
その0.5kmを当時の”速さ”を思い出しつつ自転車で走って時間を計り、それを時速に換算する、という方法です。
計ってみると80秒を少し切る程でした。
”80秒あたり0.5km”を時速に換算する、すなわち”1時間あたり何kmか”を計算すると、
60秒*60分/80秒*0.5km=毎時22.5km
です。
表計算ソフトの数式と同じく、「*」はかけ算、「/」はわり算を表します。
ですから、)
”時速22キロ超”はでていたと思います。

時速22キロ超で走るとき、タケシは両耳を後ろに流線型になびかせます。
躍動する全筋肉が、走る喜びをみなぎらせています。
riharaは声をかけます。
「タケシ、すごい!!! すごい!!!」
タケシは内心まんざらでもないと思いますが、まっすぐ前を見すえ無表情で走り続けます。
「タケシくん、すっごい!!! すっごい!!! はっやぁーい!!!」

そして、タケシは当たり前のように、急停止します。
自分がチェックしたいポイントです。
私は人差指と中指でロープを引っかけるとともにハンドルを握り、薬指と小指をブレーキにかけています。
そしてこのときは、両手で急ブレーキをかけて止まります。
2m強はスリップするでしょうか。
しかし、ロープに余裕があるので、タケシの首輪に影響が及ぶようなことはありません。
タケシもタケシで、よく急停止できると思います。
足の肉球も痛めないようです。
タケシは平然と草むらに入っていきます。
私の自転車のタイヤは、この2mスリップの繰り返しのおかげで、山が完全になくなり、その下のメッシュ入りのゴム層にいたるまで削れました。

猛ダッシュするのは最初の10分くらいだけです。
その後は、満足と疲れのためでしょうか、ほど良い速さで走ったり歩いたりします。

両耳を後ろに流線型になびかせた顔......
無表情だけど得意げな顔......
私は今でも鮮明に覚えています。
(2001/08/18記)
(往時の速さの計測部分は2002/02/28記)

--------------------------------------------------
3-5 人間アンチロックブレーキ事件?

--------------------------------------------------

アンチロックブレーキとは:
自動車は、雪道や雨に濡れた舗装路など、滑りやすい路面で急ブレーキを踏むと、タイヤがロックして(回転しなくなって)ステアリング(ハンドル)が効かなくなってしまいます。
こうしたタイヤのロックによる事故を未然に防ぐために、現在ではほとんどの車種にABS(アンチロックブレーキシステム)が標準装備されています。
このABS(アンチロックブレーキシステム)の原理は、車輪の回転を維持するため、コンピュータ制御によって、車輪のロックを検知し、瞬時にブレーキ力を弱めたり強めたりを繰り返すことにあります。

それはタケシが3才くらい、自転車でお散歩をした帰り、車道と仕切られた幅2mほどの歩道でした。
小走りといっても遅いほうでした。
タケシは左に並び、私は手を交差するようにロープを右手に短く持ち、左手だけで運転していました。
突然のことです。
左後ろから犬の吠えかかる声がしたと同時に、タケシがガードレールが切れていたそこから車道に逃れ出ようとし、自転車の前へ飛び出します。
ロープが前輪をタケシへ向けます。

あぁ!! タケシをひいちゃう!! ブレーキだ!!
と思った次の瞬間、
痛い!! 人差指がハンドルとブレーキレバーにはさまれてる!! ブレーキをゆるめろ!!
しかし次の瞬間、
ダメだ!! タケシをひく!! タケシが傾きだした!! ブレーキだ!!
でもやっぱり、
人差指が痛い!! ブレーキゆるめろ!!
タケシをひく!! ブレーキ!!
人差指痛い!! ゆるめろ!!
ひく!! ブレーキ!!
痛い!! ゆるめろ!!
ひく!! 痛い!! ひく!! 痛い!! ひく!! 痛い!! ひく!! 痛い!! ひく!! 痛い!! ......

それは一瞬でしたが、両足も地面に踏ん張るようにしてなんとか止まったときには、タケシはタイヤが脇腹にくい込み地面に倒される寸前で、後ろを振り返ると全速で走り去る犬の後ろ姿......

私は左手の中指以下をブレーキレバーにかけ、人差指をハンドルの柄の方に置いていたため、はさまれたのです。
人差指にはブレーキレバーの跡がクッキリと残り、5日くらい消えませんでした。
タケシの脇腹はタイヤの跡状にクッキリと毛並みが乱れ、5日くらい消えませんでした。

私とタケシは痛みを分かちあいました。
悪いのはあの犬です、riharaを人間アンチロックブレーキにした......

--------------------------------------------------
4 犬を「獣(けもの)」ではなく「家族」の一員として受け容れた過程

--------------------------------------------------

--------------------------------------------------
4-1 獣(けもの)を躾ける?
--------------------------------------------------
犬を飼うのは家族の誰もが初めてでした。
家に来てすぐの頃は、眠りからさめるとすぐにオシッコをするので、家族中で『起きたぞ!』、『新聞!新聞!』などと言って、騒いでいたのが懐かしく思い出されます。
私などは、犬は所詮獣(けもの)に過ぎず、人とは別格、飼育の対象に過ぎない位に考えていました。
当時読んだ犬の躾けの本には、犬が悪いことをしたら、そこへ鼻を押しつけて『ダメッ』と言いながら頭を数回たたくとあり、実際そうしていました。
今思えば、これはひどいやり方だったと思います。
まだ生後数ヶ月の赤ちゃん犬に対し、何も頭をたたく必要はありません。
頭をたたくと、かえって痛みや屈辱感が先行して、思考を鈍らせたり、大切に扱われていないのだと本能的に思わせたりするのではないでしょうか。
悪い事をしたということを分からせればよいわけですから、お尻を加減してたたけば十分だったはずです。
今では、タケシを叱るのは月に1度あるかないかですが、その時は必ずお尻をたたくようにしています。

--------------------------------------------------
4-2 焼きそば事件
--------------------------------------------------
それは、タケシが身体が大きくなって座卓に手をついて立てるくらい(生後3ヶ月くらい)になったある晩のことです。
献立は焼きそばで、母が一皿分を居間の座卓において台所に戻り、数分後に居間に行ってみると焼きそばがすっかり無くなっています。
横では、タケシが満腹でちょっと動けない、といった表情をしています。
その時、家族の口をついて出てきた言葉が、「コロが焼きそばを盗んだ!」、「あぁ、本当だ!本当だ!」、「あらぁ、一目散にあわてて食べたのね!」でした。

しかし、「盗んだ!」なんて、家族の一員に対して使う言葉ではありません。この時点では、タケシは未だ「家族」として認められていなかったといえます。

--------------------------------------------------
4-3 からかうつもりが逆襲を受け、口許を咬まれた!その時、riharaは......?

--------------------------------------------------
犬も4ヶ月くらい経つと、ちょっとわがままで小憎らしくなるときがあり、
そろそろ私が上位者であることをタケシにしっかり認識させなければならない、ちょっとからかってやろう、と思いました。
そこで、タケシが横になっていたところへ「ウォ〜、ウォ〜」とうなり声を上げ襲う振りをして顔を近づけて行きました。

びっくりしたタケシは逆襲。口許にガブッ......、しびれるような感覚が走った瞬間、私は、
(あぁ!飼い犬に咬まれた......。)
私がひるんだ隙にタケシはどこかへ走り去っていた。
口許にはまだジィ〜ンとしびれるような感覚が残っている。
(どのくらい血が出ているのだろう......?)
おそるおそる舌を延ばしてそのあたりを舐めてみるが、
(ん?血は出てないか?)
家族に、
「タケシに口を咬まれたぁ〜!」
などと言いつつ、台所を抜けて洗面台の鏡をのぞいてみると、やはりどこも切れていない。
(あれ?咬もうと思えばしっかりと咬めるのに、加減をして咬んだのか......?)
しびれる辺りをさすりながら、考えた。
(そうか!タケシは私を家族と認識しているんだ!だから最後までガブッといかなかったんだ!単なる獣(けもの)とは違うんだ!)

私はこのとき初めて、柴犬タケシが単なる獣ではないこと、家族の一員であると実感しました。はからずも、獣(けもの)に過ぎないと思っていたタケシ自身から教えられたことでした。

--------------------------------------------------
4-4 夢の中での話
--------------------------------------------------
タケシが来て1年程したある日、私は夢を見ました。
私はタケシとふざけるようにして遊んでいました。
そして、はずみで私の足が触れて、タケシの足がねじれるようになった瞬間、タケシが、
   「ふざけるから、足を痛くしちゃったじゃないかぁー!」
と言ったのです。
そのとき私は妙に納得していました。
   (やっぱり犬もしゃべれるんだぁー、舌もあるしね!)

--------------------------------------------------
4-5 riharaが93年11月15日に見た夢

--------------------------------------------------
93年11月16日の日記の引用です。

『 我が愛犬タケシの夢をみた。
タケシはある家にもらわれていっていたのであった。その家は工務店のような、建具屋のようで、1階はまず12畳ほどのコンクリートの土間があって、壁側には材木やサッシなどが少し立てかけてあって、その奥が8畳ほどの板の間で、土間からは50センチほど上がっているが、簡単な流しが付いているだけで、階段へ続くドアの他なにもない造りであった。
私はその家のわきのテニスコートに自転車で通っていた。そして、その家でクラブハウスのように7〜8人がくつろいでいるのである。
夕方暗くなり人がひけると、タケシがぞうきんで板の間をせっせとふき掃除をするのである。そして土間との間のサッシに入ったほこりを前足のツメでかき出して掃除しているのである。
夜になって、また人が集まって板の間でワイワイやっていても飼い主の命ずるとおり板の間に入りたくても入らずに土間のほうからおすわりして中をじっと見ているのであった。
飼い主が厳しくしつければずいぶんきちんとなるものだ、ぞうきんがけまでできるようになるし、と思った。しかし、さらにいとおしくタケシを返して欲しいと言いたいが言い出せないでいる私でした。 』

2000年8月頃読み返して、そういえばこんなことを書いていたんだ......、と思い出しました。
93年11月といいますと、タケシは6歳です。
当時はまだ、ありのままのタケシを受け容れる心境、尊重する心境になかったのだ......、とも思います。

 

--------------------------------------------------
4-6 窮犬riharaを噛む?

--------------------------------------------------
タケシが恐怖心を抱くのは、雷、強い風の音、ロケット花火の音、つぶれた缶を車が踏む音などです。
恐怖心が高じると、ガタガタ震えたり、中に隠れるため襖(ふすま)を開けようとして爪でひっかいたりします。

タケシが10歳くらい、雷が鳴り風が強かったある晩のことです。
タケシが部屋の隅に身を寄せガタガタ震えて今にも襖を爪でひっかきそうだったので、
「コラッ、怖くないでしょ!そんなところにいないでこっちに来なさい!」
と言って首の辺りへ手を伸ばし招き出そうとした瞬間、親指をガブリと咬まれました。
脅すつもりで咬んだのか、本気で咬んだのかは分かりませんが、かなり強い力でした。
私としては、タケシが人を思い切り咬むようなことは絶対に無いと思っていたので、かなりショックでした。
幸いにも、犬歯がちょうど親指の骨の一番太いところを上下から挟むようなかたちになり、歯先の跡がくっきりつきましたが、血は出ませんでした。

どうして咬んだのか?私はさまざまに考えました。

人を咬んではいけない、というルールはタケシも十分知っていますし、身についてもいます。
家族とふざけて咬むように歯をあてる場合も、トレーナーやジーンズの上からで、決して人が痛がるような咬み方はしません。
しかし、犬でも怖いものは怖いのであって、それはひとつの生き物としてはどうしようもないことです。
人間は、雷は近くの避雷針に落ちるから安全であること、風の音に過ぎないこと、あの金属音は缶をタイヤが踏む音に過ぎずこちらに危害が及ぶおそれはないこと、などを理解しています。
しかし、犬には理解できません。むしろ、一定の音に対し恐怖心を抱くというのは、犬がここまで種を存続させる上で必要不可欠な資質、本能であったはずです。
人間の理屈を押しつけてはいけない。
人間の理屈をもって、犬の心(恐怖心)を軽んじるのは良くない。
現実に人間を傷つけているとか、家の造作を壊しているとかの具体的な不都合がないにもかかわらず、必要以上に犬の心に踏み込むようなことは良くない。
犬の深い愛情のみならず、本能的な恐怖心までを受け容れてこそ、初めて犬を家族として、心をもったひとつの生き物として、受け容れることになるのではないか。
私は、今ではこのように考えています。

 

--------------------------------------------------
5 エピソード
--------------------------------------------------

--------------------------------------------------
5-1 シャンプーのテーマもほどほどに

--------------------------------------------------
タケシの生後数ヶ月は、成長の盛りですので、1週間か2週間に1度、シャンプーをしていました。
これは、家族の中でも私の仕事でした。
多くの柴犬がそうであるように、シャンプーを怖がり身体をブルブル震わせたりもしました。
でも、怖がりブルブル震えようが、人とひとつ屋根の下で生活する以上、人のルールにも従ってもらわなければ、とシャンプーするわけです。

以前、ある番組である女性歌手が、同じく歌手になった妹が幼かった頃、サメの映画ジョーズのテーマを歌いながら迫ると泣き出すので、それを面白がってやっていたという話をしていました。

タケシが不必要にシャンプーを怖がるので、そんな話を思い出し、私も面白がってタケシにシャンプーだよー、と呼びに行くときに、
ダーラン。ダーラン。ダーラン、ダーラン、ダタ、ダタ、ダタ、ダタ、ダタ......
とジョーズのテーマを歌いながら近寄って抱き上げていました。

それから程ない数回後のシャンプーのときです。
シャンプーの準備をしてから、洋間にいたタケシを見つけ、
ダーラン。ダーラン。ダーラン、ダーラン、ダタ、ダタ、ダタ、ダタ、ダタ......
とジョーズのテーマを歌いながら近寄って行くと、手を差し伸べる以前に、すでに身体全体をブルブル震わせて怖がっていたのです。

生後数ヶ月のこんな小さな身体でも、記憶力もいいし、繊細な心を持っているんだなぁ、と思い知らされ、反省もしました。

--------------------------------------------------
5-2 あっ!子犬が突進して来る!事件

--------------------------------------------------
タケシが2歳くらい、川沿いの一本道のサイクリングロードを散歩していたときのことです。

150mくらい先から、こちらに向かって子犬が一直線に突進して来るではありませんか!!!!!!
その後ろを見ましたが、飼い主さんはいません。
(あれぇ、飼い主とはぐれちゃったのかなぁ?)

全速力で走って来ます。
(駆け寄ってきて、周りでワンワン吠え立てられたらタケシも困るし、イヤだなぁ............)

さらに30m程手前に来た矢先、ヒョイッと、1.5mくらいの民家の塀に飛びのった!!!!!!

(............??? なぁんだぁ、○コかぁ。)

--------------------------------------------------
5-3 危機一髪、riharaが車に跳ね飛ばされた話

--------------------------------------------------
ここでは、交通事故にあわないように気を付けること、
そのためには、酒酔いお散歩をしないこと、
暗いところでも視認性の良い服装をすること、
をお話ししたいと思います。
(幸運にも軽傷でしたので、安心してお読み下さい......)


それは、平成4年3月末でした。
350ccくらいビールを飲んでから、午後8時頃にお散歩に出かけました。
濃紺のジャンパーにブラックジーンズです。
なんと暗いところで視認性の悪い服装でしょう!!

わずかにカーブした道は、車が減速せずにすれ違えるくらいの幅でした。
そこには、細い道が垂直に交わり、信号機のない横断歩道がありました。
その横断歩道の付近は、タケシがよく渡りたがるところでした。

その晩も、タケシは渡りたがった。
右を見ると、車は100m位先をこちらに向かっているところであり、左を見ると、車が左折のウィンカーを出していた。
ということは、車は横断歩道の手前で減速し細い道へ曲がる。
今がチャンスだ!!!!!!(少量のお酒でも少量大胆になりうる!!!!!!)
「ヨシ!!」
とタケシに声をかけ、ダッシュした。

しかし......
減速して左折するはずの車が私に向かって直進して来るっ!!!!!!

とっさに引き綱を離し、タケシは無事に向こう側へ渡りきった。
しかし、後続の私は渡り切れそうにないっ!!!!!!
私はちょうど車の真正面、車は急ブレーキしながらも、もう2m程に迫っている!!!!!!

ここからはスローモーションになる。
車が50cmずつ、カクッ、カクッ、と迫ってくる。
(これは比喩的表現ではありません。実際に私の視覚はこうなりなりました。)
あぁ、これが交通事故にあうってことか......
あぁ、もう歩けなくなってしまうのか......
あぁ、もう時間は戻せないのか!? ついさっきまで安全なところにいたのに......
瞬間にも走馬燈のように想いはめぐる。
車は普通乗用車でボンネットは高くない。
地面に足を着けていたのでは骨折は免れない......
左前方(運転者からみると右手)に向かって、ジャンプするとともに腰を引いた。
カクッ、カクッ、車のボンネットが身体の真下に見えた次の瞬間、後頭部を打ち付けるようにして、車の右手に落ちた。

ここにいては車にひかれてしまう!!!!!!
すぐに起きあがると、タケシはすでに3mくらいのところまで(車の向こう側からこちら側に回って)私の様子を見に来ていて、何があったの? と小首をかしげており、その引き綱をとりあえずつかみ、
「左ウィンカー、出してたでしょう!!!!!!」
などと叫びながら、歩道へ避けた。
無意識に、手は左足のすねの部分を押さえ、びっこを引いていた。

反対車線では車が3台ほど、停止していた。
目前で人が跳ね飛ばされ、進行方向に落ちてきたのだから......
しかし、重傷を負ったようでもないし、当事者の私が格別求めなかったからでしょう、いつの間にか走り去っていた。

一応、警察を呼んでもらった。
後頭部を打ち付けており、万が一後遺症が残った場合、自動車の保険金が下りないと困るからだ。

私の主張は、
「左ウィンカーを出していたのに、直進してきた。」
運転者(壮年男)の主張は、
「ウィンカーは出していない。犬に気付いて急ブレーキを踏んだ。
その直後に人が現れた。
人にぶつけたような感覚はない。」
警察官は、
「バンパーやライト辺りにへこんだような跡はありませんね。
でも、信号機のない横断歩道(は歩行者優先)ですから。
後遺症が出れば医者に行くというなら、まず今みてもらって下さい。」

医師の診断は、格別の治療を要するような傷はない、と。
私も左足すねに青あざがくっきり浮かび上がっている程度で、他に問題はなかった。

その夜、ベッドの中で、自らの幸運に安堵の涙を流した。
無事で良かった......
本当に......
好きなテニスも続けられる......


その後、後遺症も出なかった。

事故のことを後々によく考えてみる。
左折ウィンカーを出していたように見えたのは、わずかにカーブした道で反対車線を走行している車のヘッドライトがウィンカー部分に反射したのが原因ではないか。
結果的に左足すねの打撲傷位で済んだのは、ジャンプするとともに腰を引いたため、車と接触したのは左足すねのみであり、車もブレーキでそれなりに減速していて、接触の力の多くが身体の回転のはたらきにうまい具合に吸収されたためではないか。
さらに、後頭部への影響が特になかったのは、後頭部が地面と接触する瞬間にも、頭部は地面から離れる上向きに回転していた、したがって地面と後頭部との相対速度は身体全体が落下する速度よりも弱まっていたためではないか。
(逆に前頭部から地面に打ち付けると、頭部は地面に向かう下向きに回転しており、身体全体が落下する速度よりもかなり強まったはずである。)(本当かな......??????)


その後、riharaは、夜、薄暗くなりかけた夕方、雨で視界の悪い日などは、車の運転者からもしっかり確認できる色の服装でお散歩をするようにしました。
たまにずいぶん目立つ色の服でお散歩している人がいますよね。
黄色とかオレンジ色、もしくはそれらの蛍光色などで......
(逆に、黒いワンちゃん、黒い上下服で、夜お散歩している人を見たことがありますが、車の運転者が気付くのに遅れ、事故にでもあったらどうするのだろうと思ってしまいます。)
私は、その後数年はL.L.BeanのThree Seasons JacketでNautical Yellowを着ていました。
車からはっきりと認識できる色らしく、30mくらい手前から車があからさまによけていくのが分かりました。
Nautical Yellow色は時折出さない年もありますが、Warm-Up Jacketにも同じ色(もしくはBright Yellow)があります。
その後は、Sierra Designsの60/40 ParkaのOrange色を着ました。
不意に雨が降り始めたときにフードがあると助かります。
一度、ゴアテックスのものを試したことがありますが、洗濯機の中で(毎日着るものだから洗濯は欠かせない)、脱水時にその防水性の故に爆発するみたいな音を発したりして(水がある瞬間通り道を発見し、一気になだれ込む!!!???)、耐久性に不安があったので止めました。


最後に......
あなた自身とご家族のために、そして、あなたとのお散歩をなによりの楽しみとしているワンちゃんのために、酒酔いお散歩をしないこと、車の運転者からもしっかり確認できる色の服装で、交通事故にあわないようにお散歩して下さい......
というのが、タケシとriharaの願いです。

--------------------------------------------------
5-4 高イビキで聴くピアノ

--------------------------------------------------
私riharaはピアノを弾きます。
自己流ですが、左手で和音(コード)を、右手で旋律(メロディー)を弾きます。
サザンオールスターズの「いとしのエリー」、杏里の「オリビアを聴きながら」、ドリームズ・カム・トゥルーの「未来予想図II」などをよく弾きました。
季節ものは、童謡の「夏は来ぬ」、サザンオールスターズの「真夏の果実」、オフ・コースの「秋の気配」、「ホワイト クリスマス(アービング バーリン)」なども弾きます。

タケシも洋間でよく聴いていました。
そして、ときどき、聴きながらも誰彼はばかることのない高イビキをかきます。
ピアノを弾きながらでもはっきりと聞き取れるほどの高イビキです。
テレビを観ているとき、ステレオを聴いているとき、何か作業をしているときなどは、寝ていても高イビキをかくようなことは、ほとんどありません。
まれにイビキをかいたとしても、誰彼はばかることがないような高イビキではありません。

私は今では、高イビキをかき眠る理由は、少なくともピアノの聴こえるうちは、ピアノの場に家族がいる、という安心感だ、と考えています。
ピアノのアコースティックな音色が心地よいのも理由のひとつでしょう。
そして、選曲するとき、30秒くらい間が空きますが、2分くらい何も弾かないでいると、タケシは目を覚まします。
あれっ、もう弾くのやめたの?? という感じです。
ピアノを弾き続けているかどうかをチェックする神経と、聴こえる限り安心しきって高イビキで眠ってもいいんだという神経とが併存するようです。

"座敷犬高イビキ系"『ピアノの勧め』(takeshi.piano.htm)(別文書)を記しました。00/12/18

--------------------------------------------------
5-5 タケシが小学生と認められた日(!?)

--------------------------------------------------
ある日、28cmx18cmx4cmくらいの白い封筒がポストに入っていました。
「** 健(=タケシ) 様 ??!! 」
「<Vゴール賞> 『どこでも観戦テレビ』 ??!! 」
「 江崎グリコ株式会社 ??!! 」
(エェーッ、本当!!!!!!)

急いで居間に持って行って封を切ると、そこには『どこでも観戦テレビ』( CASIO 小型液晶テレビ Model:TV-100 )が。( syouga02.JPG )
「でかしたぞぉ、タケシー!!!!!」
「タケシが小学生と認められたんだぁー!!!!!」
何事かと寄って来ていたタケシをなでなでしながら口走っていました。
もちろん、タケシは何を喜んでいるのか理解できず(食べ物でないことは確か)、キョトンとしていました......

サッカーのJリーグ草創期94年末に江崎グリコはJリーグチョコキャンペーンをしていました。
riharaはチョコ好きで、当時はJリーグアーモンドチョコを、味的、量的に好んでいました。
特にJリーグにこだわりがあるわけではありません。
応募方法( syouga01.JPG )にある必要事項にB氏名:** 健C年令:7才D職業:小学生と記入して応募していたのです。
ということは、日本を代表するお菓子メーカー江崎グリコ株式会社に、タケシを小学生と認めさせたんだぁー(!!??)、と強引な、はたから見ると少しこっけいな喜び方をしてしまいました。
でも、犬好きの方なら分かっていただけますよねぇー??
「ウチの子も人間だったら、もう小学校に通っていたのに......」
などと、1度や2度は考えますよねぇー??
結局、『どこでも観戦テレビ』が当たったこと以上に、タケシが小学生と認められたことを喜んでいたのです。

ところがです。
これには後日談があります。

なんと、数ヶ月後、
「** 健(=タケシ) 様 」
宛に、関西のペット用品通販業者からダイレクトメールが届いたのです!!!!!!!
健(=タケシ)の名で応募するなんて、riharaの記憶する限り、後にも先にもこの時だけです。
(先の『名前の由来』に記した通り、健(=タケシ)は登録名・本名ではありません。)

健(=タケシ)名での応募と健(=タケシ)宛のダイレクトメールは、何かしら関連があるのでしょうか??
例えば、応募ハガキを名簿業者が買い、該当者がないものはペットだ、ということでペット関連業者に譲るような......!!??
タケシを無条件に小学生と認めたわけではなく、初めから相当数のペット君の応募があろうことは見越していた、ということなのでしょうか!!??
関西商魂、恐るべし!!!!、ということなのでしょうか......??
(ご存じの通り、江崎グリコは関西を代表する会社のひとつです。)

2001年現在、『どこでも観戦テレビ』は、riharaの災害緊急袋に入っています。
"お守り"のようなものですね、それもかなり心強い......

--------------------------------------------------
5-6 『向こう傷は男の勲章やぁ』事件

--------------------------------------------------
タケシは8歳になっていました。

事件の数ヶ月前です。
ある日の深夜、大阪出身のタレントのトーク番組で、同じく大阪出身の中年の作家が出演していました。
作家が言うには、小学生になるかならないかのころ、同じ年くらいの子どもから急にノコギリで殴られ、側にあった棒で殴り返したところ、白目をむいて倒れたので、「おまえは****か!(何か魚の名前)」と捨てぜりふをはいて家に帰ったところ、その額の傷を見るなり父親が「向こう傷は男の勲章やぁ! 今夜は宴会やぁ!」と言って、傷も治さずそのままにして近所の人を集めた酒盛りに同席させたそうです。
さらに、作家が高校生のころ、2階の自室のベッドに寝たのに朝目が覚めたら1階の玄関に倒れていて、顔を殴られ歯も欠けており、完全に気絶していていたから誰が犯人か分からないが、このままそっとしておけばそのうち犯人は黙っていられずに人に話し、それが噂になって伝わってくるだろうと考え、後日倍くらいのお返しをしたそうです。
皆さんもそうでしょうが、riharaの今までの生活環境からすると、こんなにも強烈な暴力が日常にあって、かつそれを『向こう傷は男の勲章やぁ!』などといって称賛するということは、考えられないことです。
また、そんなことがあっていいものかと思いました。

事件の当日です。
ある暖かな朝、タケシとお散歩をしたときのことです。
いつものサイクリング道路で、人も自転車もそうは通らず、タケシもいい年齢だし無分別なことはしないだろうと考え、引き綱を外して散歩させていました。
そこへ、ウチの近所に住むゴールデンレトリーバーのG君といつものおじいさんがやってきました。
G君は、自分の家でつながれているときに、タケシが家の前を通ると吠えます。
しかし、お散歩の時は落ち着いていて、他の犬に吠えかかったりはせず、このサイクリング道路ではよく引き綱を外して散歩していました。
この日も、G君は引き綱を外し、おじいさんの後ろを道の左側によって歩いていました。
私は、おじいさんと会釈を交わし、タケシもG君とは道の反対側によって歩いていたので、このまますれ違うものと思っていました。

ところが!
タケシは、すれ違った直後、G君の背後にJ字型に回り込み、その背中に噛みついたのです!
次の瞬間、G君は振り返りざま大きく開けた口をタケシの頭にかぶせ、首を振りました。
キャン、キャン、キャン〜!
そこから逃れたタケシは、一目散に5mほど後ずさりして、痛い耳の辺りを手で撫でます。
あわてた私はタケシに駆け寄ります。
G君は、まだやるかっ!という感じで、じわじわこちらに寄ってきます。
「ごめんなさい!ごめんなさい!許して!許して!」
と、タケシをかばうようにしゃがみこみ、片手を思いっきり前につき出して(歌舞伎役者みたいに)叫んでいました。

「G、こっちへ来なさい」
おじいさんが声をかけてくれました。
G君は一瞬にらみを利かせたあと、おじいさんの方へ戻りました。
「大丈夫ですか?」
私自身は、タケシの右耳の先端から血がポタリと落ちているのが分かりましたが、
「はい、大丈夫です。こちらが悪いんです。どうも申し訳ありません。」
「本当に、大丈夫ですか?」
「はい、本当にすみませんでした。」
頭を下げ、おじいさんも会釈をし、G君を連れて散歩に戻りました。

惨めな気分でした。
悪いのは、一方的にケンカを仕掛けたタケシです。
もうすぐ10歳にもなろうかというのに、なんて無分別な!
さらに、一瞬にして負けたりして!
血はまだ止まっていないようで、時々ポタリと落ちるようです。
たぶん耳の先端が2ミリくらい裂けたのでしょう。
しかし、これくらいで生命に危険が及ぶようなら犬の種は途絶えていたはずだし、そのうちに血は止まるだろう、無分別なタケシにはいい薬だ、と考えて、治療もせずそのまま家へ帰りました。

おじいさんは8mくらい離れていたので、出血したことは気づかなかったはずです。
また、おじいさんには、出血したことはその後も話していません。
話せば一方的にこちらが悪いのを棚に上げて何か非難しているようでもあり、また一瞬にしてしっぽを巻いたとしてもタケシにも幾分かの名誉があり、潔しとしないからです。
(右耳の先端の傷跡はほとんど分かりませんが、喚毛期に周りと違う抜け方をして、それと分かります。)
(その後、タケシは散歩でG君とすれ違っても、負けたことなどなかったかのように、平静を装って見送っています。私も、今まで通りおじいさんとあいさつをしています。「おはようございます。」「今日は早いねぇ。これから?」「はい。今日はどちらまでいらっしゃったんですか?」)

なぜケンカを仕掛けたのだろう?
タケシは近所では自分がボスであることを示したかったのでしょう。
また、タケシはほとんどケンカなどしたことがなかったので、勝てると思ったのでしょう。
『キャン、キャン、キャン〜!』
しっぽを巻いたタケシ............。
『ごめんなさい!ごめんなさい!許して!許して!』
必死で叫んだ私............。
惨めな気分はなかなか抜けません。

しかし、............。
私にも幾分かの非がある。普段、他の人や犬がいるときは必ず引き綱をつなぎ直していたのに!
なりふり構わず、身を挺して必死でタケシをかばった私。
タケシは自分よりもはるかに大きい犬に挑んだのであり、小さい犬や老いた犬にケンカを仕掛けるよりも、どれほど増しか。
確かに怪我をしたけど、自分が最も強いわけではないという良い教訓になった。
男の子だから、経験としては1度くらいあってもいいか。

そして、今回の事件を少しは前向きに受けとめるためだったのでしょうか。
私はそっと、つぶやいた。
「向こう傷は男の勲章やぁ」

--------------------------------------------------
5-7 それでも......だった夜

--------------------------------------------------
1998年盛夏。

午前中、散髪に行った。
歓談する中、パソコンをすすめる。
「パソコン、おもしろいですよ。」
「そうですかぁ!? 難しくないですかぁ!?」 
「そんなこと、ないですよ。
100%理解してから始めよう、なんて思ったら始められません。
とりあえず、やりたいことをやってみて、うまくいかなかったり、パソコンが止まったりしたら、やめればいいんですよ。
人間だって、消化のしくみなんか理解してなくても、食べたりするじゃないですか。
食べて下痢したら、やめる。
それと同じですよぉ。
......。」

帰宅して、お昼にカップ麺とおはぎを食べる。
蒸し暑く、だるい。
昼寝をする。

3時過ぎ、目がさめる。
気持ち悪い。

半身を起こす。
異様に気持ち悪い。
(んっ!!??)

トイレにかけこむと同時に、下痢と嘔吐。
襲ってくる、入れ替わり立ち替わり。
異常な気持ち悪さ、脱力感。
(わぁ、何だっ!!!!
こんなの、初めてだ!!!!
これは普通の下痢じゃない、食中毒かぁ!!??)

それは何分続いただろう。
全身から力が抜け、トイレ前の廊下に倒れ伏す。
(きぃもぉちぃわぁるぅぅぅ......)

だが、2分も休めない。
再び、身体の底から突き上げてくる下痢、嘔吐。
襲ってくる。
(うぅぅぅ......
いっそ、このまま気を失った方が楽だ......
でも、独り住まいじゃ、万が一ってこともあるし......)

再びの下痢と嘔吐は5分くらい続いた。
力が抜けた体から、わずかに残った力を抜けば、自動的に廊下に倒れ伏すことができる。
(うぅぅぅ......
これは救急車を呼んだ方がいいか??
でも、病院へ行ったとしても、体内の飲食物全てを排出する、排出させられる、のは同じだろう......
結局、それなくして快復はないだろう。
今晩は入院させられるかもしれない。
でも、近隣に住む姉も家族旅行だから、タケシの散歩や食事をする人がいなくなってしまう......)

10分もしないうちに、さらに下痢と嘔吐。
(おはぎだぁ......)
お恥ずかしながら、不覚にも、腐りにくいもの、に寄せて考え食べてしまったのだ。
おはぎは2昼夜、仏壇に供えていたものだったのだ!!

うめいているか、意識もうろうとして眠っているか......
1度タケシが階段を上がり、私の様子をみに来る。

間隔は20分くらい、30分くらい、と徐々に開く。
下痢と嘔吐の量も、少なくなってくる。

下痢、嘔吐、廊下に倒れる、を繰り返し、5時くらいになっていた。
フラフラになりながらも、階下におりる。
家庭医学事典で念のため症状をチェックした方がよい。
(吐きけ・下痢、腹痛がする、だるい、下痢......
やっぱり「食中毒」か??、557頁かぁ......)
「食中毒とは、人体に有害な細菌、化学物質、動植物の自然毒などがついた飲食物を食べたり飲んだりしたときにおこる健康障害のことです。
......。」
(ふむふむ、......。)
「原因によって治療法は違いますが、体内から毒物を出すことが急がれるので、下痢止めなどは用いてはいけません。
体力の消耗をおさえつつ、脱水におちいらないよう水分を補給します。
......。」
(体内から毒物を出すため、口にしたもの全てを体外へ排出する。
身体の強い意志だったのだ。
自然治癒力なのだ。
確かに、そうだろう。
あれだけ水分を排出すれば、補給なくして脱水症状は避けられない。
逆に水分を補給すれば、体外排出も少しは楽になるだろう......。)

別頁の応急手当て「激しい下痢をくり返すなら」もみてみる。
「......。
おしりを清潔に。
なんども下痢をすると、肛門周囲が不潔になりやすいので、ぬるま湯でふいたり、座浴をする。」

私は水分を補給し、軽く腰回りにシャワーを浴びる。

間隔は1時間くらい、とさらに開いて行く。
嘔吐は胃液だけだが、水分補給をしてから、少しは楽に嘔吐できる。

水分を補給し続ける。
廊下に倒れたまま、眠りをとる。
下痢の量も、少なくなってくる。
脱力感は続くが、吐きけはおさまってくる。

眠りからさめると、夜の11時頃になっていた。
吐きけはおさまったようだ。
消耗した体力は、少しは回復したのだろうか。
タケシをお散歩に連れていかなければ......

「タケシ、お散歩だよ!!」
寝ていたタケシが、首を起こし、引き綱をもった私を確認すると、すぐに起きてくる。
盛夏も夜の11時頃には涼しい。
「ゆっくりっ!!」
タケシにお願いする。
お散歩でだましだまし身体を動かしながら、具合を確認する。
(なんとか、食中毒は乗り切ったようだ......)

帰ってから、タケシにご飯を食べさせる。
私は何も食べない。
残りの体力で、休み休みシャワーを浴びる。
全身を洗う。

タケシは、お散歩の催促をしなかった。
タケシは、ご飯の催促をしなかった。
ずっと待っていてくれた。
お散歩とご飯は、人とワンちゃんの"永遠の約束"。
私がお散歩とご飯を果たす心積もりでいたのを、タケシは感じていたのだろうか??
私がお散歩とご飯を果たすはずだと、タケシは信頼していたのだろうか??
私が家に居ることは居るのだから、と安心していたのだろうか??

食中毒を乗り切った。
脱水症状という2次被害も避けられた。
お散歩とご飯を果たした。
精神的にも脱力感を覚え、私はベッドで眠りについた。

それでもお散歩をした夜だった......
(2002/08/18記)

--------------------------------------------------
6 健康管理と病気
--------------------------------------------------

--------------------------------------------------
6-1 会陰(エイン)ヘルニア

--------------------------------------------------

--------------------------------------------------
6-1-1 病気の兆候
--------------------------------------------------
昔から肛門をなめることはありましたし、肛門腺に液がたまるというようなことも聞いていました。
もしくは、軽い痔くらいかと思っていました。

しかし、平成9年9月の末くらい(10歳6ヶ月)から、徐々に異変が現れてきました。
肛門を前よりもしきりとなめるようになりました。
シャンプー時に腰の辺りを洗おうとすると、非常に痛がり吠えたりもしました。
また、排便時にかなりの痛みを伴うようになり、普段は決して発しないような独特な痛みの悲鳴をあげるようになりました。
便も、排便時の痛みを身体自らが調整しているのか、軟便が多くなってきました。

--------------------------------------------------
6-1-2 『会陰ヘルニア』とは
--------------------------------------------------
平成9年10月の末に、痔にしても異常な痛みを伴うようになってきており、これは自然に治るような性質のものとは違うと考え、午前中にお散歩をかねて獣医師を訪ねました。

そこで、肛門なめ、排便時の悲鳴、軟便を告げました。
獣医師は、腰部右側の膨らみ(素人は毛並みの乱れくらいに考えてしまいますが、左右を見比べると確かに右側が一回り大きくなっています)を指摘し、会陰ヘルニアと診断しました。

『会陰ヘルニア』とは。
(下記は、http://www.goo.ne.jp/における「会陰ヘルニア」の1語による10数件の検索結果をも参照しました。)
肛門と泌尿生殖器の開口部周囲を会陰部といい、ここを囲む筋肉群が萎縮してすき間を生じ、腸管、膀胱などが会陰部の皮下に脱出することがあります。これを会陰ヘルニアといいます。
この結果、直腸にふくろ(直腸憩室)・脇道ができて、ここに糞塊がたまって排便障害をひきおこします。
具体的には、排便のたびに強い痛みをうったえ、また少量の軟便、水様便を排出するだけのことが多くなり、外見上は肛門の脇が大きく膨隆しています。
主な原因として、遺伝性およびホルモンのアンバランスが考えられていますが、不明な部分が多くあります。
一般に5〜6歳以上の雄犬に多く発生し、雌ではまれです。
現在の治療方法は手術が選択されます。
ヘルニアは内科療法では治りません。
ホルモンが一因のため、同時に去勢手術も行います。

さらに、獣医師から次のことを伺いました。
このまま放置すれば、必ず内臓に影響が及び死亡すること。
手術したとしても、同一右側または反対左側に再発のおそれが皆無とはいえないこと。
手術時の麻酔は、犬の体質、状態などにより死亡する危険が皆無とはいえないこと。
タケシのような神経質な犬は、吠えて、腹圧をかけることにより、自ら回復を妨げるおそれがあること(私はそうとは思わないが、獣医師はタケシを気が強く神経質な犬だという)。
入院は7日から14日を要すること。
私は初めてのことで費用の見当がつかなかったので、手術入院を含めたおおよその費用をたずねると、15万円前後とのことでした。

--------------------------------------------------
6-1-3 手術を決断するまで

--------------------------------------------------
痔の悪化したもの程度に考えていた私は、確実に死に至る病気『会陰ヘルニア』であると聞かされて、ショックを受けました。
手術しても完治しないおそれ、去勢の必要などから、即答することはためらわれたので、手術を依頼するときは電話をするということで、とりあえず自宅へ戻りました。

ここまでタケシを悪化させたのは私です。
愛犬家の読者は、飼い主としてあまりに無責任ではないか、と思われることでしょう。
しかし、私なりの理由もあります。大きく言えば、私なりの生き方、健康管理にも通じることです。
犬はその種が誕生してから、獣医師もフィラリアの薬もない幾世代の間ずっと種を存続させてきました。
それは、子をたくさん産むだけではなく、免疫力や雑草を食べて胃をすーっとするなどの本能があったからです。
自分の免疫力や本能的行動でも治らないときには、人が手を貸す(人が犬の行動を制限している場合にはこれを多少広く考える必要があります)。なるべく自分の免疫力で直す。薬もない江戸時代(?)だったら簡単に病に負けてしまうというような柔な身体になって欲しくない。
私は自分に対しても、タケシに対しても、こう考えています。
もっとも、今回はもう少し痛みが激しくなる前に受診すべきであったと反省しております。

では、タケシをどうすべきか?

私は物事を選択するときに、 (+)面と (-)面とを紙に書き出すようにしています。
自然科学でなければ唯一正しい答えがあるわけでもなく、結局は物事の (+)面と (-)面と比較した価値判断の問題となります。
また紙に書き出さず頭の中だけで考えていると、Aはこの (-)面があるからBだ、しかしBにはこの (-)面があるからAだ、でもAにはこんな (-)面もあるからBだ、と何時までもどうどう巡りを繰り返すことが経験上あるからです。
特に、今回はタケシが激痛を伴う病にかかっている以上、早速決断する必要がありました。

『放置』、『安楽死』、『手術』とそれぞれに表題をふったB5の紙を用意しました。
そして、思いついたことから順不同にそれぞれの紙に書き出していきました。
(表題の項目について、 (+)は肯定的に考える理由、 (-)は否定的に考える理由を含みます)

『放置』
(-) あり得ない。排便のたびに悲鳴をあげる。聞きつけた近所の犬が一斉に吠え出す。仲間の犬の悲鳴に、本能的な恐怖を感じている。いつも名を呼ぶと鼻を鳴らして喜ぶ犬に、私がいじめて苦痛を与えているかのように、ひどくおびえた白い目で見られた。
『安楽死』
(-) 私は一生『罪の意識』にさいなまれないか。
(-) 家に残る痕跡が、常に罪の意識を喚起しないか。
(-) 近所のお散歩中の犬が、罪の意識を喚起しないか。
(-) 人に犬の命を奪う権利はない。
(-) 人為に過ぎる。
(+) 否、飼うこと自体がすでに人為。
(-) 手術後、様子を見て再発等を考慮してからでも、安楽死は遅くない。
(+) 自然状態ならば、犬自身痛みを伴いつつ、身体を自身でいたわりながら、生活を徐々に変化させ、死を悟りつつ、死を受け容れて行くであろう。しかし、都市で生活しているため、そうはいかない。毎回散歩で悲鳴をあげて近所の犬も吠え出す。
(+) 私自身、今から田舎にこもる訳にはいかない(山間部で放し飼いにするため)。
(+) 現在の『質』(ここで『質』とは、健康、人との共生、元気、活発、無邪気さ、去勢しない自然状態などの総称をいう)を欠くことなく、『花が散るような死』(すっと消え入るような)。人為ではあるが。
(-) 畏敬の念の正反対。
(+) 畏敬とか愛情とかいう御題目で、手術を強要できるのか。または放置して痛みを強要できるのか。
(+) 手術が失敗して、結局安楽死になったらかわいそう。
(-) 現時点で安楽死は、『何かちょっとおかしい!』。これで十分反論になる。
(-) ペットから目をそらさず、最期まで向き合ってこそ得心を得られる。いずれ訪れるペットロスを心穏やかに受け容れ、その後の私の人生を心穏やかに送るためにも必要だ。
『手術』
(+) 回復の望みがある限り、『一度はチャンス』を与えるべき。
(-) 去勢は人為に過ぎる。
(+) 白内障ならば、迷いなく手術をする(費用がかかっても)。
(-) 白内障手術は、身体上他の部位に影響はなく、健康かつ無邪気な生活を、『質』を維持できるからに過ぎない。
(-) 影響 入院、手術による精神的ダメージ。タケシは、手術はもちろん、入院に伴う一日中ケージに閉じこめられているような生活の経験は今までにない。
(-) 影響 去勢による精神バランスの変化。
(-) 影響 食事を消化優先のものとするため、人間食を食べられず、精神的なストレスがたまる。
(+) 食事に関しては、人間食を常に5ミリ角位に砕いてからあげれば、そうは影響ないのではないか。
(+) 身体がどうあれ、タケシは一緒に生活していくのを望むのではないか。
(-) メスの入らない体のままで、生前かわいがってくれた父・母のもとへ行くのを望むのではないか。
(+) 犬に対する『畏敬の念』があるなら、まず治療だ。去勢は最低限の犠牲に過ぎない。
(+) タケシが欲しいものは何か。私の愛情だ。その愛情が安楽死はないだろう!
(+) 入院手術の辛い思い出、去勢を経た身体の変化は、私の愛情でカバーできる。
(+) 手術は、『比較的症例の多いもの』。それだけ、病院の経験も厚く、『成功率も高い』。
(+) タケシの神経質さと生命力との拮抗。神経質になって自ら回復を妨げるか、生きたいと願い殊勝に治療に専念するか、タケシ自身の選択に委ねるべきだろう。
(+) 去勢をしたとしても、タケシは一個の人格、キャラクターであって、雌雄の区別の前に、厳然として存在している。

手術を決断しました。

B5紙8枚ほどに大要上のように書いて(原本は今も手元にあります)、ほぼ考えるべき要素は考えました。
もう迷いもないし、結果がどうあれ後悔もしないと思いました。
その日の午後4時くらいになっていましたが、動物病院へ手術をお願いしたい旨電話をし、執刀する獣医師から折り返し連絡を頂き、明日の午後か、週開けということだったので、明日の午後の手術をお願いしました。

--------------------------------------------------
6-1-4 病院へあてた手紙
--------------------------------------------------
手術の依頼をした晩、私は動物病院の方々へ手紙を書きました。
病気と聞いて判で押したように手術を依頼したわけではなく、犬のために何がよいことかを悩んだ末の手術の依頼であることを知って欲しかったからです。

手紙はパソコンのワープロで書きました。
原本は印刷したあとすぐに消去してしまいました。原本が残っていると、万が一手術に失敗した場合悲しくて耐えられないと思ったからですが、その精神状態はなかなかうまく説明できません。

手紙の大要は次のようなものでした。

****動物病院の皆様へ
私が思い描いていた愛犬コロの最期は、大病もせずに老いて、ある日これといった痛みもなく、安らかに眠りにつくようなものでした。
しかし、今回の会陰ヘルニアにより、そのような安らかな最期は不可能となりました。
もしも、自然状態ならば、犬自身痛みを伴いつつ、身体を自身でいたわりながら、生活を徐々に変化させ、死を悟りつつ、死を受け容れて行くのでしょう。しかし、都市で生活しているコロはそうはいきません。お散歩では排便のたびに悲鳴をあげ、聞きつけた近所の犬が一斉に吠え出します。
お座敷犬として、また大人だけに囲まれて、厭なことなどこれといってなく育ってきたコロに、はたして入院、手術による精神的ストレスに耐えられるか。
また、去勢により精神バランスが変化し、今までのような活発さ、無邪気さが失われてしまうのではないか。
このまま眠りにつくような安楽死を選ぶことも考えました。
しかし、コロが神経質になって自ら回復を妨げるか、生きたいと願い殊勝に治療に専念するか、コロ自身の選択に委ねるべきではないか。
去勢をしたとしても、コロは一個の人格、キャラクターであって、雌雄の区別の前に存在しているのではないか。回復の望みがある限り、一度はチャンスを与えるべきではないか。
このように考え、手術していただくことに決めました。
よろしくお願いいたします。

「タケシ」と「コロ」という2つの名前の弊害が、思いがけずこんなところに現れました。
私は動物病院では慣れない「コロ」という名前を使い、またタケシに「コロ」と呼びかけました。 
タケシは、役所の登録名は「コロ」、動物病院でのカルテも「コロ」となっています。
動物病院で私がタケシという呼び名を使うと、動物病院内で、タケシ=コロであることを理解している人と、理解していない人とが生じ、
「タケシ君に注射した?」
(私が担当するコロ君にはさっき注射したけど、タケシ君ってどの子かしら?)
「いいえ、注射してません。」
となり、タケシは悲運にも2重に注射されてしまったりするからです。
注射や薬の内容によっては、重大な事故にもなりかねないからです。

--------------------------------------------------
6-1-5 手術と入院
--------------------------------------------------
手術当日(97/10/29)です。

夜明け前の午前5時半頃、タケシが「キャン、キャン」と悲鳴をあげたあと、2階から階下へ駆け降りていくのが聞こえましたが、私にはどうすることもできませんでした。
便がたまってきて、会陰部の傷口を刺激したのです。激しい痛みから逃れたい一心で走ったのでしょう。
昨晩はタケシの好物の鶏肉のソテーとオムレツをあげました。便による痛みが伴うことは分かっていましたが、万が一最後の食事となることも考え、そうしました。タケシは痛みも忘れパクついていました。

午前9時半頃にタケシを動物病院へ預けました。
午前中に血液検査や手術に必要な処置をして、午後1時半頃から手術です。

手術前に執刀する院長先生からお電話を頂きました。
「お手紙はスタッフ全員が読みました。」
「恐れ入ります。」
「血液検査の結果などは問題ありません。これから、手術を始めます。スタッフも十分人数が揃っていますし、細心の注意を払って進めますので。」
「はい、よろしくお願いいたします。」

再び、午後4時頃院長先生からお電話を頂きました。
「今右側のヘルニアの処置が終わりました。左側にも若干ヘルニアがありますので、今からそちらにかかります。」
「よろしくお願いいたします。」

さらに、午後5時半頃に院長先生からお電話を頂きました。
「無事手術が終わりました。これで大丈夫だと思います。」
「ありがとうございました。今からコロに会えますでしょうか。」
「まだ、麻酔で眠っていますが、明日以降の面会も出来ましたらご遠慮いただければと思います。
容体が急変したような場合は別ですが、快方へ向かっている限りでは、かえってコロちゃんが家に帰りたがったり興奮したりして、手術跡に悪影響を及ぼすおそれがあるからです。
必要な場合はお電話いたしますし、お電話頂ければコロちゃんの容体について随時お応えいたしますので。」
「では、よろしくお願いいたします。今日は本当にありがとうございました。」

そこで私は、最初の数日は毎日、その後は2日に1回病院へ電話をかけました。
手術の翌日か2日後には、食事のほか排便もでき(「えぇ!もうですか?」という感じです)、3日もするとだいぶ病院にもスタッフにも慣れておとなしく療養しているとのことでした。

--------------------------------------------------
6-1-6 無事退院、手術と入院の費用

--------------------------------------------------
10日ほど経た土曜日(97/11/08)の夕方、動物病院から退院できるとの連絡を頂き、30分程度なら歩いても構わないということだったので、私は歩いてタケシを迎えに行きました。
タケシはもう私に会えないのだろうか、自分は一体どこにいるのだろうか、と思っていたはずです。
私は、タケシがどこにいたのか、もしも加療を恩と思うならその恩を受けた場所はどこか、を自分で歩いて知って欲しいとも思いました。

動物病院では、「タケシ!」と呼びたい気持ちを抑えて、「コロ!」と両手を広げて迎えました。
首には、手術跡を咬まないためのプラスチック製の幅広の襟(病院の呼称『エリザベスカラー』)をつけています。
タケシは疲れていたのか、私から呼び慣れないコロと呼ばれたためか、反応が薄めでしたが、病院の外に出たがっています。両目には8ミリくらいの目ヤニをつけています。スタッフでも不用意に顔に手を近づけると咬まれるおそれがあるからだと思います。
支払いを済ませ、お礼を言い、帰路につきました。

タケシは開放感からか、速足で歩き始めます。
歩き方や道端の臭いの嗅ぎ方を見ると、手術前とそんなに違いはないようなので、ひと安心です。
10分も歩くと、日頃の散歩エリアに入ります。
タケシにもそれがハッキリと分かったようで、家に近づけば近づくほど速足になります。
家の前では、安全な場所に逃げ込むかのように、走っていました。
玄関に入ると、手足をふくのもじれったそうに、早く中へ入れろと、クゥ、クゥと鼻をならします。
そして、居間の方へ走り込んでいったかと思うと、コンという音がして、「キャン!」と小さい悲鳴が聞こえました。
エリザベスカラーが座卓にあたった音です。まだ距離感覚をつかめないのも無理はありません。
私にとっては、久々にほほえましく安心して聞くことのできるタケシの悲鳴でした。

参考までに、手術と入院の費用(退院日に支払った\141,540〔消費税5%込〕)を記します。
費用自体の妥当性のみならず、その細目を示し患者側に検証の機会を与えてこそ、良心的な動物病院といえると思います。
(1997年(平成9年)11月8日付けの病院の計算書 hernia06.JPG 参照)
   入院費(中型犬\2,500 x 10日 = \25,000) 
   血液精密検査費(\3,500)
   便精密検査費(サービス)
   麻酔費(Gas\8,000/h x 3h40min = \29,300)
   両側会陰ヘルニア手術費(\60,000)
   抗生物質(\2,000 x 5日 = \10,000)
   抗生物質内服(\1,000 x 5日 = \5,000)
   フィラリアの薬(1ヶ月分\2,000)
      合計 \134,800

退院後、1週間ほどで抜糸をし(97/11/14)、さらに2日後にエリザベスカラーを外すことができました。

その後、心配していた人格(犬格)の変化はありません。
再発もしていません。
また、手術したことを後悔したことは1度もありません。
執刀医、動物病院のスタッフの方々には本当に感謝しております。

タケシが会陰ヘルニアの手術をしたのは10歳の時です。
その後は、人為的に寿命を延ばした第2の人生です。
老いていく過程において、ある部位のみ病気になり、他の部位は健康という状態になることもあるかと思います。
その時も今回と同様、安楽死か、治療か、いろいろと悩むかもしれません。
しかし、苦痛から解放され安らに眠ることを願うか、手術をしても生きたいと強く望むかを、タケシ自身が判断し、かつ示してくれるのではないかとも考えています。

 

--------------------------------------------------
6-2 タケシの最期 1999年

--------------------------------------------------
『ワンちゃんを一生面倒をみる......』
愛犬家の皆さんならば、どなたも思われることでしょう。
そこでは、すでにワンちゃんの最期と向き合うことが必然的に予定されています。
考えたくもないことでしょうが......
ここでは、私riharaがタケシの最期とどのように向き合ったか、
どのように考えてそのようにしたのか、を記したいと思います。

--------------------------------------------------
6-2-1 10月気絶した話
--------------------------------------------------
1999年10月(12歳6ヶ月)homeに同時進行的に掲載したものを原文に近い形で転載しました。

タケシが気絶!!??

10月3日日曜日

朝のお散歩の帰り道、タケシが歩道上で胃液を戻し始めました。
いつもより少し多いかな(目測120cc)と思いつつ、「だいじょうぶ?」と肩をさすっていて(背中は下方向に足腰へ余分な力を加えてしまうから避けている)、タケシも戻したものを見ているなと思ったら、ドサッ、急に横倒しになりました(象が保護されるときに麻酔銃で撃たれ麻酔が効いてきて、ドンと横倒しになるように)。
一瞬何が起こったのか分かりませんでしたが、意識がないようです。
「だいじょうぶ?? だいじょうぶ??」と肩をゆすっていると、5秒後くらいに手足をバタバタさせたかと思うと自分で起き上がりました。
そして、ほとんど何もなかったかのように、自分の足で歩いて家まで帰りました。

どうやら気絶していたようです。
胃液を戻すのは月に数度あるときもありますが、気絶したのは初めてでした。
お散歩の直前に結構の量の水を飲み、いつも以上に胃液を戻すのに体力を使い、一時的に脳の酸素が不足したのでしょうか。
まさか、胃液の量がいつもよりも多いのを見て、「あぁ、もうダメだぁ!!」などと思って気絶したのではないと思いますが。
(riharaは昔、きれいな円状に切れる缶切りで切ったあとの缶の切り口で指の先端をスパッと切ってしまい、一時は血が止まったかなぁ、と思った矢先、ちょっとさわっただけで血がじわっとにじみ出してきたのを見て、「このままだと血が止まらない!! あぁ、もうダメだぁ!!」と思って気絶しかけたことがあります。)

自分で歩いて家に帰り、特に身体に痛みがあるようでもないので、一応は安心しましたが、1日様子を注意深く見るとして、万が一、容体が悪化して入院でもすることになったら、スタッフの方に面倒をよくみてもらえるように、1ヶ月ぶりくらいのシャンプーをしなければ(同時に身体を撫で洗いながら痛みを訴える部位があるならそこが悪いと分かる)と思い、少し無謀にもシャンプーをしました。
特に痛みを訴えるでもなく、嫌がるでもなく、無事にシャンプーを終えました。

しばらく様子をみることにしました。
直ちに動物病院へ連れていくと、病院としても万全を期すこととなり、レントゲン、血液検査、結果判明までのつなぎの薬など、結果的に過剰になることもありうるからです。
土曜くらいから便が緩み、食欲がなくなり、横になっていて悪寒のためか少し足を震わせていることもありますが、月曜、火曜と食欲が戻り始めています。
お散歩は、年齢のせいか歩みは遅いときもありますが(小走りするときもある)、15分から30分くらいしています。
タケシ自身の自然治癒力に期待している、といった10月5日火曜日夜9時現在です。


10月7日木曜日 追記

悪寒によると思われる足の震えはなくなりました。
通常便に戻りつつあります。
体重は、12.1Kgでピーク時より2Kgほど減り、肥満傾向は解消されたと思います。
食欲は絶対量が減ったようで、美味しいものにだけは食欲を見せます。
お散歩は、尾を巻き上げて、同様に、朝と夜、15分から30分くらいしています。
このまま特に悪化するようなことでもなければ大丈夫だろう、と考えています。


10月9日土曜日 再追記

昨夜遅く、「雷さん」を食べていると、タケシがどことなく現れて欲しがり、あげるとガリガリと音を立てて頬ばっていました。
こんなことからも、調子が以前に戻りつつあるのかなぁ、と感じます。
(「雷さん」:あの小粒のかりんとうを固めたお菓子)
お散歩も、同様です。

タケシも12歳半ばを過ぎ、季節の変わり目を迎え、それなりに体調を整えているのだと思います。
動物病院へは月に1度フィラリアの薬をいただきに伺っており、その時に経過を含め相談もしてみます。
私自身があせっても仕方ないので、無理をさせず、心穏やかにして(動物的勘は鋭いはずで、無用な不安を与えないため)、タケシを見守ってゆきたいと思います。


10月17日日曜日 再々追記

関東南部は13日水曜日頃から気温がぐっと下がり、それと前後して、タケシの食欲が以前のように旺盛になってきました。
節制しないと以前の肥満傾向に戻ってしまいそうです。
今朝もタケシの気の向くまま30分ほどお散歩しました。

--------------------------------------------------
6-2-2 10月難聴の疑い
--------------------------------------------------
1999年10-11月homeに同時進行的に掲載したものを原文に近い形で転載しました。

10月31日日曜日

10月31日の更新期日を守るべく週末はキーボードに向かおうと思っていた30日の朝、ふと、もしかしたら相当耳が遠くなっているのではないか? という疑念をもった。

そういえば最近......

「お散歩!」と呼んでも玄関まで出て来ない。
帰宅しても玄関まで出迎えに来ない。
家の中で、熟睡していることが多い(普通なら近づけば音に気づいて目を覚ますはず)。
「おしまい」と言ってもご飯を欲しがる(聞こえていないとしたら......)。

かなりショックを受けました。
十中五六、難聴かと思われます。
それから、少し試してみましたが、完全に聞こえないわけでもないようです。

比較的、いつも通りの生活をしていたので......
犬は、言葉だけでなく、仕草や引き綱の加減といった五感を総動員して飼い主とコミュニケーションしていたのです。

難聴かどうかの点について、現時点で確かなことはいえません。

しかし、種々思いをめぐらせるなか、こうも思いました......

『ヨシヨシ、お利口さん、とか言ってもタケシにはもう聞こえないのか?
タケシが今まで聞いた言葉の中で、一番嬉しかったのは、何だったのだろう......?』

そして、思います。

犬が嬉しいと感じる言葉を、犬が覚えきれないくらい、たくさん、たくさん、かけてあげてください......、と。

現時点では、本当に確かなことはいえません。
難聴も一時的な要因によるものかもしれませんし......。
また、難聴であったとしても、コミュニケーションの手段、愛情表現の手段は言葉だけに限られません。
難聴でも元気に暮らしているワンちゃんはたくさんいらっしゃいます。
タケシが生きる気力をみなぎらせている限り、私はその気力を大切にしていきたいと思います。


11月03日祝日 追記

昼過ぎに寝入っているところを、3m位離れたところに立ち、少しずつ声を大きくして名前を呼ぶと、
テレビの音量目盛り4分の3位(?)の大きさの呼びかけに反応し、目を覚ましました。
聞こえづらくなっていますが、完全に聞こえないわけではないようです......。
今朝のお散歩は、行く気満々でした。

11月14日日曜日 追記

10日(水)は、ほとんど聞こえないようでした。
11日(木)は、ベランダに出て外を見ているところを後ろから声をかけると(可愛らしい顔で)振り向きました。
12日(金)の夕飯時、石狩竜田揚げとゆで卵ご飯をクゥクゥ鼻を鳴らして欲しがるので、「まってなさい、オ・ス・ワ・リッ!」というと、殊勝にスッとおすわりしました。
聞こえるか、聞こえないか......。
0か1かではなく......、生き物ですから......。
当分このような灰色状態が続きそうです。

--------------------------------------------------
6-2-3 11月と12月

--------------------------------------------------
11月21日、タケシを連れて、ジステンバー接種を受けに動物病院へ行きました。

このころには、体重はすでに12kg位に減っていました。
また、人間ならば老いて腰が曲がるように、タケシの背骨が曲がったようになってきました。
手の親指の第一関節を折り曲げたときにできる骨の突起をさわってみて下さい。
背骨をさわってみると、尾の付け根から10cm位の所に、そのような骨の突起が確認できました。
タケシは数年前、変形脊椎症と診断され、私もそのレントゲン写真を見ましたが、今回の骨の突起がその時の変形脊椎症がやせたために外見上顕わになったものなのか、それとも違うものなのかは分かっていません。

難聴について伺うと、
原因については詳しく調べる必要があるが、個体差はあるが10才を超えればあり得る、というお話でした。

変形脊椎症について、神経をどの程度圧迫しているか、神経がどの程度通じにくくなっているか、を伺うと、後ろ足の甲を地面に着け、それを犬が直ちに正常に足の裏を地面に着け直すかを観察すれば分かるが、タケシの場合わずかに鈍くなっているようでもあるがまだ大丈夫ということでした。

12月10日頃から、いびきのような呼吸をするようになりました。風邪の若干重いものかと思い、夜中に不安がることがないよう側にいた方がいいだろうと、普段は2階の自室で寝るのに、12日は階下の居間のコタツで寝ました。
タケシはいつも通り居間の隣の洋間のリラックスチェアーで寝ています。
タケシも一人になりたいときがあるので一定の距離を置くのと、扉を開けておけばタケシの寝息も聞こえるし、タケシも寒ければコタツに入れるので、私は居間のコタツで寝ます。
私はこのころから、タケシの様子をみて、2日に1日のペースで居間のコタツで寝ました。

いびきは空気をはき出すときにするので、空気を吸うのが苦しい、呼吸が苦しい、ということはなかったと思います。
食欲も、美味しいものには旺盛な食欲を見せるものの、総量的にはかなり減ってきていました。
体重は、激減したのかどうか定かではありませんが、夏頃には14kg台あったのが、中旬頃にはに10.3kgになっていました。
この頃のお散歩は、若い犬ならば2分位で帰って来られる距離を、ゆっくり、そしてときには佇んで30分ほどしていました。
尿は通常通り、便は軟便を少量しました。

--------------------------------------------------
6-2-4 12月23日

--------------------------------------------------
16時半頃帰り、タケシにただいまをいい、2階の自室へ行きました。
ほどなく階下からタケシの、「ヴォーッ!ヴォーッ!ヴォーッ!」のような今まで聞いたことのない大きな奇声が聞こえました。
急いで行くと、首を後ろに反らし、目をパッチリ見開き、半ば気絶したようになっていた。
呼吸が止まっているようでもあり、すぐさま呼吸を促すために胸部をポンポンとたたくように刺激すると、我に返りました。
脚がけいれんしているのか、しびれているのか、変につっぱったりしています。
タケシは、呼吸を徐々に整え落ち着いてきました。
身体をなで、少し冷たいようにも感じたので、綿毛布を掛けました。
しばらく側にいようと決め、セラミックヒーターを持ってきて1時間位側にいました。
腰の辺りのにおいを嗅いで、何か気にしているようです。

病気が重いことは、すでに明らかでした。
riharaの腹は決まっていました。
犬の自然治癒力で治る類のもの、風邪の重いものなどであればなんとか治るだろうし、
治療を受けても治る見込みのないガンなどの病気であれば、検査を受け入院し薬を飲み点滴をするよりも、幼少の頃から住み慣れた我が家で最期のときを迎えさせよう、医者にかかるのは激痛がするときにそれを和らげる位に限ろう、と思っていました。
レントゲンを撮るために全身麻酔をかけられ、点滴をするためにえりまきトカゲみたいなプラスチック製のカラーを着けさせられ、動き回らないように狭いケージに入れられ......
一体いつが残された貴重な時間であったかは、最期の時を迎えたあとで結果論として分かることではあるが、極力本人の嫌がることのために費やしたくはない、とも思っていました。


18時半頃、私が夕飯をしていると、タケシが起きてきてご飯を食べました。
その後、先ほど気絶したリラックスチェアーのもとへ行きましたが、鼻をクンクンとさせるのみでその上へは上がらず、別の場所にある座布団の上に横になりました。
気になったのでそのリラックスチェアーへ行ってみると、その上の座布団が湿っていました。
先ほど気絶したときに、失禁したようです。そのためにタケシは自分の腰の辺りのにおいを気にしていたのです。
濡れたのは座布団だけだったので、座布団を取り替えました。
それから、お散歩に誘いましたが、タケシは自分から起きあがろうとはしませんでした。


私は2階の自室へ行き、HPの公約更新日だったので、数日前から構想していたChristmas Cardを数十分かけてUpし、階下の居間へ降りました。



( 99/12/11 近くの橋の上にて )

Merry Christmas and A Happy New Year

みんな元気にしてる?
ボクは、年令にはちょっと勝てないかな?って感じ。
riharaは、
『昔は、無意味に元気なヤツだ!なんて思ったけど、
十分意味があったんだよなぁ......』
なんてぼやいてる。
でも、年末年始は美味しいものをいっぱい食べるつもり、
食欲はあるんだっ!
ご家族といっしょに楽しいときを過ごしてね!
2000年もよろしく。

                タケシ より


20時半頃、タケシがうろうろ歩き出し、それとなくついていくと玄関の方へ行きました。
これはお散歩がしたい素振りですので、急いで散歩の仕度をして外へ出ました。

最近のお散歩の常で、ゆっくりした歩調です。
10mほど進んでは要所要所においを嗅ぎます。

しばらく行くと、10m幅道路を渡りたがります。
左右の車の安全を確認して、「よし!」と声をかけると、タケシも小走りに渡ります。
体調の思わしくないときにも、数年来染みついた習性を忘れません。

帰りも、要所要所においを嗅ぎます。
また、所々で立ち止まり、虚空に鼻先を心持ち突き出します。
周囲の空気のにおいを嗅いでいるようです。
別記したように私のお散歩の流儀は『ボディーガード派』で、犬の主体性に任せ私はあとからついて行くようなかたち、だいたい犬の後頭部を見ているようなかたちになるので、タケシの表情はたいてい見えません。
としても、私は動きません。
せっかく空気のにおいを嗅いでいるのに、空気をかき乱したくはないからです。


そして、我が家の前を通り越して数件先の小工場の敷地に数歩入って、周囲の空気のにおいを嗅いでいます。
そこは、ちょっとした資材も置いてあり、人気のないときには猫がいたりします。
なかなか、動こうとしません。

私は動きが鈍くなったタケシをみていて、ふと、
『蛍光灯だったら、とっくに捨ててる!!』
というフレーズを思いつきました。
折しも年末の大掃除の季節です。
そうだ、そうだ、なかなかいいフレーズだ、HPで使える......

それからも数分ずっと佇んでいるタケシに、そろそろ帰らないかなぁー、と思い、
引き綱の加減でちょっと合図を送った。
そのとたん、
「ワン!!!!」
タケシに一喝されました。
若い頃のような、芯のある大きな吠え声で、それはまさに一喝されたというのにふさわしいものでした。
私の緩慢さをからかう気持ちが、引き綱を通じて見透かされたようでした。
そして、今のタケシにもこんなに芯の強いところが残っているんだ......、と思いました。
もちろん、『蛍光灯だったら、とっくに捨ててる!!』の真意は、ワンちゃんは蛍光灯などとは比べものにならないから、たとえ動作が緩慢になったとしても、決して捨てるようなことはありませんよ、というものですが......


お散歩から帰り、タケシの足を拭いて家の中へ入れました。
失禁したタケシの身体を拭かなければと思い、新しい綿フキンを下ろして数回ゆすぎ絞った後、タケシを探すともうリラックスチェアーの上にのり、取り替えた座布団の上で丸まって眠ろうとしていました。
タケシは、自分自身にはにおいがつかなかったのか、わずかなのか、気にならないようでもあり、わざわざ起こしてまで拭くのもためらわれたのでそのままにしました。

その晩も私は階下の居間のコタツで眠りました。
タケシは大抵、夜中に、一度居間を抜けて台所の方へ徘徊し、戻ってきて居間の座布団の上で寝ます。
夜明け前に、また洋間のリラックスチェアーの方に戻っています。

--------------------------------------------------
6-2-5 12月24日最期

--------------------------------------------------
10時頃、タケシは依然散歩に自分から行きたい素振りを見せませんでした。
しかし、座布団から立たせ立つことができればお散歩に連れていこうと思いました。
いずれにしろトイレは必要ですし、辛ければトイレだけしてすぐ帰っても構わないのですから。
そこで、タケシを立たせ散歩に促すと、それに従いました。

やはり、ゆっくりした歩調です。
10mほど進んでは要所要所においを嗅ぎます。
また、所々で立ち止まり、虚空に鼻先を心持ち突き出し、周囲の空気のにおいを嗅ぎます。
24日の関東南部は晴れて、雲はほとんどなかったように思います。
タケシは川の土手で太陽の方に顔を向け、2分から3分佇んでいた。
私は例によってタケシの後ろから見ているだけでしたが、温かな陽を浴びて、目を半ば閉じて気持ちよさそうにしていたのかもしれません。
タケシは、最期が近いことを本能で感じて、太陽とお別れをしていたのかもしれません。

昼前に外出し、16時頃帰ってきてタケシの様子をみます。
相変わらず、いつものリラックスチェアーの上で丸まって、いびきのような呼吸をしています。
必要なことはタケシの側でもできるので、そこにセラミックヒーターを持ってきてあたりながら、タケシをなでたり、声をかけたりしていました。

そこへ近隣に住む実姉が、子どもの幼稚園で教わったというクリスマスのお菓子を持ってきました。
そこで、昨日気絶し失禁したことを話し、
(rihara) 「うちに来たときに、タケシは耳が聴こえなくなっているから玄関へ迎えに出ないけど、タケシの様子をみてくれる?」
姉は2階の2室を物置として使っている。
(s)(=姉) 「うぅん」
(r) 「そのとき気絶とかしていても、あわてて病院へ連れていったりしないでね。
風邪の重いものでも治るものなら自力で治るだろうし、ガンとか治らないものなら病院へ連れていっても結局だめだから。
もしも痛みを訴えるようになったら病院へ連れて行くけど........。
もし何かあったら、とりあえず失禁してたら身体をきれいにしてあげて、僕の出先へ電話してくれる?」
(s) 「うん、分かった。***(riharaの名前)は何日か前にもうダメかもしれないって言ってたけど、そうなのかなぁ?」
(r) 「何年か前に動物病院のテレビで、ワンちゃんがもう数日の命というときに、4人家族が当然のように寝袋持ち込んで交代で動物病院へ泊まり込んで、ワンちゃんがお散歩に出たときに家の方へ帰りたがったのに結局動物病院で最期を迎えて、それをみたときに最期くらい住み慣れた我が家で迎えさせてあげればいいのにって思ったけど........」
(s) 「そうだよね。」
(r) 「まぁ、その家はワンちゃんは人間と全く同じで、人間にするのと全く同じことをワンちゃんにしてあげているんだろうけど........」
(s) 「まぁね。ワンちゃんにもそれがその家族の愛情であることは伝わるからね........。」
(r) 「まぁ、とりあえずここ何日かは様子をみるために下のコタツで寝るつもり。」
(s) 「分かった。じゃあね........」
リラックスチェアーの上で丸まったまま2人の会話を聞いていたタケシをなでなでし、声をかけ、ほどなく姉は帰りました。


19時45分頃、タケシは依然散歩に行きたい素振りを見せませんでした。
しかし、タケシを立たせ散歩に促すと、それに従いました。

ゆっくりした歩調です。
10mほど進んでは要所要所においを嗅ぎます。
また、所々で立ち止まり、虚空に鼻先を心持ち突き出し、周囲の空気のにおいを嗅ぎます。

20時10分頃、玄関でタケシの足を拭いて家の中へ入れました。
タケシはまだ玄関の付近でのっそりしていたので、昨日失禁したタケシの身体を拭かなければと思い、「そこでマテ!」といってから綿フキンをゆすいで絞り、身体を拭きました。
下にしていた右腰、内股辺りを、「ヨシヨシ」と声をかけながら、時には片足を持ち上げたりしながら念入りに拭いて、さらに全身を拭きました。
タケシはおとなしく拭かれるがままで、気持ちよさそうにしていました。

その綿フキンを片づけて台所で夕食の仕度を始めます。
そこへ、水を飲みにタケシがやってきます。
飲み始めます。
「ングァングァングァ、ングァングァングァ、........」
何か半分溺れているような音を出しています。
「ングァングァングァ、ングァングァングァ、........」
いつもより長く飲んでいる。
「ングァングァングァ、ングァングァングァ、........」
1分半くらいも飲んでいたように感じます。

飲み終えたタケシは居間のコタツの横へ行きます。
「グァッ!グァッ!」
何かもどすような大きな声です。
「グァッ!グァッ!」
身体が左右に揺れた次の瞬間、座布団を枕にするように倒れ込みます。

「タケシッ!!!」
台所から見ていた私は駆け寄ります。
目をパッチリ見開き、気絶しているタケシの呼吸を促すために胸をたたきます。

が、今回は呼吸が戻らない!!!

10秒くらいたたく。
「タケシッ!!! タケシッ!!!」

呼吸が戻らない........

ハッ!!
胸をたたいて仮に呼吸が戻ったとしても、また同じことを繰り返すだけだ!!
これがタケシの最期なのだ!!
単なる風邪ではない、死に至る病だったのだ!!

目に涙を浮かべ、手は背中を撫でていた。
「ヨシヨシ、分かった、分かった、........」

1分位してだろうか、タケシが思い出したように、はぁっと喉の奥で息を吸い、少し止め、はく。

以前人間の臨終に立ち会ったときと同じだ!!
これがタケシの最期なのだ!!
「ヨシヨシ、分かった、分かった、........」

また、1分位してか、はぁっと息を吸い、少し止め、はく。

近隣に住む姉に電話する。
「今呼吸が止まって、もうダメだ........」

時計をみると、20時22分。
すでに呼吸はない。

そして、開けた口から舌がべろっと延びて、座布団までたれ下がる。

「分かった、分かった、........、もういいよ、ヨシヨシ、分かった、分かった、........」

涙しながら、両手でたれ下がった舌を口の中へ戻し、口を閉じさせる。
見開いた目も閉じさせる。
まぶたが少し上がってくる。
また目を閉じさせる。
手はタケシを撫で続ける........

「分かった、分かった、........、もういいよ、ヨシヨシ、分かった、分かった、........」

タケシが精一杯生涯を生き抜いたこと........、それが分かった。
タケシは、病をはき出すために、「ングァングァ」と水を飲み、最後の闘いに挑んだのだろう。

ほどなく姉夫婦と二人の子が来た........

(タケシは、まぶたを下ろし、口元を結び、ずっと、生きているような、優しい寝顔でした........)

--------------------------------------------------
6-2-6 その後

--------------------------------------------------
タケシを亡くして6日後、
電車の中で鞄から青い布製のバインダーを取り出すと、
  (あっ!タケシ君だ........)
そこには毛が1本付いていて、明らかにタケシのものでした。
以前でしたら、こんな所にまで毛を飛ばして!
などと言って払ってしまうでしょう。
しかし、たいへん懐かしく感じられて(すでに火葬していたので)、
それを指で摘んでまじまじと見ました。
そして、家に持ち帰り大事に保存しようか........
とも考えました。
でも、そこまでは行き過ぎだな........
タケシにはなるべくしたいようにさせてきたのだから........
  (あなたも行きたいところへ行きなさい........)
と言って、結局その毛をもとの所に付け戻し、
私はバインダーを開きました。
あれから、あの毛がどこへ行ったか、私は知りません........

--------------------------------------------------
6-2-7 ワンちゃんの最期とどう向き合いますか?

--------------------------------------------------
あなたは、ワンちゃんの最期とどう向き合いますか?
または、どう向き合いましたか?
具体的には、ご家族と動物病院との役割分担をどのように考えますか?

強いて4つに分けると、
医療徹底派
医療重視派
自然重視派
自然徹底派
になるかと思います。

医療徹底派は、状態にかかわらず、徹底して最後の1秒まで医療をつくす、という考えです。
医療重視派は、診断が前提であり、原則として治療をつくすが、回復が望めない場合など例外的に自宅での養生・鎮痛剤の投与などを選ぶ(例外的に治療を限定する)、という考えです。
自然重視派は、原則として自然治癒力を重視し、激しい痛みを訴えたときなど例外的に回復可能なら手術、不可能なら鎮痛剤投与などを選ぶ(例外的に治療を受ける)、という考えです。
自然徹底派は、徹底して自然治癒力に委ねる、という考えです。

自然徹底派は極端な考えです。
激しい痛みを訴えた場合にもそれを自然のままに委ねるというのは酷です。

医療徹底派も少し極端だと思います。
人間でしたら、徹底して最後の1秒まで医療をつくす、というのはよくあります。
確かに、動物病院は家庭が望めば、その時の医療水準で可能な治療はしてくれます。
逆にそれをしないと、あの動物病院は熱心ではない........、などの不評がたつので当然です。
しかし、治療には、効果の絶大なものから、効果の薄いものまであり得ます。
家庭は、治療が効果のあるものか否かを判断する必要があると思います。
治療がワンちゃん自身の望むものかどうかを判断する必要があると思います。
また、動物病院ではワンちゃんの心のケアまでに手が回らない、というのが現状ではないでしょうか(特に柴犬など家族以外に気を許さない犬種では........)。

多くの方は、医療重視派であると思います。

私は、何かあったらすぐ動物病院へ行くというタイプではないので、自然重視派です。

確かに、自然重視派では、病がその時の医療水準で回復可能なのに、速やかに診断を受けなかったためにその病でワンちゃんが亡くなる、という可能性はあります。
病がその時の医療水準で回復可能なのに、その病でワンちゃんが亡くなるのは全て不幸である、という考えもあり得ます。

しかし、医療は万能ではなく、回復可能か不可能かの中間領域もあり、リスクもあります。
ガンを手術したが摘出できない部位に転移しており、貴重な余命のうち1ヶ月程をプラスチック製の幅広の襟を着けたまま過ごさねばならなくなる、というリスクもあり得ます。
(もちろん、これは結果論で、最善は尽くしたのであり、それはワンちゃんの心にも通じるはずです........)

また、こちらの方が価値判断をするうえで重要な要素ですが、死を悪と決めつけず、一生の不可避な一部として、なんとか折り合いをつけていこう、なんとか折り合いがつくなら死を受け容れていこう、という考えもあり得ると思います。
余命の長短よりも、ワンちゃんの心の安らぎを重視する、という考えもあり得ると思います。

ワンちゃんには、いずれ死が訪れる。
死を少しでも心安らかに受け容れられるものにする。
死を前にした貴重な時間に、過度にストレスを与えるようなことは避ける。
ワンちゃんが死を悟り、受け容れがたいそれを心安らかに受け容れられるようにする。
さればこそ、元気な頃から生きている間に、ワンちゃんのしたいこと、愛情にできる限り応える。
充分に接する時間をとり、何を望んでいるかを注視する........。


医療重視派か、自然重視派か?
それは、ワンちゃんの性格、年令、容体、動物病院の姿勢など個別事情により、変動する部分、重なる部分もあろうかと思います。

私は、今回(2000年2月)のHPの更新でタケシの最期を記すことは、少し気の重いことでした。
『riharaは愛犬家のふりをしているが、結局タケシ君の医療を受ける機会を逸したのではないか!!??』
そのような感想を持たれる方が必ずいらっしゃると思います。

この問題は、何が正しく何が誤りか、ではなく、様々な要素のうち何を重視してどう決断するか、という価値判断の問題であると思います。
何を重視するかで、一人一人の決断は変わってきます。
ワンちゃんの性格(犬種により大きく差がでる)、年令、容体などの個別事情にもよると思います。
私の考えを皆さんに押しつけるつもりは毛頭ありません。
参考にしていただけるかどうか分かりませんが、私が考えたことを率直に記してみました。

--------------------------------------------------
6-3 散骨
--------------------------------------------------

--------------------------------------------------
6-3-1 散骨
 02/12/19 Up
--------------------------------------------------
(副題:『カメカメコイコイカモカモのお墓、そして海のお墓』)

2002年11月24日、タケシの遺骨を散骨しました。
境川にある高木橋(町田市鶴間)の150mほど上流です。
両川岸のサイクリングロードは、ジョギングやお散歩でそれなりに人通りはあります。
タケシの定番お散歩コースです。
高木橋の下では、全長25cmもあろうかという親亀から子亀まで、20匹くらいは住んでいるでしょうか、気持ち良さそうに甲羅干しをしています。
鯉もたくさん泳いでいます。
季節になれば、この辺りには鴨も来ます。
高木橋は車は進入禁止になっていて、人々は亀を眺めたり、写真を撮ったり、鯉に餌をあげたりと、"癒し系"空間になっています。
(高木橋は上記 6-2-4 12月23日 Christmas Card 写真 991211-06.JPG の向こう、黄色い家のところにも小さく写っています。)

タケシの魂(たましい)が存在するかどうか、それが遺骨に宿るかどうか、ないしは見守るかどうか、私riharaには判然としません。
しかし、タケシは幸せにお散歩するワンちゃんと家族を眺めることを歓び(よろこび)とするでしょう。
亀や鯉や鴨が戯れるのを歓びとするでしょう。

長い長い年月を経てタケシの遺骨は境川を下り、江ノ島から相模湾を経て、太平洋へ広がります。

でも大丈夫。
広い海の中でもタケシの遺骨は、自分がどこから来たのか、自分が生きた場所、を語ることができます。
広い海の中でもタケシはエビや魚や鳥が戯れるのを歓びとするでしょう。
養分としてプランクトンに吸収され、生命循環に加わり、新たな命の歓びや哀しみを巡ることも、また歓びとするでしょう。

riharaは同月末、引っ越しました。
タケシが一生住み続けた家を、兄姉との合意により売却しました。
今回の散骨は、riharaがこの地を離れることを契機としたものです。
タケシは、なおこの地を深く深く愛している、と考えたものです。

でも大丈夫。
riharaはどこに住もうと、「海のお墓」でいつでもタケシに会えます。

もし、よろしければ、海で、
「ワンちゃんはぁ、ひぃろいぃなぁ、おおきぃいぃなぁ〜ぁ〜」
と歌ってください( 7-3 園児 海(カイ)君 参照 )。
タケシには、僕のHPをみてくれた人だっ!!!、と分かります。
「それは、『海』でしょ!!」
とひとり突っ込みを入れられると、タケシは楽しそうにいつもより多くしっぽを振るかもしれません........
(2002/12/19記)

--------------------------------------------------
6-3-2 犬の散骨の法的手続
 03/08/15 Up
--------------------------------------------------
拍子抜けされるかもしれませんが、今回の犬の散骨について言えば、役所などへの手続きは一切しませんでした。

理由の第1です。
事の軽重からして、犬の散骨よりも人間の散骨の方が、より法的規制に服するものと考えられます。
そこで人間の散骨についてみると、東京都健康局ホームページ > 「FAQ(よくあるご質問)」 > 「墓地、埋葬等に関する法律FAQ」の「散骨を行う場合に、許可や届出は必要ですか?」の項目に、「墓地、埋葬等に関する法律では、散骨について許可、届出等の規定はありません。なお、法務省の見解でも、節度をもって葬送のひとつとして行われる限りは、遺骨の遺棄には当たらないとしています。」とあります(2003年8月現在)。
右「遺骨の遺棄には当たらない」とは、 刑法190条で罰せられる遺骨の「遺棄」には含まれない、と言う意味です。
とすると、事の軽重からして、人間の散骨についてさえ許可、届出等の規定がないのに、犬の散骨について許可、届出等の規定があるとは考えられません。
そして、犬の散骨も「節度をもって葬送のひとつとして行われる限り」はまず違法の問題は生じないと考えられます。
(なお、そもそも刑法190条の「遺骨」は人間の遺骨に限られるので、犬の散骨が遺骨の遺棄として刑法190条により罰せられる可能性はありません。)
理由の第2は、遺骨(遺灰)の主成分はリン酸カルシウムであり、自然環境を損なうおそれのない物質だからです。

右の2つの理由だけで犬の散骨をしてしまうことは、適切だ、とは言い切れないかもしれません。
これから、犬の散骨をされる方は、次のような選択肢があると思われます。

(1) 許可、届出等の要否、節度の点を自分自身で判断し、自己責任で行う。
(2) 役所の担当部署を探し、許可、届出等の要否、節度の点などを、じっくり相談しつつ行う。
(3) 人間の散骨を扱う葬儀会社がペットの葬儀も扱っている場合は、人間の散骨のノウハウを活かし犬の散骨も適切かつ丁重にとり行うものと考えられるので、そのような葬儀会社を探して依頼する。
右(1)の場合、人間の散骨について現在インターネット上で様々な情報を得られるので参考にすべきです。例えば、自然に還りやすくするため心を込めて骨を細かくする、水源域や養殖場辺りは避ける、などです。
右(2)の場合、役所の担当部署としては、犬の散骨は人間の散骨以上に拠るべき法令やガイドラインも前例もないし、かまわないですとも禁止ですとも軽率には言えないし、他に切実かつ重要で優先すべき市民サービスは山積しているし...、といった事情から歯切れのよい丁重な対応は期待し難いと思います。あせらず根気よく相談することが大切かと思われます。
右(3)の場合も、葬儀会社についてインターネット上で様々な情報を得られます。葬儀会社も新たな需要を掘り起こしたいと考えている時期ですから、要望は積極的に問い合わせるべきです。

犬の散骨は亡くなった犬を大切に思う気持ちから行うものですが、一般人の宗教感情や環境衛生、他人の財産権との調整が必要です。
この調整が「節度」という言葉に象徴されていると思います。
いずれにしましても、自分自身でしっかり判断し自己責任で行う必要があると思います。
参考にしていただけるかどうか分かりませんが、私が考えたことを記してみました。
(2003/08/15記)

--------------------------------------------------
7 よそのお宅の愛すべき犬たち
--------------------------------------------------

--------------------------------------------------
7-1 柴犬カイ君(仮名)

--------------------------------------------------
99年盛夏の夕方でした。
タケシと畑の脇の車の通れないほどの細い道をお散歩していました。
家から5分くらいの所です。
そこで、壮年の男性が連れている柴犬とまさにすれ違おうとしていました。

しかし、両方の犬が互いに立ち止まりました。
Zの字の位置です。
数秒の間をおいて、20cm位ずつお互いに近づいていきます。
20cmは、好奇心から警戒心を差し引いた距離なのでしょう。

こういう場合、私はタケシが相手の犬に迷惑をかけない限り、行けとも行くなともいわず、タケシの自主性を尊重して見守ります。
どうやら相手の男性も同じようです。

そして、互いに顔のあたりのにおいを嗅いでから、平静にします。
からだをぶつけてじゃれ合うでもなく、吠えて威嚇し合うでもありません。
タケシとすれば、自分が穏やかに接することができるワンちゃんであると認めたわけで、かなり上級の好意的態度です。
あちらの柴犬も同じなのかもしれません。
雄でした。

(rihara)(なかなか、落ち着いたお利口さんなワンちゃんだ。どれどれ........)

私は手のひらを、犬の手前50cmくらい、目線より下にゆっくりと差し出します。
犬が私に興味を示さなかったり警戒していればそれまでです。
この場合、無理に触りに行ったりすると、吠えられたり、場合によっては咬まれたりします。
警戒するか、気を許すかは、あくまで犬に決めさせるべきです。
犬を良く理解していない人は、犬の警戒心など全く考えないで、不用意に手を出して吠えられたりします。
犬は、人も生き残るのに大変だった縄文時代とか室町時代とかを(??)生き抜いてきたわけであって、警戒心を有することは至極当然のことです。

数秒の間をおいて、またまた20cm位ずつ近づいていきます。
柴犬はスカイブルーの首輪をしています。
勘のいい方はお分かりですね、それでカイ君(仮名)といいます。
柴犬らしいですし、スカ君やイブ君、ブル君も変ですよね........。

私の手のひらのにおいを嗅ぎ、自分が穏やかに接することができる人間であると認めたようです。
そして、しゃがんでいる私のひざに前足をかけて口元のにおいを嗅ぎ、なめてきました。
私は、口元をなめてくる場合は、なめさせます。
普通は数回なめるだけだし、犬の親愛の情の証であるし、私の受け入れの証でもあるからです。


ここからが、カイ君の個性でしょうか?

カイ君はそのまま両ひじを私のひざにのせて、暑いせいでしょうか、ハァハァ息をしはじめました。
どうやらその姿勢でしばし休むつもりです。

(r)(やけに馴れ馴れしい犬だ。いや、よほど性格がいいのかぁ........?)

ヨシヨシといいながら、肩の辺りをなでてあげます。
かわいい。
一方、タケシといえば、こういう場合の常で、ヤキモチを焼くでもなく、60cmくらい離れて平静にたたずんでいます。
僕の飼い主をチョットぐらい貸してあげてイイよ、みたいな感じです。

(r)(そういえば数日前風が強かったなぁ。)
  「何日か前風が強かったですよね。うちの犬は風の音を怖がっちゃって........。」
(f)(=カイ君の父)「うちもそうですよ。怖がってふすまを破ったりして困ります。」
(r)(えぇ!座敷犬で、風の音を怖がってふすまを破るなんてうちと同じだ。)
  「えぇ!座敷犬なんですかぁ。」
(f)「そうです。」
(r)「うちも座敷犬なんです。ロケット花火とか、空き缶を車が踏む音とかも怖がって押入に入ろうとしてふすまを破ったりします。」
(f)「うちもロケット花火を怖がります。」
(r)「そうですかぁ、同じですねぇ........。」
  (そうかぁ、同じ柴犬だから怖がる音とか、その時の反応とかも同じなのかなぁ........。)

私はしゃがんでカイ君にひざを貸したままです。
カイ父は立ったままで、カイ君をそのまま見守り続けています。
ヨシヨシといいながら、カイ君をなでてあげます。
かわいい。

(r)「何才ですか?」
(f)「*才です。」
(r)「まだ若いんですね。うちはもう12才なんです。」
(f)「そうですか。」

(r)「ご家族は何人ですか?」
(f)「はぃ?」(初対面なのに、なんで立ち入ったことを聞くんだろう?)
(r)(あれ?立ち入ったことを聞くと思われちゃったかなぁ?)
  「いえ、うちは大人だけに囲まれて育ったものですから。」

幼い子どもがいると理不尽な(大人げない)(当然か!?)いたずらをされたりする(ただし、遊び相手にはなる)。しかし、大人だけに囲まれていると、おおよそイヤなことをされることはない。太平この上なく日々を過ごせる。性格も落ち着いて穏やかになる。このようにriharaは思っています。

(f)「あぁ、うちも*人で大人だけですよ。」
(r)「そうですか、では、イヤなことをされることもなく、穏やかな性格になりますよね。」
(f)「そうですね。でも前の柴犬のときはまだ子どもも小さくて、子どもと全く同じですよねぇ。」
(r)「はぁ、前にも飼ってらしたんですか。」(変にフランクな尊敬語??)
  (そうかぁ、犬、柴犬、座敷犬[どこかで聞いたことがある!!??]のリピーターかぁ[=repeater、繰り返す人]。筋金入りだなぁ。僕なんか、タケシを育ててきて、ああすれば良かった、こうすれば良かったって思うことが多々あるから、カイ君はきっとご家族の経験や反省のうえに至極大切にされているんだろうなぁ........)
(f)「えぇ、10何年生きましたけど、最期は交通事故で........。」
(r)「そうですか。かわいそうですねぇ。」
(f)「えぇ、家にいないと思ったら、家のすぐ近くでひかれていたんです。」
(r)「そうですかぁ........」
  (ワンちゃん本人も家族のみんなと突然にお別れしなければならなくなって、悲しかっただろうなぁ........)

(r)(うわっ、カイ君のよだれ攻撃だ!ひざの上によだれたらしてる!)
私はその時ショーツをはいていたので、ハァハァしているカイ君のよだれがひざに直にたれてきます。
でも、私は動きません。
夕飯時は私が食べ終わるまでタケシにはあげないのですが(先にあげるとさっさと済ませて際限なく欲しがるから)、そのとき、そばによって来てじっと我慢しているタケシが、私のひざの上にジトッとよだれをたらすことがあり、これをよだれ攻撃と称し、格別嫌悪しているわけではないからです。

(r)「ご飯は人間の食べるものもあげるのですか?」
(f)「えぇ、あげますよ。」
(r)「うちでも、あげます。僕が食べ終わるまであげないんですが、おあずけしていると、そばによって来て、ひざの上によだれをたらすんですよ。」
(f)「うちでは、そういうことはないですねぇ。」
(r)(あれぇ?じゃぁ、座卓じゃないんだぁ........)

カイ君も悪気があるわけじゃない。
警戒心がなく、やけに馴れ馴れしい犬だ、と思う反面(10%)、よほどカイ君の性格がいいか(60%)、よほどriharaの包容力が大きいか(30%)(!?)、なのだろう。
ヨシヨシといいながら、カイ君をなでます。
かわいい。
カイ父も、私と同じように、かなり徹底して犬の自主性を尊重するようです。
ずっと、ひざから下りなさいとか、帰ろうとかをカイ君にいいません。

いつの間にか、ひざが重く、しゃがんでいる足の先がちょっとしびれてきました。
3mほど離れたところでは、たまたまその場所なのか、それとも私たちのせいで通れないのか、互いにラプラドールと子どもを連れた主婦たちが、立ち話をしています。
夕日もかなり傾いてきました。

(r)「じゃぁ、またねぇ」
カイ君の目を見ながらそう告げて、ゆっくりとカイ君をひざから下ろします。

(r)「では、失礼します。」
(f)「どうも........」

あれからカイ君とは出会っていません。
今(99年11月)、これを書きながら、カイ君の先代が交通事故で亡くなったことなどを思い出したりもしました。
もっと他の話をしたかもしれません。
カイ君は今も、ときどきふすまを破って怒られたりしながらも、至極幸せなときを過ごしていることと思います。
温かな家族の視線を注がれながら........。
そしてカイ君は、甥姪にあたる赤ちゃんが、今か数年内には、家にいるか家に遊びに来て、赤ちゃんは無分別だからちょっと苦手!!などと思いつつも、遊んであげるのでしょう........。

--------------------------------------------------
7-2 ハスキー犬コタツスキーさん(仮名)、そして、***

--------------------------------------------------
ハスキー犬についてのriharaが抱いていたイメージはこうです。

その1
声はハスキーボイス(?? ......であって欲しい??)。
(ワンちゃんが夢の中でおしゃべりしちゃったりして、単なるダジャレと済ませられないのが愛犬家??)

その2
目が怖い......。
というか、顔つきを見ただけでは、怖いか優しいか、分かりにくい。
本当に怖い犬もいれば(経験上40%)、本当にこころ優しい犬もいる(同60%)。
他の犬種と比べて、性格の個人差が非常に大きい。
実際、ハスキー犬と近づくときは、怖いか優しいか、大変緊張したものでした。
(もっとも、瞳が綺麗、というのもハスキー犬の特徴です。)

その3
寒さにめっぽう強いが、日本の夏のような蒸し暑さは大の苦手である。


さて、今回ご紹介するハスキー犬コタツスキーさん(仮名)ですが......

......どうせ、コタツ好きな座敷犬なんでしょっ!!!!

そう、その通り。
当HPの嗜好をよくご存じでいらっしゃるっ!!!!
(なお、性別は確認しておりません......)


コタツスキーさんと会ったのは、1度だけです。
季節は初夏だったでしょうか、よく覚えていません。
タケシも若いときだったと思います。

当時riharaは、犬ゾリレースのテレビ番組でも観たのでしょうか、またバブルがはじけて捨て犬にハスキー犬もみられるようになってきたという報道でも観たのでしょうか、なぜかハスキー犬のことが気になっていて、
(寒いシベリアのような土地にいてこそ生き生きとして幸せだよなぁ。夏に蒸し暑くなる日本の気候は身体に合わないよなぁ、かわいそうに....)
などと思っていました。

その日は、歩いて10分ほどのところにある芝生の広場と林のある公園へお散歩に行きました。

そこで、ひとりの主婦が引き綱をつけたハスキー犬と、引き綱をつけていない日本犬を連れてこちらに歩いてきす。
引き綱をつけていない日本犬はひとりで勝手にどんどんタケシに近づいてきます。
怖い犬か、優しい犬か、初めての犬は見当がつかないので緊張するとともに、riharaは、
(飼い主も来ないうちにどんどん近づいてきて、もしも噛みつきかかりでもしたら誰が止めるんだ!!??
他にお散歩している人を緊張させるなんてことないように、ちゃんと引き綱をしてもらわないと迷惑だ....)
と非難めいた視線を送っていたと思います。

幸いその日本犬はおとなしいワンちゃんで、タケシのにおいを少しかいだだけで平静にしています。

主婦は私の視線を察したのでしょう、
「......このワンちゃんは、お隣にいる放し飼いのワンちゃんで、うちが散歩するときに、いつもいっしょについてくるのよぉ....」
といったことをおっしゃいました。
(そうかぁ、お散歩便乗犬かぁ、ちゃっかりしてるなぁ。
まぁ、ひとりでお散歩すると、警戒されたり、ときにはイジメられたりするかもしれないけど、自分のことを知っている人が一緒にいれば、いざというときかばってくれるし、確かに安心だよねぇ......
生活の知恵、賢いといえば賢いけど、こんなこともあるんだぁ......)

それから、riharaはかねてから気になっていたことを伺ってみた。
ハスキー犬は蒸し暑い日本の夏は苦手ではないか、寒さは大好きで生き生きしているのではないか、と。
すると、
「......確かに蒸し暑いのは苦手ですけど、寒い冬もコタツで丸まってますよ....」

そうです、ハスキー犬コタツスキーさんは、座敷犬です、コタツ好きです。
姿はシベリア犬でも、中身は日本犬!!!!????
ご家族の人柄でしょうか、こころ優しいワンちゃんでした。
riharaの先入観とは違い、ハスキー犬も(もちろん他の洋犬も)日本の気候、風土、生活環境の中で幸せに暮らしているんだなぁ、としみじみ実感し、他犬事ながらなぜか幸せな気分に浸ることができた日でした.....

--------------------------------------------------
7-3 東横線沿線渋谷ベランダ2匹ワンちゃん

--------------------------------------------------
1990年代、私は年に数回、渋谷から横浜へ向かうため東横線に乗った。

渋谷駅を出発すると、ほどなく、電車内からわずかに視線を落とした、近くも遠くもない20-40m先(!?)(絶妙な距離感のところ)に、ベランダにいる2匹のワンちゃんが見えてくる。
マンションの3階か4階くらい。
大型犬のレトリーバーであったと思う。
ベランダには犬舎もないから、室内犬(座敷犬!?)で、ベランダへは自由に出入りさせてもらっているようだった。

ワンちゃんの姿や様子は電車内からでも、割とよく見えた。
私が乗車したのは大抵午後3時頃かその時間帯であったが、お昼寝をしているか、そのような姿勢で和んでいることが多かった。
当時、座敷犬タケシと暮らしていたriharaとしては、この『ベランダ2匹ワンちゃん』を電車内から見るのが楽しみであった。
ベランダで和んでいるワンちゃん、家族から愛させているであろうワンちゃんを見るのが楽しみであった。

これは私のみならず、東横線に乗る多くの人が『ベランダ2匹ワンちゃん』を楽しみにしていたと思う。
それは沿線の、日常的な風景、普通の体温しか感じられない風景、あるいは温かくても偶然のようにしか出逢えない風景とは違っていた。
『ワンちゃん』、『和み』、『愛情』、『安らぎ』を感じられる風景であった。
『いつも期待して、いつも応えてくれる』風景であった。

ワンちゃんからも、電車内にいる人の視線は感じられたのではないか、と思う。
ワンちゃんも、電車が通り過ぎるのを、そして電車内の人を、それなりに好ましいものとして、日常の風景として、見送っていたのではないかと思う。
これは想像に過ぎないが、ワンちゃんたちに手を振って愛情を示す乗客がいて、そんな乗客を目で追っていたかもしれない......

歳月は流れ......
2002年11月に、思いもよらず、私は東横線沿線に引っ越した。
そして私はこの『ベランダ2匹ワンちゃん』を見るのを楽しみにしていた。
渋谷へ行き来するときには、電車内からこのベランダを探した。
記憶をたどった......
しかし、見つからない。
地域開発などで建て替えられてしまったのであろうか......
時の流れなのだろうか......

2004年4月から、riharaも東横線で渋谷まで通う。
もはや『ベランダ2匹ワンちゃん』を見られないのは、少し寂しい。
ささやかな和みを得られないのは、少し寂しい。
しかし、『ベランダ2匹ワンちゃん』を憶えている。
『ベランダ2匹ワンちゃん』を愛したであろう多くの人が憶えているように......
(2004/02/29記)

--------------------------------------------------
7-4 G君とriharaの和解
 05/02/28 Up
--------------------------------------------------
2002年11月、引越まであと数日を残すころ、riharaとしては、なんとかG君(『向こう傷は男の勲章やぁ』事件のG君です)とおじいさんにお別れを言いたいと思っていました。
その日は、riharaがG君の家の前で信号待ちをしていたところ、G君たちが20mくらい離れたところを、帰宅すべくこちらに向かって歩いていました。

引き綱はしていない。
G君の家の前で、歩道の真ん中辺りに片膝を立てるようにしゃがみ、両手を前で開いて招くようにG君を待った。
するとG君は若干歩みを速めて私の方に近づいてくる。
私の手のひらのにおいを嗅ぎ、その場でたたずむ。
「よし、よし、」と言いながら首から前胸あたりをなで続ける。
こうしてG君に触れるのは初めてである。
G君にとっても私のにおいを直に嗅ぐのは初めてだろう。
しかし、いつも4-5m離れてはいても「よし、よし。」と声をかけていたので、G君もあの人だ、と分かっていたことだろう。
”あのタケシの飼い主”とも分かっていたかもしれない。

すぐにおじいさんも追いつく。
(rihara)「こんにちは。」
(おじいさん=g)「こんにちは。」
(r)「今日はどちらまでお散歩に行ってらしたんですか?」
(g)「ずぅっと**の辺りまでです。」
(r)「結構、遠くまでですねぇ。」
(g)「えぇ。」
(r)「実は今月の末に引越することになりまして…」
(g)「ぇえ? 本当ですか?」
(r)「はい。*****ていたのですが、*****ということになりまして。」
(g)「そうですかぁ。どちらへ?」
(r)「日吉です。」
(g)「…、横浜の?」
(r)「はい。」
「よし、よし、」と言いながらG君の首から前胸あたりをなで続ける。


(r)「うちの犬のタケシがG君にご迷惑をおかけしたこともございましたが…」
(g)「いえいえ…」
(r)「いろいろとたいへんお世話様でした。」
(g)「こちらこそ。」
ゆっくりと立ち上がると、今度はG君が、腰の横をすり寄せるように体重を預けて来る。
(ぁあ! タケシと全く同じ仕草だ! やっぱり同じ犬だしね!!!)
(r)「本当にいろいろとありがとうございました。」
(g)「こちらこそ。」
少し膝を折って、腰の横をすり寄せて来るG君の反対の腰の辺りをなでなでしながら、「それじゃぁ、G君、元気でね! またね!」と声をかける。
(r)「それでは、失礼します。」
(g)「お元気で。」

G君は人や犬に迷惑をかけるような性格ではなく、むしろ人好きな、かなり”良い子”です。
『向こう傷は男の勲章やぁ』事件でのことを引きずっているのは、私くらいでしょう。
一方的にタケシが悪いとはいえ、それでも、そのタケシの味方をしてあげられるのは私くらいしかおらず、そんな心持ちを引きずるのも良しとしていた私です。
そんな私の心持ちを知ってか知らずか分かりませんが、G君は私を受け容れ親愛の情を示してくれました。
それもタケシと全く同じ仕草で…。
(G君に言わせれば、それは犬共通の仕草で、たまたま、タケシもG君も同じようにしたものに過ぎない、ということでしょうが…)
riharaはこのときに、G君と和解ができた、と思っています。
あとは、かなりかなり先のことですが、タケシがG君と心から和解できれば、と思っています。

その後、引越してからも、G君のようなゴールデン・レトリーバーやラプラドール・レトリーバーのような大型犬を良く見かけます。
皆幸せそうにお散歩を楽しんでいます。
そして、目ざとく「犬好き人間」を見つけ、合図を送ってきます。
こちらも、急がないときは、「人好き犬」の合図を察知し、合図を送り返します。
あとは、交通の邪魔にならないタイミングと場所です。
片膝を立てるようにしゃがみ、両手を差しだし、顔を差しだし…。
「すみませんねぇー、この子、本当に人が好きで〜。」
「いえいえ、私も犬好きですから〜。ほんとうによい”お子さん”ですね!」
ひととき、至福の交歓会が続きます…。
顔をなめられたり、腰の横をすり寄せるように体重を預けて来たり…。
そんなときにも、タケシのことのみならず、心のどこかでG君のことも想っているriharaです…
(2005/02/28記)

--------------------------------------------------
7-5 歌の中の「年老いたシェパード」
 06/02/28 NEW
--------------------------------------------------
荒井由実さん(現在のユーミンこと松任谷由実さん)(1954-)のアルバムに「14番目の月」(1976)があります。
有名な「中央フリーウェイ」も収録されています。
私は2004年にCDを入手して、アルバムを通して聴きました。
「年老いたシェパード」はその6曲目「何もなかったように」(作詞・作曲:荒井由実)に登場します。
歌詞の1番を引用します。

昨夜(ゆうべ)の吹雪は 踊りつかれ
庭を埋づめて 静かに光る
     年老いたシェパードが 遠くへ行く日
細いむくろを 風がふるわす

     人は失くしたものを
     胸に美しく刻めるから
     いつも いつも
何もなかったように 明日をむかえる

「むくろ」とは死体のこと......
凍てつく空気、白い雪......
雪に輝く陽の光、かすかな風......
象徴的情景の中、年老いたシェパードの最期がうたわれています。

歌詞の2番の冒頭は次のとおり。

本当の光に満ちてた頃が
いつかを知るのは 過ぎ去ったあと

私はタケシが生後30日程で我家に来たとき、両親とも一緒に暮らしていました。
しかし、母が他界し、父が他界し、タケシも他界しました。
私が過ぎ去ったあとに知ったこと......
それは、
両親とタケシと一緒に暮らしていた頃こそが、ひとつの「本当の光に満ちてた頃」だったのだ、
ということです。

タケシも、母が他界し、父も他界し、過ぎ去ったあとに知ったかもしれません......
生後間もなく家に来て、両親と一緒に暮らしていた頃こそが、
本当の光に満ちてた頃だったのだ、と。

歌の中の「年老いたシェパード」は家族から永久(とわ)に敬われ愛され続けている......
ただただ、そう想うばかりです......
(2006/02/28記)

--------------------------------------------------
7-6 園児 海(カイ)君

--------------------------------------------------
ここで、番外編です。

1999年10月10日体育の日、祝日の朝、タケシとお散歩をしていました。
若いお父さん、お母さんがそれぞれ幼稚園児と、未入園児とを自転車に乗せて橋を渡って来ます。
こちらのサイクリングロードの方へ曲がってくるかな?と思い、タケシをホチキス針形の車止めの陰に寄せていると、
(園児)「あぁ、ワンちゃんだぁ!!」
と叫び、歌い出しました。
(園児)「ワンちゃんはぁ、ひぃろいぃなぁ、おおきぃいぃなぁ〜ぁ〜」
(お母さん)「それは、『海』でしょ!!」
すかさず、riharaへ(タケシと端へ寄っていることに対して)、
(お母さん)「すみませ〜ん」 
そして、一家は通り過ぎて行きました。

よかったね、海君、お母さんがつっこんでくれて........。
(海君はriharaが仮につけた名前です)
(漫才のボケと突っ込みのそれです)

今日は幼稚園の運動会なのでしょうか?
海君、朝から飛ばしていますね。
海君がワンちゃんを見て連想したこと........。
それは、海君が、わぁ!広くて大きいなぁ!と思い、大の字になって陽を浴びた、あの海の大いなる温かさだったのかもしれません。

海君の犬に対する感じ方は、犬好きの一人として嬉しい限りです。
お父様、お母様、おおらかなご家庭を築いていらっしゃいますね。
お母様、『海』のフレーズで歌った海君の感受性は、間違っていません、大変豊かだと思いますよ。

--------------------------------------------------
目次   Home
--------------------------------------------------

犬、柴犬、座敷犬タケシのHP
http://www3.plala.or.jp/rihara/
since 99/08/12