未来をひらく  竜爪山九条の会 RYUSOZAN KYUZYONOKAI
本文へジャンプ  
小林朱実自主研究 大坪昌平作品集 映画『日本の青空』 映画『いのちの山河』
                                

 竜爪山九条の会3周年記念講演
村人たちの戦国と竜爪山


静岡古城研究会会長 水野 茂  

2 日本の戦国時代とは

 まず、一般的にみなさんは、戦国時代の実体を知らないんじゃないかと思います。こういう研究者がいます。渡辺さんという研究者の方ですが、素晴らしい内容のことを言っています。
 
 「戦国時代では、平和は格別のことで非常のことであった。社会のあらゆる次元で、暴力は常に露出していた。すべての者が何らかの攻撃に対して、常に身構えていた。中世戦国とは、ある意味では、身構えた社会と言える。」

   渡辺 昌美 『攻撃と防禦構造』より

2−1 戦国時代の重い軍役(公事)

 具体的に見ていきますと、戦国時代というのは、いろ〜んな税金がありました。それを「公事(くじ)」と呼んでおります。その中で一番重いのが、「軍役(ぐんやく・ぐやく)」になります。 封建制度の根源ということで、みなさんは中学かそのくらいの頃、「封建制度」はなんであるかと、お勉強なさったと思います。もうすでに、忘れた方がほとんどだと思いますが。簡単に言いますと、「御恩と奉公」ということなんです。戦国大名、領主から土地をいただいて、またお借りして、そのお礼に奉公します、という意味合いなんです。
ページの頭に戻る
 これら公事(くじ)は村単位に科せられるのです。主に「陣夫役(じんぶやく)」と言いまして、ようするに戦う時の兵です。村からかり出されるわけですね。そして、山城を造る時の「普請役(ふしんやく)」、荷物を運ぶ時の「人足役(にんそくやく)」などがあります。人足役は二十貫文(かんもん)で一人連れてこい、と出てきます。
 戦国大名は村人たちから年貢・公事(くじ)という税金を収取することから成り立ち、それは村が単位になる「村請(むらうけ)」であった。村人一人一人ではなく、村単位でやっていったということです。普請役、軍役などは、みんな何貫文で一人連れてきなさい、そういった、村には税金を課しました。
 この時代、特に有名な政策は「検地(けんち)」です。検地というのはあくまでも兵力をどのくらい集められるかという目的でやったのですね。
 村請、村全体で請け負いましょう、ということです。村請は江戸時代の「五人組制度」へとずっと引き継ぐわけですね。
 戦国時代には「この村にいるのはイヤだといって、逃げ出してしまう者もいた。そういうのを「欠落(かけおち)」というのです。そういった記録がいっぱい出てきます。戦場に連れて行かれるのがイヤで、逃げてしまうんですね。
 領主、戦国大名らは、15歳から60歳まで、一人残らず動員したことが記録にあります。当然、戦国大名は村の戦力に期待したわけです。
 前を見る 次を見る 目次に戻る ページの頭に戻る