神楽坂を彷徨する


2013年2月




JR飯田橋駅西口前  神楽坂は路地の入り組んだ街。「○×横丁」「△□小路」といった名前の通りが溢れています。グルメの街でもあり、メディアへの露出度も高い人気のスポット。と言う訳で降り立ったのはJR中央・総武線飯田橋駅の西口です。
JR飯田橋駅西口前


 駅前を走るのは早稲田通り。駅西口を出たら目の前の早稲田通りを右方向へ進みます。そしてなだらかな坂を下り切ると、外堀通りと交わる神楽坂下交差点があります。 早稲田通り
早稲田通り


神楽坂下  ここから始まる上り坂が、街の名前にもなっている神楽坂。そしてここから、大久保通りと交わる神楽坂上交差点までの400m余りが、この街のメインストリート神楽坂通りです。
神楽坂下










予習・神楽坂通り



 先ずは手始めに神楽坂を予習しておきましょう。メインストリートの400mをブラブラ歩き。神楽坂通りには飲食店を中心に、たくさんの楽しそうな店が並びます。 神楽坂
神楽坂通り


不二家 飯田橋神楽坂店  神楽坂と言うとしばしば紹介されるのが、この不二家飯田橋神楽坂店。店先では若い女性が何やらしきりに写真を撮り合っているんですが・・・
不二家 飯田橋神楽坂店


 理由はこれ。ペコちゃんとのツーショットを撮ってたんですね。因みにペコちゃんの顔をした大判焼きの生地の中に、あんこやチョコ、カスタードなどを詰めた「ペコちゃん焼き」はどこの不二家にもある様ですが、現在のところこの店舗でしか手に入らないらしい。 ご存じペコちゃん
ご存じペコちゃん


陶柿園  食器・陶器・ガラス器専門店の店先には、興味深い品物がたくさん並びます。衝動買いしそう。
陶柿園


 こんなものまでありました。昔懐かしいブタの貯金箱。子供の頃はお小遣いの小銭を少しずつこの貯金箱に入れて、夢を膨らませたもんです。 こんなものまでありました
こんなものまでありました


レトロなおもちゃが並ぶ  こっちの店先にも昔懐かしいおもちゃやゲームが山積みにされています。
レトロなおもちゃが並ぶ


 こんなブリキのおもちゃ、デジタル玩具時代の今じゃ買えるところがとっても少なくなりました。 ブリキのおもちゃ
ブリキのおもちゃ


毘沙門天善国寺  神楽坂の毘沙門さまと呼ばれ親しまれる善国寺はその歴史も長く、1595年の創建です。
毘沙門天善国寺


 本堂の前で左右からあうんの呼吸で向き合う虎の石像は、1848年に当時の周辺住民によって寄進奉納されたもの。 石虎 (阿形)
石虎 (阿形)


石虎 (吽形)  案内板によると石造の虎は東京都内でも珍しく、新宿区内ではここ善国寺のみなのだとか。東京の真ん中にあって、辛うじて戦災の被害を免れた貴重な文化財です。
石虎 (吽形)


 この五十番という中華料理屋さんの店先では、人の並ぶ列が途絶えません。店頭でいったい何を販売してるのかと言うと・・・ 五十番
五十番


絶品 中華饅頭  みんなのお目当てはコレ、中華まんでした。特に肉まんは絶品で、その味は単なる中華まんとは全くの別モノです。饅頭を割ると中身の具と一緒に出て来るのは大量の濃厚な肉汁スープ。これがたまらん、もう病みつき。ランチもやってます。
絶品 中華饅頭


 そうこうしている内に、前方に大久保通りが見えて来ました。ここは神楽坂上交差点。この先も商店街は続きますが、メインストリートはほぼここまでです。 神楽坂上交差点
神楽坂上交差点






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神楽坂を彷徨う その1



軽子坂  メインストリートの神楽坂通りを歩いて神楽坂の予習を終えたら、次は軽子坂と神楽坂通り(早稲田通り)に挟まれた、路地の入り組む神楽坂の北側の辺りを彷徨ってみましょうか。

 地図参照
軽子坂


 神楽坂下まで戻って、再び神楽坂上の方向へ移動しましょう。

 先ずは最も神楽坂下寄りにある路地、神楽小路から侵入。
神楽小路
神楽坂通りから神楽小路へ侵入


神楽小路  狭い路地の両側には、たくさんの小さな飲食店がひしめき合っています。
神楽小路


 神楽坂を彷徨する醍醐味は、やっぱりこの路地歩き。張り巡らされた網の目の様に、路地から路地へ分かれたり繋がったりして続いて行きます。

 これは神楽小路から分かれるみちくさ横丁の入口。
みちくさ横丁
みちくさ横丁へ


みちくさ横丁  道幅は更に狭くなって、小さなBARや小料理屋、ラーメン店がにらみ合い。
みちくさ横丁


 神楽小路に戻って歩いていると、ちょっと刺激的な映画館に遭遇。最近めっきり見掛けなくなった、いわゆるピンク映画って呼ばれてたヤツです。ここは横目でチラ見して何気ない素振りで通り過ぎます。変にマセてた子供の頃からちっとも進歩なし。 くらら劇場
くらら劇場


神楽坂仲通り  神楽小路から次の路地、神楽坂中通りへと移動。路地とは言えども、ここは若干スッキリした感じ。建ち並ぶ建物や通りの雰囲気もちょっとオシャレめです。
神楽坂仲通り


 神楽坂中通りからは二つの路地が分かれます。その一つが芸者新道。料理屋・待合・芸者置屋が揃う三業地と呼ばれていた頃の、いにしえの神楽坂を想像させます。 芸者新道
芸者新道


かくれんぼ横丁  二つめはこのかくれんぼ横丁。神楽坂の路地歩きと言ったら、ここは絶対に外せません。
かくれんぼ横丁


 その名前が表す様に、迷路のように入り組んだ路地と、黒塀に囲まれた料理屋さんが並ぶ落ち着いた佇まい。 迷路のように入り組んだ路地
入り組んだ路地


黒塀と石畳  ここでは石畳の小路をガイドブック片手に歩く人たちと、次々に出くわします。
黒塀と石畳


 迷路を抜けだして、お隣の通りへ出て来ました。ここは本多横丁。昔この近辺に、旗本本多家の武家屋敷があった事から命名されました。 本多横丁
本多横丁


ネコの看板につられて  ネコの大きなイラストが描かれた看板を発見。ふくねこ堂と書いてあります。看板につられて鍵型に曲がる路地裏へ入ってみると・・・
ネコの看板につられて


 民家を改造した様なその店先にはネコ絡みのグッズをはじめ、和小物や和服がギッシリと並べられています。 ふくねこ堂
ふくねこ堂


路地裏と言えばネコ  ところでネコと言えば路地裏にはつきもの。そしてここ神楽坂の路地裏も例外ではありません。
路地裏と言えばネコ


 神楽坂の路地を彷徨っていると、ネコに度々遭遇します。ホンモノもいれば、中にはあやかってこんなモノも。 ここにもネコが
ここにもネコが


兵庫横町へ  ここは神楽坂通りにある毘沙門天善国寺のちょうど真向かい。通りに面したビルとビルの切れ間のほんの僅かな空間に人ひとり通るのがやっとの狭い通路があって、その先にも路地が続いています。ちょっと気になるのでさっそく進入。
兵庫横町へ


 狭い通路の先にあったのは石畳と黒塀の路地。かくれんぼ横丁と同様の佇まいがまた再現されました。ここは兵庫横町 兵庫横町
兵庫横町


伊勢籐(いせとう)  本多横丁のふくねこ堂もそうでしたけど、この界隈を歩いていると民家を改造した様な、味わいのある店舗をしばしば見掛けます。兵庫横町の辺りでも2軒。この伊勢藤は老舗の居酒屋。残念ながら利用した事はまだありませんが、酒通に人気の店らしい。
伊勢籐(いせとう)


 もう1件はカフェの茶寮。ここの店頭ではいつも入店を待つ客の列が出来ています。以前うちのカミさんと40分並んで入って、ミルクプリンと抹茶アイスの入った和風の美味いパフェを食べた記憶があります。今でもやっているのかな? 神楽坂茶寮 本店
神楽坂茶寮 本店


寺内(じない)公園  入り組む路地の網の目を抜け出たところに、とっても小さな公園がありました。昔この界隈に大きなお寺があった事から、寺内公園と名付けられています。
寺内(じない)公園









神楽坂を彷徨う その2



 ここまで、路地の入り組む神楽坂の北側を彷徨って来ました。今度は神楽坂通り(早稲田通り)を隔てた南側のエリアを神楽坂上から神楽坂下の方向へ歩きましょう。
 地図参照

 先ずは地蔵坂。神楽坂通りから分かれたなだらかな上り坂です。
地蔵坂
地蔵坂


光照寺  地蔵坂を上り切った先にあるのが光照寺。この寺にあった子安地蔵が、地蔵坂の名の由来です。戦国時代にはこの辺り一帯に、領主であった牛込氏の居城があったのだとか。
光照寺(牛込城跡)


 花町神楽坂の、芸者衆の手配や稽古を行う見番(けんばん)がある事から名付けられたのがこの見番横丁ですが、隆盛を極めたとされる昭和初期の頃の名残も、今ではあまり感じられない様です。 見番横丁
見番横丁


若宮公園  神楽坂通りの南側エリアは、北側エリアの様な入り組んだ路地はそれほどなく、比較的ゆったりした街並みです。と言う訳で、武家屋敷をイメージしたこの若宮公園の様に、結構広い公園もありました。
若宮公園


 神楽坂下を走る広い外堀通りに面して建つのは、東京理科大学の神楽坂キャンパス。 東京理科大学
東京理科大学


近代科学資料館  その東京理科大学創立110周年を記念して平成3年11月に建てられたのが近代科学資料館。神楽坂キャンパスの裏手、若宮公園のすぐ隣にあります。入館無料。
近代科学資料館


 常設展示室にはワープロ専用機や、通称マイコンなんて呼ばれてたマイクロコンピューター、ブラウン管のディスプレイと本体が合体したパソコンなんかもあって懐かしい。 懐かしいパソコンが並ぶ
懐かしいパソコンが並ぶ


アンティークな計算機  こちらの展示室には、手動式や電動式の大昔の計算機がズラリと並んでいました。と言う訳で、この施設のコンセプトは「計算機の歴史」なのであります。
アンティークな計算機


 外堀通りから分かれて上り坂となり、毘沙門天善国寺の脇で神楽坂通りと合流する庚嶺坂。昔この辺りに沢山の梅の木があった事から、中国の梅の名所の名を取って将軍徳川秀忠が命名したと伝えられるこの坂を眺めながら、今日の彷徨を終わることにします。 庚嶺坂
庚嶺坂 (ゆれいざか)








★交通 ・鉄道 JR中央・総武線飯田橋駅下車。その他。


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