小金井公園と
江戸東京たてもの園

野外博物館で散歩する


2023年2月






 
東小金井駅北口ロータリー
 東小金井駅北口ロータリー

 真冬だというのにポカポカと温かい、2月快晴の日曜日。今日はこれから、東京都立の小金井公園に行こうと思います。この公園の敷地内には、歴史的に貴重な建築物が数多く移築・保存されている野外博物館、江戸東京たてもの園があって、今日はそこをぶらぶら散歩しようというプランなんです。

 ・・・って事で今日は、JR中央線の東小金井駅北口からスタート。





駅前からまっすぐ伸びる道を進む
 駅前からまっすぐ伸びる道を進む

 小金井公園へのアクセスは、ここ東小金井駅やお隣の武蔵小金井駅、西武新宿線の花小金井駅などから路線バスを利用するのが便利なんだけど、今日は陽気も良いし歩いて目的地まで行くのも散歩のうちってワケで、少々時間は掛かるんですが、バスには乗車せずのんびり歩いて行く事にします。

 先ずは、駅前ロータリーから真っ直ぐと正面に延びる通りを進みましょう。





梶野通りと月桂樹
 梶野通りと月桂樹

 この辺りの住所は東京都武蔵野市梶野町。そしてその梶野町を貫くこの通りは梶野通りです。駅前からおよそ1km余り続くこの通りの歩道と車道の境界部分には、所々に月桂樹が植樹されていました。





梶野橋を左折
 梶野橋を左折

 梶野通りの終点はこの梶野橋。そして橋の下には玉川上水が流れます。橋を渡ったら、その先のT字路で五日市街道と交差する梶野橋交差点を左折して、玉川上水沿いに歩いて行きましょう。





遊歩道を進む
 玉川上水緑道を進む

 左手の玉川上水と右手の五日市街道に挟まれて、遊歩道が伸びています。これは玉川上水緑道

 この玉川上水の歴史は古く、着工は1653年。多摩川の水を江戸市中へ飲料水として供給する目的で、江戸幕府の計画によって進められました。そして、現在の東京都羽村市から新宿区四谷までの、およそ43kmにも亘る水路の開削・引水工事を、たった1年足らずで完成させたんです。





玉川上水
 玉川上水

 43kmの全区間の高低差は僅か92mで、100mあたり21cm。しかも途中には水が浸み込み易い浸透性の高い土地があったりしたので、引水工事は困難を極めたにも拘らず、短期間で難工事を成し遂げました。その功績から、工事を請け負い指揮を執った圧右衛門・清右衛門の玉川兄弟は名字帯刀を許されて玉川姓を名乗り、上水管理の役目を与えられたのでした。

 しかしながら、玉川家に世襲を認められたこの上水役ではありましたが、その後継ぎが不正を行い、1739年に御役御免で職を剥奪されてしまうというオチもあったりします。





五日市街道の向こうには小金井公園が
 右手に小金井公園が見えて来た

 玉川上水緑道を700m余り歩いて行くと、五日市街道を隔てた右手に東京都立小金井公園の入口が見えて来ました。





小金井公園 正門口
 小金井公園 正門口

 五日市街道を渡って、小金井公園の正門口から公園内へと入って行く事にします。





こどもの広場
 こどもの広場

 小金井公園の開園面積は80万平方メートル余り。東京ドームが17個も入るくらいの広大な都市公園で、昭和29年の開園です。



丘を登ってみると
 丘を登ってみると

 こんもりと盛り上がった丘がありました。階段を上って頂上へ。



ソリゲレンデがありました
 ソリゲレンデがありました

 小高い丘を登ると、眺めの良い頂上にはソリゲレンデが。結構急斜面だけど、小さな子供達も勢い良く滑り降りて行きます。





サイクリングセンター
 サイクリングセンター

 サイクリングセンターでは、自転車とヘルメットをレンタル出来ます。補助輪付きは1時間100円で、補助輪なしは1時間210円也。ヘルメットのレンタル料はサービスです。




サイクリングコース
 サイクリングコース

 サイクリング場には普通コース・初心者コースの他、幼児の練習場なんかもあったりします。コースの景色は上々。今日は乗らないけど、走ると結構気持ちよさそうなコースでありました。




みんな大道芸に見入っています
 みんな大道芸に見入っています

 この広場では、ヘブンアーチストが大道芸を披露中。ヘブンアーチストとは、東京都が実施する審査会に合格してライセンスを獲得したパフォーマーのこと。ヘブンアーチストには、東京都内の公園や施設内で活動の場が提供されるんです。





スケートボード場
 スケートボード場

 こちらはスケートボードの練習場。ワタシ如きには到底真似できない(そもそもスケボーなんて出来ないしやった事もないんですケド)高度で激しい技を、何度も何度も繰り返している人もいます。

 思えば、以前は若者のちょっとスポーティなアソビ的に思われがちだったスケボーではありますが、2020東京オリンピックの競技種目になって、更に日本選手の活躍もあり、広くスポーツとしての人気や認知度が急上昇したように思います。





江戸東京たてもの園 ビジターセンター
 江戸東京たてもの園 ビジターセンター

 さてさて、いよいよここからが本日のメインイベント。タイムマシーンに乗って、江戸時代や明治・大正・昭和の街並みを散歩しようと思います。

 ・・・という訳で、公園の西側端に位置する野外博物館、江戸東京たてもの園の正面出入口にあたるビジターセンターの前にやって来ました。実はこのビジターセンターの建物自体、昭和15年に皇居内に建てられた式殿を移築したものなんです。ビジターセンターを抜けて園内へ。観覧料、一般400円。




田園調布・大川邸(大正14年建築)
田園調布・大川邸(大正14年建築) 

 小金井公園の敷地の、およそ十分の一弱のスペースを利用して運営されているこの野外博物館。取材時現在30棟もの江戸東京の歴史的建造物が、ここに移築・展示されています。



大川邸・邸内
 大川邸・邸内

 そして殆どの展示物で、この様に中まで入って見て廻る事が出来るんです。





常盤台写真場(昭和12年建築)
 常盤台写真場(昭和12年建築)

 この野外博物館の歴史はまだそれ程古くなく、開園は平成5年。建てられていた元の場所では保存不可能な歴史的建造物をここに移築して、文化遺産として継承させてゆくという趣旨のもと、東京都がこの地に開設したのでした。





下町の路地裏
 下町の路地裏

 園内は三つのゾーンに区分けされています。西ゾーンには山の手の住宅や郊外の農家が、センターゾーンには歴史的に価値の高い建造物が、そして東ゾーンには下町の風景が再現されているんです。





デ・ラレンデ邸(明治43年頃)
 デ・ラレンデ邸(明治43年頃建築)

 西ゾーンの、山の手の町並みの中にあるこの洋館は、ドイツ人建築家デ・ラレンデ氏の自邸だった建物なんだけど、現在邸内ではレストランが営業中。なんとテラスでも食事が出来ちゃうんです。



下町中通りの町並み
 下町中通りの町並み

 自分的には東ゾーンの、この下町の街並みを歩いているのが、やっぱり一番シックリくるんだよね。子供の頃のことが、色々と思い出されてきちゃいます。


乾物屋・大和屋本店の店内
 乾物屋・大和屋本店の店内

 これは昭和3年に建てられた、乾物屋の店舗の店頭です。スルメに昆布に煮干しに玉子。店頭の商品まで、ちゃーんと再現されてます。





万徳旅館(江戸期末~明治初期)
 万徳旅館(江戸末期~明治初期頃建築)

 東京多摩の青梅で営業していたこの旅館。古いチャリンコを店先に駐輪させているとこなんか、芸が細かい





子宝湯(昭和4年建築)
 子宝湯(昭和4年建築)

 江戸東京たてもの園の展示建築物の中でも、東京都足立区にあった子宝湯というこの銭湯は結構シンボリックな建物。いろんな媒体でこの施設が紹介されるとき、比較的この建物が使われることが多いような気がします。





子宝湯 脱衣所
 子宝湯 脱衣所

 この銭湯の建物が、ジブリアニメ「千と千尋の神隠し」の油屋のモデルだったって事は割とよく聞く話なんですが、この子宝湯以外にも油屋モデル説を唱える建物や施設は全国各地に色々あって、中には「がせ」もあるみたいだけど、複数の実在の建物を混ぜ合わせてイメージしたっていうのが本当のところらしい。因みにこの子宝湯が油屋のモデルの一つである事は、スタジオジブリが公に認めています。





農家・天明家(江戸後期頃建築)
 農家・天明家(江戸後期頃建築)

 こちらは現在の東京都大田区にあった旧家、天明(てんみょう)家。江戸時代に重職を務めた豪農の住居です。





天明家 居間と広間
 天明家 居間と広間

 母屋内には土間のほか居間・広間や書院など9つもの部屋がある他、庭園も設けられた格式の高い建物です。





天明家 長屋門
 天明家 長屋門

 特筆すべきはこの立派な長屋門。長屋門とは、扉口の両側に部屋を付けた大きな門で、元々は武家屋敷に造られていたものでした。





長屋門の座敷
 長屋門の座敷

 天明家のこの長屋門には片側に座敷、もう片方に番所が設けられていて、10畳の座敷には物置や縁側も造られています。もし自分がこの門に住み着いたとしても、とっても快適に暮らしていけそう。





伊達家の門(大正期建築)
 伊達家の門(大正期建築)

 こちらは戦前の華族、旧宇和島藩伊達家の東京の邸に、大正時代になって建てられた門。こういった貴族の邸にあった門と比べても、天明家の長屋門は見劣りしません。





ボンネットバス
 ボンネットバス

 園内には建物以外にも、興味深いものが色々と展示されています。このボンネットバスは昭和43年のいすゞ車製で、以前は園内で実際に運転されていたんですが、現在は引退して展示のみとなっています。





都電7500形
 都電7500形

 一方こちらは昭和37に製造された都電の車両。都内の新橋と神田間で、実際に運行されていた車両です。





都電車両内
 都電車両内

 この都電は車両内に入る事も出来るので、シートに座ってひと休み。

 小さい頃にはこの都電車両に乗ってはよく出掛けた覚えがあるので、とっても懐かしい。当時はワンマン形式ではなく、運転手と車掌の2名が乗務していて、車掌さんが車内に設けられた紐を引っ張ってはチンチンとよく鳴らしていたので、ちんちん電車と呼ばれてました。





武蔵野の道
 武蔵野の道

 今日はこうやって、昔の東京の山の手や下町や郊外を、古い建物を眺めながら散歩して歩いている訳なんですが、園内に再現されているのは街並みだけでなく、武蔵野の面影が残る雑木林の中を貫く散歩道もあったりします。





高橋是清邸(明治35年建築)
 高橋是清邸(明治35年建築)

 この野外博物館の中でも、特に必見の展示物がこの建物。明治から昭和にかけて銀行家や政治家として活躍し、首相・蔵相などを歴任した高橋是清(1854-1936) の赤坂にあった私邸

 若い頃に苦学したのち教師を務めたり、その反面放蕩の限りを尽くしたり、騙されてアメリカで奴隷同然に身売りされたりと、突出した能力や判断力と共に、豪快で大胆で、人間味溢れる性格を併せ持った人物でした。





2階寝室
 2階寝室

 政治家として、特に蔵相としては金融恐慌や世界恐慌にも上手く立ち回った事で、その手腕は現在でも高く評価されていますが、当時の軍部の一部と対立した事から、昭和11年に起こった二.二六事件のターゲットとなり、襲撃によって死亡したり重傷を負った5人の犠牲者の中でも唯一、軍人関係ではない文民として、最高齢の81歳で惨殺されたのでした。

 画像のこの部屋は事件現場となった2階の寝室で、今でも見学が可能です。





梅林を抜けて
 梅林を抜けて

 江戸東京たてもの園では、いにしえの街並み散歩を十分に満喫する事が出来ました。見どころたっぷりの野外博物館をあとにして、隣接する梅林へ。今は2月の中旬。ちょうど見頃の梅でも眺めつつ、小金井公園の出入口へと向かいましょう。





上水桜通り沿いの停留所
 上水桜通り沿いの停留所

 ここへ来る時には、東小金井駅から散歩がてら歩いて来たんだけど、帰りは路線バスを利用しようと思います。既述のようにアクセスは幾つかある中で、今日は小金井市のコミュニティバス、CoCoバスを利用する事に。小金井公園を出たら、玉川上水を隔てた向い側を通る上水桜通り沿いの、たてもの園入口停留所から乗車。





武蔵小金井駅 北口
 武蔵小金井駅 北口

 乗車およそ15分ほどで、JR中央線の武蔵小金井駅北口に到着です。









★交通 JR中央線 東小金井駅下車
★歩行距離 約 6.0 km



周辺地図
Google マップ







 インデックス
インデックス
 ホーム
ホーム