谷中・湯島 昭和発見!

2007年10月




JR西日暮里駅前  JRの西日暮里駅には改札口は一つだけ。改札を抜けて駅を出たら、頭の上は山手線や京浜東北線が走ります。目の前の通りを左方向へ進み、ガード下を抜けましょう。
JR西日暮里駅前ガード下


 通りを隔てた向こう側には、名門進学校の開成学園の校門が見えます。 開成学園
開成学園


よみせ通りへ  そのまま歩いて行くとやがて不忍通りに突き当りますがそこまで行かず、そのひとつ手前の、信号のある十字路を左へ。
よみせ通りへ


 よみせ通りと呼ばれる商店街に入りました。延命地蔵尊を右手に眺めながら先へ進みましょう。 延命地蔵
延命地蔵


谷中銀座入口  少し先の左側に谷中銀座の入口ゲートが見えて来るので、これをくぐります。
谷中銀座入口


 谷中銀座は、下町風情の残る人情味あふれる商店街。そしてこの辺りから先は、たくさんの昭和の面影を発見することが出来ます。 谷中銀座
谷中銀座




昭和発見




夕やけだんだん  谷中銀座の終点はこの階段。夕やけだんだんと言うそうです。いちばん上まで登って眺めると美しい夕焼けが見えるので、この名が付いたとか。
夕やけだんだん


 しかし今ではご覧のとおり、正面は高層ビルだらけ。とても夕日が美しく見えるロケーションではなさそうです。 夕やけだんだん
夕やけだんだん




昭和発見




横断歩道を右へ  夕やけだんだんを登りきったすぐ先に最初の横断歩道が見えたら、石材店の角の道を右へ入って行きましょう。
横断歩道を右へ




昭和発見




 100mほど歩いた先の左側にあるのは朝倉彫塑館(あさくらちょうそかん)。彫刻家、朝倉文夫(1883〜1964)の記念館です。入館大人400円。 朝倉彫塑館
朝倉彫塑館


和式住宅部分  運良く戦災から免れたこの建物は、朝倉文夫自身が設計したアトリエ兼住宅で、実際に56年の間居住していた家です。
和式住宅部分


 和式洋式が合体したこの建物は幾度となく増改築が繰り返されて、現在保存公開されているのは昭和の初期に建てられたものになります。 洋式屋上部分
洋式屋上部分


日本庭園  中庭は湧水を利用した日本庭園で、こちらも朝倉文夫自身の設計。
日本庭園


 この記念館は建物の内部を一般公開している他、朝倉文夫の作品も館内に多数公開されています。ですが、残念ながらこちらは撮影禁止。 記念館入口の作品
記念館入口にある作品


屋上にあった肖像  仕方がないので、建物外部の所々に設置されていた作品を撮影してきました。朝倉文夫ミニミニギャラリーのはじまりーっ。
屋上にあった肖像


 この作品は、屋上の塀の上にむこう側を向かせて設置されていたもので、普通の状態では背中しか見る事が出来ない、謎の?作品です。 こちらも屋上にあった作品
こちらも屋上にあった作品


屋根の上にあった作品  係の方にお聞きしたところ、このブロンズ像は大正10年制作のものだそうで、足元の屋根は大正12年にアトリエとして造られた建物の屋根です。
屋根の上にあった作品


 見どころたくさんで名残惜しいのですが、この辺で朝倉彫塑館をあとにして、来た道を更に先へと進んで行きましょう。

 150m程歩いた先の右側の路地に入ると、黒い瓦が連なった長い塀を発見。観音寺の築地塀です。
路地の奥には・・・
路地の奥には・・・


築地塀  ここは結構ガイドブックなどでも取り上げられていて、見かけは地味でもメジャーなスポット。粘土で瓦を幾重にも積み重ねて造った土塀で、江戸末期のものだとか。
観音寺築地塀




昭和発見




 朝倉彫塑館の前の通りをそのまま歩いて行くと、やがて信号機のある十字路になるので、これを左方向の広い道に入ります。 信号機のある十字路を左へ
信号機のある十字路を左へ


上野桜木  道なりに進むとすぐに、「上野桜木」の表示がある信号機が見えるので、ここを左へ。
上野桜木


 すぐ左にあるのは旧吉田屋酒店。明治43年、谷中に建築された建物です。 旧吉田屋酒店
旧吉田屋酒店


旧吉田屋酒店内部  その後、昭和62年に現在の場所へ移築保存され、一般に公開されています。
旧吉田屋酒店内部


 中に入るとご覧のとおり、当時の店内の様子をそのまま再現しています。 旧吉田屋酒店内部
旧吉田屋酒店内部


前の通りは言問通り  建物を出たら、目の前を走る言問通りを右方向へと歩いて行きましょう。
目の前の通りは言問通り




昭和発見




 言問通りから前方を望むとやがて下り坂になり、谷間を過ぎると上り坂になって、その先、こちら側と同じ高さの位置にはビル群が認められます。起伏が多い東部武蔵野台地ならではの眺めです。

 それではこちらの上野台地から、あちらの本郷台地へと向かう事にしましょう。
言問通り
言問通り


弥生土器発掘の碑の先を左へ  坂を下って「谷底」をはしる不忍通りを横断、こんどは坂を上ります。左側に弥生式土器発掘の碑を眺め、そのすぐ先の信号を左へ。
土器発掘の碑の先を左へ


 150mほど歩いた右側には東京大学の弥生門があります。そして道をはさんだ左側にあるのは弥生美術館です。 東京大学弥生門
東京大学弥生門


弥生美術館  ここには大正から昭和にかけて活躍した挿絵画家、高畠華宵の作品が展示されていて、入館は隣接する竹久夢二美術館と2館共通で800円。
弥生美術館


 絵画で昭和を満喫したら弥生美術館を後にして、目の前の通りをさらに進んで行きましょう。

 しばらく歩くと通りの右側に、義経伝説に纏わる井戸を発見。
右側は東大キャンパス
通りの右側は東大キャンパス


弁慶鏡ヶ井戸  案内板に依ると、その昔源義経一行が奥州へ逃避行の途中この場所を通り、同行した弁慶がこの井戸を見つけたとか。
弁慶鏡ヶ井戸


 弁慶の井戸を過ぎるとすぐ、塀に囲まれた緑が目に入ってきます。塀の向こうは旧三菱財閥岩崎家の本邸跡です。入館料大人400円を支払って中へ。 旧岩崎邸
塀の向こうは旧岩崎邸


岩崎邸内洋館  敷地内に保存公開されている、イギリス人建築家ジョサイア・コンドル設計の有名な洋館は、ご覧の様に外壁塗り替え工事中でした。残念。
旧岩崎邸内洋館


 工事は平成20年3月まで続くそうで、イギリスルネッサンス様式の美しい洋館の全身を見る事が出来ない代わりに、この期間の入館者にはご覧の様な絵葉書を配っていました。 絵葉書をくれました!
絵葉書をくれました!


洋館内のサンルーム  明治29年の竣工になる洋館の全体は眺める事が出来なくても建物内部には入れるので、工事中でもこちらはバッチリ見学することが出来ました。
洋館内のサンルーム


 広大な敷地内には、洋館に隣接して和館も造られています。 旧岩崎邸和館
旧岩崎邸和館


どこから見ても工事中。残念!  この邸宅を造り実際に居住していたのは、旧三菱財閥の創始者である岩崎弥太郎の長男にして、三菱社の3代目社長、岩崎久弥でした。
どこから見ても工事中。残念!


 敷地内にある撞球室は、洋館などと共に重要文化財に指定されています。

 広い芝生の庭でゆっくりした後は、岩崎邸を出て左へ、来た道を少し戻ります。
撞球室 (ビリヤードルーム)
撞球室 (ビリヤードルーム)


無縁坂  すぐに十字路があるのでこれを左折し、岩崎邸の塀沿いに坂道を上りましょう。因みにこの坂はさだまさしの歌のモデルにもなった、♪ しのぶしのばずぅー 無縁坂
無縁坂


 無縁坂を上り切ったあとは東京大学付属病院を右に見ながら、曲がりくねった道を病院の塀沿いに歩いて行きます。 右側は東大病院
右側は東大病院


前方は春日通り  やがて広い春日通りに突き当ります。ここは右へ。
前方は春日通り


 そして間もなく、通り沿いにある地下鉄の本郷三丁目駅入り口に到着です。 本郷三丁目駅入り口
本郷三丁目駅入り口








★交通 JR線、または東京メトロ西日暮里駅下車。
★歩行距離 約 5.5 km


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