横須賀と軍港クルーズ

(陸の散歩編)






ヴェルニー公園  軍港クルーズ発着所のすぐ隣はヴェルニー公園。横須賀本港を見晴らす事が出来る、海沿いの公園です。
ヴェルニー公園


 公園の名前の由来は、レオンス・ヴェルニー。幕末、徳川幕府に協力してこの横須賀で造船所(横須賀製鉄所)の建設を監督するなど、日本の近代化に貢献したフランス人の造船技師です。 ヴェルニー公園より横須賀本港を望む
ヴェルニー公園より横須賀本港を望む


記念石碑の行列  なにやら石碑が五つも並んでいます。左からそれぞれ軍艦山城之碑、國威顕彰碑、軍艦長門碑、軍艦沖島の碑、正岡子規の文学碑となっていますが、これだけ集まっているとありがたみも薄れると言うか・・・・・。
記念石碑の行列


 更にダメ押しで、そのすぐ近くに海軍の碑と言うのもありました。 海軍の碑
海軍の碑


フランソワ・レオンス・ヴェルニー  レオンス・ベルニー (1837〜1908) の像を見つけました。案内板によるとヴェルニーは、灯台の建設やレンガ製造、技術学校の設立で日本人技師を養成するなど、造船以外にも日本に多くの貢献をした人物です。
フランソワ・レオンス・ヴェルニー


 ヴェルニー像の隣に並んでいるのは小栗上野介忠順 (おぐりこうずけのすけただまさ 1827〜1868) の像。幕府に於いては外国奉行、勘定奉行、遣米使節など重要な役割を担った人物で、横須賀製鉄所の建設を推進して、ヴェルニーをその監督に任命しました。 小栗上野介忠順
小栗上野介忠順


記念石  小栗は幕府内では官軍に対してあくまで抗戦を唱える主戦派だったため、その後官軍に捕らえられて斬首されてしまいます。小栗像の傍らにあるこの記念石は、彼が斬首された上野国権田村(現 群馬県)を流れる烏川の河原にあった石だとか。
記念石


 この建物は、旧横須賀軍港逸見門の衛兵詰所です。明治末から大正初期の建築物と推定されています。 逸見波止場衛門跡
逸見波止場衛門跡


ヴェルニー記念館  こちらは入館無料のヴェルニー記念館。国の重文に指定されている国内最古のスチームハンマーなどが展示されていますが、今日は休館日だったために残念ながら未見。
ヴェルニー記念館







薔薇と潜水艦
薔薇と潜水艦!


 園内のバラ園にはまだ秋バラが咲いていました。と言う訳で思わずカメラを向けたところ、背後に写り込んだナゾの黒い物体・・・・。







 公園内をゆっくりとひと回りして戻って来ました。この辺でヴェルニー公園と横須賀の港をあとにして、先へと進んで行きましょう。 横須賀港とヴェルニー公園
横須賀港とヴェルニー公園


歩道橋まで戻る  公園を出て、国道16号線を右手に眺めながら歩道を歩いて行くと間もなく、来る時にも渡った歩道橋のところへ戻って来ます。
歩道橋まで戻る


 歩道橋で国道16号線の広い車道を越えて、道の向こう側へ。こんどは国道を左手に眺めながら歩道を進みましょう。 歩道橋を渡る
歩道橋を渡る


ひとつ目の角を右へ  歩道橋のすぐ先にひとつ目の信号機が見えたら、国道から右へ分かれる道に入って行きます。
ひとつ目の角を右へ


 すぐにT字路の突き当りになるので、ここは左折。 突き当りを左へ
突き当りを左へ


どぶ板通り  すると目の前に商店街が現れました。・・・が、しかし、普通の商店街とは少し感じが違います。何だろう? 米人らしき外国人をたくさん見かけ、横文字もやたらと目につきます。
どぶ板通り


 ここは通称どぶ板通り。米軍基地の近くと言う事もあって外人バーや、写真の様な軍用品の専門店なども多数軒を連ねる、アメリカンとジャパニーズがミックスされた商店街です。 ミリタリーショップの店先で
ミリタリーショップの店先で


アメリカンパブ  むかしこの辺りには大きなドブ川が流れていて、人々が生活をしてゆく上でとても不便でした。そのため、その上を厚い鉄板で塞いでいた事が、このどぶ板通りと言う名前の由来になりました。
アメリカンパブ


 そんなどぶ板通り沿いで、純和風の建築物を発見。これは延命地蔵尊のお堂です。堂内にはたくさんの地蔵尊が祀られています。 延命地蔵尊
延命地蔵尊


延命地蔵尊  案内板によれば、江戸時代の1841年に刊行された書物にも、既にこの地蔵尊の説明が記されているとか。
延命地蔵尊堂内


 横須賀と言えばこれ、ヨコスカジャンパー。略してスカジャン。そしてやっぱりありました、スカジャン専門店。スカジャンとは、サテンなどの光沢のある生地に、東洋風で派手なデザインの刺繍が施されたジャンパーの事で、ここ横須賀が発祥の地です。 ヨコスカジャンパー
横須賀名物スカジャン


手形レリーフ  どぶ板通りの所々には、横須賀に縁の深い著名人の手形レリーフが埋め込まれています。探して歩くのも結構楽しい。
手形レリーフ (阿木燿子)


 全長300m程になるどぶ板通りのメインストリートを、ウインドウショッピングを楽しみながらブラブラと歩いてくるとT字路に突き当たりました。ここは右へ。この先も道の両脇の歩道には店舗が続きますが、こちらの方は大滝商店街という普通の日本の商店街です。 つき当たりを右へ
つき当たりを右へ


三笠ビル商店街  やがて商店街は、長さ180m程ある大きなビルの中へ入って行きます。この屋内商店街は三笠ビル商店街。名前の由来は、この近くにある三笠公園に保存されている戦艦三笠です。ビルの長さも戦艦三笠とほぼ同じくらい。
三笠ビル商店街


 この建物自体は昭和34年に建てられたものですが商店街としてはそれ以前からあって、命名したのは明治〜昭和期の旧日本海軍の軍人で、軍令トップの軍令部長なども務めた加藤寛治。 三笠ビル内
三笠ビル内







豊川稲荷参道
豊川稲荷参道


 三笠ビル内を中ほどまで歩いてくると右手に靴屋さんがありますが、ここの床には「参道」の文字が・・・! どうも店舗奥の正面に見える透き通った扉を開くと、いったん表に出られるようです。ちょっと興味をそそられるので、そのまま進んで行く事に。







石段を登る  扉を開けるとすぐ、目前には大勝利山と呼ばれている小高い山(丘)の頂へと至る、急な石段がありました。
石段を登る


 200段近くありそうな石段を上って行くと、寺院が現れます。ここは豊川山徳寿院。愛知県にある豊川稲荷の横須賀別院です。 豊川山徳寿院
豊川山徳寿院







徳寿院境内からの眺め
徳寿院境内からの眺め


 境内からは、横須賀の市街や横須賀港を見渡す事が出来ます。ちょっと疲れたのでこの辺でしばし、モモエちゃんの歌でも口ずさみながら小休止する事にしましょう。

 ♪ これっきりこれっきり もぅおー
     これっきりぃーですかぁー ・・・♪ (ーー;)







 徳寿院をあとにして急傾斜の石段を下りて来ると、さっきの靴屋さんの透き通った扉の所に戻ってきました。この先は再び三笠ビル内を歩いて行きます。しかしこうして見ると、さすがに昭和34年建築のビル。時代が感じられます。 三笠ビルに戻る
三笠ビルに戻る


三笠ビルを抜けても続く商店街  三笠ビルを抜けても、商店街は途切れずに続いています。通り沿いをそのまま進みましょう。
三笠ビルを抜けて


 歩道に設けられたベンチには、こんな人が動きもせずにじっと座っていました。きっとこれからも座り続けているんでしょう。 通り沿いのベンチ
通り沿いのベンチで


横須賀中央駅前  三笠ビルを抜けて間もなく、京浜急行の横須賀中央駅前に到着です。
横須賀中央駅前








★交通 ・鉄道 京浜急行汐入駅下車


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