鼓と不断桜にまつわるお話。
南北朝時代、(今の津市)安濃津の領主、結城宗広の侍女に松尾という
鼓の名手がいた。松尾の打つ鼓は妙なる音を奏で聞く人を酔いしれさせる
ことこの上なく、鼓の好きな宗広は事あるごとに松尾に鼓を打たせていた。
結城家に伝わる家宝に誰がどのように打っても音の鳴らない鼓があった。
ある日宗広は、次の桜の宴でその鼓を鳴らすように松尾に申しつけた。
松尾は来る日も来る日も、その鼓を打ちつづけたが一度として鳴ることは
なく、桜の宴でもついに鳴らすことはできなかった・・・。
宴席を台無しにされたことを怒り、宗広は松尾を手打ちにしようとしたが
家臣の忠親の”松尾に必ず鼓をならさせる”との懇願により、今一度の
機会を与えることとなった。松尾は休むことなく鼓を打ち続ける・・・。
しかし、どのように打っても鼓はなることがない・・・
忠親は海の竜神に”自分の命と引き換えに鼓をならさせて下さい。”
と、昼夜を問わず、一心不乱に祈り続けた・・・・・。
祈りが届いたのだろうか・・・鼓を披露する日、この世のものと思えないような
鼓の音が響きわたった。宗広は”さすが日本一の鼓の名手”と褒め称えた。
これが縁で、忠親と松尾は結ばれやがて一子をもうけることとなる。
ある日宗広の命で忠親が船出することとなったが、忠親は白子(しろこ)の浜で
帰らぬ人となった・・・竜神との約束がはたされたのだろうか・・・・・・。
松尾は忠親がなくなったことを聞き、気づくと子供を抱き白子の浜の海岸に
立ち尽くしていた・・・そしてやがて海に向かい歩き出していった・・・・・・・・。
数日後、白衣観音を背負った赤ん坊が海岸にたどりつき、村人はお堂を建て
白衣観音を奉り、赤ん坊は村人の手で大事に育てられることとなった。
いつしかそのお堂のそばには、年中花を咲かせる桜が育っていた。忠親と松尾の
心を受け継ぎ、赤ん坊を見守るためにずっと咲いているのだろうか・・・・・・。
その桜は白衣観音とともにたどりついた苗木が育ったものともいわれています。
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