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「やあ、おはよう。」 「今からいつもの場所へ食べ物を調達しに行くけど、君も一緒に行かないかい?」 「どうしようかな……」 「ねえ、そこには君以外に誰か来るのかい?」 「いいや、僕だけだよ。誰も知らない、僕だけが知っている秘密の場所さ。」 「そんな場所があるのかい?」 「それじゃあ、お言葉に甘えて一緒に行こうかな。最近、食事ができる場所が限られてきているせいか、競争が激しくてさ。ろくに食べ物を口にしていなかったから、おかげで体がスリムなってしまったよ。」 「きっと君が満足するぐらい腹一杯にご馳走が食べられるぜ。」 「そりゃあ楽しみだ。」 「それじゃあ、早速秘密の場所へ行こうか。」 家のすぐ近くで二羽のカラスの鳴き声が聞こえた。 俺には昇り始めている太陽に向けられて鳴いているように聞こえた。 ニワトリが朝日を迎え、今日という新しい一日の始まりを祝福するように。 きっと、このカラスたちも今日という日が始まるのを喜んでいるのかもしれない。 「神様、今日も新しい一日をありがとう」と。 こんな古い話を小さい頃、父方の祖母から聞かされたことがある。 祖母と庭で一緒に遊んでいると、 「優一。どうして、あのカラスがあんなに真っ黒なのか知っているかい?」 祖母が青空の中を飛んでいるカラスに指を指しながら、こんな質問をしてきた。 「知らないよ。」と僕は答えた。 カラスが黒いのは知っている。 理由なんてない。 目に見えるモノが黒いから黒いと認識するだけだ。 カラスの色を誰に聞いたって「黒」と答えるに決まっている。 でも、カラスがどうしてあんなにも真っ黒なのかなんて知らない。 僕の知らない事をわざわざ聞いてくるのだから、きっと祖母ならその理由を知っているはずだ。 「おばあちゃんは知っているの?」と僕は聞いてみた。 「ああ、知っているとも。優一はどうしてか知りたいかい?」 「うん。」 「教えてよ、おばあちゃん。僕、どうしてか知りたいよ。」 祖母は僕がどう答えるかを知っているかのようにニコニコした表情で、 「それじゃあ、お話しをしてあげるからこっちにおいで。」 祖母は縁側に座りながら、僕に手招きをした。 僕は急いで縁側によじ登り、祖母の横に座った。 「おばあちゃん、いいよ。早くお話しして。」 僕は祖母の服を引っ張りながら言った。 「そんなに急かさないのさ。今から話してあげるから。」 祖母は少し困った様な、それでいて嬉しそうな顔をしながら僕の引っ張る手にそっと触れた。 「いいかい? むかし、むかし在る所に……」 その話は昔話によくあるおきまりの冒頭で始まった。 遠い昔、天界には神様の使いとして働く一羽のカラスがいました。 そのカラスは現代のカラスと違って真っ白でした。 シミ一つない、それはそれは綺麗な白でした。 日本では白い生き物というのは昔から神の使いとして崇められています。 そのカラスは悪戯がとても大好きで、いつも神様から怒られていました。 いくら怒っても態度を変えないカラスに神様は日々、我慢をしていました。 しかし、心の広い神様でも我慢は限界に近づいていました。 そんなある日、神様はカラスを呼びました。 「カラスよ。これから下界へ行き、困った人がいないかどうか確かめてきてくれ。もし困った人がいたらお前が助けてやってくれ。私はいろいろと忙しい身なのでな。」 「困った人がいたら…ですね。わかりました。」 カラスは面倒くさそうに返事をしました。 「最近、お前の悪戯は度が過ぎている。これから向かう下界では、絶対に悪戯をしてはならぬぞ。」 「もし私との約束を破ることがあれば、それなりの罰を受けてもらう。肝に銘じておけ。」 神様は強い口調で言いました。 「わかりました。下界では絶対に悪戯はしません。」 「それでは下界へ行って参ります。」 そう言うと、カラスは白く綺麗な翼を広げ下界へと飛び立っていきました。 下界へ着いたカラスは神様がいないことをいいことに、困った人を見かけても助けようともせず、逆に悪戯ばかりをして下界の人たちを困らせていました。 しかし、天界ではその下界の様子を神様は見ていました。 カラスの悪戯に、とうとう神様の怒りは頂点に達してしまいました。 そうとも知らずカラスは神様との約束を破り、下界でいたずらをし続けました。 気分良く天界へ戻ってきたカラスに神様はこう問いかけました。 「カラスよ。下界で困った人たちを約束通り助けてきたのだろうな?」 「ええ、もちろんですよ。きちんと困っている人たちを助けてきました。」 「困っている人を助けるというのは、実に気持ちがいいですね。」 カラスは平然と嘘をつきました。 カラスの答えに神様は激怒しました。 「嘘をついてはならん。お前は随分と下界で悪さをしたようだな。」 「困った人を助けず悪さをし、人を困らせ面白がっていたな。」 カラスは思いもよらない神様の言葉に驚きを隠せませんでした。 「何を驚いている。私が知らないとでも思ったのか。」 「お前が下界へ向かったあと、何か悪さをするのではないかと思って、ずっと下界の様子を監視していたのだ。」 カラスは何も言えませんでした。 下界での悪戯を全て神様は知っているからです。 「お前には約束どおり罰を受けてもらう。」 神様は右手の人差し指をカラスへと向けました。 指先からは青白い光が放たれ、カラスの体をその光が包み込みました。 すると、白いきれいな翼はみるみるうちに黒くなっていきました。 翼だけでなく頭や尾、くちばしまでもが黒く染まってしまいました。 すっかり黒くなってしまったカラスは翼を広げながら自分の体を哀しそうに眺めていました。 「お前のようなやつは、汚らしい黒がお似合いだ。」 神様は皮肉そうに言いました。 「汚れた色をしているお前はここで暮らしてはならん。しばらく下界で自分がしてきたことに反省し、心を入れ替えよ。」 そう言うと神様はカラスが天界に戻って来られないように呪文をかけ、下界へと落としました。 それから現在に至るまで、カラスは汚い黒に身を纏いながら下界で暮らしているのです。 そういうカラスにまつわる話だった。 その話を聞いて、まだ子どもだった俺は神様の存在を信じてしまった。 神様は雲の上に住んでいて、今も神様は俺たちがいる下界を監視しているんじゃないか、悪いことをしたらカラスのように罰を与えられてしまうんじゃないか。 そう思い込んでしまった。 それからというもの、悪いことは一つもしていないつもりだ。 友達と悪戯をしなくなったし、人を困らせるようなことはしてこなかった。 それなのに… どうして… どうして神様は俺に… |