月 明 か り に 舞 う 桜

第一章 「彼女との出会い、これって運命?」


目が覚めると、目の前にあるパソコンのスクリーンが視界に映った。
確か昨日の夜、出会い系サイトで知り合った女性もしくは、ネカマ(ネット上で女性を装い、女言葉を巧みに操る男性のことだ。彼らは騙していることに何かしら優越感を感じ、騙されている男性の反応を見て楽しんでいるらしい)と世間話をしながらチャットのやりとりをしていた記憶がある。
しかし、楽しかったはずのその画面には何もなかったかのように真っ暗だった。
それもそのはず、今のパソコンは一定の時間放置しておくと、省エネのため自動的に画面が消える状態になり、ボタンひとつ押すだけで再び画面が現れる仕組みになっているのだ。
なんて俺より優れているのだろう。
そういう俺も授業中、寝不足の時は自動的に省エネモードに切り替え、机に突っ伏して寝てたりする。
まあ、色んな機能を持つコンピューターより出来る人間なんてこの地球上でごく僅かだと思うのだが。

午後10時頃、俺はバイトから帰って来て、寝るまでの時間潰しにと思いインターネットをしていた。
それがいつの間にか寝てしまっていたようだ。
変な格好で寝てしまっていたものだから、体のあちこちが痛かった。
その痛みを感じながら、俺は役にも立たない脳が半分寝ている状態でパソコンの電源を切った。
この役にも立たない脳が起きるまで、パソコンの画面に映っている自分の顔を眺める。
その顔はどこか魂が抜けかかり、生気を失っているかのようなひどいものだった。

しばらくして首を右、左と回して天井を見上げた。
天井は薄暗く、まるで俺の意識のように靄がかかっていた。
そしてまっすぐ前を向き、遠くの物を見つめて目の焦点を合わせる。
物がはっきりと見えるようになったら、役に立たない脳が起きた証拠だ。
これが俺流の目の覚まし方だ。
時々、首を回した瞬間に「グギッ!」と鈍い音が鳴って首筋に激痛が走ることがあるが、今日は無事に終えることができた。

「今日は何かいい事があるかもしれないな。」

単純な俺はそう思ってしまう。
いつもの儀式を終え、壁に掛かっている時計を見る。
部屋の中はカーテンの隙間から射し込む太陽の明かりだけだった。
時刻はもう午前八時の手前だった。

「今日からまた学校か。」

そう思いながら重い腰を上げ机から離れた。
離れる際に、昨日の夜に淹れた飲み残しのコーヒーを一気に飲み干した。
そのコーヒーは冷たく美味しくはなかったが、乾いた喉を潤すには十分だった。

父親は去年の春から俺と離れて暮らしている。
長年の業績が認められ本社の方への人事異動が命じられたからだ。
電気代や電話代、食費などの生活費は単身赴任中の父親が仕送りしてくれている。
父親は一人息子の俺を置いていくのが心配だったようで、去年の今頃は毎日のように電話をしてきたものだ。
今では月に1度しか電話をしてこないので、嬉しくもあり寂しくもあった。
俺はというと、今まで過ごしてきた家で暮らしている。
この家を離れることによって、友人との関係や母親との思い出までも手放してしまうようで怖かったからだ。
母親は俺が高校へ入学する直前に交通事故で亡くなっている。
医者が言うには大きな外傷はなかったものの、打ち所が悪かったらしい。
その言葉のとおり、霊安室のベッドに寝かされている母親の顔には傷という傷は一つもなかった。
今にも「おはよう」と言いながら、目を開けるのではないかと思ってしまうほどだった。
母親が死んでしばらくの間、俺は母親が「いない」という現実を直視することができなかった。
霊安室や火葬場、葬式でも隣で泣いている父親を見ても涙を流すことはなかった。
死に顔を見ているのにも関わらず、急に玄関を開けて「ただいま」と言って帰ってくるんじゃないかと思っていたほどだった。
春休み中に母親の一回忌の法要が終わってから、ようやく母親が死んで「いない」ということを実感していた。
時折、公園で遊んでいる親子を見ると母親のことを思い出してしまう。

「もう、いい加減ふっきれないとなぁ。」

そういつも自分に言い聞かせるようにしている。

バイトを始めたきっかけだって、ただ母親の事を忘れるために体を動かしたかっただけだった。
バイトは午後十時には閉店してしまう珍しいコンビニで働いている。
店長と店長の奥さんの二人で経営しているので仕方ないのだ。
去年の今頃から長い休みがある度に雇ってもらっている。
ここの店長の奥さんと母親は仲良しだったらしく、俺のお願いを快く引き受けてくれた。
子どもがいない店長と店長の奥さんには息子のように可愛がってもらっている。 一人暮らしをしている俺にとってここでバイトしていて得することは、三つほどある。

一つ目は賞味期限が切れた弁当や惣菜をタダで貰えることだ。
つまり、お金のない俺にとってはありがたい話だ。
たまに店長の奥さんから差し入れをもらったり、晩飯をご馳走してもらったりしている。
あまり料理の得意じゃない俺にとって手料理というのは、どんな物でもご馳走に思えた。
でも大抵は食事に誘われても遠慮して、賞味期限切れの弁当や惣菜で済ますようにしている。
しかし、気を付けなければならないことがある。
それは食中毒だ。
暖かい時期が一番危険で、卵が入っている物や乳製品を食べる時は十分注意を払わなければならない。
去年の夏休み期間にバイトをしていた時の話だが、常温で放置し半日経った親子丼を食べてしまった事がある。
食べている最中は少し酸っぱいような変な味がしたが、気にもせず食べ終えた。
胃に満腹感を覚え満足をしたその数時間後、俺の体に異変が生じた。
なんと突然、強烈な腹痛と便意に襲われたのだ。
だんだんとトイレに行く時間の間隔が短くなっていき、終いにはトイレから出ることさえ出来なくなってしまった。
このとき生まれて初めて、人間の体には日頃どれだけの量の排泄物が溜まっているのか思い知らされた。
ようやく出すものも無くなって安堵に浸っているのも束の間、今度は微熱と吐き気が同時に俺の体へ攻撃してきたのだ。
これには体だけが丈夫で滅多に風邪をひくことのない自慢の俺もTKOされてしまった。
その後は三日間もバイトを休み部屋で身悶えていたのだった。
食べ物は冷蔵するのが一番だという事を思い知らされた。

二つ目は目の保養ができることだ。
グラビアの写真集やアダルトな本を見るよりも、やはり生身の綺麗な女性を見るに限る。
俺好みのタイプの女性を見た日はいろんな意味で調子が良くなる。
夜のオカズに最適だ。
でも一度も若くて綺麗な女性を見ることができなかった日は、俺にとって最悪の一日で終わってしまう。
そんな日は寝る前にお気に入りのグラビアの写真集を眺めることにしている。 一年の中で夏休み期間のバイトが一番楽しかったりする。。
理由は露出が多い女性達が涼しさと避暑を求めて店に入って来るからだ。
女性達の姿はというと、ほとんど下着一枚というような格好をしていたり、汗で下着が透けていたりしている。
そんな女性達を観賞し鼻の下を伸ばしながら楽しく仕事をしている。
決して俺は変態ではない。
男なのだから露出している部分に目がいってしまってもおかしくはない。
むしろ男として正常と言えるだろう。
もし見られるのが嫌ならば、女性達は露出するのを止めればいいのだ。
それでも露出するという事は、俺たち男性諸君に私を見て欲しいという欲望なのだろうか。

三つ目は、いろんな人間を観察することができることだ。
例えば、遅くまで上司に付き合わせられたのか、二日酔いのサラリーマン。
学校の補習を面倒だからといってサボったのか、今風の高校生。
この不景気で運悪くリストラされてしまったのか、いつも求人広告を見ているしわくちゃスーツ姿の中年の男性。
様々な人達が買い物や本を立ち読みするために、この店にやって来るのだ。
今の時代はインターネットの出会い系サイトを使い、バーチャルの世界でいろんな人達と出会うことができる。
しかし、そんな世界は見えない距離で目に見えない人物としか出会うことができない。
それは酷く寂しく機械のような冷たささえ感じられる。
やはり、目に見える距離で目に見える人物と出会うことの方が、人の温もりのようなものを感じることができる。



次へ