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さてと今日は始業式だし、そろそろ学校に行かなければならない。 とりあえず春休み中、クリーニングに出しておいた制服をクローゼットの中から引っ張り出す。 タンスの引き出しの中からは半袖のYシャツを出した。 久しぶりに制服を着ると気が引き締まる感じがした。 そういえば制服以外の物は、いつ頃から洗濯していないのだろう。 終業式があった日からだから、かれこれ二週間か。 今日は授業が午前中だけだから帰って来たら洗濯しよう、そう思いながら身支度を済ませ玄関へと向かった。 少し古くなった愛用のスニーカーを履き、外の世界へと足を踏み入れる。 外の空気は春の匂いがして、眩しいくらいの太陽の光がとても気持ち良かった。 植物が太陽の光で光合成をしているように、きっと今の俺も光合成をしているに違いない。 二酸化炭素を吸って、酸素を吐いているのかもしれない。 そうじゃなかったら、こんなに朝が気持ちいいはずはない。 そんなおかしな事を考えながら玄関の前で手の平を太陽へかざす。 太陽の光で手の平が透き通って見えるくらいに今日は快晴だった。 こんな天気がいい日は気分も良くなるってもんだ。 気分が上向いてきた俺はカゴ付きの自転車にキーを付け、ペダルを力強く漕ぎ学校へと向かった。 学校は家から十分ぐらいで着いてしまう。 だから、少し寝坊をしたぐらいでは遅刻しないのだ。 いつも俺の登校時間が遅いせいか学校に着くまでの間、クラスメイトに会うことは滅多にない。 少し寂しい気もするが通学路を独り占めできるため、かなりのスピードで自転車を走らせることができる。 暑い日なんかは風がとても気持ちよく感じる。 今日はいつもより早めに家を出たのだが学校の生徒は歩いていなかった。 きっとみんな、友達とかに早く会いたくて俺と同じように早めに家を出たのだろう。 またいつものように教室に入ってからクラスメイトに挨拶をするパターンだ。 俺らしくていいか、などと思っていると今日は珍しく遠くの方に人影が見えた。 誰か寝坊でもしたのだろうか。 しかし、その人影は何か妙だった。 進んでいるのか、止まっているのか判らないぐらいの歩く速さで、おまけにフラフラしているようだった。 するとその人影は電柱に寄りかかるように、そしてゆっくりと崩れ落ちていった。 それを目撃した俺は立ち漕ぎに変え、猛スピードで自転車を走らせた。 目指すはあの人影。 人影の正体は俺と同じ歳くらいの女性だった。 彼女は肩で息をするように、苦しそうに呼吸をしていた。 俺は自転車から飛び降りるように離れ、彼女の方へ駆け寄った。 俺の後方で、もの凄い音がしたが気にしている余裕はなかった。 彼女の傍まで来てはみたものの、何をしていいのか分からず戸惑ってしまった。 こういう現場に居合わせた事がないので仕方ないのだが。 心配なので腰を下ろし、後ろから声をかけてみる事にした。 「おい、大丈夫か?」 彼女は苦しみのあまり、今まで俺の気配に気づかなかったらしく体をビクッと震わせた。 恐る恐る後ろを振り向く彼女。 苦しみのせいで眉間にしわがより、目には今にも頬を伝わって零れ落ちそうなほど涙が溜まっていた。 声をかけてきた正体が同じ年頃の若者だと知り安心したのか、彼女は俺にしがみついてきた。 俺は突然の出来事に声が出なかった。 我に返ったのは彼女の一言だった。 「私の…鞄か…ら…、ピン…クの…袋を…」 俺は彼女が倒れないように押さえながら、言われたとおり彼女の鞄の中を漁った。 (どこだ…ピンクの袋は。教科書がたくさんありすぎて…。…あった!) 俺は鞄の中からピンクの袋を見つけ、それを彼女に差し出した。 「君が言う袋ってこれでいいのか?」 彼女はコクンと頷き俺の問いに答えた。 息をするのがよほど苦しいのか、俺の制服の袖を握り締めたままだった。 俺は目の前で苦しんでいる彼女の姿を見て、「このまま死んでしまうのではないか」と思ってしまった。 「中…から、クス…リ…を…」 彼女は息を荒くしながらも声を発した。 その声は先ほどよりも小さく、か細いものだった。 俺はピンクの袋から、クスリであろうスプレー式の小さな容器を取り出した。 それを彼女に見せると、俺の手からクスリを奪い取った。 「シュッ、シュッ」と香水をつけるかの様に彼女は口の中へスプレーを吹きかけた。 吹きかける度に彼女は深く息を吸い込む。 苦しさが和らいだのか顔の表情が穏やかになっていった。 しばらくすると彼女は俺の体に身を委ねるように顔を埋め、息を整えていた。 彼女が深呼吸をする度に彼女と俺との密着度が増す。 彼女の吐いた温かい息が俺の首筋にかかり、服の上からでも彼女の胸の膨らみが分かるほど俺たちは密着していた。 この場に似合わない気持ちになってしまったため、彼女にばれないよう少し腰を引いた。 彼女の体からはいい匂いがした。 春のお日様の薫りみたいに心が温かくなるような匂い。 俺はこの瞬間から彼女に惹かれてしまっていたのかもしれない。 「ありがとうございます。」 ややしばらくして息を整えた彼女は、俺の体の中で顔を上げ上目づかいでお礼を言った。 俺を見るその目はとても澄んでいて綺麗だった。 ダイヤモンドが目に埋め込まれているようにキラキラと輝いていた。 「いや、それは別にいいけど…。あのさ、今の俺たちの状態を人に見られたら…」 俺は周りに人がいないかキョロキョロしながら言った。 彼女は俺の言葉にハッとし、 「そ、そうですね。気づかないでごめんなさい。」 慌てて俺から離れたその顔は、赤く染まっていた。 「まだ具合が悪いんじゃないのか?顔もまだ赤いし…」 俺は彼女の顔を覗き込むように尋ねた。 「や…、こ、これは違うんです。も、もう大丈夫です。」 彼女は両手で両頬を覆い恥ずかしそうに答えた。 俺は彼女のような純情な子がまだ身近にいることに嬉しさを覚えた。 「も、もう大丈夫ですから。ほら、……ね?」 彼女はそう言うとスッと立ち上がり、元気そうにその場でくるりと一回転して見せた。 後ろ髪を結んでいる赤いリボンがひらりと俺の目の前を通り過ぎる。 その赤いリボンは彼女の可愛さを更に際立たせていた。 「もう大丈夫みたいだね。」 俺は笑顔で答え、彼女はそれに対し少し照れぎみの笑顔で返してくれた。 他の人がみたら微笑ましい光景だっただろう。 ふと腕時計を見てみると予鈴が鳴る時間に近づいていた。 俺は慌てて先ほど彼女のために犠牲にした自転車を取りに戻った。 「急いで学校へ行かなくちゃいけないから、それじゃあ。」 俺は彼女にそう告げペダルを漕ごうとした時、 「あのっ!あなたのお名前を教えて貰いませんか?」 彼女が慌てて聞いてきた。 この時の俺は頭がどうかしていたらしく、こんな事を口にしてしまった。 「次に君とこうして出会えた時に教えるよ。『これは運命だ』と思ってね。」 彼女はあっけにとられ、口をポカンと開けていた。 彼女の反応に俺は恥ずかしくなり、その場から逃げるように自転車を走らせた。 遠くでは予鈴が鳴り響いていた。 「運命…ね…」 彼女がそっと呟いた。 |