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俺の通っている高校は三階建ての校舎で一・二年生の教室は三階にあり、職員室と三年生の教室は二階にある。 移動教室などはほとんどが一階に位置している。 一・二年生の教室が三階にあるのは、若いんだから体を動かせということなのだろうか。 さすがに普段から運動していない俺にとっては苦痛だ。 駆け足でこの階段を上ろうものなら、次の日は足が筋肉痛になること間違いなし。 それを承知で俺は必死に階段を駆け上った。 その甲斐があったのかHRの始まる前になんとか教室に辿り着くことができた。 俺は息を切らせながら自分の席へと向かった。 「はあ〜。間に合った…。」 俺は自分の席に座ると机に突っ伏し、安堵のため息をついた。 しばらくすると聞きなれた足音が俺の方へ近づいてきた。 「いつもより遅かったじゃねぇか、優一。」 顔を上げると見慣れた人物がそこに立っていた。 「なんだ、達哉か。」 達哉とは中学の時からの付き合いで、好みの女の子のタイプは違うけど何かと気が合う男友達の一人だ。 友達と呼ぶよりも親友と呼んだ方がいいくらいの関係だ。 「なんだとはなんだ。せっかく人が心配してここまで来てやったのに。」 達哉を見ると全く心配している様子はなかった。 こいつの場合は、俺が遅れてきた理由に何か面白いネタがあるのではないかと、そっちの方を心配しているらしい。 「心配してくれて嬉しいが、面白い話ならないぞ。」 今朝起きた出来事は笑えるような話ではなかった。 人が死ぬかどうかの瀬戸際だったのだから。 それに人の不幸話をしても面白いとは思わない。 「期待して損したぜ。じゃあ、また後でな。」 達哉は笑いながら自分の席へと戻っていった。 それと同時に担任が教室へ入ってきて、すぐに朝のHRが始まった。 HRの最中に俺は窓の外を眺めながら、ずっと今朝の出来事について考えていた。 あの女の子は誰だったのか。 何故、あんな所にいたのか。 彼女は何の病気にかかっているのか。 俺の頭の中は彼女の事でいっぱいになっていた。 「もう一度、会いたいなあ…」 校庭に植えられている木々たちは薄いピンク色の蕾をつけていた。 「優一、一緒に帰らねぇか?」 帰りのHRが終わり、プリント類を鞄に詰め込んでいた俺に達哉が話しかける。 「悪い。晩飯の材料を買いにスーパーに寄って買い物しなきゃならないんだ。」 「荷物を持ってくれるんなら一緒に帰ってもいいぞ?」 「いや、それなら遠慮しておく。」 達哉は俺の冗談に苦笑していた。 俺の肩をポンと叩いて、 「じゃあ、また来週な。遅刻すんじゃねぇぞ。」 そう言い残すと達哉は教室から出て行った。 今日は達哉からの誘いを断ってしまったので、今度は俺から誘ってやるか、そう思いながら俺も教室を後にした。 「ただいま〜」 この家に誰もいないと分かっているのに、この言葉を口にしてしまう。 返事が返ってこないことに、いつも孤独と寂しさを感じていた。 時々、返事が返ってきたあの懐かしい日々を思い出してしまう。 もうあの頃のような日常は戻ってこないのだ。 今の日常に慣れていかないとなぁと思いながら、片手に持っているビニール袋を冷蔵庫へ運ぶ。 ビニール袋にはカレーの材料とお菓子が入っている。 お菓子はテーブルの上に置いておくとして、残りは冷蔵庫へ入れておこう。 冷蔵庫に材料を入れ終わると俺は次の仕事にとりかかった。 自分の部屋に散らばっている服を拾い集め、洗濯機の中へと放り込む。 洗剤を入れスタートボタンを押す。 全自動なので、あとは終了のブザーがなるまで待つだけだ。 俺は待っている間、リビングにあるソファーに横になった。 久しぶりの学校だったので、少し疲れてしまったのだろうか。 俺はそのまま体とともに意識もソファーへと沈んでいった。 「ピンポーン」 暗闇の中でチャイムが鳴り響いたように聞こえた。 気のせいだったのかもしれないので、目を開けなかった。 「ピンポーン」 間違いなく誰かがチャイムを鳴らしている。 俺は仕方なく目を開けることにした。 外の日は橙色に色付いており、これから巣に帰るであろうカラスが鳴いていた。 「こんな時間にだれだろう。」 俺は独り言を言いながら玄関へと向かう。 玄関のドアを開けると、思いもよらない人物がそこに立っていた。 俺は驚きのあまり声が出なかった。 その対象である人物も驚いて声を出すことができないでいた。 それもそのはず、その思いがけない人物とは今朝出会った彼女だったのだから。 しばらく二人とも立ち尽くしていたが、長い沈黙を破ったのは彼女だった。 「ここって…榊さんのお家…ですよね?」 彼女は俺にとって当たり前の質問をしてきた。 「そうだけど…。」 「どうしてここへ?」 彼女がどうして俺の家に来たのか気になったので聞いてみた。 そもそも俺は彼女に名前さえも教えていないのだから。 彼女は答えるのを躊躇って、なぜかモジモジしていた。 俺が不思議がった顔をしていると、彼女はそれに気づき意を決し答えた。 「今日からこちらでお世話になります、桜沢日向です。不束者ですが、よろしくお願いします。」 彼女は深々とお辞儀をし、顔を上げると頬はうっすらと紅くなっていた。 そんな彼女を尻目に俺は硬直していた。 予知せぬ事態に思考がフリーズしていた。 もしかしたら今のは俺の聞き間違いかもしれない。 ふと、そう思い彼女に確認してみる。 「もしかして、君と一緒に住むのかな?」 コクッ。 「それは、今日からなのかな?」 コクッ。 どうやら俺の聞き間違いではないらしく、彼女は今日からこの家で俺と一緒に暮らす気でいる。 俺としては気になる女の子と一緒に住めるのだから願ったり叶ったりだ。 しかし、何故彼女がここで暮らす事になったのかが分からない。 とりあえず、家に上がってもらって詳しい話を聞くとしよう。 「とりあえず、中へどうぞ。」 俺は玄関のドアを開け、彼女を招き入れる。 彼女はそれに従うように恐る恐る家の中へと入る。 その表情は緊張と高揚とが入れ混じったような感じだった。 彼女の後ろではオレンジ色の空に一番星がキラリと輝いていた。 これから新しい夜が始まる合図かのように。 |