Keepsake
「スコールのばかぁ!」
 エルオーネがある使命を抱えてバラムガーデンに到着した時、最初に遭遇したのが学生食堂で喧嘩をしているセルフィとスコールの姿だった。
 もっとも、一方的にセルフィが怒っているだけで、スコールの方はそっぽを向いている。
「どうして本当のお父さんにそんな酷いことが言えるのよ?」
「俺はたったの一度だって、ラグナのことを父親だなんて思ったことはない」
「ラグナ様…じゃなくって、ラグナ大統領はいつだってスコールの事を心配して…」
「それはあんたの贔屓目だろ?」
 スコールは不愉快そうに続ける。
「どうしていつだって俺を心配している男が、17年の間、自分から名乗り上げて俺の前に現れなかったんだよ?どうしてレイン―――俺の母親を見殺しにしたんだよ?」
「あ、あれはエスタが大変なことになっていて…」
 しどろもどろになるセルフィを見、スコールは大きなため息をつく。
「1人の女を見殺しにした男が、大国を任されているなんてな…。ぞっとするぜ!」
「待ってよ、スコール!」
 セルフィは席を立って歩き出したスコールの服を掴む。
「お願い。ラグナ大統領と何にも喋らなくていいからあたしと一緒に行こう!ただ、顔を見せて上げるだけでいいから!」
「俺はそんなボランティア、ごめんだ。そんなに祝いたけりゃ、あんたが存分に祝ってやればいいさ」
 スコールはセルフィの手を振り払い、さっさと食堂を出ていく。
「スコールのばかぁ!もう知らないからぁ…!」
 セルフィはその場にしゃがみ込んで、泣き出す。
「スコール…」
 自分の前に立ちふさがったエルオーネを見、スコールは心底嫌そうな顔をした。
「―――エルオーネ、あんたは誰に頼まれてここに来たんだ?」
「そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいじゃないの。その態度からすると、相当みんなに言われているのね、あの事を」
「もう、うんざりなんだよ!」
 人目も気にせずスコールは叫ぶ。
「俺はどんなことがあっても、絶対あいつの所に行かないからな!例え、あいつが死んだとしても!」


「スコールの分からず屋…、スコールの石頭…、スコールのばか…。
 スコールなんて、きら…い…になんかなるわけないでしょー!」
 教室で「学園祭実行委員からのおしらせ」を作成していたセルフィが急に叫びだし、思わず周りにいた生徒は彼女に注目する。
「あ…あははははっ!ごめんね〜、急に!」
 笑ってごまかし、それでも考えてしまうのは頑なにラグナを突っぱねるスコールの事だった。
『スコールの気持ちは分かるよ…。でも、いつまでもラグナ様を憎み続けているのって悲しすぎるし、辛い…』
 明日はラグナの誕生日。エスタでは国を挙げての祝典が催され、それに魔女と死闘を繰り広げたバラムガーデンの一行が招待されている。
 国民が大統領の誕生日を祝うなど他に例のない事だ。それだけ、ラグナという存在が如何にエスタの国民に愛されているかが伺い知ることができる。
『―――それなのに…』
 シド学園長からその旨が伝えられた時、「行かない」と即答したのはスコールだけだった。
 ゼル達が誘っても、イデアが説得してもそれは徒労に終わった。
 次にガルバディア大統領に就任したカーウェイ大佐の娘・リノアが説得に現れた。
 彼女も父親と一緒に祝典に赴くことになっているのだ。
「わたしだってお父さんと和解というか、話し合うことができたのよ。スコールにだってできるわよ〜。あんな立派なお父さんがいることを誇りに思わなきゃ!」
 今までの彼女の経験がそうさせたのか、それとも魔女という決して楽ではない運命を受け入れた事が影響しているかは分からないが、リノアはずいぶんと物事に対する分別が付いていた。
 それでもスコールの返事は変わらなかった。最初の内は根気よく説得をしていたリノアも、本来の気の短さがついに現れて、
「そうやってずっと拗ねていればいいのよ!」
 と怒鳴りつけ、スコールに「悪かったな」とだけ言われて、泣きながらティンバーへと帰っていった。
「もうっ!本当に可愛くないわよっ、スコールはっ!」
 それでも、その後どうなったのか気になって覗きに来たリノアは、変わることないスコールを確認し、怒り心頭に発しながらセルフィとキスティスを前に不満をぶちまける。
「そりゃあ、わたしだってお父さんを理解できずに反抗してきた時期が(ずいぶん長い間)あったわよ!でもね、いつまでもわたしだってもう子供じゃないもの。考える頭もあるし、理解できる分別だって身につけたわ。それなのに…!」
「まずは、お父様と話し合いができて良かったわね」
 キスティスは相変わらず素直に自分の感情をぶちまけるリノアに感心しながら、トレードマークである眼鏡を優雅な仕草で押さえる。
「でも、あなたの立場とスコールの立場は微妙に違うのよ…」
「そ、そりゃあそうだけど…」
 5歳までは両親の暖かい愛情に包まれ育ったリノアと、生まれてすぐに孤児院に預けられ、5歳で自分の道を決めなくてはならなかったスコールとはかなりの環境の差がある。
「でもさぁ、どうしてラグナ大統領もスコールの事、放っておいていたのかな?」
「それはエスタの情勢が大変だったからでしょ?過去の資料からも、アデルの支配から介抱された後は、国が混乱していたって書いてあるのよ。読んでみる?」
 キスティスは分厚いファイルを取り出し、リノアとセルフィの前に置くのだが、2人ともその量の多さにげんなりし、ページを開く気にもならない。
「だけど自分の血を分けた息子じゃないの?その息子が母親に死なれて、独りぼっちになっちゃったのよ?親としては当然、引き取るべきじゃなかったのかなぁ?」
 リノアはその資料をさり気なくキスティスの方へ押し戻しながら、話を続ける。
「それを言うなら、エスタに滞在すると決まった時点からラグナ様はレインさんを呼ぶべきだったんだよね〜。そうしたら、エルオーネも漂流しなくて済んだかも知れないのに…」
 でも、もしもラグナがレインをエスタに呼び寄せていたら、自分はスコールに会えたかどうか…。それを考えると―――セルフィは不毛なこととは思いつつも、考えられずにはいられなかった。
「どっちにしても、その時のことは本人になってみなければ分からないわ。後からとやかく言うのは簡単だけど…」
 キスティスのもっともな意見に2人ともシュンと黙り込む。
「―――やっぱりスコール行かないのかなぁ?ラグナ大統領の誕生パーティー…」
 密かに、会場であの時のようにスコールと踊ることを期待していたリノアは残念そうに肩を落とす。
「スコール研究家の私としては、彼がパーティーに行くなんて"あり得ない事"に他ならないわ。もっとも、強力な助っ人が現れれば別かも知れないけど」
 リノアはがばっと顔を起こし、
「強力な助っ人?サイファーとか?」
 ゆっくりとキスティスは首を横に振る。
「キロスさん?ウォードさん?」
「それもペケ、ね…。私の勘が正しければ、必ずその人は現れるわ」
 ここで少しキスティスは悲しい顔をし、
「私としては、その人でしか説得できないと言うのに少し辛いものがあるけど…」
「えっ?なになに〜?」
 リノアの突っ込みをキスティスはさり気なくかわし、
「取り敢えずセルフィ、ギリギリまでスコールの説得をお願い。今のところ、スコールはあなたのお願いは素直に聞くから」
「はっはぁ〜ん、相変わらず仲良くやってるのねぇ〜。セルフィ」
 かなり意地悪げに言うリノアだが、その中に悪意は含まれていない。
「まっ、極限の状況の中で芽生えた恋なんて長続きしないものよね〜。その後、落ち着いて周りを見てみると、色々見落としてきた事があったりして、お互いで後悔し始めたりして…」
 永遠に続くだろうと思っていたリノアの恋は、呆気なく終わった。それでも、彼女はその恋をしたことによって得難いものを見つけたのだ。
「さぁ〜って、いじけっ子スコールも見たことだし、わたしは本来の予定へと入ろうかなっ!」
「あなたの浮気な彼氏なら、校庭で女の子を集めて射撃の披露をして…」
「もうっ!またそんな下らないことしてるの?あいつはぁ!」
 リノアはキスティスの言葉を最後まで聞かず、大股でその場を去って行く。
「ゼルに『リノアが来てるのに何やってるんだ?』って殴られていたわよ…って、ふふふ、また最後まで聞かずに行っちゃったわね」
「―――楽しそうだね、リノア…」
 一時、リノアを取り巻いていたどうしようもなく重苦しい空気は、どこかへと去って行っている様だ。
 セルフィはそんな様子をとても好ましく思っているのだが、キスティスはすぐに引き締まった顔になり、
「いくら今、アーヴァインと仲良くしてるからって、油断はしちゃ駄目よ、セルフィ。
 移ろいやすいリノアですもの、また『スコールが好き!』って言い出すかも知れないわよ」
「あたしはそんな風には思わないけど…」
 その中に、「そうなって欲しくない」と言う希望が含まれているのは、当たり前の事だ。
「人は急激に変われないわ。時にはそんな自分を責めて、拗ねたり、苦しんだりするだろうけど、結局、以前の自分がそうだったように自分は変われないと悟るの」
 キスティスは窓辺に近寄り、外を眺める。ガラスに映っている彼女の顔は、今にも泣き出しそうに歪んでいた―――そんな数日前の事を思い出しながら、セルフィは机にうつ伏してため息をつく。
『―――確かに、キスティスの言う事って正しい…。そんなに簡単に自分の考え方や性格を変えられる訳なんかないもん…。でも、あたしはスコールに…』
 今までの蟠りは簡単に消え去るものではないが、ラグナを理解してもらいたいと思っている。
 彼がどれほど真剣にエスタ再建に力を注ぎ、それを守るために必死になって来たことを知って欲しかった。
『それでも、お母さんの事を思うと…』
 ラグナにさえ出会わなければ、レインという女性は平穏な暮らしが築けたかも知れない。それを考えると、一方的に「ラグナを理解しろ」と言うのもどうかと思えてくる。
『きっとスコールにはもう少し時間が必要なんだよね…。あたしにできるのは、それを黙って待っていてあげる事じゃないのかな?』
 ラグナがレインに出会い愛し合ったのも、エルオーネがエスタに連れ去られたのも、ラグナが大統領になったのも、スコールが生まれたことも、「避ける事のできなかった運命」だったのだ。それがあったから、今のこの状況がある。
『もう、ラグナ様のことでスコールにうるさく言うのやめよっと…。スコールだって、好きでお父さんを憎んでいる訳じゃないもん…』
 いつの日かきっと、自分からラグナに会いたいと言ってくれるはず。その時は何も言わずに、送り出してあげたい…。
『それでも、一緒にパーティーには行きたいなぁ…。格好いいだろうなぁ、SeeDの正装をしたスコール…』
 こうなれば、ラグナの誕生パーティーなど「刺身のつま」でしかない。セルフィは自分の欲望に素直になり、何が何でもスコールを連れていきたいと思った。
『よーし、今度は「パーティー会場でデートがしたい」って誘おっと。
 駄目で元々、あたしは諦めないもん!』
 セルフィは俄然やる気が沸いてきて、早速それを実行すべく教室から出ていった。


 エルオーネはスコールの部屋の前に来ていた。ノックをしても返答がないので、不在かと思ったのだが、鍵は開いている。
「スコール、入るわよ?」
 やはり返事はない。エルオーネが躊躇しながらも部屋の中に入ると、スコールが頭までシーツを被って寝転がっていた。
「あらあら。いい歳してふて寝なの?」
 思わず顔がほころんでしまう。そっとベッドに腰掛けるとシーツの中からスコールが、
「―――俺を説得しに来たのなら、それは無駄な事だからな」
「確かにそうかもね。でも、そんな事で彼女を泣かせるって言うものいただけないわ」
「セルフィには済まないと思うけど、俺はあいつと顔を合わせたくないんだ」
「どうでもいいけど、いつまで潜り込んでいるつもりなの?」
 もそもそとシーツが起き上がり、ふてくされた顔のスコールが現れる。
「ようやくまともにご対面ね。元気そうで何よりだわ」
「あんたこそ、相変わらず綺麗だな…」
 少し照れた口調でスコールは言い、そのまま椅子の方へと移動する。並んで座るというのは、何となく気恥ずかしい。
「お世辞も上手になったわね…。まぁいいわ、悪い気はしないから」
 エルオーネはこほんと咳払いをし、
「ハンサムなスコール君は、綺麗なエルオーネのお願いをきいてくれないの?」
「お願い?あんたにまとわりつく下らない男を斬り殺せって言うのか?願ってもない話だ、ここのところ、苛々してるからな…」
「私があなたにそんな酷いお願いをすると思ってるの?私のお願いはたった1つ、ラグナおじさんの誕生パーティーに…」
 スコールの眼差しが鋭くなるが、それにかまわずエルオーネは続ける。
「出席して欲しいの。ラグナおじさんは『スコールの意志に任せる』って言っているけど、本心はあなたに出席して欲しいのよ。たった1人の息子ですもの…」
「―――俺がそんな場所でうろうろしてちゃ、まずいんじゃないのか?俺がちょっと口を滑らせれば、たちまちスキャンダルになるだろ?」
「ばらしたければばらせばいいんじゃない?ラグナおじさんの地位は、そんな事じゃ崩れる事はないでしょうから…」
「あいつにとっては、俺の事なんて『そんな事』レベルだろうな…」
 吐き捨てるように言い、顔を背けたスコールにエルオーネは近づき、彼の顔を両手で挟んで、自分の方へと向かせる。
「そんなに憎いの…?ラグナおじさんが…」
「―――物心ついたときから、俺には両親がいないものだと思っていた。周りのみんながそうだったから…。その方が良かったんだ、"亡くして"いた方が"捨てられた"方よりショックの度合いが少ないだろ?」
「違うわ、スコール。ラグナおじさんはあなたを捨てたりなんかしていないのよ…」
「じゃあ、どうしてなんだよ!どうしてあんたを1人でウィンヒルに帰したんだよ?どうして…レインに会いに…」
「それなら私を憎みなさいよ!私がエスタ兵にさらわれなかったら、ラグナおじさんはウィンヒルから出ることはなかったわ!」
 スコールはしばらく頭を抱えて何かを考え込んでいたが、やがて先ほどより感情を剥き出しにして叫んだ。
「17年間、天涯孤独だって思っていて、ある日突然"父親"が目の前に現れたんだ!
 戸惑わない訳はないだろ?その後に俺の知らない昔話をされても、理解できないんだよ!
 大変だったって分かるけど、その裏では俺の母親が死んでいるんだ。たった1人で、俺を産み落として、あんたの面倒を見ていた女が…。俺は彼女のことを何一つ覚えていないけど、こんな悲しいことがあるのか?ラグナに関わらなきゃ、彼女は幸せに過ごせたんじゃないかって思うんだよ、俺さえ生まなければ、死なずに済んだんじゃないかって…。
 こんな罪悪感を抱えて、『お父さん、ご苦労様でした。お会いできてとっても嬉しいです』ってにっこり笑えると思うのか?」
「スコール…」
 いつの間にかエルオーネはポロポロと涙をこぼしていた。そのままエルオーネは自分の額をスコールの額につけ、小さく呟く。
「ラグナおじさんとレインが出会ったから、あなたが生まれたのよ…。
『生まれなければよかった』なんて悲しいこと言わないで…。あなたがこうしているから、"今"が存在しているんでしょ…?」
「―――ごめん、どうも間接的にあんたまで責めていたみたいだ…」
「憎みたければ…どこまでも憎めばいい…。どんな事情があるにせよ、確かにラグナおじさんはあなたを放っておいたのだから…。
 でも…自分のことをそんな風に卑下するのは止めて…。あなたが悲しんでいるのを見ると、私はとても…」
 エルオーネはスコールを強く抱き締め、続ける。
「―――辛いの…。私の存在さえなければ、レインは…」
「分かってるんだよ、エルオーネ。あれは避けることのできなかった運命だったって。
 でも、本当にレインが幸せだったかどうかを考えると…俺は…」
 そのまましばらく彼らは抱き合っていた。幼い日と変わることのない、優しく暖かな感触。スコールは今までの怒りを忘れ、その安らぎの中に身を委ねた。
「そうだわ…。こんな時におかしいけど、渡すものがあったの」
 涙を拭いながら、エルオーネは小さな箱をスコールの前に差し出す。
「レインの形見。スコールが大きくなったら渡してくれって、頼まれていたの…」
「彼女が俺に…?」
 それは古ぼけた木箱で、振るとかたかたと何かが転がる音が聞こえる。
「ごめんね、スコール。私なんだか脅迫しに来たみたい…」
「いいんだよ…。だけど、俺はやっぱり行けない…」
 その言葉に、エルオーネはにっこりと微笑み、
「無理強いはしないわ。でも、いつかきっとラグナおじさんに会ってあげてね…」
「―――ああ、きっと…」
 エルオーネはそのまま部屋を出ていき、調度スコールを説得しに来たセルフィと遭遇する。
「あ、エルオーネ。ねぇねぇ、スコール、やっぱり行きそうにない〜?」
「そうみたいね。もう少し、気持ちの整理がつくのを待ってあげましょうよ」
「うん…。エルオーネ、目が真っ赤だよ?スコール、酷いこと言ったの?」
 心配そうに覗き込むセルフィの視線を振り払うように、エルオーネは歩き出す。
「そうじゃないの…。セルフィ、お腹空かない?ケーキでも食べに行こうか!」
「あっ!あたしねぇ、おいしいお店知ってるんだぁ…。行こう行こう!」
「キスティスも誘って…」
「うんっ!あっ、ゼルもねぇ、実は甘党だったりして…」
 2人はそのまま明るい笑い声を残して、その場を去って行った。

「―――どうして今になってこんな事…」
 スコールは部屋の中で、突然の出来事に戸惑っていた。
 エルオーネから受け取った「レインの形見」の中は、1つの指輪と手紙が入っていて、手紙はどうやらレインが死ぬ直前にしたためたものと分かった。
「今になって、こんな形で現れるなんて…。ずるいよ…」
 大粒の涙が頬を伝って流れる。止めようと思っても、それは溢れ出てきて、手紙の上に大きなシミを作った。
「―――酷いよ…レイン…。こんな風に、急に現れてくるなんて…」
 スコールは手紙を握りしめ、嗚咽した。涙でインクが滲んでしまったが、すぐに文面は思い出せる。

スコールへ
あなたがこの手紙を受け取っている頃、あなたはどれだけ大きくなっているかしら?
どんな風に育っているのかしら?それを知ることができないのがとっても残念だわ。
そこまで見届けてあげられなかったお母さんを許してね。
とても小さいあなたを残して逝くことはとても辛いことだけど、きっと大丈夫。
しっかり者のエルオーネがいてくれるし、何よりもお父さんがお母さんの分もあなたを愛してくれるはず。だから私は何も心配していないわ。
スコール、あなたのお父さんはね、とってもお人好しで、人のために何かをすることが大好きで、とても心の暖かな人なのよ。
きっとあなたならお父さんの事を理解できるはず。
お母さんはお父さんに出会って、愛されてとても幸せだったわ。

お父さんはもしかして、あなたのことを放っておいてどこかに旅立ってしまうかも知れない。でも、その時はお父さんを恨まないであげて。
お父さんは元々一所にじっとしていられない人なの。でも、ちゃんとまたあなたの元に帰ってきてくれるわ。
だからその時は、笑顔でお父さんを迎えてあげて。私もそうしてお父さんを迎えてあげたかったけど、ちょっと無理みたいね…。
(ここで字がかなり乱れていて、解読不可能)

一緒に入れおいた指輪は、お母さんがお父さんからもらった大事なものです。
あなたもいつか大事に思う人が現れるはず、これはその人にあげて下さい。
その人と一緒にお父さんとお母さんのように愛し愛されて、幸せになってね。
今のあなたがどんな風になっているかは分からないけど、あなたにも笑顔で迎えてくれるところがどうかありますように。
あなたの歩いている道が、どうか希望に溢れているものでありますように―――

「今になってこんなものを突き付けるなんて…。俺は、どうしたらいいんだよ?
 分かってるんだよ、ラグナが悪くないって。だけど、どういう訳か喧嘩腰になるだけなんだよ…」
 誰に問うのでもなく、スコールはつい口にしてしまう。
「こんな淋しすぎる形見があるかよ…?彼女はもう二度と戻ってこないのに…」
 手紙を再び強く握りしめ、彼は呟く。
「母さん」と。


 翌日、エスタの大統領官邸で華やかにラグナの誕生パーティーが開かれた。各国から招かれた客達がラグナを取り囲み、ほのぼのとした場を作り上げている。
 セルフィはぐるりと賑やかな会場を見渡し、ため息をつく。
『やっぱり来てないか…。スコール…』
 ちらりとラグナを見ると、確かに陽気に振る舞ってはいるが、ちらちらと会場内を見回し、やはりセルフィと同じように落胆した顔で、ため息をついている。
『とーぜんだよね、一番来て欲しいスコールに来てもらえないんだから…』
 キロスもウォードも顔を見合わせて、肩をすくめている。彼らも、何日か説得に通っていたのだ。
『あたしも途中で切り上げて、さっさとガーデンに帰ろっと。うーん、どっかでスコールにおみやげを買って行こうかな?それとも、一緒に食事でも…』
「セルフィ、楽しんでいる?」
 やはり淋しげな顔のエルオーネに肩をたたかれ、セルフィは少しぎこちない笑顔で彼女を見、
「うーん、途中で帰ろうかと思っているの。ほら、スコール1人で淋しいんじゃないかって思って…」
「そうね…。今頃、膝を抱えていじけているかも知れないわ。本当にスコールったら、誰に似たのか分からないけど素直じゃなくって…」
 思わず2人の間に笑いが零れる。2人とも、それぞれにスコールという人間を把握し、理解しているのだ。
「それじゃあ、おみやげでも用意しようかな…。スコールにはどんな―――あら?」
 エルオーネの視線が一点で止まる。「どうしたの?」と、覗き込んだセルフィも。
 そして、会場の客も送れて入ってきた1人の男に注目をした。
「―――遅れてしまったようですが…」
 その男は花束を抱え、少し引き攣ったような顔で笑う。
「ラグナ大統領のお誕生日をお祝いしまして、これを…」
 ラグナも呆けたような顔つきで、男の元へと歩み寄る。期待をしていたくせに、実際に目の当たりにすると信じられないといった様子である。
「あ、ありがとう…。まさか、来てくれるとは…」
 ラグナの目の前にセルフィが切望したSeeD服に身を包んで立っている男は、紛れもなくスコールだった。
「この花は―――」
 花束をラグナに手渡しながら、スコールは続ける。
「ウィンヒルという村でしか咲かない花です。ある女性が丹誠を込めて育て上げた花で、種類はこれしかありませんが、毎年見事な花を咲かせるそうです」
「そ、その女性は…」
 ―――自分の亡き妻、レインなのだろう。そして、目の前に立っている男は、彼女と自分の間にできた―――ラグナはスコールを抱きしめたい気持ちをこらえて、それでも言葉が続かない。
「今はもう亡くなられていますが、彼女がいなくなった後でも花は変わらず咲きます。
 ―――彼女はこの花を、誰に捧げたかったのでしょうか?大統領はどう思われますか?」
 何か言おうとして口をぱくぱくさせているラグナにスコールは顔を寄せ、
「誕生日おめでとさん、くそ親父!いったい、いつまでがんばるつもりだよ?」
「スコール、お前、そんな言い方があるか!」
 思わず目を白黒させるラグナに続けて、
「国が傾かないことを祈っていてやるよ。じゃあな!」
 すっと軽やかにスコールは身を引き、優雅に一例をし、ラグナの前を辞した。
「きゃあ〜、スコールったらかっこいい!」
 思わずリノアが歓声を上げて、飛び跳ねる。その横にいるアーヴァインが思わず、
「キザの極みだね…」
 と、つい皮肉ってしまう。
「ふっふ〜ん、ちょーっとあなたには出来ない芸当だもんね〜。―――でも、良かった。スコール、ラグナ大統領に会いに来てくれて…」
「そうだね…。まだ人前で名乗ることは出来ないけど、大きな前進には間違いないよ…」
 ラグナは恨みがましい目でスコールを見送っていたのだが、やがてしみじみと手渡された花を見つめる。
『―――レイン…』
 花を愛で、慈しんでいた優しい妻。彼女の作りだした花を、息子が持って来てくれた…ラグナは深い感慨に胸を打たれ、花束に顔を埋めて泣き出した。
「ほぉ、本当に美しい花だ…。大統領が感動されるのも無理はない…」
「こんな花、見たことがない…」
 客達も次々と周りに集まってきて花を見、誉める。スコールはしばらく部屋の隅からそれを見ていたが、やがて踵を返して出口に向かい出す。
「スコール!待ってよ!」
 ばたばたと大きな靴音をさせて、背後から迫ってくるものがいる。
「ああ、セルフィ…」
「き、来てくれたの?本当に会いに来てくれたんだね…」
 彼女の目に光るものがあったが、すぐにそれをセルフィは拭い、笑顔でスコールに、
「あたしねぇ、SeeD服を着たスコールとここでデートしたかったの!」
 と、「本音じゃないけど、本音のように聞こえる理由」を言い出す。
 期待に目を輝かせる彼女を見、つい微笑んでしまうスコールだが、すぐに真顔に戻り、
「あんまりエルオーネがうるさいから、顔を出しただけだ。俺は帰るからな」
「えーっ!デートしてくれるんじゃないのぉ?」
「何でこんな込み合ったところでデートするんだよ?俺はパーティー会場は嫌いなんだよ!」
「そんなぁ〜、SeeD服着たかっこいいスコールとデートしたかったのに…」
「―――はい、これ」
 すっとセルフィの前にチケットが二枚出され、
「遊園地のチケットがあったの。よかったら、2人で遊びに行ってらっしゃいよ」
「やったぁ!ありがとー、エルオーネ!さ、スコール、いこっ!」
 現金な彼女はスコールの腕を取り、歩き出している。
「―――ありがとう、スコール…」
 エルオーネの笑顔は今にも泣き出しそうだった。スコールはそれに焦りながら、それでもぶっきばぼうな口調で、
「―――いいんだ、俺だっていつまでも子供じゃ…」
「もー!スコールってば、早く行こうよ!」
「気をつけて行ってらっしゃいね。それじゃ、また…」
 こちらに向かって手を振っているエルオーネを見、自分の腕をしっかりと握っているセルフィを見、スコールは考える。
『2人とも同じサイズか…。出来過ぎたことに、たぶんこれも―――』
 ポケットの中には昨日受け取ったレインの形見が入っている。
『どっちがこれを受け取ってくれるんだろうな?どっちが…俺と…』
 贅沢な悩みを抱えるスコールの頭の中に、レインのあの言葉が蘇る。

 あなたにも笑顔で迎えてくれるところがどうかありますように。
 あなたの歩いている道が、どうか希望に溢れているものでありますように。