幻の傭兵
 SeeDになった時、先輩から聞かされた話がある。
 それは戦場に現れる蜃気楼のようなもので、体力も気力も極限になると必ず自分の前を走っている傭兵が見えるというものだ。
 それがなぜ蜃気楼のようなものと言い切れるかと言えば、追っても追ってもその傭兵には決して追いつけず、それが見えた兵士は、生きて戻ってこれないと言う。
 だから1人だけ戦場から遠く離れた場所で死んでいる兵士を見つけると、その兵士は"幻の傭兵"にここまで引っ張られて死んだのだと言われるようになった。


 スコールは今、戦場にいた。
「大丈夫か?」
 これで何度目の質問だろうか。質問された方も機械的な動きで首を縦に振るしかなかった。
「そうか…。もう少し我慢しててくれよ」
「…あたし…歩けるから…」
 背中から彼女はか細い声で訴える。しかし、彼女の脚から幾筋も流れているどす黒い血は、彼女の脚が軽傷であるとは言っていなかった。
「足腰の鍛錬になる」
 そう言ってはいるが、スコールの方も限界に近かった。今ここで倒れ込んだら、深い眠りに落ちてしまうだろう。
『早くどこか身を隠すところを確保しなければ』
 今、森から出るのは危険だった。きっとガルバディアの残党がそれを見越して森の周りを固めているはずだ。
「セルフィ、もう一晩森でキャンプだ」
「…今日もはんちょとお泊まりかぁ…。リノアが怒るだろうね」
 明るい声で答えるセルフィだが、すぐに息が荒くなる。
 スコールはそれ以上何も喋らず、ひたすら身を隠せる場所を探していた。

 正式にガルバディアから独立したティンバーではあるが、それを認めようとしないガルバディアの兵士がテロ活動をしているのをエルオーネも知っていた。
 そして、ティンバーがその処理に頭を痛めていることも。
 しかし、その処理にSeeDを雇い、そのメンバーにスコールが入っていることを知った途端、エルオーネの不安は嫌でも高まっていった。
「…それで、現地に向かうSeeDは何人ぐらい?」
 任務に出かける前、ふらりとウィンヒルにやって来たスコール達に不安を隠せない表情でエルオーネは訊ねる。
「俺とゼルとセルフィで行って来る」
「…!そんな…」
「最初はキスティスとアーヴァインもメンバーに入っていたんだけど…。ティンバーの方からそれ以上の報酬を払えないと言われて、メンバーを絞ったんだ」
「そうなの…。そうよね、色々とお金がかかる時ですものね。でも…」
「そんなに深刻に考えなくてもいいんじゃないかな〜?その残党を捕まえれば、それで仕事は終わりなんだから」
 ゼルはあっけらかんと言うが、エルオーネはどうしても楽観していられなかった。すぐさま彼女は村の中のアイテム屋に走り、準備を整える。
「エル姉ちゃんは心配性だなぁ。大丈夫だって!」
「きっと無事帰ってくるからねー」
 村の入口まで見送りに来たエルオーネに、一同は明るい笑顔で手を振る。
「それじゃ、行って来る」
「…ええ、気をつけて…」
 砂煙を巻き上げ、スコール達を乗せた飛行艇は飛び立つ。エルオーネはいつまでもその場所に立ち、ティンバーの方向をひたすら見つめていた―――スコール達が森で行方不明になったと言う連絡がエルオーネの元に入ったのは、それから2日後の事である。
「…行方不明って…どういう事なの?キスティス」
「…それが私にも何がなんだか…。とにかく、一緒に言ったティンバーの人達は無事に帰って来ているんだけど、スコール達の消息がまったく分からないの」
「そんな…」
「私も信じたくないけど、スコール達はガルバディアの残党兵に殺されたんじゃないかって…」
 キスティスの声が震える。普段は毅然としている彼女も、こういった緊急事態のプレッシャーには非常に弱い。
「しっかりして、キスティス!私、今からティンバーへ行くから」
「それなら今から僕が迎えに行くよ」
 アーヴァインが泣き崩れたキスティスと電話を替わり、エルオーネと簡潔に話をまとめる。
 それが功を奏したのか、エルオーネはその日のうちにティンバーへ到着していた。

 2日前―――ティンバーへ到着したスコール達は、すぐに即席で編成された市民兵と共にガルバディアの残党兵が潜んでいると思われる森へと向かった。
 出かける前に正式な雇い主の"森のフクロウ"(と言うより、リノア)から、
「誰も傷つけないで連れてきて欲しいの。話し合えば必ず分かり合える、それがわたし達ティンバーの方針だから」
 と要求が来ていたので、市民兵達の装備も簡単なものだった。
 作業は簡単に進んでいった。見つかった兵士達にすでに戦闘意欲はなかったし、丸腰の兵士が半数以上だった。彼らはあっさりと捕虜となり、
「これじゃ、俺達来なくてもよかったかもな」
 なんてゼルが漏らしたぐらいだった。
「スコール、そろそろ引き上げよっか〜?」
「…いや…空気が、緊張している…」
「えっ?…そう言えば…」
 セルフィがスコールの言葉を受けて森を見回した途端、捕虜になっていた兵士達が次々に爆発し出した。
「…人型の時限爆弾…罠か…」
「おいっ!スコール!負傷者が続々と出てきたぜ!」
 何とか爆撃を避けていたゼルが、慌てて叫ぶ。
「回復魔法で手当を頼む!」
「おうっ!セルフィ、手伝ってくれ!」
「うん!」
 スコールは森の中を見回した。これだけ派手に爆発をしていれば、その爆煙をガルバディア兵達が必ず見つけて、ここにやってくる。
「おっ、おい!俺達はどうしたらいいんだ?」
「何とかして逃げないと…」
 市民兵はパニックに陥っていた。今まで戦闘らしい戦闘に参加したことのない人物が大半だったので、それは仕方のないことだった。
「誰も傷つけないで―――」
 不意にリノアの言葉が頭を過ぎっていき、スコールは思わず苦笑いする。
「それが叶えばいいんだけどな…」
「何とかしてくれよ!あんた達、戦闘のプロなんだろ?」
 市民兵の1人がそう言いながらスコールに詰め寄った時、
「スコール!3時の方向に敵発見!」
 そう叫びながら、ゼルとセルフィは戦闘体制に入っている。
「そう言うことだ、俺達が敵を引き受ける、あんた達はすぐに森を抜けてティンバーへ引き上げてくれ。任務は失敗だ」
 スコールは淡々と言い放ち、市民兵を庇いながら森の外へと誘導する。
「あんた達はどうする気だ?」
 車に乗り込んでから、森の中へ戻っていったスコールに呼びかけたのだが、彼は振り向きもせずに走り去っていった。
「どうします?彼らを…」
「仕方ない、ここは彼らに任せるんだ!」
「しかし…!」
 銃弾が鼻先をかすめていく。いつまでもここにいると、自分達が殺されてしまう―――初めて知る死の恐怖に立ち竦み、市民兵達は次々と引き揚げていった。

「…何とか逃げ切ったな」
 大木の根本にスコール達は身を潜めていた。まだ銃弾の音が耳に入ってくる。
「ああ。だけど油断はできない」
 回復魔法のストックも後僅かだし、「誰も傷つけないで―――」の方針からGFもジャンクションしていない状態だった。
「だいぶ森の奥に入り込んできちゃったね〜」
「…そうだな、どうやら迷ったらしい」
「慌ててたからね〜、まさかあんなに兵士がいると思わなかったし」
 明るく言うセルフィだが、顔つきは真剣だった。
「どうもリノア達が考えている以上に大がかりなテロリストの集団らしいな。これは俺達3人でこなせる仕事じゃない…」
「応援を要請した方がいいよな?向こうは俺らよりキャリアのある戦闘のプロだぜ?」
「それは俺達が決めれる事じゃない。とにかく、今はティンバーへ戻ることが必須だ」
「そうだねー、とにかく早くここから離れようよ…。ねぇ、あれって…」
 セルフィの指さす方向を見ると、木陰の合間になにやら集落らしきものが見える。
「こんな森の中に住んでいる人いるのかな?」
「…まさかあれが…」
 そっと伺ってみるとガルバディアの兵士達が武器の手入れをしたり、食事の支度をしている。間違いなく、テロリスト達の本拠地だろう。
「うわぁー、すっげえ大発見したなぁ!ここを叩けばそれこそ任務完了!ってところか」
「ああ、だけど何分にも人数も装備も足りない…」
「残念だけど、一度ティンバーへ戻って体制を立て直して…」
「おいっ!お前達、侵入者だな!」
 新たな戦慄がスコール達に訪れる。
「見つかったか…」
「今回はついてないよな、エル姉ちゃんが心配したのはこれだったのかな?」
「そうかもな…」
 木々の間を抜け、ひたすらに彼らは走り続ける。
「あいつら、俺達に当てようと思って撃っていないな。捕虜にするつもりか?」
 弾丸を避けながら、ゼルが舌打ちをしながら言う。
「それはあり得る事だ。気を抜くな」
 そうスコールが2人に言い、大岩に身を潜めた時、それは起こった。
「きゃあ!」
 同じように岩陰に走り込もうとしていたセルフィが急に仰け反り、ゆっくりと後ろに倒れた。
「セルフィ!」
 彼女をこちら側に引っ張り込もうと岩陰から顔を出すと、銃弾の雨が容赦なく浴びせられる。
「ちっくしょう!セルフィが…」
「セルフィ!這ってでいいからこっち側に来い!」
「…に…げて…」
 セルフィは今にも消え入りそうな声で、促す。
「馬鹿っ!そんなことできるわけないだろ!…どうすりゃいいんだよ〜?このままじゃ俺達捕虜に…」
 じりじりとガルバディア兵は近づいてくる。セルフィはどうやら脚を撃ち抜かれて、身動きが取れない様子だ。
『ここでセルフィを置いていけば、俺達は逃げ切れるかも知れない…。だけど、俺には彼女を置いていくことは…』
 この状況下に置いてスコールがしなければならないことは、的確な指示を下すことだった。そうしなければ、文字通り「犬死に」する事になる。
「話し合えば必ず分かり合える―――」
 何で今日はこんなにリノアの言葉を思い出すんだ?この状況で、そんなセリフはただの気休めにしかならない。実際、セルフィは自分を犠牲にして俺達を逃がそうとしている…。
 捕虜に対する扱いは、男より女の方が酷いと聞いてている。あいつら、ただの飢えた野獣でしかないんだ…。
「スコール!俺達、どうすれば…」
 ゼルが困り切った顔でスコールに振り向いた時、スコールは微かな川のせせらぎを聞いた。
「…川が流れているのか?」
「どうやらそうらしいな。落ち葉で見えなくなっているけど…」
 その時、瞬時にスコールの頭の中にゼルに対する指令が完成した。
「ゼル、その川に沿って道を下っていけば、必ず森から抜けれるはずだ。あんたはここから何が何でも脱出して、ガーデンにこの状況を報告、そして指示を仰いでくれ」
「スコール達はどうするんだよ?降伏して、捕虜になるのか?それだったら俺だって残るぜ!」
「今はそう言う状況じゃないだろ?俺は生き残る、セルフィと一緒にな」
 岩陰から窺うと、ガルバディア兵士はすぐそこまで来ている。
「おい、女だぜ」
「へっ、まだ小娘じゃないか…」
 そう言いつつも彼らの好色そうな笑みは、身動きできないセルフィに降り注がれている。
「いいか?俺が奴らを引きつける。その間に何とか隙を見て、脱出してくれ」
 ゼルは今にも泣きそうな顔でスコールを見、やがて意を決したのか、力強く頷く。
「すぐに助けに来てやるからな!あんまりウロチョロして、道に迷うんじゃねぇぞ!」
「お前こそ、川に流されるなよ…」
 がさがさと草を踏む音がすでに間近に聞こえている。やがて、兵士は調度スコール達が隠れている大岩にやってきて、セルフィに銃を突きつけた。
「おいっ!手を後ろに組んで立て!」
「…ううっ…」
「ぐずぐずするんじゃねーよ!ほらっ!」
 ガシッと、鈍い音がした。どうやら兵士は今のところ2人で、銃尻でセルフィのどこかを殴ったらしい。
「へぇ〜、可愛い顔してるじゃねーか。お嬢ちゃん、幾つだよ?」
「女のくせにこんな危ない事してるから、俺達みたいな奴に捕まるんだぜ?」
 兵士がセルフィの体に手を伸ばした時、スコールは彼らの頭上からガンブレードを振りかざしながら現れ、難なく2人を切り倒した。
「汚い手でセルフィに触るなよな…」
「…スコール!どうして逃げなかったの?」
 悲痛な声でセルフィは叫ぶ。スコールはそんな彼女に微笑みかけ、すぐに小脇に抱きかかえた。
 ちらりと見ると、何人かの兵士がこちらに向かって来ている。―――時間がない!そう判断したスコールは、セルフィを肩に担ぐと、森の深部に向かって走り出す。
「しっかりしがみついてろよ!」
「…スコール…ゼルは…」
「大丈夫だ、無事ここから逃げ出して、きっと助けに…」
 肩に焼け付くような熱さを感じた。しかし、スコールは立ち止まることなく走り続ける。やがてその熱さは、肩だけではなく脇腹や脚にも感じるようになってきた。
『くそっ…!』
 セルフィを抱えている手にも力が入らなくなってきている。しかし、ここで彼女を振り落とすぐらいの手なら、なくなってしまってもいいとスコールは思い始めていた。
『…こんな状況で何を考えているんだか…』
 気を引き締めて手に力を込めた時、足下が急にすくわれた。
「…本当に、ついていないな…」
「ほんと、最悪だね…」
 スコールとセルフィはしっかりと抱き合いながら、崖を落ちていった。


 息も絶え絶えなゼルがティンバーの入口で発見されたのは、それから3日後の事だった。
「…テロリストの…本拠地を見つけたんだ…でも、セルフィが撃たれて…スコールもセルフィを助けるために…俺を逃がすために…」
 体中は傷だらけで意識も混沌としていたが、ゼルはしっかりとテロリストの本拠地を地図上に指し示した。
「…ここを叩けば…あいつらも…」
「分かったよ、ゼル。後のことは僕らに任せて、君はゆっくり休むんだ」
「…俺は、スコール達を助けにいかないと…約束を…」
「いいんだ」
 ゼルはアーヴァインの手を握りしめ、
「…スコール達を助けに…」
 と繰り返し、そのうち意識を失った。
「不眠不休で走り続けたんでしょう。とにかく、彼は今すぐ病院に収容しないと」
 ゼルは様々な器具を取り付けられ、集中治療室に収容された。ホッとしたのもつかの間で、今度は未だ消息不明のスコールとセルフィの安否が気遣われた。
「SeeDを動員してもらって、スコール達を探しに行かないと…」
 エルオーネの的確な意見は、あっさりと却下された。
「…欠員が出ても、補充はしないって契約がしてあるの。それに、SeeDがティンバーに雇われているのも内密になっているし…、私達は動けないわ」
 キスティスが苦しそうに真実を告げる。
「…そんな!それじゃあ、スコールとセルフィはどうなるの?」
「…それは…!」
「…ティンバーが何らかの指示を出さない限り、僕たちは動けない…」
 嗚咽するキスティスに替わって、またもやアーヴァインがエルオーネに告げる。
「それじゃあ、私が頼んでくるわ!」
「申し訳ないんだけど」
 エルオーネの行き先には、青ざめた顔のリノアが立ちふさがっている。
「今、会議であそこの森一帯を焼き払うって決定が出たの。デリングシティの協力を得て」
「何ですって?あそこの森にはまだ…」
「…分かっているわよ!でも、仕方がない事なの!ティンバーを守るためにはそれしかないの!」
 リノアはやけくその様に叫んだが、エルオーネの表情は冷ややかだった。
「仕方がない事ですって?そんな無責任な発言が、どこをどうしたら出てくるの?
 それなら最初から、デリングシティに頼めば良かったじゃない。SeeDを、スコール達を雇わなくて良かったじゃない!」
「わたし達は話し合いで解決したかった!武力に頼らず、話し合いで…」
「テロリストにそんな言い分が通じると思ってたの?追いつめられた人間が、自棄になっていない訳がないじゃない!」
「SeeDが、スコール達が上手くやってくれると思ってたんだもの!」
 泣き出したリノアを目の前にして、エルオーネは言葉を失っていた。―――誰かに聞いたことがある、歴史が出来上がるには、必ず何らかの犠牲が伴うものだと。今の現状がまさにそれだった。ティンバーの歴史が出来上がるために、スコールとセルフィの犠牲が必要とされている。
「…私はそんな歴史を認めないわ…」
 エルオーネはそう呟くと、ゆらりと外に出た。ゼルが指し示したテロリスト達の基地の正確な位置が分かれば、戦闘機は何の躊躇もなく爆弾を森に落とし、焼き払うことだろう。
「…スコールが私との約束を破るはずがないわ…。必ず、帰って来るって…」
 きっとスコールは帰ってくる、セルフィを連れて。相変わらず、つまらなそうな顔をして、
「ただいま」
 と、エルオーネに言うことだろう。
『私は信じてるから…あなたが無事であることを…。ううん、怪我をしていてもいいの。私が癒して上げるから…』
 エルオーネは涙を拭いながら、スコール達が潜んでいるであろう森の方を見つめた。


 微かな物音を聞いて、スコールはガンブレードを構えた。
 崖から落ちて、5日目。落ちた場所が柔らかい土の上で大した怪我をせずに済んだのだが、もはやスコールもセルフィも極限状態に陥っていた。
「…たった5日でこんな風になるなんてな…」
 つい自嘲めいた口をきいてしまう。エルオーネが持たせてくれたアイテムは、すべてティンバーの市民兵に渡してあるし、ストックしてあった回復魔法もついさっきで使い切ってしまった。
「…ごめんね、スコール…痛いでしょ?」
 セルフィが悲しい顔をして、スコールの腕をさすった。
「いや…折れた骨は丈夫になるって、知らなかったのか?」
 崖から落ちる際に、スコールは左腕を骨折していた。取り敢えず添え木はしてあるが、もはや痛みも感じなくなってきていた。
 セルフィの方も思った以上に脚の傷が酷く、もう自分の力で歩けなくなってきていた。
 お互い口には出さずにいるが、今ここに敵が現れたらまともに戦えないと確信していた。
『…エルオーネ…俺、もう駄目かも知れない…』
 きっと今頃彼女は、自分達の身を案じてティンバーに来ている事だろう。キスティスとアーヴァインに無理難題を言っているかも知れない。
『…エルオーネ…俺は…』
 知らず知らずのうちに涙がこぼれていた。あの日の不安げな彼女の面差し、自分が側にいるからには、二度とあんな顔をさせないと誓ったのに。
『…俺はあんたにもう一度抱きしめて欲しかった…。あんたにもう一度会いたい…!』
 セルフィはもう微動だにしない。スコールはもう一度、彼女の体を自分の体にしっかりと縛り付けた。
「発見された時、バラバラじゃあ寂しいからな…」
 スコールは自分に言い聞かせるように呟き、そっと瞼を閉じた。

 ―――それからどれぐらい時間が過ぎたのか、スコールははっきりとした物音で目を覚ました。辺りは薄闇包まれていて、どうやら早朝らしかった。
『―――敵に見つかったか…』
 最後に敵に遭遇したのがつい2日前。今まで見つからなかったのが、運が良かったと言えた。
『せめてあの世に行くのでも、何人か道連れが欲しいからな…』
 スコールは立ち上がり、ガンブレードを構えた。空気が揺れ、人影らしきものが彼の目の前に現れた。
 …それは何とも形容しがたい姿だった。ガルバディアの残党兵でもなければ、ティンバーの市民兵でもない。ましてや、SeeDでもないのだが、軍服らしきものを着て、スコールの目の前に立っている。
「…誰なんだ…?」
 顔ははっきりと見えないが、相手がこちらに気がついているのは確かなことだった。しかし、何の攻撃も加えてこない。
 スコールが一歩前に踏み出すと、相手も一歩後退する。
「…何の攻撃もできないと思って、からかっているのか?」
 相手は何も答えない。ただ、スコールの動きに併せて動くだけ。彼が走り出すと、相手も走り出す。
『―――これが以前聞いていた"幻の傭兵"なのか?』
 はっきりとは言い切れないが、相手の様子からするとそうと言っても良さそうだった。何しろ、「はっきりと顔が見えない、蜃気楼のようなもの」だそうだから。
「…俺達を迎えに来たのか?」
 スコールは落ち着いた気分で"幻の傭兵"に近づく。案の定、相手はじりじりとスコールの歩調に併せて後退していく。
「…それじゃあ、俺を案内してもらおうか。どうせ死ぬなら、エルオーネの腕の中で息絶えたいからな」
 セルフィを背負って、エルオーネの腕の中で息絶える。サイファーではないが、かなりロマンティックな光景だ。
 微かに相手が頷いたような気がした。スコールは死を覚悟し、"幻の傭兵"の後を走り出した。


 どれぐらいの距離を走っているのだろうか、脚はぱんぱんになっているし、動悸も激しい。しかし、スコールはスピードを落とさずに走り続けた。
 目の前の傭兵は、スコールがスピードを落とすと減速し、スピードを上げると加速した。
「絶対追いつけない」と言う噂は本当だった。
『エルオーネの元に辿り着けるんだろうか…?』
 それが実現しなくてもかまわない。惨めな死に様をさらすよりはましだった。
 木の枝が顔に当たり、新たな傷を作る。それでもスコールは傭兵の後を追って走り続ける。
 ようやく木々の間を抜けた時、急に視界が開け、目の前には草原が広がっていた。
「…!ここは…?森を抜けだせれたのか?」
 愕然としたのもつかの間、スコールの頭上を戦闘機が轟音を上げて過ぎていき、爆弾を投下していく。
「…!」
 スコールは避ける間もなく爆風に飛ばされ、地面に体を叩きつけた。
「…約束が違う…俺はエルオーネのところへ…」
 そう言いかけて顔を何とか上げると、傭兵が自分の傍らに跪いた。
『…やっぱり俺は死ぬのか…?セルフィはこいつの顔を見ていないから、大丈夫か…』
 背中に弱々しいながら彼女の心音を感じていた。ここなら森よりも確実に発見される。セルフィの安全は保証された。
 どうせ死ぬなら、"幻の傭兵"の顔を拝んでから死にたい。スコールは朦朧とする意識の中、歯を食いしばって相手の顔を覗き込んだ。
 ―――傭兵はヘルメットを取り、スコールの顔を覗き込む。そして、スコールは今目の前にある現実に愕然とせずにはいられなかった。
 傭兵の顔は、悲しげに微笑むエルオーネそのものだった。
「…そんな…どうして…?」
 その瞬間、エルオーネの姿は消え、スコールの意識は遠のいた。
「…ここは…?えっ…?あたし達…助かったの?…スコール…?スコール!しっかりしてぇ!」
 意識を取り戻したセルフィがスコールの背中から降り、がくがくとスコールを揺さぶる。
「スコール!あたし達、助かったんだよ!生きて帰ってこれたんだよ!ねぇ!しっかりして!」
「あんた達、大丈夫か?」
「うわぁ、こりゃ酷い!早く救急車を!」
「もしかして、行方不明になっていたSeeDか?」
 人々のざわめきをぼんやりと聞きながら、スコールは呟いた。
『そう言うことか…』
 スコールははっきりと悟った。戦場に送り出した息子や恋人を案じている女が、自分の愛する者を助けたいと願っているのは当たり前のことではないか?愛する者の目の前を走って、より安全な場所に誘ってやりたいと思うのも当たり前の事ではないか?もし、死ぬことがあっても、早く発見されるところに連れてきてやりたいと思うものではないか?
 きっと"幻の傭兵"の後を追って来た兵士達は、安全な場所に来て力尽きて倒れたに違いない。最期に相手の正体を知り、幸せそうに微笑んで―――。
『エルオーネが俺をここまで連れてきてくれた…』
 サイレンの音、セルフィの泣き声、消毒液の臭い―――そして、柔らかくて温かい腕。
「スコール!…やっぱり無事だったのね…。よく、あの爆撃の中から…」
 あんたのお陰さ、スコールは口に出さずにエルオーネに告げる。
 あんたが祈ってくれている限り、俺はどんなところからも戻ってこれるさ。


 その後、スコールは意識を取り戻し、しばらくの静養の後に再びSeeDとして任務に追われる毎日にゼルとセルフィとともに復帰することになるのだが、彼はどうやってあの森の中から脱出したのかを全く覚えていなかったそうである。―――そう、"幻の傭兵"のことも彼の記憶の中に残っていない。