恋に気づいた夜
 雪が降ってた・・・。
 もともと、北の大地だったから、それはちっとも、珍しくはないんだけど。
 夜になり、一段と空気が冷えたせいだろう・・・。ヒラヒラと、真っ白な雪が空から降ってきている。
 なんとなく、みんなの側にいるのが辛くて、あたしは独りでここに来ていた。
 みんなで、過去を思い出した場所・・・。トラビアガーデンの、グラウンド・・・。
 この土地は、ガルバディア軍のロケットが直撃した・・・。あたしの友達が、たくさん死んだ・・・。
 あたしの思い出が、いっぱい詰まったこの土地が・・・今では瓦礫の山と化している。
 グラウンドの隅にあった、バスケットボールを手に取る。さっき、アービンがゴールに投げ入れてたヤツだ。
「・・・シュート!」
 掛け声とともに、あたしはボールをゴールへ投げる。
 けれど、ボールはボードに当たり、そのまま跳ね返ってきた。跳ね返ってきたボールは、何度か地面を打ち、あたしの足元まで転がってきた。
「あ〜あ・・・」
 しゃがみ込み、ボールをその場で小さくドリブル。なんだか、虚しくなってくる。
 上着を羽織ってきたとはいえ・・・やっぱり、寒いわ。雪も、積もってきているしね。
「セルフィ・・・?」
 立ち上がろうとした、あたしの背後・・・。聞きなれた、低い声。
「スコールはんちょ・・・」
 振り返ってみれば、そこには長身の男性が、いつもの服の上に、コートを羽織って立っていた。
「えへへ〜、何やってんのぉ? こ〜んな雪の中で」
「それは、こっちのセリフだ・・・。風邪引くぞ?」
「だぁいじょ〜ぶだよぉ! いつも元気なセルフィちゃんは、こんな寒さには負けないのだぁ〜!!」
 とは、言ったものの・・・。ちょっと、強がった。仲間の・・・スコールの前で、弱さを見せたくなかったから。
「眠れないの〜?」
「あぁ・・・。過去のこととか、ここのこととか、色々あったからな」
「そっかぁ〜。あたしたち、孤児院でのこと、すっかり忘れてたんだもんねぇ・・・。アービンは、寂しかっただろうね。あたしたちのこと見ててさ」
 降り続ける雪を見上げ、あたしはつぶやいた。
「・・・セルフィは? セルフィも、眠れなかったのか?」
 スコールの視線が、あたしには痛かった・・・。
「あたしは違うよぉ〜。雪を見にきたの」
 な〜んてね・・・。あたしのウソ、スコールにはバレちゃったかな?
「そっか・・・」
 でも、スコールは意外なことに、あっさりとそう返してきた。
「・・・・・・」
 思わず、沈黙。あたしもスコールも、何を話していいのか、わからないまま空を見上げていた。
「よく、降るな・・・」
 沈黙を破ったのは、スコール。
「そだね〜。明日は、きっと積もってるよ〜!」
「雪が、全部隠してくれればいいんだけどな・・・」
「えっ?」
 スコールの言葉に、あたしは声をあげる。
「あんたが、ムリして隠そうとしていることを、代わりに全部、隠してくれればいいのに・・・」
「・・・スコール?」
「この、悲惨な光景を、隠してくれたら・・・」
 ズキッと胸が痛んだ・・・。スコール・・・気づいてる? あたしの気持ち、あたしの強がりを・・・。
「セルフィは、小さい頃から、ずっとそうだった・・・。いつもコロコロ表情が変わって、笑ったり、怒ったり、泣いたり・・・。忘れてたけどな」
「・・・・・・」
「なぁ、仲間だろ? なんで、仲間の前でまで、強がるんだ? 泣けばいいじゃないか。寂しいって・・・。誰も責めたりしないさ」
「でも・・・ツライのは、あたしだけじゃないでしょ? スコールだって、頭の中、グチャグチャしてて、トラビアのことどころじゃ、ないでしょ?」
「とりあえず・・・目の前にあることから、俺は片付けていく。今、俺の目の前にあるのは・・・あんただ、セルフィ」
 不覚にも、思わずドキッとしちゃったよぉ〜!
「スコールは、優しいね〜」
「俺は、優しくなんてない・・・」
「優しいよ〜! こ〜んな、あたしのために、一生懸命悩んでくれてさぁ・・・」
 明るい声で、そう言うと、スコールはなんだか気まずそうにうつむいた。
「どしたの? スコール・・・」
 うつむいた顔を、あたしは覗き込んでやった。
 蒼い瞳が、一瞬・・・あたしの顔を映した。
 その一瞬後に、スコールはあたしから顔を背けた。
 なんとなく・・・気マズイ空気が流れる。あたしは、スコールを見つめていたが、やがて白い物を降らす上空に視線を移した。
「ね、スコール・・・覚えてる?」
「?」
「ちっちゃい頃ね、あたし・・・一度だけスコールと、こうして雪を見たことあったんだよぉ〜? 寒いね、って言いながら、あたしはスコールの手を握ってた。スコールは、寂しそうな顔をしてたんだけど、あたしの言葉にニッコリ笑ってくれた」
 思い出した過去・・・。あたしとスコール、子供の時の、なつかしい大切な時間。
「スコールは、毎日、エルオーネを思って泣いてた」
「・・・忘れてくれ、頼むから」
 困った顔でつぶやくスコールが、なんだかおかしくて・・・。あたしは思わず笑ってしまった。
「今のあんたも、同じなのか・・・」
「えっ?」
 スコールのつぶやきが、よく聞こえなくて・・・。あたしは聞き返す。
「なに? なんて言ったの?」
「いや・・・なんでもない。忘れてくれ」
 誤魔化すスコールが気になったけど・・・言いたくないようだったので、それ以上は問い詰めないことにした。
「セルフィ・・・」
「な〜に? はんちょ」
「俺たちがいるから・・・セルフィは、独りじゃないから・・・。小さい頃だって、そうだったろ? 誰かが泣けば、必ず誰かがなぐさめてくれた」
「・・・うん」
 小さくうなずき、あたしはスコールの言葉を肯定した。そうだったよね・・・。あたしたちは、いつも、みんなを支えてた・・・。

 “また、いつか一緒に雪を見ようね?”

 突然・・・あたしの頭の中に、新たな思い出が姿を見せた。
 小さい頃のあたし・・・その隣でうなずく男の子・・・。誰? あたしは、誰と約束をしたの?
 まま先生の孤児院があったのは、大陸の南で・・・ほとんど雪の降らない土地だった。そんな土地に、雪が降り、みんなとはしゃいだ記憶がある。そして・・・その中の誰かと、あたしはそんな約束を交わしたんだ。
 ゼル・・・? ううん、違う。ゼルとは、そんな約束を交わすような感じじゃなかった。一緒に、ただ騒ぐ感じで・・・。
 サイファー・・・? 違うね。サイファーなんて、あたしのこと相手にしてないよ。
 じゃあ、キスティス・・・? これも違う。相手は、女の子じゃないことは、覚えてる。
 それじゃ、アーヴァイン? それとも・・・。

 “ぼく、悲しくなんかないよ・・・。セルフィがいるもん・・・”

 つぶやいた男の子は・・・黒い髪、青い瞳・・・。
 スコールだ・・・! あたし、小さい頃に、スコールと約束をした。一緒に、もう一度雪を見ようね、って。
 そして、あたしは・・・初めて見たスコールの笑顔に、胸が苦しくなるような、そんな気持ちを抱いてた・・・。
 ヤダ・・・どうしたんだろ、あたし・・・。昔のことを思い出したら・・・なんだか、胸がドキドキしてきた・・・。
 覗き見るように、あたしはスコールの方へ、視線だけ向けた。
 スコールは、その青い瞳で、空から降る妖精の贈り物を見つめていた。
「・・・寒いな」
「うん・・・」
 はぁ〜と、息を吐く。吐息は白い・・・。
「戻ろうか・・・」
「うん・・・」
 歩き出そうとした、あたしの手を、スコールが握った。一瞬の出来事・・・。
「冷たいな、手」
 そう言って、微笑んだ。動じずに、スコールは歩き出す。
 あたしは・・・手を握られた瞬間に、想いが爆発した。顔をあげられないでいる。
 気づいてしまった・・・あたしは、あの時・・・スコールを好きになったんだ・・・。そして、その気持ちは、今、この瞬間に蘇ってしまった。
――― どうしよう ―――
 高鳴る胸・・・。押さえられない気持ち・・・。どうして思い出してしまったんだろう?
 今のスコールは、きっとリノアに惹かれてる・・・。きっと、リノアには敵わない・・・。なのに、どうしよう・・・! 思いは、だんだん強くなる。
 手を離して、スコール・・・! ドキドキが、手を伝って、スコールにまで届きそうだよ!
「セルフィ・・・がんばろうな?」
 スコールは、立ち止まり・・・再びあたしに笑顔を向けた。

 どうして・・・どうして・・・気づいちゃったんだろう・・・。
 あたしは、彼を忘れることが、できるのだろうか・・・?


Fin