May Fair
「うわぁ〜! うれしいっ、ラグナ様っ」
「いやぁ〜、セルフィちゃんにそんなこと言われると、オレまで嬉しくなっちゃうなぁ・・・」
 ・・・だらしない顔しやがって。
「ラグナ様ぁ〜、今度一緒にどっか出かけない?」
「おっ! いいねぇ・・・」
 ・・・勝手な話をするな。
「また、ウィンヒルに行こうよ〜。レインさんに会いに」
「そっか・・・。レインの墓参りにねぇ・・・」
 ・・・あんたの、そのだらしない姿を、レインに見せてやりたいよ。
「スコールはんちょは? 行くよね〜?」
「行かない」
 咄嗟に声をかけられ、俺は冷たく答えていた。
 声をかけたセルフィは、目をパチクリさせ、その隣にいたラグナも、居心地悪そうに頭を掻いた。
「はんちょ? なんか、怒ってる〜?」
「別に怒ってないさ・・・。俺、部屋に帰る」
「ちょ、ちょっと、はんちょ〜! せっかくラグナ様が、エスタから来てくれたのに〜!」
 セルフィが俺を呼び止めようと、声を張り上げるが、俺は無視して学生寮に向かう。
 あの戦いから、半年・・・。俺は、ガーデンに戻り、SeeDとして毎日を過ごしている。
 魔女との戦いで、リノアと育んだ愛は、意外なほどあっけなく消え去り、俺はいつも俺を理解してくれていた今の彼女・セルフィとつき合い出した。これが、どうしてなかなか・・・うまくいっているのである。
 唯一にして、最大の問題点は・・・セルフィが、ラグナのファンである、ということ。
 ラグナは、何故かエスタという大国の大統領で、そのカリスマは凄まじいらしく、何度か行われた大統領選挙で、その都度、再当選しているらしい。
 まったく、わからないものだ。あんな、おちゃらけた人間に、国を任せているエスタの人々の心が・・・。
「あら・・・、スコール」
 寮に戻る途中で、キスティスに会った。
「さっき、ラグナ様が見えてたけど? 会ったの?」
「あぁ・・・。さっきまで一緒にいたよ」
「そう。スコール、あなた、ちゃんとラグナ様に孝行してる?」
「・・・・・・」
 キスティスのお小言が始まる・・・。
「ラグナ様は、正真正銘、あなたのお父さんなんだからね?」
 そうだ。ラグナは・・・あのだらしない男は、俺の血の繋がった父親だという。
“だという”とは言ったが、この事実は、ラグナ本人から聞かされたものだ。
 アルティミシアを倒し、時間圧縮の空間から戻り、ガーデンも世界もようやっと落ち着きを取り戻した頃・・・ラグナは、俺をエスタに呼び出した。
“おまえに、話さなきゃならないことがある”
 と・・・。
 何やら、いつになく真剣な表情で、ラグナは俺にそう言った。
 遠い目をし、大統領官邸の窓から、外を眺め、ラグナはつぶやいた。
“おまえは・・・レインという女性を知ってるか?”
 レイン・・・かつて、俺がエルオーネの力で、ラグナに“接続”した時に、俺はその人と会って(?)いる。
 ウィンヒルに住んでいる、長い黒髪の女性・・・。確か、エルオーネと一緒に暮らしていて、大怪我をしたラグナを、助けてくれた人だ。
“あぁ・・・知ってるが?”
“そっか。レインはさ、オレの・・・なんていうかなぁ、大切な人っていうか、オレを理解してくれた女性だったんだよな。ジュリアも好きだったけど、レインは・・・なんていうか、憧れよりも、近い存在だったんだよ”
 なんで、俺がラグナの青春時代を聞かなければならないのだろうか?
 俺の不満そうな表情に気づいたのか、ラグナが咳払いをして、話を変える。
“オレは、レインを幸せにしてやると誓った。でもな、それは結果的にはできなかった。独りで死なせちまった。しかも・・・生まれた息子の顔も、オレは見たことがなかった”
“それで? それが、俺と何か関係あるのか?”
 とにかく、俺はこいつ・・・ラグナが苦手だった。
 他人の迷惑を考えず、自分勝手に行動し、挙句の果てに、他人を巻き込む。他人に巻き込まれることを、極度に嫌がる俺にとって、“厄介”以外の何者でもない。
“まぁまぁ・・・そう急かさずに聞けよ〜。でもま、せっかちなお前さんのために、単刀直入に言ってやるか”
 再び、ラグナは咳払いをし、背筋を伸ばして俺を見つめた。
 そして・・・信じられない一言を、事も無げに発した。
“探したぞ、息子・・・! 長い間、放っておいて、悪かった!”
“は?”
 思わず、間の抜けた声を発してしまう俺。
 当のラグナは、照れくさそうに、鼻の頭を掻いている。
 息子・・・? 何・・・? 誰が、誰の息子だって・・・?
 呆然と立ち尽くす俺に、ラグナは例の笑顔を向ける。
“ま、しゃーねーよな。オレにも色々と都合があったわけだし?”
 都合があった・・・あまりにも、軽すぎる。その“色々な都合”のせいで、俺は放っておかれ、レインは・・・母さんは独りで死んでいった。
“・・・俺は、あんたの息子なんかじゃない”
“え?”
“俺は、認めない・・・。あんたが父親だなんて、絶対に認めないからなっ!”
 そう言い残し、俺は官邸を飛び出したのだった・・・。

「・・・のでしょ? ちょっと、聞いてるの? スコール!」
 キスティスの声に、我に返る俺。
「悪い、キスティス・・・。独りにしてくれ」
「ちょっと、スコール!?」
 怒鳴り散らすキスティスを、その場に残し、俺は再び寮へ足を向けた。
 一人部屋のSeeD寮。俺はベッドに横になった。
 ・・・俺が、ラグナを好きになれない理由は、もう一つ。それは―――。
「スコールはんちょ? ごめんねぇ、ちょっといい〜?」
 ドアをノックする音と、セルフィの声。
 俺は、ベッドから起き出し、ドアを開けてやる。そこにいたのは、やはりセルフィ。
「ラグナは・・・?」
「シド学園長と、まま先生のとこ。なんか、挨拶がしたい・・・とかって」
「そっか」
「入っても、いい?」
「あぁ・・・」
 セルフィを部屋に招き入れ、ドアを閉める。
「相変わらず、殺伐としてるねぇ〜」
 キョロキョロと、部屋内を見回し、セルフィがつぶやいた。
「そういうセルフィの部屋は、どうなってんだよ?」
「あたし〜? あたしの部屋はねぇ・・・。エヘヘ、内緒♪ はんちょ、今度遊びに来てよ。来たことないでしょ? あたしの部屋」
「そうだな・・・。今度、行ってみるか」
 寝こみを襲いに・・・なんて冗談は、言えないが。
「どうかしたのか? 俺に、何か用でも・・・?」
「うんっ。ね、はんちょも行こうよ〜、ウィンヒル!」
 まだその話をするか・・・。俺はため息をつく。
「ラグナ様、寂しそうだったよぉ〜? はんちょ、ちょっと冷たいよねぇ。実の息子なのに!」
「・・・俺は、ラグナを」
「聞いたよぉ、“父親だと思ってないし、思ったこともない”でしょ?」
 頬をふくらませ、セルフィは俺を見つめ、ベッドの上に腰を下ろした。
「あたしは・・・はんちょが、うらやましいよ」
「?」
「だってさ・・・はんちょには、家族がいるんだよ? エルお姉ちゃんだけじゃない。血の繋がったお父さんがいるんだもん。しかも、あ〜んなにカッコいいお父さんが!」
 ラグナのどこがカッコいいんだ・・・。
 そう、俺がラグナを好きになれない理由の一つが、コレ。何せ、セルフィはラグナに憧れている。しかも、ラグナまでもが、セルフィを気に入っている。
 俺を無視して、二人で仲良く話しているとこを見ると、思わず二人の間に割って入って、
“セルフィは、俺のだっ!!!”
 と、言いたくなる・・・。実際、思うだけで、まだ実行はしていない。
 セルフィは、元々人と接するのが上手で、誰にでも分け隔てなく笑顔を振り撒く。それが、大きな波乱を呼んでしまうのだが、本人は気づいていない。
 このバラムガーデン内にも、セルフィを密かに慕う輩も増えているし、彼女の故郷であるトラビアガーデンにも、彼女を慕っている男は多い。
 はっきり言って、つまらない。
 現時点では、俺はセルフィにとって、“特別な存在”な、わけである。だが、実際はどうだろうか? 笑顔を与えられる割合も、その他大勢と一緒だし、側にいる時間だって、そんなに長くない。何より・・・。
「ね、そうでしょ? はんちょ」
 これ。“はんちょ”という呼び方・・・。なんで、名前で呼んでくれないのだろうか? いや、これはこれで、いいんだけども。
 だけど、やはり・・・たまには名前で呼んでほしいものである。それでなくとも、アーヴァインとは、「アービン」「セフィ」なんて呼び合うほどの、仲良しさなのだから。こっちは気が気でない。
「はんちょ、聞いてる〜?」
「ああ、聞いてるよ・・・。ラグナのことだろ? 今さら、こんなこと言っても仕方ないけど・・・もっと早くに、言ってくれれば良かったんだよ。こんなデカクなってから、“オレがおまえの父親だ”なんて言われたって、どういう態度を取ればいいのか・・・」
「なんで〜? 年齢は関係ないと思うなぁ・・・。それは、はんちょの心次第、だと思うけどぉ〜?」
 首をかしげ、セルフィが声をあげる。
 その仕草がたまらなく可愛くて・・・、思わず抱きしめたい衝動に駆られてしまう。だが、我慢、我慢。
「はんちょ、ラグナ様はね、はんちょが思ってるほど、いい加減な人じゃないよ? ず〜っと、ず〜っと、はんちょのこと、心配してたと思う。離れてても、ずっと考えてたと思うよ? あたしね・・・口に出さないけど、スコールはんちょのこと、誰よりも理解してくれてるラグナ様が、大好きなんだなぁ〜」
 大好き!? 思わず、頬が引きつるが、俺から視線を外していたセルフィは、気づかなかったようだ。
「だから、さっき・・・うわっ!!」
 言いかけたセルフィの言葉を遮るように、俺はセルフィに覆い被さるように、ベッドの上へ華奢なセルフィの身体を押し倒した。
「は・・・はんちょ?」
「どうして、いつも・・・ラグナのことばかり話すんだ?」
「えっ??」
「セルフィは、俺のだぞ? 俺の彼女だ。なのに、あいつは・・・セルフィにいい顔して。息子の彼女を横取りするつもりか?」
「ちょ、何言ってんのぉ〜? はんちょ! 離して〜」
 ジタバタと暴れるセルフィを、俺はグッと押さえつける。
「セルフィは・・・俺とラグナと、どっちが好きなんだ?」
「ええっ?」
「どっちだ?」
 セルフィの顔に、俺は自分の顔を近づける。今にも、口唇と口唇が触れ合いそうなほど、接近している。
 セルフィの頬が、真っ赤に染まる。慌てて、目線を俺から逸らした。
「セルフィ・・・?」
「そっ、そんなの・・・! スコールに決まってるじゃんかっ!!」
 真っ赤な顔で、目をギュッとつぶって、セルフィが叫んだ。
「あたしがつき合ってるのは、スコールだよ? ラグナ様じゃないもんっ」
「・・・セルフィ」
「だから、だから・・・! ね、スコール? 一緒に、お墓参り行こう? レインさんの」
 翠の瞳を、少しだけ潤ませ、セルフィが懇願した。
 俺は、そのセルフィの表情に負け、クスッと笑って答えた。
「わかったよ・・・。一緒に、行こう」
「ラグナ様と、三人でだよ〜?」
「あぁ・・・。レインの墓前で誓うよ。“セルフィを、絶対に幸せにする。ずっと2人で生きていく”ってな」
 俺のこの言葉に、セルフィはさらに頬を赤く染めた。
「スコール・・・はんちょ」
「“スコール”でいいよ」
「えっ、でも・・・なんか、照れくさいし」
「照れくさくない・・・」
 接近していた顔を、さらにセルフィに近づけ・・・柔らかい口唇に口づける。幸せな瞬間だ・・・。だが・・・。
「お〜い、スコール! 父ちゃんだぞぉ、入るぞ〜!」
 ノックも無しに、入ってきた迷惑極まりない親父は、俺とセルフィの姿を見て、思わず凍りついた。
「ラグナ・・・あんた・・・」
「おっ、悪い悪い! 邪魔しちまったみたいだなぁ・・・」
 頭を掻きながら、一歩、また一歩と後ずさる。
 俺は、側に立てかけてあった、ライオンハートを手に取る。
「お、おいおい・・・何をする気だ、スコール? オレは、おまえの父ちゃんだぞ? 父ちゃんに、そんなことしていいと思ってんのか?」
「やかましい・・・」
 俺は、小さく呪文を唱える。使いようによっては、最強の魔法である呪文を・・・。
「・・・オーラ!」
 この魔法の意味するところを、ラグナは理解したようだ。
「ちょ・・・ちょっと待て、スコール! 話せばわかるっ! だから、だから・・・エンドオブハートはやめてくれぇぇぇ!!!!」
「黙れ、このクソ親父がぁ!!!!」
「ちょっと、スコールはんちょ! やめなよぉ〜!!」
 最初にして最強の親子ゲンカが、静かな午後を迎えようとしていたガーデン内で始まろうとしていた・・・。


Fin