太陽のあたる場所
 あんたのいるとこは、いつも明るくて・・・まるで、あんたは太陽みたいだな、と思ってた。誰にでも笑顔を振りまいて、いつでも元気に走り回ってた。
 まるで・・・俺とは対照的だったな・・・。
 俺は、そんなあんたに、憧れていたんだ。みんなに愛されている、あんたに・・・。

 太陽のような少女・・・名前は、セルフィ・ティルミット・・・。

「ん〜っと・・・ここは、OKでしょぉ? 次はぁ・・・」
 企画書と睨めっこをしながら、セルフィがうなる。真剣な眼差しのセルフィに、俺は黙って企画書に目を通す。
「ね、スコール? 委員長の挨拶は、やっぱり抜かすべき?」
「当然だ。そんなものは、必要ない」
「そんなこと言って、スコールってば自分がやりたくないだけなんじゃないのぉ?」
 図星を指されるが、俺は平静を装った。
「あ〜! 学園祭まで、あと一ヶ月・・・! うまくいくかなぁ〜?」
「それは・・・セルフィ次第だろ」
「えぇ〜!? あたしだけの責任にしちゃう?? ぶぅ〜・・・! スコールはんちょの薄情者ぉ〜!」
 足をバタバタさせながら、セルフィが声をあげた。
 ・・・いくつになっても、子供っぽいヤツだな。
「学園祭、リノアやアービンも来てもらおうねっ?」
「ああ・・・」
「ラグナ様も♪」
「は?」
 セルフィが出した名前に、俺は思わず声をあげた。
「ラグナ・・・? なんでだ?」
「当然だよぉ〜。ラグナ様だって、スコールの委員長姿を見たいだろうし」
「必要ない」
「えぇ〜!? そんなのズルイ! それはスコールのワガママでしかないです。よって、却下〜」
「セルフィ」
 自分の意志を貫こうとして、引かないセルフィに対して、俺は少しだけ強くセルフィの名を呼んだ。
「これは、ガーデンの行事だ。そこに、なんでエスタの大統領を呼ぶ必要がある?」
「でもぉ〜・・・。リノアはいいのに、どうしてラグナ様は・・・」
「ダメだ、わかったな?」
 強い口調で、セルフィに言い聞かせようとする俺。
「じゃあ・・・ラグナ様を呼ばない代わりに、スコールには委員長の挨拶をしてもらいます」
「は?」
 交換条件を出してきたセルフィに、俺は思わず声をあげてしまう。
「おい、セルフィ・・・それはさっき必要ないって・・・」
「そんなのズルイよ! あれもダメ、これもダメって。どっちかを選んでよ!」
「まいったな・・・」
 真剣に考え込む俺。だが・・・ラグナは、もし呼んだとしても、会わなければいいのだ。そうすれば、なんの問題もない。
「わかったよ・・・。ラグナを呼んでやれ」
「あっ! そっちをOKしてくれたんだぁ〜? うんうん、わかった〜」
 うれしそうな笑顔で、セルフィは企画書に再び目を通した。
 そんなに、ラグナが来るのがうれしいのか・・・。セルフィの気持ち、ちっともわからないな・・・。
「今から学園祭が楽しみだぁ〜」
 太陽のような輝く笑顔で、セルフィはノートパソコンに向かったのであった・・・。

 一ヶ月は、あっという間に過ぎた・・・。
 学園祭の準備と、SeeDとしての任務の両立は、なかなか難しく、俺とセルフィは時間が合わずに、結局細かい打ち合わせ等もできずに、当日を迎えることになった。
 運良く、その日は俺もセルフィも、ゼルもキスティスも・・・任務を与えられることもなく、学園祭に出席できることとなった。
 ただ・・・俺としては、任務が入ってくれた方が、何かと都合が良かったのだが・・・。
「スコール!」
 声をかけながら、走ってきたのはゼルだった。
「よっ! やっとだな、学園祭」
「そうだな・・・」
「委員長がこんなとこウロウロしてていいのかよ? さっき、セルフィが捜してたぞ」
「あぁ・・・俺もセルフィを捜しているんだが・・・」
「図書室の前で会ったぜ。行ってみたらどうだ?」
「そうだな・・・。ありがとう、ゼル」
 ゼルに礼を言い、俺は教えられたとおり、図書室に向かった。
 だが、そこにいたのは、セルフィではなかった。
「スコール! 久しぶりだね!」
「リノア・・・来てくれたんだな」
「もっちろん!」
 ウインクをして、明るく答えた黒髪の少女を、俺は複雑な気持ちで見つめた。
 一応は、恋人同士なのだが・・・最近は、すれ違いも多く、なんとなく距離ができていた。
「セルフィを知らないか?」
 その恋人に、他の女の居場所を聞くのも、おかしな話だが・・・。
「セルフィ? あ〜、残念ね。さっきまで、ここで一緒に話してたのよ。でも、スコールを捜してるんだ、って、どっか行っちゃったわ」
「行き違いか・・・」
 ため息をつき、肩を落とす。そんな俺の様子に、リノアはクスッと笑った。
「何がおかしい?」
「ううん。スコールの色んな表情、久しぶりに見たなぁ〜と思って・・・。最近のスコールは、私にはつまらなそうな顔しか見せてくれなかったでしょ?」
「・・・そうだったか?」
 尋ね返す俺に、リノアは笑ってうなずいた。
 そして・・・次の瞬間には、寂しそうな顔になった。
「ねぇ・・・スコール。わたしたち、もうこれまでかもね」
「え?」
 突然、切り出した話題に、俺は目を丸くする。
「スコールがムリしてるの、わたし・・・わかってきちゃったの」
「リノア?」
「ずっとね・・・一緒に旅をしてた時から、思ってた。スコールって、セルフィには優しかったよね」
 どうして、ここでセルフィの名前が出てくるのか? そんな俺の気持ちにかまわず、リノアは言葉を続けた。
「セルフィは、わたしやスコールにないものを、持ってるでしょ? 今のスコールに必要なのは、笑顔を与えてくれる人だと思うの」
「・・・リノア」
「スコールは、セルフィのことが、好きなのよ」
 面と向かって、リノアに言われ、俺は思わず目を丸くする。
「あ、気づいてなかったな?」
「・・・悪かったな」
「また、言った〜。スコールお得意の“悪かったな”が出た!」
 楽しそうに、リノアが笑いながら言った。
「セルフィは・・・太陽だよね」
 リノアがつぶやく。
「それで、スコールは月」
 あまり、イメージのよくない月だけど・・・太陽と対照的だ、ということを、リノアは言いたいのだろう。
「わたしは・・・太陽にはなれないみたい」
 寂しそうに、リノアは笑って言った。
「ね、スコール・・・月はね、太陽の光を反射して輝くの」
「あぁ・・・」
「だからね、スコールも、セルフィの笑顔を吸収して、輝いてみせてよ」
「それは・・・」
「セルフィのそばで、セルフィと一緒に笑ってて? わたしは・・・太陽のあたる場所で、輝く月を見ていたい・・・」
 リノアが微笑んでそう言った。その笑顔は・・・俺が今までに見たことがない、寂しそうな笑顔だった。
「わたしは、セルフィのことが大好きだから・・・。セルフィになら、スコールのこと、任せられるからさ」
 ポン、と俺の肩を叩き、リノアはその場を去って行った。

 リノアが離れてから、しばらくの間・・・リノアの姿が見えなくなるまで、俺はその場に立ち尽くしていた。
「・・・・・・」
 ため息をつき、俺は歩き出す。再び、セルフィの姿を探しながら・・・。
 セルフィの姿は、意外な場所で見つかった。それは、保健室へと向かう廊下。比較的、人通りの少ない場所。
 だが、そのセルフィと一緒にいた人物を見て、俺は思わず歩みを止める。そして、物陰に身を隠した。
 一緒にいたのは・・・腹の立つことに、俺の実の父親だ。
 カッコ悪いとは思ったが、そのまま近づくことはできないので、俺はコソコソと、二人の会話が聞こえる場所まで進んだ。
 立ち聞きするのは、少しだけ気が引けるが、相手が相手だ。ラグナが、セルフィにバカなことを言うかもしれない。
 案の定、俺の嫌な予感は的中してしまうのだ。
「なぁ、セルフィちゃん・・・」
「なぁに? ラグナ様」
 ラグナが、なんとなく照れくさそうに、セルフィに話しかける。
「あのさ・・・セルフィちゃんは、スコールのこと、好きか?」
「えっ!?」
 な・・・何聞いてんだ、あのバカ親父・・・!
 だけど、この状況で出ていくわけにもいかず・・・。俺は拳を握りしめる。
 そして・・・セルフィが返した言葉は、俺にとっては意外すぎるものだった。
「うん。好きだよ〜」
 あっさりと言ってのけたセルフィに、ラグナも呆気に取られた。
「あ、いや・・・あのさ、オレが聞いたのは、友達関係の“好き”とかじゃなくて、恋人として・・・」
「うん、わかってるよぉ! あたし、スコールのこと・・・ずっと前から好きだったよ」
 そう言って、セルフィは少しだけ恥ずかしそうにうつむいてみせた。
「スコールは、あたしにないものを、いっぱい持ってるし・・・。一緒に、いたいんだ」
「セルフィちゃん・・・。あ〜、スコールのヤツは、幸せモンだなっ」
 突然、声をあげたラグナに、セルフィはビックリしたようだ。
「セルフィちゃんになら、安心してスコールを任せられるしな!」
 ・・・バカ親父が。
「スコールも、セルフィちゃんなら、文句はねぇだろ? ん?」
 !!? 突然、降ってきた言葉に、俺は思わずあ然とする。
「隠れて聞いてんの、わかってんだぞ〜。父ちゃんを騙そうなんて、考えないことだな!」
「・・・・・・」
「えっ!? ス、スコール???」
 ラグナの言葉に、セルフィは慌てた様子だ。どうやら、セルフィの方は気づいていなかったらしい。
 バレているのなら、隠れてても仕方がない。俺は物陰から、姿を現した。
「ったく、そういうバカな態度を取るとこは、オレと同じだな! さすが、オレの息子だ!!」
 うれしくないセリフを吐きながら、ラグナは俺の背中をバシバシ叩いた。
「・・・痛い」
「おっ、悪ぃ悪ぃ・・・! そんじゃ、ま、ここは若い二人に任せましょうか。邪魔者は退散してやるよ」
「ラッ、ラグナ様ぁ〜!」
 慌てて、ラグナを追おうとしたセルフィの細い肩を、俺は思わず掴んで止めた。
「・・・スコール?」
「結果的には、とんでもないことになったな・・・」
「・・・・・・」
 めずらしく、セルフィは顔を真っ赤にして、うつむいた。
「あんたを捜してたんだ。ステージの件で」
「・・・わる」
「え?」
「スコールの、意地悪っ!!」
 顔を真っ赤にし、目を少し潤ませながら、セルフィが叫んだ。
「あたし・・・まさか、スコールが聞いてるなんて、思わなかったんだよぉ・・・。ヤダ・・・あたし、バカみたいじゃん・・・。スコールには、リノアがいるのに」
 今にも泣き出しそうなセルフィに、俺は完全に困惑気味だ。
「あぁ・・・そうか。・・・リノアとは、別れた」
「は?」
 あっさりと告げた俺に、セルフィがキョトンとした表情で声をあげた。
「ついさっきだ・・・。リノアに、言われた。“スコールは、セルフィが好きなんだ”ってな・・・」
「え・・・え・・・」
 顔を真っ赤にし、セルフィがうろたえた様子で、モジモジする。
「あんたは・・・俺にとっての、太陽なんだ」
「スコール・・・?」
「俺は・・・あんたの光を受けて、一緒に輝いていたいんだ・・・」
 らしくないセリフをつぶやき、俺は立ち尽くすセルフィの体を抱き寄せた。意外なほど、細い体は、力を込めたら壊れてしまいそうで・・・。
 抱き寄せたセルフィの耳元で、俺は小さく、だがハッキリとつぶやいた。
「好きだ」
 と・・・。

「さ〜! 学園祭ステージも、いよいよ大詰め! 次は、実行委員のセルフィ率いる、セルフィバンドの演奏です!」
 ステージの上で、演奏を開始したセルフィの姿を、俺は少し離れた場所で見つめていた。
「うまくいったみたいね・・・」
 そんな俺に、キスティスが声をかけてきた。俺は「あぁ」と答える。
「ステージのことじゃないわよ」
「?」
 キスティスの言葉に、思わず困惑した表情を向けると、彼女はクスクスと笑った。
「セルフィとのことよ」
 その一言は、意外すぎるもので・・・。俺は、思わず一歩、後ずさりする。
「私が知ってること、驚いた?」
「・・・・・・」
「リノアに聞いたわよ」
 余計なことを・・・と、リノアを恨まずにはいられない。
「ホ〜ント、不思議な子よね、あの子・・・」
 ステージ上のセルフィに視線を向け、キスティスがつぶやいた。
「誰にでも笑顔を振り撒いて、みんな笑顔にしちゃうんだもん・・・。かなわないなぁ」
「そうだな・・・」
 自然と、頬の筋肉がゆるんだ。穏やかな気持ちになれた。
「あなたまで笑顔にする力があるのね・・・。驚いたわ」
 肩をすくめ、キスティスはクスッと笑うと、そのまま俺から離れて行った。
 キスティスが離れていくのを確認し、俺はステージに目を向けた。
 自ら学園祭実行委員に立候補し、転校したてだった彼女に出会い、俺は彼女にさそわれ、実行委員に入ることとなった。
 今思えば、どうして委員を引き受けたのか・・・不思議な気分だが、すでにあの時から、俺は彼女の笑顔に引き込まれていたのだろう。彼女の笑顔が見られる場所に、いたかったのかもしれない。
「あっ! スコール〜!!」
 演奏が終わり、あとは後夜祭を残すのみ。セルフィがステージ衣装のまま、俺に駆け寄ってきた。
「どうだった? どうだったぁ? セルフィちゃんの、華麗な演奏は!」
「うん、たいしたもんだな・・・」
「うわぁ〜い、はんちょに誉められちゃった〜!」
 輝く笑顔で、セルフィが声をあげる。こんな顔を見せられたら、いくら俺だって、ひとたまりもない・・・。
「セルフィ」
「な〜に?」
 名前を呼べば、応えてくれて・・・。だから、俺はセルフィに手を伸ばし、その体を腕の中に閉じ込める。
 もう一度、名前を呼び、今度は顔を上げさせる。そのセルフィの柔らかい口唇に、俺はソッと口づけた・・・。

「ホント、かなわないよねぇ・・・」
 スコールたちから、少しだけ離れた場所で、リノアとキスティスが寄り添う二人の姿を見つめていた。
「あ〜あ・・・わたしにも、笑顔を振り撒く力があったらよかったぁ」
「何言ってるの。リノアには、十分その力があるじゃない」
「でも・・・」
「それが、スコールには届かなかっただけのことよ・・・。太陽に、あと一歩・・・ってとこね」
 キスティスの言葉に、リノアは短いため息をついた。
「ま、いっか・・・。太陽の当たる場所で、輝く月を見ていたい・・・そう言ったのは、わたしだもんね」
 視線をスコールたちに戻し、リノアが明るく声をあげた。
『セルフィ・・・ずっと、輝いててね・・・。スコール・・・セルフィを泣かすなよ!』
 心の中で、二人に声援を送り、リノアはキスティスの背中を押して、踊りの輪の中に入って行った。
 それから・・・太陽は、月の力を借りて、ますます明るく輝くようになったのである。



Fin