穏やかな日々
 彼の瞳があたしに向いてないことくらいわかってる。
 あたしに向くこともないって、わかりすぎるくらいわかってる。
 だから、この幸せが本当は自分の夢なんじゃないかって、思うんだ──


 バラムガーデン……。
 あたしは今日もこの場所で、日々を穏やかに過ごしていた。最後の戦いから1年が経ち、今年は予定通りにガーデンのスケジュールが消化されていってる。もちろんあたしは今年も学園祭の実行委員に立候補!だけど……
(スコール……やってくれるかな〜)
 あの戦いの前に1度、一緒に学園祭の実行委員をやってくれるとは言ったスコールだけど、今年もやってくれるとは限らない。むしろ……
(無理やろな〜。スコールこういうの得意そうやないし……。でも……)
 あたしはスコールと一緒に実行委員がやりたかった。……というか、少しでも一緒にいる時間を作りたかっただけなのかもしれない。
(今まで遠慮してたんやし、これくらいのワガママ許されるんちゃうかな〜)
 今まではリノアがいたから、あたしは不用意にスコールに近づくことは避けてきたつもりだ。まあ、キスティに言わせれば、あの2人は周りが見えなくなるほど恋に溺れてたそうだから、そんなに気を使うこともなかったみたいだけど……。そんな2人がその恋に終止符を打ったのは半年前のこと。あれだけ恋に溺れた2人だ。さめるのも思いのほか早かったって感じだろうか?詳しいことはあたしにはわからないけれど、とにかくスコールとリノアが恋人同士でなくなったのは確かだ。その証拠に、今まではリノアの存在があったために遠巻きに見ていた後輩たちが、スコールに群がり始めたのだ。 スコールは心底迷惑そうだけど、困った顔すらも絵になる!と、恋する乙女たちは引くことを知らない。ほら……今日も……
「スコール先輩♪今日の実習、すっごい素敵でしたぁ」
「あ、これ、授業で作ったポーションなんですけど!上手くできたんで任務のときにでも使ってくださぁい」
「……頼むからどいてくれないか?」
「「その怒った顔も素敵〜〜〜」」
「……」
 まったくひるまない女の子たちに、本気で困っているスコール……。あたしはおかしくなってクスクス笑ってしまう。
(仕方ないな〜。助け舟だしてあげやう!)
 あたしは笑いながら黄色い悲鳴の飛び交う集団へと近づいていった。
「ほらほら〜、スコールが困ってるよ〜」
 あたしが女の子たちに声をかけると、スコールがほっとした表情を見せた。あたしはそれを見てちょっとした優越感に浸ってしまう。
「セルフィ先輩、スコール先輩に御用ですか?」
「用がないなら、もう少しだけお話させてくださいよー」
「ん〜、用がないわけじゃないんだよね〜。任務のことでちょっとね。スコールはんちょ、ちょっといい?」
 ブーイングをする女の子たちに、あたしは困ったように笑って、スコールを手招きした。
「ああ……」
 スコールは「悪いな……」と小声でわびると、あたしの方へと歩いてくる。あたしはスコールの隣に並ぶと、女の子たちの視線をひしひしと感じながらその場を後にした。


「いつも悪いな」
 ガーデン内でもっとも人のこなさそうな場所を選んで、その場所にあるベンチに腰を落ち着けると、スコールは簡潔に言い放って頭をちょこっと下げた。
「いいよ〜。スコールも大変だねぇ、リノアと別れてからでしょ〜?あたらしい彼女でも作ったら少しは減るんじゃないかな〜と思うんだけど〜」
 あたしは苦笑しながら心にもないことを言う。スコールに新しい彼女……リノアがいたときのようなあんな辛さをまた経験するのは嫌だ。
(なんでこんなこと言っちゃったんやろ……あほやなぁ、あたし)
 あたしは自分の言葉に後悔しながらも、さらに口を開く。
「なんなら、あたしがお芝居してあげようか〜?」
「芝居?」
「そっ。スコールがいいなら彼女の振りしてあげるよ〜。ほんとの彼女ができるまで〜」
(ああ〜!我ながら馬鹿なことや〜〜〜!!)
 自分の気持ちとは裏腹につむぎだされていく「言葉」。気持ちを押し殺すことに慣れすぎてしまったがために、あたしの表情はスコールも真っ青なくらいの鉄壁マスクだ。あたしの言葉の裏に隠された本当の気持ちなんて、スコールにわかるはずもないだろう。
「……」
「やだな〜。そんなに深く考えないでよ〜。冗談だよ、冗談〜」
(スコールのことやから、まじめに考えてんねやろな〜。ま、そこがいいんやけど)
「いや……芝居か……」
(ほえ?)
「なぁ……芝居じゃなきゃだめか?」
「え?」
 急にまじめな顔つきになって、スコールがあたしの手に触れる。それだけであたしは幸せな気持ちになったのだけど、そんな気持ちに浸っている場合じゃない。
「芝居じゃなくて……その……」
 すごく言いにくそうに、他の人じゃ絶対にわからないくらいに表情を赤らめて、スコールが言った。あたしは胸がきゅんとするのを感じながら、震える声で確かめた。
「あたしで……いいの?」
「俺は、あんたがいい」
「……」
「だめか?」
 ちょっと困ったように話すスコールがすごく可愛く見えて、あたしはついいたずら心が……
「ん〜……学祭の実行委員!」
「はぁ?」
「学祭の実行委員、一緒にやってくれたらね〜♪」
「おい!」
 スコールの呼ぶ声が聞こえたけど、あたしはそのまま校舎への道を歩き出した。
 恥ずかしかったんだもん。
 嬉しくても涙ってでるんだね。
(泣いてる顔なんて見せたくないやんか……)
 そう思ったとき、あたしの手が暖かいものに引っ張られた。あたしは驚いてちょっとよろけてしまう。転びそうになった身体を支えられて、そのまま──
(しょっぱい……)
 初めてのキスが、自分の涙の味だなんて、ちょっとできすぎだな〜……なんて思いながら、あたしは自分の力でちゃんと立つと、照れくさそうにしているスコールに言った。
「実行委員は?」
「あんたが望むなら」
「決まりだね。あとからキャンセルはなしだからね〜」


 ガーデンの日常は、何事もなかったように過ぎていく。
 あたしは自分の観察力もまだまだだなって思いながら、
 今年の学園祭も、何事もなく終わりますようにと、
 気持ちいいくらいの青空に祈った──……


Fin