恋の予感
(滝から流れ落ちる水はしばらく湖にとどまり、そして川に流れ出し海への旅に出る。
 海に流れ着いた水はいつか天に還り、再びこの滝を流れ落ちていくのだろう。
 絶えることの無い自然の摂理。全ては生まれ、そして還ってゆく。新たな誕生の為に。
 だが、私だけはそれと隔絶された存在。還ることの出来ない存在...)

 そんな事をぼんやりと想いながら、ヴィンセントはルクレツィアのほこらのある湖の岸辺に佇んでいた。

(此処に来てからどれくらいの日々を過ごしただろう。
 もう、此処にルクレツィアはいないというのに、私は此処から離れようとしていない。
 彼女を待っているのか?彼女に何を望んでいるのか?
 私にはルクレツィアに望む事など出来ないのだ。私にはただ贖いの日々があるだけだ。
 分からない。だが、私は此処にいる)

(そういえば、ユフィはこんな事を言っていたな。
  『あんたが一人で罪を背負い込むなんておかしいよ。だってルクレツィアとかいう人、自分で進んで実験台になったんだろ?
   あんたはそれを制止出来なかった事を悔やんでるかもしれないけど、止めたって聞かなかったかもしれないじゃん。
   過去にこだわったって仕方ないよ。彼女が好きだったっていうのは分かるけどさ。
   そんなに好きだったんなら、これから大事にしてあげればいいんじゃない?
   後ろばかり向いてないで、前を向いて歩かなきゃ』
 私はあの時珍しく「お前に何が分かるというのだ!」と声を荒げてしまった。彼女にはすまない事をした。
 ユフィの言葉は恐らく真実を突いているのだろう。私にも分かっているのだ。自分が未来を見ようとしていない事は。
 だが、どうすることも出来ない。私の時間はあれから止まってしまっているのだから...)

 いつの間にか陽の光が湖を包み込み始めていた。

(とりあえず、食べる物を探しに行こうか。・・・皮肉なものだ。不死とはいえ、食べなければならないのだからな)

 ヴィンセントは宝条の手によって不死の肉体になってしまった。いや、厳密にいえば不死では無い。
 彼の肉体は老化の速度が異常に遅く、常人の100分の1の速度でしか老化しないのだ。
 だが、生きていくためには食べなくてはならない。ある意味、それこそが生きているという証なのかもしれないが。

 森へ分け入って木の実や小動物を捕る。
 人里離れたこの森には豊かなる自然の恵みに溢れている。
 小一時間程で十分な量の食料が手に入った。
(そろそろ、戻るか)

「ガサッ」
 その時、後方で茂みを揺らす音が聞こえた。ヴィンセントは瞬時にそれが森の動物や風によるものではないと察知した。
 そう、これは人間やモンスターが立てた音だ。
(モンスターか)
 ヴィンセントは素早く銃を抜くと、その音のした方へ銃口を向けた。
「ガサッ、ガサッ」
 その音は一歩一歩こちらへ近づいてくる。
(それ以上近づくな。私は無益な殺生はしたくないのだ)
 ヴィンセントはそう思いながらも引き金に添えた指に力を込めた。
 そしてその音はとうとう茂みを抜けてきた。

「ふう、意外にこの森は深いねえ。・・・ん?お、おい!チョット待った」
 何と茂みを抜けて現れたのはユフィだった。彼女は自分に向けられた銃をみて慌てて手を振った。
「ユフィか!」
 思いもかけぬ人物にヴィンセントは向けた銃口を下ろすのも忘れていた。
「ヴィンセント、とにかく銃を下ろしてよ」
「あ、すまない...」
 ヴィンセントはようやく銃を下ろし、ホルスターに戻した。
「もう、ビックリするじゃない」
 そう言いながらユフィはヴィンセントの所に歩み寄った。
「ヴィンセント、久し振り。でも、こんな所で会うとはねえ。ねえ、どうしてこんな所にいるの?」
「私はあれからこの森で暮らしているのだ。此処にいても何ら不思議は無い」
「ふ〜ん、こんな森の中にねえ・・・そうか此処にはあれが...」
 ユフィはこの近くにルクレツィアのほこらのある事を思い出した。さすがにユフィも聞いてはいけない事だったと感じて言葉を濁した。
「ユフィこそ、どうしてこんな人里離れた場所に来たのだ?」
「決まっているじゃない」
「マテリアか?」
「そう、マテリア。街とか村は殆ど調べちゃったからね。今はこうして人里離れた森とかに探しに来てるってわけ」
「相変わらずだな」
「ウータイの復活にはまだまだマテリアが必要だからね。それまではこうしてマテリア探しが私の使命なんだ」
「偉いものだな。それでマテリアは見つかったのか?」
「それが全然なのよ。でも、この辺の山にでも登れば何かありそうな気がするんだ」
「山の上にか。確かにこの辺りの山は殆ど未開だからな。何かあるかもしれない」
「でしょう?お宝は人知れぬ所にあるものだから、期待してるんだ」
「これから登るのか?」
「そのつもりだったけど、とりあえず腹ごしらえしてからにする」
 ユフィは早速食事の用意を始めた。
「ヴィンセント、食事は?せっかくだから一緒に食べよう。何か食べる物持ってる?」
「ああ、これがそうだ」
 ヴィンセントはさっき捕った木の実や小動物をユフィに見せた。
「こんなものばかり食べてるの?・・・しょうがない、私の分けてあげるから食べなよ」
「いや、私はこれで充分だ」
「たまにはちゃんとした物食べないと駄目だよ。いいからこれを食べなさい」
 そう言ってユフィは手をヴィンセントに差し出した。その掌の上には丸いおむすびが乗っていた。
「一応私のお手製だよ。ティファみたいに美味くないかもしれないけど、栄養は保証するよ」
 ヴィンセントはおむすびを手に取り、一口食べてみた。なかなかどうして、美味しかった。
「味も保証していい。とても美味い」
「本当?」
「ああ、本当だ。信用していい」
「・・・へへ、本当はチョット自信あったんだ。おむすびだけは小さい頃から作っていたからね。さあ、どんどん食べて」
 ユフィは屈託のない笑みを浮かべた。
「そうか」
 ヴィンセントは黙っておむすびを食べた。久しく忘れていた手料理の味は彼の何処か飢えていた心を癒してくれるようだった。

「ふう、腹ごしらえも出来たし、さてと山に登ろうかな。お、あそこから登れるみたいだ」
 ユフィが指さした場所は山の斜面だった。傾斜はきつかったが、足場は充分にありそうだった。
「じゃ、ヴィンセント。また帰りにでも立ち寄るよ」
 ユフィはそう言うと。斜面を登り始めた。
「おい、危険だ。昨日までの雨で地盤が緩んでいる」
 ここ数日、この周辺は雨が続いていて、山の地盤もかなり緩んでいる筈だった。今登るのは危険だ。
「大丈夫だって」
 ユフィはそう言いながらどんどん斜面を登っていく。
「・・・困った奴だ」
 ヴィンセントは少し不安げにユフィの登るのを見守っていたが、しばらくすると辺りが急に薄暗くなってきた。
(いかんな。これはひと雨来るかもしれない。今雨が降り出したらユフィが危ない)
「・・・仕方がない」
 ヴィンセントもまた密かにユフィを追って斜面を登り始めた。

 ユフィは順調に斜面を登っていった。だが、次第に斜面が急になってくると、足場がかなり脆い事を感じ出していた。
 しかもとうとう雨が降り出してしまった。
 ユフィはかなり登ってしまってから、ようやく自分が危険を冒していることに気付いた。
(くっ、今にも足場が崩れそうだ。もうこれ以上登れない・・・)
「ちょっと、ヴィン・・・」
 麓を見てヴィンセントに助けを借りようとしたが、そこにはヴィンセントの姿は無かった。
(何だよ、心配だったら見ててくれればいいのに。仕方ない、何とか登ろう)
 ユフィは足場を強く踏んで登ろうとした。が、その時足場が崩れ、彼女の体制は完全に崩れた。
(ヤバイ!)
 今まさに斜面を転げ落ちようとするユフィの腕を誰かが掴んだ。
(誰?)
 ユフィが見上げると彼女の腕を掴んでいるのはヴィンセントだった。
「大丈夫か?だから言ったろう」
「・・・」
「さあ、引き上げるぞ」
 そういってヴィンセントは力を込めユフィを引き上げようとした。
 が、途中まで引き上げたところでヴィンセントの足場もまた二人を支えきれずに崩れた。
 二人はそのまま斜面を転がるようにして落ちていった。
「くっ」
 ヴィンセントは落下しながら咄嗟に近くの木に手を延ばした。
(ゴキッ!)
「ぐあっ...」
 延ばした手で木の枝につかまり、落下は免れたが、転がり落ちながらの体制だったために、ユフィを掴んだ腕は思いもかけぬ方向にねじ曲げられた。
 腕が鈍い音を立てた。明らかに骨折していた。だが、それでもユフィを掴んだ手は離さなかった。
「ヴィンセント、大丈夫?今、腕がイヤな音したよ」
「し、心配するな。い、今引き上げてやる・・・ぐっ・・・」
 さすがに折れた腕では容易にユフィを引き上げることは出来なかった。
 ユフィはチラッと下を見た。かなりの高さだから怪我は免れないだろうが、落ちても死ぬことは無いと思った。
「ヴィンセント、腕を離して。私なら大丈夫だよ」
「そうはいかない。私はもう後悔はしたくないのだ」
「ヴィン・・・」
 ヴィンセントは渾身の力を込めてユフィを引き上げる。顔が苦痛でゆがむ。額からは汗がしたたり落ちる。
「・・・」
 ユフィはそんなヴィンセントの顔をじっと見ていた。寡黙でいつも冷静そうに見える彼の中の本当の姿を見たような気がしていた。
 優しすぎるが故に自分を傷つけてしまう繊細な心を。

 ようやくユフィはヴィンセントに引き上げられて木の枝に捕まった。
 ヴィンセントの片腕は力無く垂れ下がっていた。だが、その顔は微かに微笑んでいるようにユフィには見えた...。

 ルクレツィアのほこらの中で、焚き火をはさんで二人は座っていた。

「腕、大丈夫?」
「ああ、心配ない。私の身体は特別だからな。こうしていればいづれ直るだろう」
「ごめんね。ちゃんと忠告を聞いていればこんな事にならなかったのに」
「気にするな。ただ、これからは無茶な行動は止める事だな。勇気と無謀は似ているようで全く違う」
「うん・・・」
「どうやらさっきの雨ですっかり濡れてしまったな。寒くはないか?」
「ううん、大丈夫」
 ユフィはそう答えたが、微かに震えているようだった。ヴィンセントはコートをユフィにそっと掛けた。
「・・・」
「濡れた服は脱いで着替えた方がいいな。着替えはあるのか?」
「下着だけなら」
「私の上着でも良ければ着替えるといい。そのままでは風邪を引く」
「うん」
 ヴィンセントは自分の服を持ってくると、ユフィの前に置いた。
「イヤかもしれないが、我慢してくれ。私は外に出ているから、着替えるといい。終わったら声を掛けてくれ」
「ヴィン・・・」
 外に出ようとするヴィンセントにユフィは思わず声を掛けた。
「どうした?」
「・・・ありがとう」
「ああ」
 ヴィンセントは微かに笑みを浮かべて外に出ていった。

(これで彼女も少しは無謀な真似を止めてくれればいいが...)
 外は今も雨が降っている。ヴィンセントは岩陰に座り、雨をしのいでた。
(それにしても、こんな所でかつての仲間に会うとはな。つくづく私は彼等に縁があるようだな)
 考えてみれば神羅屋敷で彼等に出会った事、彼等がセフィロスを追っていた事、結果的に宝条と戦った事、
 セフィロス・・・ルクレツィアの息子と戦いそして倒した事、此処でルクレツィアに再会した事・・・
 偶然というには余りに運命的なものを感ぜずにはいられなかった。
(もし、あの時彼等が神羅屋敷を訪れていなかったら、私は今も生きる屍となって眠っていたのだろうか。
 戦うこともせず、運命と己の勇気のなさを呪いながら眠り続けていたのだろうか...)
 仲間達と出会い、そして戦うことによって過去をかなり清算出来たことは確かだった。
 ただ一つ、ルクレツィアへの罪の意識を除いては。
(仲間達は皆未来へ向かって歩いているのだろうな。私はユフィが今もマテリアを探していることを相変わらずだと言ったが、
 私にユフィに何かを言う資格など無い。いつまでも過去に捕らわれ、前を見ようとしていないのは私だけだ。
 だが、私には未来を見ることは許されないのだ。私の罪は戦った事で更に深いものになってしまったのだから..)

「・・・」
 ユフィは着替えが済んでヴィンセントに声を掛けようとほこらの入り口まで来たが、ヴィンセントのそんな姿みて言葉を掛けられずにいた。
 彼が何を思い、何を呟いているのかは分からない。それでも彼の苦悩がユフィにも伝わった。
 きっと昨日までの自分だったら『何深刻そうにしているのよ、もう入っていいわよ』と言っていたに違いない。
 でも、今は何か違う。何故か分からないけれど、そんなヴィンセントを黙って見ている自分がいる。

 やがてヴィンセントがユフィの姿に気付いた。
「もう、いいのか?」
「・・・うん」
「どうした?」
「ううん、何でもない」
 ヴィンセントは少し怪訝そうにしてほこらに戻っていった。

 ヴィンセントもほこらに戻ると服を着替え、再び焚き火の前に腰を下ろした。
「雨、降ってるね」ユフィは外を見ながら言った。
「もう今日は止みそうにもないようだな」
「ねえ・・・二つのお願い、聞いてくれる?」
「私に出来ることならな」
「まずは一つ目のお願いだけど・・・今晩、ここに泊めてくれない?雨降ってるし、今日はもう帰れない」
「それはいいが、フカフカのベットは無いぞ」
「分かってる。眠る場所さえあればいい」
「もう一つの願いは?」
「うん、これから『ヴィン』って呼んでいい?だって、『ヴィンセント』って呼びづらいから...」
「ヴィン、か。好きに呼べばいい。私は構わない」
「本当?じゃあこれからそう呼ぶね、ヴィン」
 ユフィにそう呼ばれて、ヴィンセントは遠い昔を想い出した。
(ヴィン・・・そういえば幼い頃、両親は私をそう呼んでいたな。ヴィン、懐かしい響きだ)
 まさかユフィにそう呼ばれるとは思いもしなかった。彼は妙な感じがして、ふふっと微かに笑った。
「それじゃあ、早速夕食の支度しなくちゃ。食材はあるようだし、大丈夫だね」
「ユフィ、料理出来るのか?」
「失礼ね、これでもウータイでは料理の腕で評判なんだからね。まあ、待っていてよ。すんごい料理作ってあげるから」
 そうは言うものの、ヴィンセントにはにわかに信じ難かった。
 戦っていた頃、料理はいつもティファが作っていて、ユフィの料理は食べた事が無かったし、ウータイでそんな評判も聞いたことが無かった。
(でも、さっきのおにぎりは確かに美味かったからな。戦いの後、料理の腕を上げたのかもしれない)

 ユフィは早速料理を始めた。
(ホントは料理、自信ないんだよね・・・おにぎりだけは得意だったけど。でも、何とかなるよ。料理の作り方は一応知っているんだし)
 ユフィは得意気に、しかし内心ドキドキしながら料理を作った。

 二人の夕食は会話が弾むと言うことはないけれど、それなりに話しながらユフィお手製の料理を食べていた。
 見てくれはともかく、ユフィの料理は意外にも美味しかった。
「ねえ、美味しい?」
「ああ、美味しいよ。でも、意外だな。ユフィがこんなに料理が上手かったとは」
「えへへ、私だってこれでも女の子だよ。少しは見直した?」
「ああ」
「さあ、どんどん食べて」
 ユフィは嬉しそうにヴィンセントが食べるのを見ていた。

 夕食を済ませた頃は、外はすっかり闇に包まれていた。滝の流れる音だけがいつまでも響いていた。
 二人はお茶を飲みながら、焚き火の前に座っていた。
 しばらくは二人とも黙っていたが、やがてユフィがぼそっと話し始めた。
「ねえ、ヴィン、私が今でもマテリア探してるの、かつてのウータイの復活の為だって言ったよね」
「ああ」
「・・・本当の事言うと、それは違うの」
「違う?」
「私、クラウドやヴィンセントと出会った頃は本当にウータイを昔のように強い国にしたいと思ってた。
 私が小さい頃のウータイはもっと輝いてたし、親父は私の憧れだった。だから今のウータイが我慢ならなかったの。だからマテリアが必要だった。
 でも、戦いが終わってからしばらくしてから気づいたの。もう強さは必要無いって事。
 だって、今はもう神羅は無いんだし、今更強くなる理由なんて本当は無いの。マテリアは今のウータイにはもう必要無いの」
「では、何故今もマテリアを?」
「実のところ、私にも良く分からない。でも、私はマテリアを探していたいの。それはきっと・・・何かを求めているからだと思うの」
「何かを求めて、か」
「うん。私、マテリアを探していてクラウドやティファ、そしてヴィンに出会えた。
 私、わがままばっかり言ってたけど、みんなそれでも私の事仲間だって思ってくれた。だからみんなに出会えて本当に嬉しかった。
 こんな事言っていいのか分からないけど、みんなと旅をしていた頃、とっても楽しかった。
 でも、戦いが終わってみんなそれぞれの所に帰ってしまって、気がついたら私の中にポッカリ穴が空いてしまっていたの。
 私もウータイに帰ったんだけど、やっぱりその穴は埋まらなかった。だからまた旅に出たの。マテリア探しの旅に。
 それはきっと・・・また同じように何かに出会えると思ったからなんだと思うの。私の心の穴を埋めてくれる何かに」
「そうだな。私にとっても共に戦っていた時間は特別だった。しかし今はただ時間だけが流れてゆくようなものだ」
「ヴィンもそうだったんだ・・・あ、私何か変だ、こんな事誰にも言ったこと無かったのに...」
「誰でも時には心の中にしまい込んだ想いを誰かに聞いて欲しくなるものだ。もっとも、私では役不足かもしれないが」
「そんな事無いよ。私、きっとヴィンだから言えたんだと思うよ。だってヴィンも私と同じように戦いが終わって何かを失っているから」
「そうかもしれない。私も同じように戦いの中に自分の居場所を、役割を得ることが出来ていたのかもしれない。
 戦いそのものを望んでいた訳ではないが、あの頃は確かに目的に向かっているという充実感があった」
「本当は新しい何かを見つけないといけないんだよね。でも、まだ見つからない...」
「焦ることはない。いづれ見つかる筈だ。自分の想いを傾けられる何かを」
「そうだよね。だからそれまではマテリア探しを続けようと思っているんだ」
「だが、無茶はするなよ」
「うん、分かってる」
 ユフィの顔は心なしか赤く見えた。それは炎のせいばかりではなかったようだ。
「ねえ、聞いてもいい?」
「何だ?」
「ヴィンは・・・やっぱりルクレツィアさんを待っているの?」
「・・・」
「ごめんなさい。今のは忘れて」
「いや、いいんだ。・・・それは私が自分に問いかけている事だ。私はルクレツィアを待っているのか、彼女に何を望んでいるのか」
「彼女を愛しているんでしょう?」
「確かに愛していた。だが、今となっては過去の事だ。私は大きな罪を犯してしまった。
 彼女を止められなかった事、そして彼女の息子を永遠に彼女から奪ってしまった事」
「ヴィン・・・」
 ユフィは何も言えなくなった自分自身に驚いていた。いつもなら『そんな過去の事いつまでもウジウジ考えても仕方ないよ』と言っていた筈だ。
 だが、今はそんな事を言える筈もなかった。ヴィンセントの心の傷が余りにも深い事を感じたから。
 それはルクレツィアへの想いがそれだけ強いということを物語っているのだから。

 二人は再び黙って炎を見ていた。

「・・・今日は疲れたから眠くなっちゃった。ごめんなさい、先に寝るね」
 ユフィはその場で横になり、やがて眠りについた。
「ああ、お休み」
 ヴィンセントは奥から毛布を持ってきて、ユフィにそっと掛けた。ユフィは赤子のように静かな寝息をたてて眠っている。
 ヴィンセントは焚き火の前に再び座り、燃え上がる炎をぼうっと見ていた。
(思えばユフィとこんなに話をするのは初めてだったような気がする。
 あれから2年か・・・彼女も変わったようだな。あの頃はただのわがまま娘だと思っていたが。
 ・・・結局何も変わらなかったのは私だけのようだ。変わるには年を取りすぎた、そして罪が深すぎた...)
 やがてヴィンセントもその場に眠ってしまった。

(・・・!)
 ヴィンセントは自分のすぐ側に気配を感じた。そしてその気配はゆっくり自分に近づいて来るようだった。
 彼は薄目を開けて様子を伺う。近づいてきたのはユフィだった。
(ユフィか・・・どうしたんだ?)
 ユフィはヴィンセントの傍らに座る。ヴィンセントにはユフィの意図が分からず、眠ったふりを続けるより他なかった。
 ユフィはヴィンセントの怪我をした左腕の上に手を伸ばした。そしてゆっくりと動かしていった。
 ヴィンセントの腕には触れていないが、明らかにその仕草は彼の腕をさするような動きだった。
「私の力では痛みを和らげるくらいしか出来ないと思うけど...」
 ユフィは静かに目を閉じた。
「ケ・・・」
 ユフィの声はヴィンセントにはかすかにしか聞こえなかったが、ユフィは何かを唱えているようだった。懸命に。
「ケア・・・ケアル・・・」
 ユフィはヴィンセントの怪我をした右腕にケアルをかけ続けていたのだ。
 ヴィンセントの右腕から痛みが少しずつ薄らいでいく。
(ありがとう、ユフィ・・・)
 痛みが薄らいで、ヴィンセントは知らぬ間に再び深い眠りについていた...。

 翌朝、ユフィは身支度を済ませると、ルクレツィアのほこらを出た。
「ヴィン、昨日はありがとう。おかげで風邪も引かなかったし」
「昨日は眠れたか?」
「うん、ぐっすりね。それより腕、大丈夫?」
「今日は嘘のように痛みも無い。まるで誰かにケアルをありったけかけてもらったような感じだ」
「良かったあ。それなら私も安心して帰れるよ」
「ユフィは何も心配しなくていい」
「ねえ・・・また此処に来てもいいかな?」
「マテリアか?」
「それもあるけど、やっぱりちゃんと直ったの確認しないとね」
「そうか・・・いつでも来るといい。私は此処にいる」
「うん、必ずまた来るよ」

 ユフィはヴィンセントに別れを告げ、森へ入っていった。
 森を抜け、小高い丘の上に登ると目の前には平原が広がっていた。
 ユフィは、ルクレツィアのほこらのある方角を振り向いて、そしてニッコリ微笑んだ。
(ヴィンは言ったよね、『いづれ見つかる筈だ。自分の想いを傾けられる何かを』って。
 ヴィン、必ずまた行くよ。だって私、それを見つけた気がするんだ...)




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【あとがき】

 贈り物小説が詰まってしまって急遽書き上げた小説です。一時僕の掲示板でヴィンセント×ユフィのカップリングが話題になって、それに触発されて書きました。考えてみると、ヴィンセントは二の線だし、陰があるし、モテル要素充分だし、ユフィが惚れても仕方ないかもしれないですね。過去の出来事に罪の意識を持っているというのも母性本能をくすぐられるかも。
 それから、これは最初は全然意識していませんでしたが、この小説、僕のFF7 Foreverのサイドストーリーになるかも。
 ユフィの登場の際、「好きな人、出来たんだ」なんてティファにこっそり打ち明けるなんていうのもいいかもしれないですね。