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2005年04月02日(土) カプチーノの美しさ

最近よく考えている事がある。

僕は某アーティストの歌詞を好んでいる。
彼らの詩に共通して言える事が、詩の奥深さである。
ストレートな表現もありながら,
言葉の裏に多くのメッセージが含まれ,比喩的な技巧がほどこされている。
それでありながら人々の心の奥底に響いていくのである。
それは理屈ではない。

彼らの作品をそういう視点で見たとき,
いったいどういう角度からアプローチすれば人の心に触れられるのだろう。
それを僕の作品に置き換えたとき、どう考えるか?
それは、映像に温かさを持たせるにはどうしたらいいのか?
ということである。
決してそう簡単な事ではない。

ポルトフィーノの少し手前にある海沿いの街、
カモリに行く電車の中で考えていた。
もともとこの作品を創ろうと思い立ったときの事を思い返してみた。
人は最初の頃に思い立った気持ちを忘れてしまいがちな生き物である。
だからこそ立ち返ってみる必要がある。

温かさとは何か?
体が温まる事も外れている事ではない。
例えば体が温まってホッとすること。
そう。
僕はもともとこの作品をカプチーノのような作品にしようとしていたのだ。

寒い冬,凍えるような寒さの中でバールに立ち寄り、
一杯のカプチーノをすすったときに沸き上がる、ちょっとした安心感。
それをキーワードにしていく事を思い起こした。

キーワードはカプチーノ。

それを基本のラインに据えて,温かいものを並べていく。
言葉を排した映像主体の表現となると、前述した尾崎やミスチルの詩のような、
象徴的なものを撮りためていく事が必要になる。
そしてラインに必要なものを並べていき,不要なものは排除。
映像はある種の切り貼りゲームのようなものである。

ではこれから行くジェノバでは一体どんな風景を撮ればいいのだろうか?
ただこればかりは生ものなので、そのときにならないと予想もつかない。
傾向を練るしかできない。
どうしたらいいだろう。
そんな事を考えているうちにジェノバに着いた。

Camogli の日常


カモリ行きの乗り換えのホームでサングラスをかけた子供たちがはしゃいでいた。
小さいサングラスだが僕の目には少し滑稽に映った。
その瞬間の新鮮な姿をフレームの中におさめられればいいわけである。
トータルバランスを考えたらいろんな場面は必要だし,
偏りのない撮影 (例えば子供だけでなくジジババ、女だけでなく男も、という事など)
をするべきである。


カモリに着き、街を歩く。
この辺の街の建物の壁はすごくきれいに見える。
電車から見てもそれはわかるのだが,実は建物の壁はすべてきれいに描かれているのだ。
きっと海沿いなので、塩で壁がボロボロになるのを防いでいるんだろう。
でもそのボロボロ感がいい味出していたりするのにな。

ここはやはり小さな街であるが、こぎれいにまとまっていて,
ポルトフィーノのような観光地化された雰囲気はあるものの,
東洋系は見当たらず,こじんまりとした感じが休暇で来るにはいいと思わさせられる。
この街には漁師のいるにおいがする。
ただ人の多さと街のきれいさが撮影には向いていないことを物語っている。

陶器に自ら絵を描き込んで、それをそこで販売しているおばさんのいる店があった。
人のいるところから少し外れた静かなところにある。
一つ一つ丁寧に説明してくれた。
そんなことあたりまえなんだろうけど,
例えばそんなあたりまえの人の優しさを映像にしてどれだけ人に伝わるのだろうか?

同じ街外れにパン屋の裏側の見えるところがあり,
おばちゃん同士が笑って話している。
映画のような風景だったが、微笑ましい感じが僕には温かさを感じた。
この温かさがどれだけ伝えられるのだろうか?

いまの僕はとにかく撮りためていくしかない。
編集したときに見えてくるものもたくさんあるのだから。


初めての試み


ジェノバに戻り、ロレンツォと連絡をとる。
ロレンツォはジェノバの郊外に行っていて、5時には戻ると聞いていた。
が、彼はまだ戻ってきていないという。
戻ってきたら連絡するというが,でも大して会える時間もないだろうという事で,
また次回に会う事にした。

ロレンツォはホントにいい奴で、前回会ったのは半年以上前にもなるのに,
そのときジェノバ近郊で行くべきところを決めたのを覚えていて、
「次はそこに行こう」とずっと言っていて、いまだに忘れていない。
僕からの見返りなど何も気にせずに、外からの客を楽しませようとする。
その彼の温かさは僕を通して人々に伝えるべき事である。

年末以来3ヶ月ぶりのボッカダッセに戻ってきた。
ここに来るといつもホッとする。
ホッとしたのもつかの間。
恒例の冷たいジェラートでスッキリする。
いつも通りのストラッチャテッラと今日はパンナコッタにした。

海岸に目を移すと、いつものボートにおっさんがいた。
何か作業をしている。
近寄ってみた。
いつものおっさんと雰囲気が違っていた。
黙々と仕事に取り組み、それでいて気性の激しい感じ。
ではない、とても穏やかな感じがした。

そのおっさんは網を編んでいた。
一つ一つ交差する部分を丁寧に固くしめていた。
ゆっくりと、そして力強くすすめていく。
その手先に僕は見とれてしまっていた。
ふと我に返ってカメラを手にしようとすると「バスタ (おしまい)」

初めて声をかけてみる。
「今日は海に行かないんですか?」
「今日はもう終わりだよ。明日の朝なら出るよ。
でも網を張るだけだ。じゃあまたな」

優しい笑顔と共におっさんは去ってしまった。
いつもの漁師とは反対のほうに向かった。
あの穏やかな感じが温度を感じた。
しかも方言などなく、しっかりと言葉が理解できた。
あれ以上へたに突っ込んで話さない方がいいと判断した。
彼を撮ることにしたらいいかもしれない。

僕の中での漁師のシーンは、やさしいジジイと青年の穏やかな会話をイメージしている。
そうそれは (ON THE BOAT) に近い感じかも知れない。


リアルな人生描写


その後しばらく腰をおろして人々を眺めていた。
窓から洗濯物を干す人。
なかなかいい映像は撮れない。

カモリの教会で結婚式があったが,そこの人だろうか?
新郎と新婦がドレスをそのままに海岸へ写真撮影に来ていた。
これは撮るしかないとカメラを向ける。
失敗していったんストップすると,
気づくのが遅かった若者どもが雄叫びをあげ,口笛を吹く。

「おぉ〜、撮り逃したぁ!!」
ダラダラしていたらシャッターチャンスを逃していた。

イタリアによくある風景で,
ちょっと頭のおかしい、歌を歌っているおっさんが歌い終わると,
横に群れていた子供たちが、半分馬鹿にしたような感じで、
拍手しながら口笛を吹いたり「ブラボ」と叫ぶのだが,
当のおっさんは無視してそのまま通り過ぎていく。
映画にも良く見かける風景だが,これは現地にいて、
しかもノンフィクションだからこそ価値の出てくる映像である。

リアリティを追求する。
真実の瞬間を手にして、作り物にはかなわない感動を呼び起こしたい。
職人が本物を創るのであるならば,映画職人の僕も本物を撮らなくてはならない。

撮り逃しはものすごく悔しいが,
どんなにいいカットでも編集の段階で切り落としてしまうこともある。
それを考えると、ブレていて遠目からの映像なので使えなかったかも。
と割り切ることで自分を落ち着かせていた。

ここボッカダッセを含めて,
ジェノバは全体的に子供がはしゃいでいる風景がたくさんある。
子供の画は断然ジェノバに限る。
そんな子供たちを見ているといかようにも生き方を変化できることを教えられる。

人生は自由だ。
自由の中で人はそれぞれの行程を選んでいる。
僕は自分の道を見つけて、その道を歩んでいるが,何も選ばない人もいる。
逆に言えばそれも一つの道である。
新たな形の道を創りだすこともできる。
人は自分のしたいように生きることができる。
自分の思い描いたように広がっているのが、世界である。

自由な世界は素晴らしく,生きるに値する。




コメント

■カプチーノの美しさ

この日のカプチーノというキーワードは、
ここのところずっと考えていた「温かさ」ということに対して、
舞い降りてきた僕へのメッセージであった。
カプチーノという名の象徴を利用して、
温度を広げていくことのできるイメージがどんどん広がっていった。

映像、特にドキュメンタリーなどは出演者の言葉による表現で、
どれだけ助力を得られ、人を感動させられることか。
ただそこに頼らない表現もあるわけで,
映像主体で表現し,人に伝わるものに昇華できたとき,
本物の作品として世の中に出せる。

映画は機械のようなパズルの組み合わせの原理と、
法則通りには動かない人の心という、
まったく異なる相対するものを扱う、面白い表現方法でもある。
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池田 剛 2005/04/04 09:40

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