ぱるはこんなカワイイ顔をしてすごーく狂暴な犬である。
今は大分マシになったが、来た当時はよその犬に遭遇するとまるでこの世の終わりのような悲壮な声で吠えて、母言うところの「おたけくるって」収拾つかなくなっていた。(よく何事かと近所の人に家から覗かれていた。恥ずかしかった・・・・・・。)母はその度に酷いショックを受けてしまって、
”もう面倒見られない、何処かに捨ててきてくれ”
と、発作的ノイローゼに陥ちいっていたものだが、決して本気じゃないと分かってはいても、さすがにこんなこと言われるとどきっとするので、
人間の男の子だって喧嘩することがあるから似たようなものだ”
と必死でなだめていた。

もっとも日が経つにつれて母の肝も据わり、
”犬に出くわしてあまり聞き分けがなく吠えたので、引き綱でバシバシ鼻面を叩いてやった”
とかいうくらい逞しくなったのだが、しかしどんな時でも予測不能の事態はあるもので、散歩の出しなに相性の良くない犬とでくわして喧嘩を売ってしまい、止めようとして興奮した相手の犬に母がガブっと噛みつかれたり、私は私で首輪をすっぽぬいてわざわざ襲いかかりに行くというすさまじいヤツに遭遇して正月早々
”やめてー!”
と叫んで転げ回って泥だらけになったりとか。
そのたびに、
”〜くそう!こんなバカ犬、引き取るんじゃなかったぜ!そんな愚かなことをした自分を、私は未来永劫許しはしない!!!”
と、自分で自分を激しくののしるという、・・・・・・去勢をしても一年目は何回もそんなことがあった。

こうして不名誉な武勇伝は数知れないのだが、しかしそれは反面、ぱるがとても臆病だからなのだ。
本質的にすごく音に敏感で、雷が大キライなのはもちろんだが、テレビから聞こえる踏切音やパトカーのサイレン、車輪のついた家財道具(例えばワゴンとか移動式の座卓)を動かす時に、床を滑車が滑ってきいきいきしむ音、それから、最近はやらなくなたが、朝夕、小学生が元気良く走って登校して行く時、背負ったランドセルの金具がかちゃかちゃ言う音が聞こえてくると、たーっ!と音のする方へ向かっていって、フットワークを利かせながら凄い形相でぎゃんぎゃん吠えていた。

まあそんなこんなも今となっては、笑って面白おかしいネタにしてしまえるのだが、今でもほとほと困っていることがある。それは”子供ギライ”と”男ギライ”だ。

この二つの人種には、よっぽど怖い目とか痛い目にあったのか、まず子供を見ると、相性の良くない犬と出くわした時以上に会ったときと同様に悲壮な鳴き声で吠え、それでも子供がぱるのほうへ近寄ってくると、飛びかかって服の裾を噛んでぐいっと引っ張った。・・・・・・当然子供はびびって大騒ぎだ。犬同士の喧嘩は、流血沙汰になりさえしなければ大抵は「ごめんなさい」で済んでくれる世界だが、万が一、人間の子供を噛んだりなんかしたら、それは立派な傷害事件である。だから遠くの方で子供を見かけたらぱると物陰に隠れるのだが、それでも駆け寄ってこられたら今度は私がパニックに陥りそうになる。それでもナケナシのお愛想でにっこり笑いつつ、
「ごめんね、この子あんまり小さい子のこと好きじゃないから」
そう言ってすかさずヤツを抱きかかえてしまう。でも子供の方は生きたぬいぐるみのようなぱるに(ほんとに見た目はそうなんだが。)触りたくて仕方がないから、なかなかその場を離れてくれないのだ。
出きれば仲良くさせてあげたいがが、子供は加減を知らないし、行動も予測不可能でどうしても「事故」が起きる可能性は高い。だから私はいつも、年に何回も出さないレインボーボイスの猫なで声(!)で、
”ごめんねえええ”を連発して、そそくさと通り過ぎるしかないのだが、子供の方にはなかなかそういう事情は分からないので、そういうはたから見ればとても心の狭いことをする私に、
「めちゃめちゃいけずなドケチのねーちゃん」
とでも言いたげな上目使いで見られてしまうと、理不尽な罪悪感を感じてしょうがない。

一方”男ギライ”の方だが、これはちょっと特殊なパターンだ。男性でも特に「Gパンを履いた人」とか「作業員風」とかいう人々に、問答無用で敵意を抱く傾向があるのだ。(これもよっぽどイヤな目に合わされたのか・・・・・・。(涙)具体的にどういうことがあるかというと、母が散歩させていて新築中の家の前を通りかかり、出てきた職人さんにがぷっといったり(ヤバイ(汗)早朝ウォーキングの壮年ご夫妻が後ろから歩いて来て追いぬかれざまにうおー!っといったりとか(かなりヤバイ(大汗)いうことなのだが、その中の一つがちょっと強烈というか、めちゃめちゃヤバ目であった。

私とぱりゅーで散歩に出たとき、お隣の旦那さんがご自分の家の雨樋や破風のペンキを塗りなおしていた。ここの旦那さん実は犬が苦手なのだが、うちのぱりゅーはあの通り外見は「生きてるぬいぐるみ」のように愛くるしいので(笑)犬の苦手な旦那さんでも、来てすぐはまだ、ちょっとだけ友好的な関係だった。

30分ほどで散歩から戻ってくると母が通りに面した下のベランダで鉢の手入れをしていた所で、私らは家の中と外でくっちゃべっていた。

そこへ家の別な箇所を塗るために、さっきの隣の旦那さんが通りに出てきたので、私は挨拶をした。そのとき旦那さんは、作業着にペンキを一杯くっつけていたのでちらっと、
”うわ、やばいかなー・・・・・・。”
とは思ったが、
”まあ顔見知りなんだから、まさかぱるでもそこまでは”
とうっかり油断したのが間違いだった。
それまで私の隣に大人しく付き従っていたぱりゅーが、旦那さんを見た途端突然オタケくるって、彼の足をあろうことかがぶっ!とやってしまったのだ。
「いってえええええ!!!!」
ご近所中に響き渡る大の大人の男の悲痛な叫び。
”〜オマエ顔見知りの人だろう、いくら犬が近眼だからって見た目で判断すんなよ。ってゆーかオマエ犬じゃん!?犬なんだからニオイで分かるだろうニオイでえ!ペンキのシンナーで鼻がやられとったんかあ!?このバカ犬!!!”
・・・・・・こういう時って傷害保険降りるのかしらとか、保健所に届け出なきゃいけないのかしら、ブラックリストに載っちゃうのかしらとか、こんな強暴な犬を飼ってる家は回覧版も回ってこなくなって、そしたらもうこの町には住めなくなるのかしらとか、瞬時に色んなことがとっさに浮かんで、久しぶりにざーっと、体中の血の気が引く思いだったが、とにかく私は平謝りで、母が慌ててお見舞い持ってお詫びに行くわ、帰宅した父にも謝りに行ってもらうわでエライことだった。

幸い、噛んだのも作業着の上から一瞬ですぐに引き離したから、肉がひきちぎれて病院で縫うとかいうオオゴトにはならずに済んだ。そこの奥さんも噛まれた本人の旦那さんも広い心でとりあえず許して下さった。しかしこの後、散歩帰りに車庫でぱるの足を洗っている時に出くわすと挨拶もそこそこに引きつって笑いながら、
”こっちに近づけないでね?”
と、そそくさと立ち去ってしまうようになてしまった。・これで彼の犬不信はますます進行してしまったのかーと思うとタイヘン申し訳ない。

しかしこの男ギライにも例外はあって、父はもちろん大丈夫だし、最初預かりっこになっていたお巡りさんにも大人しかった。そして何でだか知らないがうちに配達に来てくれる牛乳屋のおじさんは大好きだ。(集金に来るとぱるは大喜び。)
「それはやっぱりどっかの作業所とかで繋ぎっぱなしで飼われてて、そこのオジサンや子供にいじめられて、溜まりかねて脱走してそこに迷い込んできてたんじゃないのか」
と、友人の一人はいうのだが。
うーん。でも居たのは河原だったみたいだけど、割とお屋敷町近辺で保護されたんだけどなあ・・・・・・。(謎は深まるばかり。)

でも今はほんとに!、贔屓目をさっぴいてもかなり落ちついて、見境無く吠えたり襲い掛かろうとしたりということはしなくなった。来た当初のぱるを知っている人に久々に会ったりすると、
”まあ、すっかり大人しくなっちゃたんですね”
と驚かれるくらいだ。・・・・・・・それは・ぱるにとって安心できる、居心地のいい環境を与えられてるということだろうか。それなら少しは私ら一家のやってることもムダではなかったのだと思うが、今だ知ることの出来ない、ぱるがあんな風に怯えて狂暴にならざるを得なかった生い立ちを思うと、ちょっとばかり、心が痛い。

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