夏が絶好調を向かえ、その実、その時期を過ぎたら秋になると永遠に思えるような暑さが最後の名残になりそうな頃、伸はそわそわしだす。 そう次第に暑くなってゆく夏。その暑さと共に伸のそわそわは酷くなってゆく。 理由ははっきりしていた。俺の誕生日が近づいているからだ。 そのウキウキ度合いがあまりにも凄いので、以前聞いた事があった。 その時伸は鮮やかに笑いながらごめんねと言った。 あまりにも、その表情とその言葉がまったく合わないので、驚いて俺は見返すことしか出来なかった。 伸は言う。 『君が生まれた日だと思うだけで嬉しくて仕方がないんだ』 そう言って笑いかける伸は本当に嬉しそうで、一体俺の何を見てそう思うのだろうと聞きたくなった。でも、その言葉は口に出来なかった。なのに、伸はその俺の疑問が解って居たかのように、ますます綺麗な笑みその頬に飾った。 そして言葉を続けた。 『君は僕の事を器用で、何でも出来るってかなり買いかぶってくれていて褒めてくれるよね』 でもそれは買いかぶりじゃなくて事実だ。 伸は綺麗なその指で器用に何でも作ってゆく。美味しい料理、甘い菓子。本当に住み心地の良い空間。いつもそこは綺麗で完全だった。そんな家の中の事以外でもおよそ伸が対処に困った様子を見たことはなかった。 伸を知る人はだれもが持つ伸の印象は出来る人間だと思う。 『確かに自分でも、結構やっているほうだと思うよ。実際、出来もいい方だと思うよ』 その口調は自信満々でちょっと高慢に響いたけれど、その唇の端には自嘲の笑みが刻まれていた。迷いのように一瞬伏せた瞳がその言葉を告げた時はしっかりと遼を捕らえていた。 『多分、僕が機械だとしたら、随分と精密で高性能だと思うんだ』 そうだと、自然と俺は頷いていた。 そんな俺を見ていた伸の双眸に笑みが滲む。 『だけど、どんな高性能な機械でもそれを動かすエネルギーがないと動かない』 にっこりと更に伸の笑みは深くなり、少し戯けた様子さえ含まれていたように思えた。 『僕のエネルギーは君だよ』 いつの間にか伸の笑顔に引き込まれたように前のめりなっていた俺の額を伸は軽くはたいた。 『なんて顔してるんだい、遼』 尚、伸は深く笑う。 ほら、君が食べてくれると思うから、差し出されたのは綺麗に飾られたケーキだった。 一体、俺のどんな力が伸にこんな綺麗なものを作らせるのだろう。 その不思議は今も変らない。 ◇ 伸は浮き浮きしている。 まさに浮き足立つといった感じに見えなくもない。けれどその手元は確かな動きでケーキを飾り付けている。 「どうしたの?そんな見て、珍しいね」 伸は相変わらず笑みで返した。 「美味そうだ」 「そりゃ、当然。君のためだもの。もうちょっと待って。今、気持ちも目一杯入れてるから」 最後の仕上げとパウダーシュガーを雪のように降らした。 「はい、出来上がり。とくとご賞味あれ」 差し出されたケーキは季節のフルーツで飾られた小さめのケーキだった。みんな集まって祝ってくれる時とは違って、二人きりの時食べる特別なケーキ。 「どう?」 笑みを浮かべているものの、その瞳が真剣で俺の気持ちも畏まる。 口に入れると、サクサクとした確かな手応えに甘い食感、ふわりと甘いクリームの味がした。 「とても、美味しい」 心綻ぶように自然と出た言葉に、伸の畏まった表情も綻ろんだ。 「そう、良かった」 伸の作った形は綺麗で繊細だった。伸の気持ちみたいに思える。 「また作るよ」 何故か伸は眩しげに瞳を細めながら言った。その表情の方が俺には眩しい。 END 2002年11月24日 やっと書き終わったけどこんなに長くなる予定ではなかったのよ、なのに何故…文才ないぜと痛感しつつ、遼バージョンは難しかった。まだ伸バージョンがある予定まだ書けてない同時にUPしたかったんだけどね。 |