「今年の夏は暑いね〜」
 伸が言った。
 けれど、もう夏も終わりだ。窓から入る風は秋の気配も濃厚で涼しく心地よく部屋に吹き込んでくる。
「暑いからクーラー入れようか」
 耳元を擽るように更に言った。
 遼はクーラーが嫌いな事を知っているから、伸はいちいちクーラーに対してはお伺いをたてるのが二人の間で習慣化していたのだった。
 そう、わざわざ聞いたのに、遼は手元に集中してる振りをして無視した。
 実際、遼は伸からこの夏の成果なんだと渡されたフィルムを真剣に眺めていた。
「ねえ、遼」
 なかなか返事をしてくれない遼に焦れた伸はまた声をかける。
「遼も暑いよね」
「ああ、そうだな」
 遼の反応は冷たかった。
 結局、クーラーはかけられないまま無言の状態が続いた。
「ねえ、遼暑くない?」
 実際の所かなり暑かった。風は気持ちが良いのだが汗が伝う。
「多分、お前が離れたらかなり涼しいと思うぞ」
「そうだね」
 そう答えたものの伸は遼にべったりくっついて離れようとはしなかった。
 先刻からずっと伸は遼の背後に張り付いたようにくっついたまま抱きしめていたのだ。実際暑いし、第三者がそれを見たら鬱陶しい!この暑いさなかに!と言うこと請け合いの密着度だった。
 遼もはじめ、背後から覗き込むように密着してくる伸を暑いなとは思ったものの、自分の作品を見ていると思っていたのだが、どうも違うとそのうち気付いた。
 このくそ暑いさなかに伸は離れようとしない。
「クーラーつけようよ」
 離れる気はさらさらないようだ。益々くっついてきた。
「暑いんだろう」
 そう言った遼の声は少し怒っていた。
「まあね。でもこうしていたいんだ」
 言葉をそのまま更に実行しようとギュウと遼の体に絡んでいた腕に力をこめた。
 それから暫く無言で過ごした。
 せっかく良い風が吹き込んでいるのに、くっついていたいからといってクーラーを入れようと言うのもおかしい気がして遼は意地になったように手元に集中した。
 伸の方もその遼に付合うようにくっついたまま黙っていた。
 その時間は妙に静かで、確かに暑いけどいつの間にか心地良くなっていた。
「伸」
 ふいにその暑さが離れたので、つい遼は声を出してしまった。
「何?遼」
 伸がにっこりと笑って遼を見ていた。
 何故声を上げたのか答えかねて遼は何も言わず伸を見返しただけだった。強いて上げれば名残惜しかったとても言うのかもしれない。
 ひとつになっていたのが無理矢理離れたような感じ。
 そう思ったとたん、頬が今まで以上に熱くなった。
 それに伸の笑みが深くなった。
「暑いから冷たい飲み物でもと思ったんだけど遼も飲むよね」
「ああ」
 ぶっきらぼうに遼は答えただけだった。

 カラン。
 涼しげにグラスにあたる氷の音が静かに響いた。
「これで少しは涼しいよね」
 伸は定位置のように遼にぴったりとくっついたままそう言った。
 遼は少しだけ頷いて、まだ手元のフィルムを吟味していた。


まあそのなんだな。鬱陶しいけど一緒にいようって事で。ミント入りの涼しげなアイスティーでも飲んで涼みつつアツアツって事で。ほほほ。実はこの話し夏コミでのさる新刊本を読んだ時に思いついた話しなので、迷惑っぽいけど作者の佐木さんに捧げます。

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