「ねえ、遼。何処に行くか解ってるの?」
 遼がくるりと振り返った。悩む様子も見せずぶんぶんと思いっきり首を振られてしまった。
「こっちじゃないのか?」
 全然、気にしたふうもなく聞き返された。内心苦笑したものの、顔の方は笑ったままで伸は遼が歩き始めた方と逆の方を小さく指さした。たったったと軽快なステップで数メートル先に行っていた遼が伸の脇に戻ってきた。
「早く言えよな。お前が前歩け」
えらそうな言葉付きだった。
「はいはい、解りました」
 呆れた言葉のはずが、語調は明るい。はっきり言って文句を言うのは自分の方じゃないのか?そう思いながら伸の語調は自覚するくらい弾んでいた。
 ちょっと買い物に行くかと腰えを上げると、起きたばかりの遼が眠そうな割には、天気がいいから一緒に行くとついてきたのだ。自分でも変だと思う。たったそれだけ、一緒に暮らしていて、いつも一緒にいるのに、買い物にちょっと一緒に行くと言われた事が伸には嬉しくて浮き浮きしいてる。
 外は見事な晴天だった。青い空。白い雲。降り注ぐ陽光に感謝したいくらい。その感謝の言葉もお前って意外と語彙が少ないなぁ〜と、智将あたりが聞いていたら茶々を貰いそうな当たり前な言葉しか出てこない。
「何やってるんだよ。先歩けって言っただろ」
 ちょっと感謝している間に伸の歩みが遅れたらしい、遼はまた伸の前を歩き始めていた。
 確かに今日はすごく良い天気だな。これだったら買い物後回しにして散歩もいいかもな、折角遼と出掛けたんだし、そう考えるとこっちのルートじゃなくて、伸はひとり悦に入って道順を吟味しはじめた。そうそう、ちょっと遠出してもいいかもね。帰りにあそこの店で外食でもいいなと勝手にプランを組んだ。
「ねえ、遼…」
 自分のちょっと前を歩いていたはずの遼に提案しようとすると、姿が無い。
「遼!!」
 慌てて回りを見ると、かなり後ろの方で遼はしゃがみ込んで黒猫さんと会話中だった。
「遼、遼ったら〜」
 我ながら情けない声を出していた。伸が遼の所まで戻ろうとすると、遼が猫から視線を伸に向けた。じゃ、と猫に別れの挨拶を妙に格好良く決めると、わるいと言いながら、まったく悪びれず戻って来た。
「最近、見かけなかったんで何処に行っていたのか聞いてたんだ。通う場所増やしたらしいんだ」
 嘘か本当か、いや白炎と会話していたから出来るかも、半信半疑で遼の猫との会話の内容を聞きながらまた歩き出した。遼が饒舌なくらい猫について話出した。いつの間にかこの辺の猫たちとはかなり、お知り合いになっていたらしい、通り過ぎざまに何匹かの猫にも挨拶してゆく。休日の晴天でそれなりに商店街は賑わっていて、平和を絵に描いたみたいだった。ほかほかと気持ちが暖かい。遼と出会った時の状況を考えたら嘘みたいだ。こんな日がくるなんて、とても幸せなんだろう。そう思うながら遼の歩調に合わせ会話に相槌をうつ。相変わらず、遼はあんまり考えていないのか、買い物をするはずの商店街を通りすぎそれでもつかつか歩き続けた。
「そう言えば、伸、何処に行くんだ?」
 ひとしきり猫のなわばりの話をした後、遼が聞いて来たのは商店街からかなり離れてからだった。
「買い物変更して、散歩にしようよ。それで、夕飯は外食にしない?」
 遼は一瞬、目を丸くすると、くるりと表情が笑顔に変わった。笑顔といってもちょっと人を食ったような、幾分、ニヤリ混じりの笑顔だった。
「いいぜ。じゃあさ、此処からだったら、俺、良いところ知ってるんだ、そこに行こうぜ」
 遼の何処か企んでるような笑顔に気押されて、伸はコクンと頷いた。
「よし、伸走れ」
「―――!?」
 遼が伸の手を掴んで猛然と走り出した。伸は状況を把握しかねて、遼に引っ張られるままに走り続けた。何をしてるんだろう?通り過ぎざまに振り返られたりしながら、それでも走っていた。買い物に出掛けるだけの格好で、全力疾走とまではいかなくても走り続ける姿はかなり目立った。
 しかも、遼はくねくねと裏通りの自動車も通れないような道も使って進んで行くので、そのうち伸には何処に自分たちがいるのか解らなくなって来た。
 しっかりと手を握られて遼について行く、こんな状況で握られた手が嬉しいなんて、自分はかなりいかれてる。まだまだ君にぞっこんなんだと、伸はこんな状況なのに呆れるくらい幸せだった。
 視界が急に開けた。何処をどう来たら此処に来れるのか解らないまま公園が眼前に広がっていた。
 なだらかな丘陵に緑の芝生。小さいが川まで流れている結構立派な公園だった。ここまで大きかったら伸自身も知っていそうなのに心当たりがなかった。
「良いところだろう」
 息を切らしながら遼がその芝生におもいっきりごろんと横になった。
「そうだね」
 遼の横に伸もごろんと転がって空を見た。ぽつんぽつんと、雲が流れてゆく、それをぼんやりと眺めていた。遼もそうしてるようだ。僅かに離れた体温を感じる。
「よくこんなところ知ってたね。こんなのもたまにはいいね」
 横にいる遼に話しかけたが返事がない。ごろりと転がって遼を見ると気持ち良さそうにぐっすりと眠っていた。
「まったく自分勝手なんだからさ」
 それでも好きなんだけど、残りの部分は自分の心にだけ言って横で眠っている遼の手を握った。ほかほかと空気も暖かく、渡る風も和やかで心地よい、そして何より遼の手の平の熱が気持ち良かった。
 本当、こんなのってもしかしたら最高かもしれない伸はそう思った。
「伸…、シン!!」
 何?遼?気持ちよい眠りを無理に覚醒させられた。体を思いっきり揺られた感覚にぼんやりと目を開けると遼が覗き込んでいた。
「お、おはよう…?」
 反射的にそう言ったものの、自分の状況が把握出来ない。あれ、いつ寝ちゃったんだっけ?此処は?
 遼の覗き込んでくる顔もぼんやりしか見えないくらい辺りが薄暗かった。
「気持ちよさそうだったけどそろそろ起きろよ。もう暗くなっちまう」
「???」
 寝ころんだままで首だけ左右に動かすと、周りはすっかり夕暮れだった。そうだ公園に来ていたんだ。
「このままじゃ、いくらなんでもまずいだろう。野宿もおもしろいけどな。だけど俺腹へっちまってさ。参ったぜ、お前全然起きないしさ」
 先に寝たのは遼じゃないか、ちょっとムときながら覗き込んだ状態のままの遼を見上げた。に〜とその顔を見て伸が笑った。まだ意識がはっきり覚醒していなかった。
「キスしてくれたらすぐに起きたのに」
 寝起きで伸自身思考がおかしかったのだろう、それは後で思った事だったけれど。
 遼がジとそう言った伸を見下ろしていた。表情が動かない。怒ったのかな?そんな懸念を伸も無表情でしていると、遼の顔が近づいてきて、唇を重ねた。
 暖かい。その熱が離れた。
 ガバと伸が遼にぶつかりそうな勢いで身を起こした。
 ひょいとそれをよけながら、遼が大笑いした。
「効果覿面だな、そうすりゃ良かった。お前、手を握って離さないしさ、喉乾いたってのに、水も飲みにいけなくて困ったぜ」
 そう言いながら、ちょっと呆けてる伸となにげにちょっと照れてるらしい遼は視線をずらした。
 手…?
 気が付くと、当然のように遼の手を握っていた。
 ぱっと、反射的にその手を離す。遼はニと笑い立ち上がると自分についた芝生をはたいた。そうするとまだ座り込んでいた伸に手を差し伸べた。
「たまにはこんなのっていいな」
 そう言いながら、ぐいと伸を立ち上がらせる。
「うん、そうだね」
 君はいつもおひさまみたいだな。差し出された手の先にある笑顔を見て、伸はそう思った。掴んだ手の平が暖かかった。
 夕焼けがとても綺麗で、最高に嬉しかった。
END
2000.9.11
4000ヒットのrieさんのリクエスト伸遼で甘々の短編小説って事だったので、楽勝〜のわけなかろう〜。甘々?って〜と悩んでいたところ、谷山浩子さんの「僕は鳥じゃない」の中に入っていた『おひさま』を聞いたら、伸遼、クスッっと笑いつつこれでいけるじゃん〜と、まんま書いてしまいました。う〜ん甘いかどうか不安があるものの、私に取っては是が甘々って事で。ご了承下さい。