図書館 | |
大神: | うーん…… |
シー: | あれ? あ、やっぱりそうだぁ。大神さーん、ヒューヒュー! |
メル: | もうっ、恥ずかしいから静かにしてってば。大神さんも、お休みに読書ですか? |
大神: | あ、メルくんにシーくん。いや、少し気になることがあって、調べものをね。 |
シー: | わー、お船の資料がいっぱい。カイグンのお勉強ですねぇ。 |
大神: | いや、そういうわけではないんだ。花火くんのフィアンセ、フィリップさんが亡くなったという例の海難事故だけど… |
メル: | ……! |
大神: | あの沈没の原因が、いまいち腑に落ちなくてね。 |
メル: | ……大神さんも、そう思われますか。 |
大神: | メルくん、きみ…? |
メル: | こんな場所では何ですから、お話は外で。いくわよ、シー。 |
シー: | へ、なに? ちょっとまってよぉメルぅ〜っ! |
モンマルトル | |
大神: | 『エンジンの故障が原因と言われています』という花火くんの言葉を疑うわけじゃないが… |
シー: | あたし、どうして沈んじゃったんですかってグリシーヌさまに聞いたことがあるんですけどぉ。ものすごおっくおこられちゃいました。 |
大神: | 花火くんを気遣うグリシーヌの優しさだな。俺だって花火くんを傷つけたくはない。 |
メル: | 大神さんは海の専門家です。一度ご意見を伺ってみたいと思っていました。 |
大神: | 俺は軍艦しか知らないし、ましてや機関部は専門外だ。とりあえず、豪華客船のエンジンはどういったものか調べてみたんだが… |
エンジン | 代表例 |
ボイラー + 蒸気シリンダー | タイタニック* (ホワイトスターライン・1912年) 56000馬力 |
ボイラー + 蒸気タービン | イル・ド・フランス (フレンチライン・1927年) 52000馬力 |
ディーゼル | 氷川丸 (日本郵船・1930年) 22000馬力 |
大神: | タイタニック型のレシプロエンジンはもう時代遅れだ。高速を競う最近の花形客船は、のきなみ高出力の蒸気タービンを搭載しているね。 |
シー: | 蒸気タービンって、たしか光武Fのエンジンもそうですよねぇ。 |
大神: | そう、小型でパワフルなのがタービンの特徴だからね。「ノルマンディー」や「クイーン・エリザベス」級の巨大客船になると、出力は15万馬力を超えるらしい。それに比べると、最近実用化されたディーゼルエンジンは馬力は低いが… |
メル: | ディーゼルって、トラックやバスと同じですね。 |
大神: | ああ、大きさは違うが同じエンジンだ。大出力は苦手だが、燃費がタービンの半分ですむから、中型くらいの客船に搭載されるケースが多いようだ。 |
シー: | 花火さんとグリシーヌさまが乗ってたお船は、どれなのかなあ。 |
大神: | 蒸気タービンとしか考えられない。公爵家の結婚式となればかなりの大広間を持つ船が必要だろうし、なにより、ディーゼルエンジンは… |
メル: | 故障しても、沈まない。 |
大神: | その通り。トラックやバスのエンジンが爆発したなんて話は聞いたことがないしね。故障が原因で火災が発生したなら話は別だが… |
シー: | 火事で沈んだんなら、ふつう「火災が原因で」って言いますよねぇ。 |
大神: | 船体がダメージを受けるような爆発源として唯一考えられるとすればボイラーだ。ここは常時20〜30気圧の蒸気で満たされている。 |
メル: | でも、ボイラーが破裂した程度で、船体に穴が開くでしょうか。 |
大神: | そこだ。機関室の人間は破片と高熱で命がないだろうが、よほどヤワな船でもない限り、船の外殻に穴が開くとは思えない。 |
シー: | んもーっ。結局どれもだめじゃないですかぁ。 |
大神: | ご、ごめん。でも考えれば考えるほど、エンジン故障で船が沈むなんてあり得ないんだよなあ。 |
メル: | ……それでは、今度は私がお話しします。 あの頃、巴里華撃団はまだ設立前でした。でも、予備組織として活動していた私たちの中で、ある噂が広がったのです。 |
大神: | 噂? |
メル: | あの船には、霊子核機関が積まれていたのではないか、と。 |
大神: | 霊子核機関!? 翔鯨丸や空中戦艦ミカサに使用されていた…… |
シー: | えーっ。そんな話、聞いたことありませんよぅ。 |
メル: | シーが配属になる、数か月前の話よ。 |
大神: | 待ってくれ、霊子エンジンのテクノロジィはトップシークレットとして賢人機関の管理下にあると聞いてる。まさか民間の船には…… |
メル: | もちろん民間利用は認められていません。でも、賢人機関のスポンサーだったある船舶コンツェルンが、ブルーリボン(大西洋横断最速記録)欲しさのあまり、秘かに霊子核機関を流用したというのです。 |
大神: | 過激な速度競争のためか… しかし、霊子核機関は使用法を誤ると非常に危険な技術だ。 |
メル: | はい。高霊力の操縦者でないと起動さえしない霊子機関と違い、霊子核機関はあらゆる動植物から霊力を吸い取って動力にします。 |
大神: | そんな船に、一般人とは桁外れの霊力を持つグリシーヌや花火くんが乗り込んだ。 |
メル: | それに、霊力の強さは心理状態によっても上下します。結婚式を控え、喜びに包まれた花火さん……その霊力の強さは想像もできません。 |
大神: | 霊子核機関はすさまじい過入力に耐えきれず、やがて暴走…… |
メル: | その可能性は、大きいと思います。 |
シー: | ちょっと待ってくださいよぅ。それじゃあまるで、花火さんがお船を沈めたみたいじゃないですかぁ。(ぷんすか) |
大神: | おそらく、花火くんはそう考えてしまう。自分が原因だと。だからグリシーヌは、事故の理由を知っててあえて口にしなかったんだ。 |
メル: | 花火さんを華撃団に迎える時、最後まで反対なさっていたのもグリシーヌさまです。花火さんがご自身の強い霊力を知り、いつか事故の原因に気づいてしまうことを恐れられていたのではないでしょうか。 |
大神: | それで今、その船会社は? |
メル: | その後急速に業績が悪くなって、今はもうありません。賢人機関の制裁を受けたというのが私たちの通説です…… |
ブルーメール邸 | |
メイド: | …といった結論に落ち着いた模様です。 |
タレブー: | ご苦労だったざます、さがってよいざます。 |
グリシーヌ: | メルの奴、賢人機関の盗聴網を避けるため往来に出るとは智恵者。だが、往来を行き来していた女がすべて我が家のメイドとは想像できまい。 |
タレブー: | あのメルという娘、なかなかの切れ者ざます。ぜひブルーメール家に欲しい逸材ざます。 |
グリシーヌ: | 任せておけ。巴里が平和になったあかつきには、隊長ともども当家に引っ張ってこようぞ。 |
タレブー: | それにしても、あの三人には秘密を解かれてしまったざます。 |
グリシーヌ: | 構わぬ。いずれ花火も知らねばならぬこと。フィリップの呪縛が解ける日はそう遠くあるまい。ただ…… |
タレブー: | ただ? |
グリシーヌ: | あか○りさとるの大和撫子願望で生まれ、タイ○ニックの真似がしたいだけで婚約者を葬られる、そんな花火が不憫で不憫でならぬ…… |
タレブー: | それは言ってはいけないお約束ざます…… |