第八話を終って...上の巻

Chapter 8 (Former Half)

さくら:皆さ〜ん、新年あけましておめでとうございまーす。今年もどうぞよろしくお願いします、大神さん!
大神:あけましておめでとう、さくらくん。今年もどうぞよろしく。しかし、こんなかわいい女の子たちに囲まれて迎えるお正月なんて初めてだ。いやー困ったな。
同期生:おんどりゃー大神いっ!! てめえおいしいところばっかりとりやがってぇっ! こちとら正月は野郎ばっかりの無礼講でぇちきしょう。
大神:という海軍の同僚の声が聞こえてきそうな気がするが、役得だよ、役得。でれ〜。
さくら:でも、すみれさんのあの着物、なんだかすごかったですね。びっくりしちゃった。
大神:まったく。あれで「ちょっと地味かしら?」だからな。お正月だってのにあいかわらず喪服のままのマリアの立つ瀬がないな。
さくら:ほんと。さすが社交界に君臨する帝都の華って感じですね。
大神:そういえば、さくらくん「あたしもすみれさんを見習って...」とか言って妙にすみれくんを持ち上げてたけど、どういう心境の変化なんだい、あれは。
さくら:や、やだなあ...あたしだってすみれさんみたいに、ドレスが似合ってダンスも踊れるすてきなレディになりたいなって思うこともありますよ、だって...
大神:だって?
さくら:...あたしも、一度大神さんと...
大神:何だい、さくらくん。
さくら:な、何でもありません! それより、そ、そのう、わ、わざわざあたしと一緒に初もうでに来てくださって、どうもありがとうございました!


「大神はん、結局さくらはんと出かけはるみたいやな」
話をきり出したのは紅蘭だった。
「もーっ、アイリスもお兄ちゃんといっしょに初もうでいきたーいっ!」
「まったく、この社交界の華・神崎すみれをさしおいて、よりによってあんな田舎臭い娘と二人でお出かけになるなんて、一体どういうおつもりなんですの、少尉」
「あーちきしょう。あたいだってたまには隊長を独り占めにしてみたいもんだぜ、全く」
紅蘭の言葉を待っていたかのように、皆が堰を切ったように文句を並べはじめる。
大神とさくらが最近いい感じになってきているのは皆の認めるところである。だからこそ、廊下の角で大神がさくらを初詣に誘っているのに耳をそばだてつつも、結局誰も「ちょっと待った!」を言い出すことができなかったのだ。
しかし、大神といっしょに初詣に行きたがっているのは花組全員同じこと、さくらと大神の楽しそうな声に耐えかねたのか誰ともなく一人二人とサロンに集まってきて、テラスから射し込むうららかな太陽のもと互いに「その話題」には触れないように他愛のない話を続けてきたのだ。
「仕方ないわ。隊長が自分でお選びになったのですもの。私たちは隊長とさくらのおだやかな一日を静かに見守ってあげることにしましょう」
窓の外に広がる帝都のお正月風景に目をやりながらマリアが自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「そうや」
紅蘭が突然にやりと笑った。丸眼鏡がきらりと光る。
「な、なんですの、突然」
紅蘭の横に座っていたすみれが気色悪そうに紅蘭の顔を見た。
「ほら、みんなで隊長とさくらはんの後をそーっとつけるんや。今やったらまだ十分間に合うで」
紅蘭が指さすガラス越しに、劇場の玄関に立ってさくらが出てくるのを待つ大神の姿が見える。
「わー、おもしろそう! 紅蘭、やろーやろー!」
「ははは! おもしろそうじゃねえか、よし、いっちょみんなで行こうぜ!」
この二人の電光石火的ノリはすさまじい。
「仕方ありませんわね。帝都に花咲くこのわたくしがドロボーのようなまねをするのは気がすすみませんけど、みなさんがそうおっしゃるのでしたらお断りできませんわね」
実はだれよりも乗り気なすみれくん。
「よーし、これで決まりや! そうと決まれば、帝國華撃團花組、いざ出撃やで!」
「ちょっと待ちなさいみんな。そんなことをして何になるというの。隊長と一緒に初詣に行きたい気持ちはよくわかるけど、こうなってしまったのだもの、仕方ないわ。もうじたばたしないで素直に二人の帰りを待つことにしましょう」
視線を窓から戻し、マリアが平静をよそおって皆に諭す。
「ほんまにそれでええのんか? マリアはん、今さくらはんに続いて恋愛度第二位なんやろ? このままさくらはんに隊長もっていかれて納得いくんかぁ」
紅蘭の一言は、元花組隊長を二十歳の可憐な女性に戻すのに十分だった。
「そ、そうね、どうも気が乗らないけど、みんなが行くっていうのならわたしも行きましょう。もし事故でもあったら心配だし」
「そーそー。素直になろーや! ほな、みんな、いざ、しゅっぱーつ!」
「おーっ!」


さくら:明治神宮までは蒸気鉄道だったかららくちんでしたけど、でも乗るときに追いつくのが大変でしたよね、大神さん?
大神:ほんと。カンナの時は正月早々走らされてさんざんだったもんなあ。あ、そうそう、そのことで確かめておきたいことがあるんだけど。
さくら:え、何ですか?
大神:蒸気鉄道を追っかけた時、さくらくん確か「あ、電車がきました、乗りましょう!」って言ってたよね。電車ってなに?
さくら:ぎく! あ、あたしそんなこと言いましたっけ?
大神:間違いない。会話ウィンドウにも文字としてしっかり出てきたぞ、電車って。
さくら:うーん、んー、えーっと、えへへ、砂沙美、わかんな〜いっ!
大神:...そう逃げるか。



こうして彼女たちが帝國劇場の玄関を出た時、大神とさくらは蒸気鉄道に追いつくべく懸命に走っているところだった。
「あー、隊長とさくらはん、蒸気鉄道に乗るつもりやなー!」
「困りましたわね。さくらさんたちと同じ列車に乗るわけにもいきませんし」
「かといって、次の列車待ってたらだいぶ遅うなってしまうもんなあ、さくらはんたちに追いつかれへんようになってしまうで」
思案する紅蘭。ふと顔をあげると、みんなの視線が自分に集中している。
「え...やっぱり、あれ、使うしかないんかな」


「紅蘭、もっとスピードはでませんのっ! これでは全然あの列車に追いつけませんことよ!」
「めちゃいわんといてやっ。これだけ乗ったらいくらうちの愛機でも出力不足や...」
さしもの大発明蒸気バイクも、後席にマリア、側車にすみれとアイリスをつめこんではまともに走ることなどかなわない。
「ちょっとすみれー! おしりもうちょっと横にどけてよ、ジャンポールがつぶれそーになってるでしょ!」
「びーびー言うんじゃないっ! これ以上どうしようもありませんことよっ!」
アイリスは側車の中につめこまれてぎゅーぎゅーもがいている。
「カンナー! ちゃんとついてきとるかー!」
「おーりゃああああ! 蒸気力なんかに負けてたまるかあ、あたいはこの足で勝負だーっ!」
結局乗りきれなかったカンナはものすごい形相で蒸気バイクの後ろを走って追ってくる。
「くそー、これじゃどないもこないもならんわ! よーし、駆動系にはちょっとオーバーロードやけどこの際しゃあない! 汽缶出力六十六噴口弁へ!」
「きゃああああー!」
すみれの絶叫を残し、蒸気バイクは猛然と加速してゆく。
「おりゃああああああー!」
負けじとカンナもフルスピードで追いすがる。


花組の他の団員が正月早々怒濤のごときどたばたを演じているとはつゆ知らぬ二人は、幸せいっぱいに明治神宮の鳥居をくぐろうとしているところだった。
「わー、すごい人...これが帝都のお正月なんですね」
「ああ。これだけの人が平和な元旦を迎えることができたのも、きみたちの頑張りがあったからこそだよ」
「ええ、そうですね。あー、あそこに縁日がでてる、みんな楽しそうー!」
しかし、二人がこの人混みから少しだけ目を離し、まさにいま通ろうとしているその鳥居を少しでも見上げたとしたら...今の二人にはそれは期待できそうにもなかった。だがそのおかげでつかの間の平和はもう少しだけ続きそうだ。


「もー、チョーげき寒ってカンジぃ!」
「がたがたがた。はやく見栄きってさっさとやっつけちまいましょうや、ボス」
陽は照っているとはいえやはり一月、鳥居の上に立つ彼らに吹き付ける風は身を切るような冷たさで、これまで地底でぬくぬくと育ってきた彼らを容赦なく襲っていた。
「ええい、やかましい! こういうのは見栄をきるタイミングが重要なのだっ。いましばし待てっ」
とはいえ冬が寒いのは悪の権化だろうと正義の味方だろうと同じ普遍の真理である。当の葵叉丹も見た目平静ではあるが実はやはり寒い。天海を倒し正月気分で油断している帝國華撃団の前に突如現れ、彼らを叩きのめし帝都を恐怖のどん底に陥れる記念すべき大登場を目の前にしてこのような障害が立ちふさがるとは。
「ぐ、この葵叉丹としたことが...おのれ、あなどれぬわ、シベリヤ寒気団

帝國華撃団の新たなる戦いが、いま始まろうとしていた。


大神:せっかく手に入れたつかの間の平和も、残念だが長くは続かなかった。
さくら:ええ、葵、叉丹...手強い敵、ですね...黒之巣会とは比べものにならないほど...
大神:ああ。今回は翔鯨丸の砲撃で何とか撃退したものの、あの降魔相手にいまのおれたちと光武では...残念ながら、全く歯がたたない...
叉丹:ふふふはは...
さくら:...な、何者?
叉丹:ふははは。気分は如何かな、帝國華撃団の諸君。
大神:く...葵、叉丹!
叉丹:どうした、私の力に恐れおののいて早速逃げ支度かな?
大神:な、何を...! この帝都はおれたちが必ず護る、おまえの好きにはさせないぞ!
叉丹:ほざけ。貴様のように女にうつつを抜かしてるようなくだらぬ男に私を止める事などできん。おいしい奴め、こちとら野郎集団にオカマ約一名ときた。悪役とはいえこの差は何だ、ちくしょう。
大神:は?
叉丹:...聞き流せ。まあせいぜいあがいてみることだ。そうでもなければ何の張り合いもないからな。さらばだ、諸君。ふはははは...
 
さくら:お、大神さん...
大神:...確かに今のおれたちでは、叉丹の前にはまったく無力かもしれない...
さくら:そ、そんな、大神さん、どうしちゃったんですか、そんな弱気なこと言わないでください! そうだ、特訓です、大神さん! 葵叉丹に負けないようにあたしたちも自分自身をもっともっと鍛えれば、きっと活路が見えてくるはずです、きっと!
大神:そ、そうだ。ありがとう、さくらくん、きみの言うとおりだよ。おれたちは何もせずにおめおめと悪に屈するような負け犬じゃない。よーし、こうなりゃとことん特訓だ、やるぞ、さくらくん!
さくら:はい、コーチ!

...こうして、帝撃花組の一か月にわたる熱血な特訓が幕をあけましたとさ。

叉丹:で、その間、私は律儀にも休戦していたわけだ。もしかして、おれっていい奴?


←第七話へ  第八話(下)へ→
やって楽しむサクラ大戦のページに戻る

ご連絡はこちらまで: takayuki あっとまーく sakura.club.ne.jp