第八話を終って...下の巻

Chapter 8 (Latter Half)


「剣の道、すなわち心の道...剣は心により輝き極まる、速やかに、軽やかに...」
澄み切った早朝の大気を一振りの太刀がすらりと切り裂く。極限までに無駄の廃されたその動きには、命を懸けた真剣勝負とは知りつつも見る者に芸術性さえ感じさせる美しさを秘めている。
ひとしきりの稽古が続いただろうか、日も高く昇った頃、彼女の愛刀は静かに鞘におさまった。
その人、真宮寺さくらは額の汗を拭いながら木漏れ日を見上げる。
「ふう、すっかり腕がなまってしまっていたわ。自分でも恥ずかしいくらい」

花組隊員は総員再訓練が必要との大神の指令に従い、さくらは自分の剣を育て上げてくれた恩師の元に戻り稽古を続けてきた。そのかいあって今や彼女の剣の腕は往年の鋭さを取り戻した、いやそれ以上の洗練された技を身につけるまでになっていた。
「...いいえ、まだまだ。もっともっと稽古を続けなきゃ」
再び彼女は腰の太刀に手をかける。彼女の極めんとする道に終わりはないのだ。

そんなある日、ざんぎり頭に腰には酒樽、なたのような大刀を背負った一人の男がどこからともなく現れた。彼は自分の剣の相手になる強い奴を求めて旅を続けていると言い、さくらに真剣勝負を申し入れた。さくらとて当初は決して乗り気ではなかったが、男と目線があった途端彼の目に宿る本気を感じ、もはやこれは避けては通れない勝負であることを悟った。

男が刃渡り2メートルはあろうかという大刀を振りかざす。さくらも腰に手をかけ、愛刀の鯉口を切った。
男が猪の如く突進してくる。彼女も愛刀を上段に構えた。
男は中突きでさくらのみぞおちを狙う。さくらは刀を前にしてそれを受け止める。
と、次の瞬間キャンセルがかかったように男の技が鋭く変化した。
「弧月斬!」
なたのような大刀が二度三度と大気を引き裂く。すさまじい破壊力を持った剣だ。
だがさくらは軽やかな動作で男の剣をかわし、次の瞬間強烈な大斬りをたたき込む。
技あり153%。
男はふらついた。真剣勝負に容赦はない。さくらはとどめの連続技を鋭くかける。
男はすべての体力をうばわれ、ばったりと地面に倒れ伏した。
と、男は再びおもむろに立ち上がり、突然体力を回復すると「二本目、勝負!」という訳の分からないかけ声とともに再び突進してきた。
「天覇封神斬っ!」
男は一本目を奪われて気が動転したのかもっとも使えない大技を出してきた。
さくらはかるくこれをかわす。男の剣に当たり判定がなくなったのを見るやいなや必殺の攻撃をたたき込む。男にもはや勝ち目はなかった。
「ちっくしょう〜っ」
男は苦しげに叫び、今度こそ地面に倒れ伏した。

その後も変な鳥を連れたアイヌ娘やら、変な犬を連れた欧米人やら、挙げ句の果てにはキリシタンやら高笑いの巫女やら、よくわからん奴らが何度か勝負を申し入れてきたが、いずれも所詮さくらの相手ではなかった。

彼女は未だ気づいていないらしい。光武に乗るよりも生身で戦った方がよっぽど強いということを。


「やってみせる! あたいなら出来るはずだ! 今度こそ親父を越えてみせる!」
彼女は山のような黒牛を目の前にして気合いをいれなおした。
カンナは以前空手の修行のためにこもった山を再び訪れている。今回の彼女の目標は第一に念願の牛殺しを達成することだ。何の罪もない牛にはこんなに迷惑な話はないが、帝都を護る帝國華撃団の訓練のため、どうか安らかに成仏して頂きたい。
「どぅりゃあーっ!」
死闘が今、始まった。

ちなみにカンナの元にも格闘中国娘やら、変な相撲取りやら、軍服を着た巨体のおっさんやらよくわからん奴らがストリートファイトにやってきたが、いずれも彼女にかなう相手ではなかった。セーラー服姿の女子高生格闘家を倒したとき、カンナはこう言ったという。
「あんたの時代は終わりだ! いまやさくらといえば真宮寺だぜ!」


「やれやれ、腕が鈍ったかな?」
「ふふ...今日のところは私の勝ちのようですね」
大神とマリアは毎日共に銃の訓練に励んでいる。別に大神は攻撃に銃を使うことはないのだが、精神集中の鍛錬としては決して無駄ではない。
それよりも、花組元隊長と現隊長の二人が互いによい刺激材料となることによってより高度な統率能力、判断能力を自分に習得させようというあやめさんの意図あるに違いない、と、大神は理解していたが...

「なぜ大神はマリアと共に特訓させることにしたのかね、あやめくん」
あやめのこの指示は米田にもいまいち理解しかねた。
「ええ、マリアとなら決してあやまちは起きないでしょうから。ほかの花組団員と大神くんがもし二人きりになったとしたら...ただでさえ大神くんに気のある子たちですもの、思わず体を許してしまうことになってしまうかもしれませんでしょ」
彼女のシモネタ傾向は帝撃通信局出演の悪影響かもしれない。


「わーい、こんなに買っちゃった! すみれ、これぜーんぶもらっちゃっていいの? このドレスとかとっても高かったのに」
「いいのよ、アイリス。すみれおねえちゃんはお金持ちなんだからっ! じゃあそろそろ帰りましょ。さあ、今夜はまた帝國ホテルで華麗な大晩餐会ですわよ」
「へー、すごーい! いいなー、アイリスもいちどいってみたーいっ」
このところすみれとアイリスは連日ショッピングの毎日をおくっている。無論アイリスの買い物もすみれがすべて勘定を支払っているのだ。
なぜか? 無論帝國華撃団の資金調達のためである。すみれは帝撃の資金難を知り、帝國各財閥からの出資を引き出すべく、自らの立場を利用して毎夜の晩餐会を初め社交界の行事に足繁く参加しては各界の実力者に協力を要請しているのだ。そして各財閥の中でも発言力のある百貨店系列の者たちの機嫌をとるためにも、神崎家が重要な得意先であることを彼らに印象づけなければならなかったのだ。
とはいえ、いくら神崎家の令嬢すみれとて財布の中身は無限ではない。そしてこの時すみれは表向き平静を装いつつも、内実は限界ぎりぎりまでの出費を強いられていたらしい。
すみれがいつも通っていたお気に入りのあんみつ屋にぱったりと行かなくなり、ある日のことそのあんみつ屋の前で立ち止まり、財布を握りしめたままため息をついて立ち去るすみれの姿が目撃されている。


「うーん、ここんとこがやっぱりうまいこといかへんなー」
紅蘭は米田からの指令を受け、退役した光武に代わる次世代の霊子甲冑、仮称「光武改」の開発にあたっていた。
黒之巣会とは比較にならぬ力を持つ新たなる敵を迎え撃つためには、あらゆる面において旧光武をはるかにしのぐ強力な性能が要求される。帝撃技術本部と神崎重工特殊開発課の努力により霊子甲冑本体の機構的な課題はほぼ解決をみたが、どうしても問題が残るのがこれだけの大出力を供給するジェネレータであった。従来の霊子力+蒸気機関ハイブリッド形式を踏襲するのみではこれ以上のパワーアップは期待薄と言わざるを得ず、この問題の解決には相当大きな技術的飛躍が必要であった。
そこでアブノーマル爆発系発明家、紅蘭の出番となったわけである。
「うーん、この部分でどうやって中性子を制御するかやな...」


大神:こうして一か月にわたるそれぞれの特訓が終了したわけだ。そして、帰ってきたおれたちを待っていてくれたのが...
紅蘭:そう、うちの超自信作、新霊子甲冑「神武」や!
大神:すごいぞ、紅蘭。一か月で霊子甲冑の新開発を成し遂げるなんて。神武のあのパワー、これまでの光武とは比較にならないほど強力だ。
マリア:本当ですね。第八話最後の交戦はまさに神武の強さを確かめるような戦闘でしたし。
大神:あまりの出力で、出撃の際に格納庫の床を踏みつぶしてしまったけどね。
紅蘭:あ、あれは、神武のパワーに耐えられるだけの補強を床にするとこまで手がまわらんかったんや...これでもすみれはんが財界やら官庁やらそこらじゅうに頭さげてくれはって、神武の製作にかかる資金だけはどうにかこうにか工面できたからなんとかなりましたんやで。
大神:そうだな。すみれくん、本当にどうもありがとう。きみには随分きついこと言っちゃって、おれ、どうやって謝ればいいか...
すみれ:あーら、わたくしはショッピングに晩餐会にと毎日を楽しんでいただけですわっ。わたくしなーんのことだか全く存じ上げませんことよ、ほーほっほっほっ!
大神:...っていうすみれくんには思わずぐっときちゃったなあ。次回は絶対すみれクリアさせていただきます。
カンナ:まったく、あれだけ強力な甲冑を用意してくれてたとくりゃ、特訓で鍛えたあたいたちの力を思いっきりぶつけられるぜ!
大神:やあ、殺牛野郎のカンナ。一か月の間見ないうちにさらにたくましい体つきになったな。ほんと頼もしい限りだよ。
カンナ:誉めてくれるのはうれしいけどよ...その殺牛野郎っての、どうにかなんねえか。
アイリス:もーっ、とっくんとっくんって、アイリスどうせお昼寝してただけだもん! くすん、なかまはずれ...
大神:そんなことないよ、アイリス。きみのような育ち盛りの女の子はよーく寝ることもとっても大事なことなんだよ。それがアイリスの特訓だったのさ。
さくら:...あ、皆さん、ここにいたんですか。紅蘭、花やしき支部の人が用事があるって。
紅蘭:そうや! 神武のメンテナンスのことで技術本部のお人がくるゆうとったな。あ、ほんならうちはこれで。
大神:いろいろと大変だね、ご苦労さま。
   たったったっ。
さくら:あの、ひとつ気になることがあるんですけど...紅蘭、もう行きましたよね...
大神:な、なんだい、突然神妙な顔つきになったりして。
さくら:あの、神武に搭乗するときに気づいたんですけど、読者のみなさんも出撃の時のビデオクリップでご覧になれますよね、あの、神武の背中に背負った鉄の缶に描いてあるマーク...
大神:神武の動力供給部?
すみれ:もう、じれったいですわね。一体何ですのっ。
さくら:その、どこかで見たような気がするんですが...その、原子力マークに似てるような気が...
大神:げ、原子力!
マリア:そういえばあのマーク、どこかで見たことあると思ってたけど...でも、まさか。タービンかなにかの標識かもしれないし。
すみれ:いいえ、あのマッドサイエンティストならやりかねませんことよ。第一、あれだけのパワーアップを可能にするとなると...
大神:こ、これは、かなり、やばいぞ!
マリア:と、とにかく、戦闘装には内布に鉛を縫い込んで。
大神:帝大の友人にたのんで、ガイガーカウンタを借りてきて。
さくら:ど、ど、どうしましょう、大神さん...
大神:い、今はただ、紅蘭が十分に放射線遮蔽を考えた設計をしてくれていることを願うのみ...とにかく、さくらくん、特に腰回りの遮蔽は十分にしておかねばならないぞ、ふたりの子供にかかわる遺伝的問題になるから。
さくら:ふ、ふたりの...?!
大神:え.....し、しまったあーっ!! お、思わず!


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