第九話 現われた最終兵器(下)

Chapter 9 (Latter Half)


 予測はついに現実となった。敵は魔神器の収奪を狙い、ついに大帝国劇場へ直接の攻撃を仕掛けてきたのだ。
 花組全員が地下格納庫に急行し、各自の神武に乗り込む。少々遅れて到着した大神は大急ぎで愛機伍番機に駆けつけた。
「遅いぞ大神っ! いいか、降魔どもは何があっても中に入れるんじゃねえっ、入り口は特に厳重にがっちり固めるんだ、分かってるな大神い!」
「は、はい、了解しましたっ!」
 コクピットに入るやいなや、通信機から飛び出す米田の大声に慌てて大神が応える。だが彼は、直前に起きた信じられない事態のショックからまだ抜け出せてはいなかった。
 無理もない。あやめの様子がおかしいのはともかく、彼女に突如首を絞められ死ぬ目にあったばかりなのだから。さすがの大神にもこの事態には頭が混乱しきっていた。よりによってこんな時にあやめを置いたまま出撃しなければならぬとは。
 しかも...
 大神は懐にしまわれた拳銃をそっと取り出す。
 ...あやめさんの銃。
《もし私に何かあったときは、その銃で迷わず私を撃って!》
 あやめの声が大神の頭にこだまする。一体、何故...?
 カチャリ。小さな音を立てて弾倉が外れる。装填された弾は...わずかに一発のみ。これでは撃ちもらしは絶対に許されない。
 何を思ったか突如、大神の目がきらりんと輝いた。
「そうか、あやめさんは俺の拳銃の腕を高く評価してくれているんだ、特訓の成果を認めてくれていたんだ。感動だーっ、うる〜」
 そんなことに感動している場合ではない。しかも、大神がもう少し注意してその一発の銃弾をよく見ていれば...それは高純度の霊子水晶を弾頭にもつ特殊弾、すなわち...対上級降魔専用弾であったのだ。
「見ていてください、あやめさん! この大神一郎、あやめさんの期待に応え、いざという時には必ずや一撃であなたのハートを射抜いてみせます!」
 心臓を射抜くのだ、大神。英語で言うと意味が違うぞ。


 神武の出撃を確認した米田は、魔神器の眠る秘密格納函の元へと急いだ。敵の目的はこの魔神器だ。これだけは決して奴らの手には渡さぬ。
 あやめはずいぶんと遅れてやってきた。顔色がすこぶる悪い。
「どうした、あやめくんっ!?」
 米田の問いかけに反応はなかった。
「.....さ......叉丹様......」
「なんだそれは、あやめくん。新手のギャグか?」
 魔神器の格納函に手をかけるあやめ。次の瞬間、三種の祭器は彼女の腕の中に忽然と出現した。
「しまった、魔神器がっ!」
 米田が反応する間もなく、あやめは闇に吸い込まれるようにその姿を消した。


 もぬけの空となった格納函を前にして立ちつくす米田。いまや米田の頭の中で、すべての懸念がひとつの結論に収束した。

 ...そうか、そういうことだったのか、あやめくん......
 やられた、よ....

 それは、歴戦の米田をしても到底防ぎようのない事態だった。いや、米田はこれまであやめと共に何度も死線をくぐり抜け戦ってきた。かけがいのない仲間だったのだ。その彼女を疑えというのか。この事態において、誰が彼を責めることが出来ようか...

 ご心配なく、このようなことでくたばる米田ではない。後日、事の真相を何も知らぬ陸軍のお歴々どもが、降魔の侵入と魔神器の収奪を許した責任を問い、米田を陸軍特別査問委員会に召喚した。そこで事件の真相をいくら追及されても、彼はくそまじめな顔をして「大帝国劇場がセコムしていなかったから」とシラを切り通したという。臨席していた花小路伯爵の高らかな大笑いで、米田の責任問題は不問に付された。


 大神たち帝撃花組の奮闘空しく、魔神器は今や敵の手に堕ちようとしていた。
「さあ、あやめ。こちらへ」
「.....はい。」
 叉丹の言葉に、抵抗もなく従うあやめ。その言葉には意志が感じられない。もはや彼女の自我は、その片鱗さえ現出することを許されなかった。
 大神は、その手の中にあの銃の感触を感じていた。
 まさか、このようなことが現実に起ころうとは...
 大神の顔が苦渋にゆがむ。
 ...今だ、大神。撃つんだ。
 ...な、何を考えてるんだ、おれは。あやめさんだぞ、撃てるかっ!
 ...おれは軍人だ。これは任務だ。あやめさんの指令だ。おれたちは帝都を守る。敵を倒す。だから撃つっ!
 撃つっ!

 ドォン。

 大神の放った一発の弾丸は、痛ましいほど正確に、あやめの胸を貫いた。
 花組全員の体が硬直する。この事態をすぐに理解できる者など誰ひとりとしていなかった。
「大神さん!」
「あやめ!」
「なにすんねんっ!」
 紅蘭の台詞、文字にするとボケ漫才のツッコミになってしまうが誤解なきよう。関西弁恐るべし。
 全身をつらぬく痛みと共に、あやめの体から力が抜けて行く。薄れゆく意識の中、彼女はひとり心の中で叫んだ。

「...ち、ちょっとっ、まだ早いわよっ! あ、あの弾は対降魔専用、覚醒したばかりでまだ力の弱い殺女を、対降魔弾で撃滅する計画だったのに...今撃って私を殺してどうするってのよぉ!」


マヤ:本編とのシンクロ率、さらに2ポイントダウン!
シゲル:このままでは、ゲーム本編との整合性が危険ラインに達します!
冬月:...あやめの台詞が違うのはまずいぞ、碇。
ゲンドウ:問題ない。修正は十分可能だ.....たぶんな。

「これを...見るがいい」
 静かにあやめの唇をふさぐ叉丹。その瞬間、あやめの目に邪悪な光が宿るのを大神は見た。
 予想だに出来ぬ光景。花組全員が声も出せず硬直したその目の前で、帝國華撃団副指令、藤枝あやめは、ついに上級降魔殺女へと、その姿を変えた。


叉丹:よくぞ覚醒した、殺女。
殺女:...はい。
大神:あやめさん、目を覚ましてください、あやめさんっ!
叉丹:ふふふふ...大神一郎。冷静な判断、迅速な行動、そして...その勇気、ほめてやろう。
大神:なにっ!!
叉丹:だが、お前の放った銃弾は対降魔専用弾だ。あやめ殿はこの殺女を倒すのが目的で、お前に銃を託したのではないのかな?
大神:なんだってっ!...ま、まさか...(真っ青)
叉丹:なのに貴様は、当のあやめ殿を自分の手で死に追いやったわけだ。浮き足だったな、大神。どうだ、かけがいのない仲間とやらいうものを自ら葬り去った気分は?
大神:...な、何てことをしてしまったんだ、おれは.....おれは......
マリア:しっかりしてください、隊長! これは叉丹のワナです!
叉丹:ふはははは。案ずるでないわ。お前がその銃を撃とうと撃つまいと、あやめ殿の命はいずれにせよ消える運命。そして、あのような対降魔弾一発では、どだいこの殺女に傷一つつけることもかなわぬわ。
 彼のこの一言がなかったら、大神は今日の晩にも宿直室で首をつっていたかもしれない。けっこう気のきく叉丹くん。
殺女:ふふふ、どうしたの、大神一郎。お前の愛する藤枝あやめを自らの手で...どう、本望でしょう?
大神:く、な、なにをーっ!
紅蘭:落ち着くんや、大神はん! 敵のペースに乗せられたらあかん!
さくら:自分を取り戻すんです、大神さんっ!
大神:(深呼吸×3)...よし。で、さっきから妙に気になるんですけど...
一体どこから調達したんですか、その服
殺女:な、何よ、その突然冷静な質問は。
紅蘭:うわはは、ほんまやほんまやー。レザーのボンデージ、なんかいや〜んな感じ。
すみれ:そのお召し物、叉丹殿がわざわざ持ってらしたのかしら。これまたずいぶんと変なご趣味ですこと。
殺女:な、何よ、みんなでよってたかって。これは服じゃないのっ、背中の羽根とおんなじ体の一部、細胞なのっ。だから自分の趣味では選べないのっ。
大神:はあ..... ん、ってことは、その服、もしかして、洗濯もできないんですか?
アイリス:きゃはははっ! うわー、きったなーいのーっ!
殺女:くうう〜っ! それがどうしたってのよっ、登場して既に3年、コスチュームの洗濯なんてしたことないセーラームーンに比べりゃよっぽどましでしょっ!
叉丹:...そろそろ自分のペースを取り戻せ、殺女。
殺女:...はっ。ふふふふ、元気のいいのも今のうちね。帝都は間もなく灰燼と帰す。お前達に待ち受けているのは、苦悩、絶望、そして、破滅...
叉丹:聖魔城の復活は近い。我々も行くぞ、殺女。
殺女:はい。
大神:ま、待ってください、あやめさん! 行っちゃだめだ、あやめさーんっ!!

 大神の必死の叫びは、ただ空しく夜の空に吸い込まれる。叉丹とあやめ、いや殺女の姿はいまや遠く小さく、そして、漆黒の闇の中へと消えていった。

「隊長.....作戦室へ、戻りましょう...」
 凍り付いたような沈黙を破り、マリアがようやく、一言呟いた。



さくら:あやめ、さん...
紅蘭:...まさか、こないなことになってしまうやなんて...
アイリス:ぐすん...お兄ちゃん、あやめお姉ちゃん、いったいどうしちゃったの、もう帰ってこないの...?
大神:大丈夫だよ、アイリス。あやめさんは叉丹に操られてるだけだ。おれたちの手で、必ず取り戻すっ!
マリア:...しかし、あの状況においても、予想だにしない話題を持ち出し敵の思考を攪乱する隊長の巧みな話術...さすが、高度な心理戦を得意とする隊長だけあります。
大神:へ? いや、おれはただ、あのあやめさんの変な服は一体どうしたんだろう、っていう素朴な疑問で...
マリア:はあ? じ、じゃ、もしかして、あのたらいのワナ戦術も...
大神:うん、たらいなんかつけてみたら、結構面白いかなーなんて思ってさ。
マリア:........。《ちろりろーん》
大神:あれ?
すみれ:しかし、さすがはあやめさん、といったところかしら...この強さ、伊達ではありませんわね...
大神:...全くだ。最後の対'蝶'戦なんて、カンナに不用意につっこませたらあっという間に撤退で再戦になっちまったもんな。人の部屋にお邪魔してやってる身だからさっさと戦闘は済ませたかったのに、余計に時間がかかってしまったよ。
カンナ:まったく、先陣切って攻め込ませるんなら、あたいにかばうの一個でもかけといてくれよなぁ。
大神:いやその、初回プレー時の「カンナ先陣→カンナかばう→カンナらぶらぶ」パターンの恐怖感からまだ抜け切らなくて...うー。
紅蘭:はいはい、被害妄想はそこまでそこまで。もう読者の皆さんもあきたやろ。
マリア:隊長、ついに聖魔城も復活してしまいました、私たちの戦いもさらに困難を極めます...
大神:ああ。だが、紅蘭がいいことを言っていたね。「この世に明けない夜はない」んだ! おれたちは決して負けるわけにはいかない、どんな苦しい戦いでも必ず勝機はある! なんとしても帝都を、そして、この世界を守るんだ!
一同:はいっ!

 大神の、そして少女達の最後の戦いが始まる。第十話、乞う御期待!


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