第一章 ルウム
宇宙世紀〇〇七九年一月一六日 四時五六分 サイド５付近 連邦軍第四艦隊第四三戦隊 巡洋艦『エクゼター』 第一艦橋 「艦名、出ました。『ネレイド』です」 ルナ２方向に向かっていた四三戦隊が回頭し、地球方向に向かった第二・第九艦隊を追い続けて三十分以上過ぎて、ようやくセンサーの有効距離に捉えたのは、カニンガンが『ネレイド』を盾にするべく回頭を始めた頃だった。 ちょうど四三戦隊が第二・第九艦隊のバッフルズに入っていたため、得られる情報は限られたものだったが、連邦軍艦隊が置かれた状況は、『ネレイド』の行動を見れば一目瞭然だった。 チェンは報告を受けると情報士に命じた。 「タイムテーブルを出してくれ。第二・第九艦隊が脱出するのに必要な時間と、『ネレイド』が稼ぎ出す時間を頼む」 続けて、第二艦橋で公国軍艦隊に一撃を加える計画を練っているネフを呼び出した。 「情況は分かっているな」 「はい」 「で、どうするつもりだ。変更はあるのか」 チェンの質問の意味は、『ネレイド』をどう扱うのかということである。ネフの返事は簡潔なものだった。 「ありません」 そう答えて、さすがにそれだけではまずいと思ったのか、補足を加えた。 「この情況からいまさら『ネレイド』を救うことは出来ません。一応、対艦ミサイルを早めに発射し、セイバーフィッシュ隊を向かわせて『ネレイド』の周りにいるザクを追い払うか、注意を逸らすことは出来無くもないでしょうが、その場合敵艦隊への攻撃力が著しく低下し、我が戦隊が何らかの意味のある行動を取れるだけの戦力を喪失します。つまり四三戦隊は犬死にしますね。カニンガン准将も望まれないでしょう」 自分の言葉が、冷徹と冷酷との間を揺れ動いてると言っていいほど危険なものであるということは、ネフも承知していた。が、今、彼らに必要なのは人間的な感情などではなく、小を切り捨て大を採る、いわゆる『悪魔の選択』を行えるだけの決断力だけであるということも承知していた。指揮官としてはもっとも願い下げにしたい情況である。この場合、ネフは助言を行うスタッフでしかない。決断を下すのはチェンである。 僅かな時間が流れた。チェンは、一瞬目を閉じ、開いた。 「分かった。予定通りいこう」 「了解」 ネフとの話を終えると、チェンは通信士を呼んだ。 「『ネレイド』と繋げるか？」 「現在は無理です。微粒子の濃度が高いため、通信状態が最悪です。ちょうどバン・アレン帯に入ってますから、戦闘時のものを除いても微粒子濃度が高い宙域ですので……」 戦闘時にまき散らす推進剤や、各種の爆風、索敵・射撃照準を妨害するチャフなど、戦場で発生する微粒子はかなりの量になる。通常なら拡散してしまうのでさほど問題はないが、これだけの規模の戦闘となると簡単にはいかない。地球の衛星軌道に残るものも出てくるのである。まして『ネレイド』は撤退中の第二・第九艦隊の後方にあり、微粒子に取りまかれているといっていい情況にある。 「やむをえんな。呼び出しを続けろ。我が戦隊は、予定通り敵艦隊への突撃を続行する」 そう命令すると、チェンは戦隊各艦の舷側にへばりついているセイバーフィッシュの一機との回線を開いた。 「パク大尉、セイバーフィッシュ隊の情況はどうか」 「問題はありません。不確定要素についてはコメントは差し控えさせていただきます」 余裕をみせるパクの返事にうなずくと、今度は四二戦隊から借りてきた編隊のリーダーと繋いだ。 「スコット大尉、君の隊はどうかね」 「私の戦隊から移動するのに必要だった分の推進剤は補給出来ませんでしたが、まあ問題ないでしょう」 問題が生じたら、撃墜されなかったとしても、文字通りに宇宙の彼方へ飛ばされるだけのことだ。大差はない。 「分かった。ナン大尉？」 ボール部隊の総指揮官は不機嫌そうな表情を隠そうともせずに答えた。 「問題ありません」 「そう景気の悪そうな顔をするな。ボールの機動力では、セイバーフィッシュの機動についていけないことぐらい分かってるだろう」 「分かっているだけに気分が悪いですよ。こんなことならボール乗りになんてなるんじゃなかった。畜生、ボール隊の配置は完璧です」 よろしい。チェンは、コンソールのディスプレイに表示されているタイムテーブルに目を遣った。現在〇・五Ｇ、つまり体重の半分もの重力がかかっており、ノーマルスーツの重量が彼をシートに押しつけているため、首を動かすのは結構力が要る。 宇宙世紀〇〇七九年一月一六日 四時五六分 サイド５付近 公国軍総旗艦 巡洋艦『ファルメル』 艦橋 「新たな戦隊規模の敵発見。おそらくサラミス級巡洋艦三隻。我が艦隊との接触予定時刻は五分三十秒後」 なんとまあ、逃げ巧者とでもいうべきかな。報告を受けたドズルは呆れ半分に、そう思った。レビルめ、よほど前から見切りを付けていたな。これだけの戦いの後、補給万全の兵力をこうも巧みに残しておくのはかなりの難行には違いない。 しかしこれで困ったことになった。現在連邦軍艦隊を追撃している第一・第二・第四戦闘群の内、第四戦闘群は先刻ＭＳを投入しており、第二戦闘群は緒戦でかなりの損害を受けている。残る第一戦闘群のＭＳを迎撃に回せば、連邦軍艦隊を叩く戦力に不足が出る。艦隊戦を挑むか。しかしながら推進剤はもういくらも残っていないはずだ。それにしても一撃離脱の敵を迎え撃つのにわざわざＭＳを投入しなくてはならんのか？ ドズルの心に迷いが走った。 「参謀長？」 参謀長も困った表情を浮かべていた。 「戦果拡大を望むのであれば、第四戦闘群を盾にして残る二個戦闘群を追撃に回すのですが、この場合我が方の受ける損害も馬鹿になりません。戦争を短期で終わらすという前提が有効ならばそれでも良いのですが、コロニー落としの失敗から長期戦にもつれ込む可能性を考えますと、戦力の減少は避けるべきでしょう」 コロニーを落として連邦を和平交渉のテーブルに引きずり出すこと。その戦略方針が失敗に終わった現在、以前からの方針に従うべきか、長期戦を踏まえた判断を下すべきか。公国軍の戦略方針が明確に定まっていないことがドズルや参謀長を迷わせていた。 「ところで、我が軍の情況はどうなっている」 ふと何かを思ったのか、ドズルは質問した。参謀長は一瞬戸惑ったが、反射的に返答した。 「戦闘の連続でかなり疲労していますが、士気は極めて高く、もうしばらくは戦闘力の低下は低いレベルに留まると思われます」 そう答えながら参謀長はドズルの意志を理解した。戦闘はこれまでだ。 「よろしい。第一・第二戦闘群のＭＳに敵戦隊を迎撃させよ。残る艦艇で敵戦艦に引導を渡してやる」 「了解しました」 宇宙世紀〇〇七九年一月一六日 四時五七分 サイド５付近 連邦軍第九艦隊旗艦 戦艦『ネレイド』 第一艦橋 「識別しました。四三戦隊です」 通信士の報告を受けたカニンガンは、表情の選択に迷った。まあ、喜ぶべきなのだろう。戦隊司令のチェン大佐は彼より十ほども年上だったが、昔から親交があった。それだけに彼の性格は知り尽くしている。少なくともここ一番の見せ場を逃すタイプの人間ではなかった。一撃に全ての戦力を叩き付けて、敵に混乱を引き起こす行動を採ることにより、敵のＭＳを自分の方に引き寄せることが狙いだ。どちらに転んでも第二・第九艦隊に向けるべき戦力は不足することになる。 「敵艦隊、ＭＳ発艦体勢に入りました。機動の方向から、主目標は四三戦隊と断定できます」 「敵の艦艇の動きに注意しろ。こちらに来るはずだ。対ＭＳから対艦戦闘にモードを移行する」 艦長が命令を下すのを遠くで聞きながら、カニンガンは撤退作戦の成功を確信した。対艦戦闘なら十分やそこらは粘ることが出来る。ＭＳはチェンが引きつけてくれる。その間に逃げ出してしまえば、追いつくことが出来なくなる。つまり、完全に壊滅する艦隊というのが無くなるわけだ。僅かではあっても基幹兵力は残る。連邦軍再建の足がかり程度は残るということだ。 よろしい。カニンガンは満足した。殴られっぱなしの一日だったが、最後に一発ぐらいはお返しできるだろう。判定負けでもＫＯ負けよりはマシ、ということだ。負けは負けでもそちらの方が気分がいい。 宇宙世紀〇〇七九年一月一六日 五時一分二八秒 サイド５付近 連邦軍第四艦隊第四三戦隊 巡洋艦『エクゼター』 第二艦橋 「敵ＭＳ隊、外周防衛ライン到達」 「ミサイル発射」 ネフが命ずると、軽い振動が走った。艦首部の対艦ミサイルランチャーから対艦用の核ミサイルが発射されたのだ。僅かな時間を置いてもう一度同じ振動が走る。 宇宙世紀〇〇七九年一月一六日 五時一分三四秒 サイド５付近 「対艦ミサイルが来ます」 部下の報告を受けるより先に、コンピュータがモニターにその旨を伝える表示を行った。 「放っておけ。我々の任務は対艦攻撃だ」 第一戦闘群と第二戦闘群に所属するＭＳ二個大隊の指揮を執るユーリック中佐はそう命じると、敵艦隊の懐に切り込むまでの時間を確認した。 あと四二秒。 その表示を目にするのと、モニターが閃光を発し、彼の機体を爆風が振り回したのはほぼ同時だった。 爆風に巻き込まれて機体がスピンを起こす。機体制御を司るプログラムが、突然の異変に対応すべく機体各所の姿勢制御スラスターに命令を発したが、破壊されたスラスターも多く、充分な制御が出来なかった。同時に機体に生じた被害を判定するプログラムが報告を行う。コンピュータは機体制御に修正を加え、スピンを打ち消して元の機動を続行するべく生き残ったスラスターに命令を送った。 しかし、そのために消費された時間は、人間のレベルで判断しても短いものではあり得なかった。 爆発直後の数秒間は気を失っていたらしく、気が付いたときには機体のバランスは回復されていた。意識の回復に割り込むように、機体の各所にダメージを受けたことを告げる警報が鳴り響いている。ユーリックはサブコンソールを見て機体の状況を確認した。 サブコンソールのディスプレイにはＭＳを表す簡単なグラフィックで機体の情況を表示していた。赤く点滅している箇所はダメージを受けた部分。そして赤く反転した箇所は機能停止しており、脱落した箇所は黒く暗転して表示される。 畜生。右腕が脱落、サブスラスターもかなり喰われている。特に右脚がひどく、生き残っているスラスターも全てが点滅している。 「中佐、ご無事ですか」 部下の一人が彼を確認したらしい。心配そうに通信を送ってきた。 「ああ、とんだ無様を晒したな。私の機体は駄目だ。母艦に戻る。最先任……、第四中隊のマルクス少佐は無事か？」 彼に指揮権を委ねる、そう言おうとした時、四三戦隊が放った第二波のミサイルが炸裂した。今度は爆風そのものは大したことはなかったが、爆発が収まった後もネズミ花火のようにのたうち回りながら閃光を放ち続けている。閃光弾か。ユーリックは歯がみした。これではレーザー通信が有効に行えない。つまり指揮権の委譲が行えず、戦闘力を取り戻すまでの数十秒間、第二四ＭＳ大隊は指揮官不在で戦わなければならないということになる。第二戦闘群の第一六ＭＳ大隊がその間をフォローしてくれればいいのだが。 宇宙世紀〇〇七九年一月一六日 五時一分四二秒 サイド５付近 ハウザーが率いる第一六ＭＳ大隊は、第二四ＭＳ大隊の後方を進んでいた。本来ならば大隊を、中隊長でしかないハウザーが指揮を執ることはあり得ないのだが、先程までの戦闘で大隊長が戦死しており、大隊長代理の権限を背負わされていた。 混乱が収まるまであと三十秒は必要だろうとハウザーは思った。もちろん、連邦軍がその隙を見逃すはずがない。戦闘機を突っ込ませてくるはずだ。既にこちらに向かってきているはずだが、第二波の対艦ミサイルに閃光弾が仕込んであったらしく、連続的に発生する閃光が宇宙空間から本来あるべき暗闇を追い払っており見通しが利かない。 対艦ミサイルを甘く見すぎたな。かなり面倒な調整が必要なはずだが、まさかＭＳ狙いで来るとは。しかしまあ小細工の上手い奴がいるもんだな。たしか士官学校にいた頃、『指揮官が奇計に頼るのは絶体絶命の証明』と教わったもんだが。まあ、今の連邦軍を絶体絶命と言わなくしてってことか。 そんなことを考えながらも部隊の進行方向を左側に寄せ、混乱している前衛を回避する。混乱の回復は各小隊レベルで行ってもらうしかない。 畜生め。ハウザーは心の中で罵り声を洩らした。自分が指揮を執るといっても、まともな指揮系統が機能していない。連邦軍を叩きのめしたとは言え、公国軍側の消耗も相当なものであり、とくに中隊レベルの指揮を執る下級士官の数は危険なほど低下していた。これではまとまった戦力として機能しない。だいたい一介の大尉に過ぎないハウザーが、大隊の指揮を執らざるをえない情況である。まともな話とはとても言えそうにない。 ともあれ閃光と混乱が支配する宙域を迂回し、少しでも視界が拡がる位置へと急いだ。定数の半分以下、二十機にも届かない彼の部下もそれに倣う。 宇宙世紀〇〇七九年一月一六日 五時一分五一秒 サイド５付近 「ブラック・リーダー、状況報告」 先刻爆発したミサイルが放つ閃光弾は、ミサイルを追いかけるセイバーフィッシュ隊にも影響を及ぼしていた。直接的な衝撃波自体は大したことはないようだが、通信効率はかなり低下している。通信ディスプレイに映るスコットも、ノイズが混じってかなり歪んでいた。しかし音声は明瞭なので、パクにとってはそれほど問題とはならなかった。 「問題なし。このまま任務継続します」 「了解」 パク自身や彼のウィングマンにも問題は認められない。わずか五機のセイバーフィッシュである。一機でも機能の低下を来すことは遠慮願いたいところだ。 「チェック・テン」 「了解」 爆発の閃光を迂回してきた敵ＭＳが視界に入った。敵も二手に分かれていたらしい。最初の計画では爆発で混乱している敵を叩くということになっていたが……。 「ホワイト・リーダー、それは俺が引き受けます」 スコットが言ってきた。 「分かった。任せる。グッドラック」 とは言え、二機対二十機だ。まともに行ったのでは話にもならない。しかしながらそれについてはスコットに任せるしかない。パクに出来るのは、言った通りに幸運を祈るだけである。もっとも、彼には幸運を祈るだけの時間も充分には与えられなかった。 前面モニターにマーカーが表示され、シーカーが標的をロックオンしたことを示すビープ音がパクの耳朶を打った。 ロックオンしたとはいっても、ミノフスキー粒子と閃光弾の影響でまともなホーミングは一切機能しない。出撃前に受けたプログラミングに従って、敵ＭＳ隊が混乱から脱する前にミサイルを叩き込む。その座標を確認したというだけのことだ。パクは機械的にボタンを押し、時限信管を起動させたミサイルを一斉発射する。彼の部下もそれにならい、一機あたり八発、合計二十四発の対空ミサイルが放たれる。 軽く機体が振動し、重荷がパイロンから発射されたことを告げた。機体の加速度が上がり、パクの身体にかかるＧが増加する。減圧されたコクピットの空気と彼の身体を支える操縦席を通して、機体の振動が伝わってきた。モニターには現在の加速度が八・六Ｇであるということが表示されていた。ミサイルそのものは一五〇Ｇにも達する猛烈な加速度で虚空を突き進む。 モニターに次々と表示が表れる。ミサイルの起爆まで二・八秒。次弾発射準備良し。 発射。ボタンを叩くと機体内に搭載されている十二発の短距離ミサイルが発射される。 初弾起爆。モニターに閃光弾とはまた違った種類の閃光が走る。爆発の衝撃波到達まで三・七秒。回避運動開始。パクは操縦捍を僅かに引いた。機体下部の姿勢制御スラスターが高熱の推進剤を噴出し、セイバーフィッシュは進行方向を変えて衝撃波の直撃を受けるコースを避け、構造上一番丈夫な機体下部で衝撃波を受ける。 次弾到達。合計三十六発の小型ミサイルは散弾のように拡散する飛行コースをプログラミングされていた。敵ＭＳ群の後方で爆発するように少し時間をずらせて時限信管を設定されているので、何発かは運のない敵機に命中しているはずだ。 初弾衝撃波到達。機体が下方より突き上げられた。パクの身体はシートベルトに押しつけられ、体内の血液が耐Ｇスーツの圧力に抗して足元に駆け降りる。 苦痛に耐えながら後部モニターに視線を走らせる。爆炎と閃光で戦果は分からない。とりあえず部下は無事のようだ。いずれにせよ、敵部隊から四三戦隊に秩序だった攻撃を仕掛ける時間を奪い去るのに成功したことだけは間違いがなさそうだ。そう考えたパクの身体を、次発のミサイルが起こした衝撃波がさらに痛めつけた。 宇宙世紀〇〇七九年一月一六日 五時一分五八秒 サイド５付近 「大尉、十一時方向に敵機です。戦闘機が二機」 機体のコンピュータも部下の報告を裏付けた。モニターにマーカーが示される。 さらに十時方向にも敵機が猛烈な速度でハウザーたちの左側、つまり混乱の最中にある第二四ＭＳ大隊を目指して突き進んでいた。やはり連邦軍は手を抜かなかったらしい。が、こちらを助けることは出来ない。ハウザーは自分の大隊だけでも敵戦隊を叩かなければならなかった。とりあえずその前に敵戦闘機を片付けなければならない。何秒もしない内にミサイルを撃ち込んでくるだろう。その前に叩き落とすことができればいいのだが。通信機のチャンネルが大隊系のままであることを確認して命令を下す。 「ＡＡＧを搭載する機体は弾幕を張れ」 現在十八機のＭＳで構成される第一六ＭＳ大隊の内、四機のザク�兇�右肩に対空戦闘用の機関砲を搭載している。口径は三七ミリ。ＭＳの装備する火器としては小口径で、そこそこの装甲を備えた相手にはあまり有力とはいえない武器だが、航空機相手なら充分に有効である。小口径、高初速度、高発射速度の完全な防空用兵器だ。 四機のザク�兇離僖ぅ蹈奪箸魯魯Ε供爾量仁瓩箸曚榮瓜�にトリガーボタンを押した。 レーザー測距機が敵機を捕捉、射撃管制コンピュータが未来位置を予測して三七ミリ劣化ウラン弾の発射を命じた。一分間に三千発の発射速度を誇る機関砲は、パイロットがトリガーボタンを押していた二・二秒間だけ火を噴いた。コンピュータはそれと同時に機関砲の後部に設けられた小さなスラスターを噴かして反動を打ち消した。その間にも百十発の三七ミリ弾が敵機を求めて、秒速五千メートルの速度で虚空を進む。一方、戦闘機の機体下部でも小さな閃光が煌めいた。ミサイルを発射したのだ。 スコット大尉のセイバーフィッシュに搭載されている光学センサーは、敵編隊の内二機のザクが照準用のレーザーを放ち、その機体の右肩に搭載されている機関砲のターレットが旋回を始めたという二つの情報を機載コンピュータに送り込んだ。コンピュータはその情報を脅威と判断し、ディスプレイとレシーバーを使って警告した。スコットは目と耳から伝わってきた警報を、訓練で培った条件反射に従って手と足に伝えた。セイバーフィッシュが回避運動を始める。 遅かった。双方ほぼ向かい合う位置関係であり、しかもセイバーフィッシュは発艦後ひたすら加速を続けていたため相対速度が非常に大きかったことが、スコット達から回避のための時間を奪っていた。二百発をこえる三七ミリ弾がそれぞれの機体に迫っていた。スコットの機体から放たれたミサイルは、一〇メートル程進んだ所で粉々に粉砕された。〇・三秒後、その光景をスコットの視神経が脳に伝達し、そこで何らかの評価を下す前に、三七ミリ弾が彼の肉体を機体ごと破壊した。 宇宙世紀〇〇七九年一月一六日 五時二分七秒 サイド５付近 連邦軍第四艦隊第四三戦隊 巡洋艦『エクゼター』 第二艦橋 防空戦の指揮を担当するネフの元には、次々と情報が流れ込んで来る。その大半は自動的に処理され、ネフが関知するのはごく一部に留まるが、対空戦闘に直接関わりのある情報は例外無く彼の元に届くようになっている。 対艦用核ミサイルを敵の予想外の位置で自爆させて一時的に敵ＭＳ部隊を混乱させ無力化し一気に突破するという計画は、大半の計画がそうであるように半分だけ順調にいった。予想外の戦果と、予定外の問題とが同時に発生したのだ。 「敵の半数は完全に無力化しました。不確定ながら三機前後を撃墜、十機前後を撃破したと思われます」 コンピュータを操作していた下士官の戦果報告を受けたネフは、残り半数、つまり五秒ほど前にスコット達を撃墜した敵部隊の対処に頭を悩ませていた。とはいえ実際にはほとんど全てが自動的に対処される。そうでないと秒単位で進行する対空戦闘を処理できないからだ。この時点でネフに出来るのは戦闘力の再分配など、ごく限られたものにならざるを得ない。 「ナン大尉」 ネフはボール部隊の指揮官を呼びだした。 「御用で？」 「予定を変える。君の手下を十一時方向から突破してくる敵ＭＳ部隊だけに集中させてくれ」 「十二時方向の連中は無力化されたと？」 「その通り。残り半分がミサイルをかいくぐってきた。君の方にもデータが入っているだろう」 「スコット大尉が殺られましたな。了解しました。で、そちらの方は？」 「予定通り突っ走る。今更じたばた出来ん」 「了解、と言ってる間に来ましたか。ではお互いグッドラック」 「グッドラック」 |