「スーパーロボット大戦 −The First War−」

第九話 「赤い彗星」


二〇:四九 日本地区群馬県諏訪山近辺
「サイド3の士官が何故ここに…」  赤い重モビルスーツ“ドム”のパイロットからの通信を受けた第十三独立部隊の指揮官ブライト・ ノア大尉は、とまどいを隠しきれなかった。サイド3は七つあるコロニーの中でも、もっとも地球か ら離れたコロニーであり、地球連邦からの独立を目論んでいる、という噂すらある。それはブライト も当然知っていた。だが…。 「了解しました。協力を感謝します。こちらの機体ももうすぐ補給が完了するので、それまで時間を 稼いでいただきたいのですが?」  ブライトは考えるのはやめた。彼らが何人の思惑で動いていようと戦力は戦力だ。敵を倒す以上の 事を現場の人間が考える必要はない、と割り切ったのだ。 「了解。…とは言ったものの、ただの敵とも思えん。アポリー、ロベルト! 時間稼ぎが目的だ。迂 闊に突出するなよ」  あまり実戦経験がありそうにも見えない若い士官が、あまりに簡単に協力を受諾したのに拍子抜け しながらも、シャア・アズナブル中尉は部下のアポリー、ロベルト両少尉のザクに命令を下した。 「連邦軍が弱いだけなんじゃないですか?」 「そうですよ。MSの配備も進んでいないようですし」  二人の口調には自信が満ちていたが、彼らの経歴を考えれば、それも当然と言えるだろう。最初に MSを開発したサイド3においては、MSとは国力の象徴であり、そのパイロットは軍のエリートな のだ。その中でも、彼らは兵器として完成された最初のMS“ザク”のパイロットであり、MSの第 一人者と自負していた。  それに加えて、指揮を取るのは“赤い彗星”と称されるシャア・アズナブル中尉であった。MS戦 の天才と称されるシャア中尉の指揮能力に、彼らは全く疑問を持っていなかった。 「言いたいことは分かるが、敵を甘く見るな。連邦とて無能者の集団ではない。それに、」  シャアはここで言葉を切り、ドムに九〇mmマシンガンの弾倉を取り替えさせながら、敵の状態を 確認して再び口を開いた。 「あの怪物はほとんど無傷だ。あれだけの攻撃を喰らわせたのにな。敵の戦力を軽視すると命を落と すぞ」  確かに、あの怪物は先ほどの攻撃で大きなダメージを受けたようには見受けられない。二人ともシ ャアの指摘の正しさを認めざるを得なかった。 「行くぞ、遅れるな!」 「ハッ!」 「了解!」  話を断ち切るように命令を下すと、シャア達は行動を開始した。  「しかし、あの方の言う通りだったか。さすがだな」  通信を切ったシャアはポツリと呟いた。その口振りからは、この状況を予見し、彼を派遣した“あ の方”の能力と判断への感嘆の念が込められていた。 「トーレス、Wベースを前に出しすぎるな! 各砲座、各個に援護射撃! 味方に当てるなよ!!  格納庫、作業が終了した機体から順次出撃させろ!! 剣君、そちらは大丈夫か?」  当面の危機が去ったとはいえ、ブライトに休んでいる暇はなかった。シャア達が時間を稼いでいる 間に速やかに戦力を再編し、反撃に移らなければならない。  そのブライトの最大の懸案は、現在の部隊内で最大の戦力を誇るグレート・マジンガーと剣鉄也の 安否だった。先程の戦闘で囮役を務めた鉄也とグレートは、手酷いダメージを受けていた。 「…ハァハァ、…生きてる、ぜ」  さすがにあれだけの攻撃を喰らったグレートは五体満足とは言えなかったが、大破もせず、戦闘可 能であることを考えると、その防御力は桁外れと言えるだろう。だが、より深刻なのは鉄也の状態だ った。先ほどの攻撃で肋骨を折っていたところに追い討ちをかけられたのだ。額は割れ、全身の至る 所を負傷し、出血していた。 「…今、応急手当を…してる。ハァ、ハァ…。もうしばらく‥時間をくれ…」  鉄也は苦しい息のもと、応急手当をしながら答えた。全身を怪我しているといっても、ほとんどが 打撲や打ち身であったようだ。日頃の訓練の賜物、と言えるかも知れない。苦しそうではあったが、 その声からはいまだに戦意が感じられた。 「分かった。準備が出来たら、呼んでくれ」  鉄也の答えに安心しながら、ブライトは返答した。その時、ブリッジのメインモニターは怪物と戦 うドムとザクの姿を映しており、幾つかあるサブモニターの一つには、補給が終わり、カタパルトに 接続したガンダムの姿が映しだされていた。 「アムロ、ガンダム行きまーす!」  ハイパーバズーカを両腕に持ち、背中にシールドとビームライフルを装備したガンダムが出撃した。 敵の装甲の厚さを考慮したアムロが、ガンダムに出来うる限りの重装備を施したのだ。その分機動性 が悪化するのも承知の上で。 「無茶をするなよ! アムロ」 「こっちもすぐに追いつく。それまでやられんなよ!」  武蔵とリュウがそれぞれ声をかける。武蔵と比べ、竜馬のもの言いは、ぶっきらぼうだったが、武 蔵と同じようにその声には、すぐに出撃できない苛立ちと仲間を案じる思いが含まれていた。 「遊んでないで手伝え。早く出撃したいんだったらな」  隼人はゲッターロボの補給作業を手伝いながら、冷たい声で正論を述べた。内心でどう思っている かは、その声や表情からは読みとることは出来なかったが、竜馬と武蔵には分かっていた。隼人が本 気になると氷のように冷たい声で話すようになることを。 「待っていろ」  味方と敵の両者に向かって、隼人は呟いた。先程以上に冷たい声で。 「カイ、ガンキャノン出るぞー!」  さらに、第二格納庫から弾薬補給の完了したガンキャノンが出撃した。 二一:〇六 日本地区群馬県諏訪山近辺   「なんてスピードだ…」  出撃したばかりのカイが戦況を確認したとき、思わず呟いていた。それはアムロのことでも、まし てやあの怪物のことでもない。援軍として現れた赤いMSの動きが人間離れしたスピードを有してい たからだ。それに比べればザクも、いやガンダムでさえも、その動きはスローモーションのように見 えた。  サイド3で配備が始まったばかりの重MS“ドム”は、ザクよりも一回り大きく、装甲が厚いが、 脚部に装備された熱核ジェットエンジンによるホバー走行によってザクを大幅に上回る機動性を有し ていた。さらに機体強度の上昇から、ザクの装備する二八〇mmバズーカ−通称、ザクバズーカ−よ りも大口径で破壊力の大きい三六〇mmバズーカの標準装備を可能としていた。そして、パイロット のシャアは、この機体の能力を十分に引き出していた。  真紅のドムは、マシンガンを乱射して敵の注意を引きつけながらも、敵の弱点を捜すべく、その一 挙手一投足を冷静に観察していた。 「中尉、危険です!」  思わずアポリーが叫んだ。ドムが怪物に接近しすぎ、鎌の餌食にされかけたからだ。だが、ドムは その攻撃を間三髪くらいでかわして、怪物の脇をすり抜けた。しかも、すれ違いざまに、何時の間に 抜きはなったのか、右手に持ったヒートサーベルで怪物の脇腹に斬りつけていた。 「これでも大したダメージは与えられんか…」  シャアの言う通り、怪物はまるで何もなかったように追い討ちをかけてきた。しかし、赤いドム も後ろに目がついているかのようにその攻撃を避けていた。 「凄い…」  援護するつもりで出撃したアムロもその動きに見とれてしまい、ガンダムは立ちつくしたままだっ た。だが、シャアの通信で我に返った。 「ブライト・ノア大尉、まだか? こちらもそうはもたないぞ」  そんな状態には全く見えないのだが、当の本人から通信が入った。シャアとしても誤算だった。怪 物の動きが予想以上に素早く、それをかわすために機体にかなりの負担がかかり、機体がオーバーヒ ート寸前だったのだ。  ドムは重装甲でありながら、高機動という相反する特徴を有するがゆえに、比較的継戦能力が低く、 機体の冷却に問題があった。度重なるテストにおいてある程度改善されていたが。  しかし、当初の予想以上に重力下のホバー走行は機体を加熱させていた。こうなることをシャアも 整備員も予想しないではなかったが、その中でも最悪に近い結果であった。重力下での初の戦闘とい うこともあるが、如何せん相手が悪かった。 「認めたくないものだな、自分自身の若さ故の過ちというものは…」  自分の見通しの甘さを自嘲したシャアは、ぽつりと独り言を漏らした。 「こっちはいけるぜ」  自分と機体の応急処置を終えた鉄也が、最初にシャアの問に答えた。その通信に重なるように上空 をグレート・マジンガーが通過し、シャアのドムに代わって囮になったアムロのガンダムに攻撃を仕 掛ける怪物に、ネーブルミサイルを発射した。 「俺達もいるぜ!」  その声ととも、ミサイル攻撃が加えられた。補給と整備が終わり、Wベースを急発進したゲットマ シンだった。 「やっと俺達の出番だぜ!」  武蔵がやっと出撃できた喜びを口にした。 「よし! 全員準備は良いな!?」  ブライトが声をかけた。これまで敵の一方的な攻撃に耐え忍ぶしかなかった自分たちが、今やっと 総攻撃をかけられる状態になったのだ。自ずとその声に力が入った。  グレート・マジンガー、ゲッターロボ、ガンダム、ガンキャノン、ガンタンク、ホワイトベース。 そして、予期せぬ援軍のドムとザクが二機。  これが今手元にある戦力の全てだった。しかも、各機とも万全と言える状態ではない。だが、戦う しかないのだ。 「ちょっと待ってくれよ、ブライトさん。どうやって奴を倒すつもりだよ? ちょっとやそっとの攻 撃じゃ、あの化け物は倒せないぜ」  カイが当然の疑問を口にした。実際、この形態に変化した怪物に傷をつけた者はいないのだ。 「それに関しては、私に策がある」  控えめにシャアが、カイに答えた。 「どうやるんです?」  本人にその気がなくても、嫌みっぽく聞こえるのがカイの人徳の無さというものだろう。 「茶化すな、カイ。失礼だろう。お聞かせ願えますか、シャア中尉」  ブライトは、カイのことをよく知らないシャアが気を悪くしないようにフォローしながら、必要以 上に丁寧に尋ねた。 「買いかぶってもらっては困るな、ブライト大尉。実際、策と言うほどの物ではないのだ」  シャアは、ブライトの言葉に苦笑しながらも説明をはじめた。 「奴の装甲強度は、桁違いだ。我々の攻撃もまるで受け付けなかった。だが、その身体の全てを装甲 で覆えるわけはない。私の見たところ、腰の所にある窪みが狙い目だろう。当然、目と口もだ。だが、 奴の動きは意外と早いし、改めて言うまでもなくタフだ。このままでは奴を倒す前にこちらが全滅す るだろうな。どうにかして奴の動きを止められればいいのだが…」 (MSの能力では、奴は止められまい。)  シャアは沈黙したが、幾人かには、シャアがあえて言わなかった言葉が分かった。 「俺がやる!」  シャアの沈黙の意味を分かっているのかいないのか、傲然と声を上げた者がいた。 「む、武蔵? お前、今の話ちゃんと聞いてたのか?」 「オイオイ、正気か?」  真っ先に身内の筈のゲッターチームから異論が出た。いつもなら青筋を立てて反論してくるはずの 武蔵だったが、この時ばかりは、様子が違った。 「正気だ。柔道ってのはな、力だけでするもんじゃないんだよ。それをお前らと、」  ここで言葉を切り、怪物の方を指さしながら、 「あの野郎に教えてやるよ」  いつものように大きな声ではなく、武蔵にしては小声といってもいいほどの声だった。だが、かえ って自信の大きさが分かった。 「ほう。あの格闘技のジュードーか? しかし、奴はでかいぞ。やれるのか?」 「まかせて下さいよ、シャア中尉。必ず奴の動きを止めて見せます!」  武蔵の答えを聞いたシャアは、確認するようにモニターのブライトを見た。ブライトは、黙って肯 いて見せた。 「分かった。武蔵君、と言ったな。頼む」 「了解! 俺達は、奴に接近してゲッター3に合体します。それまで援護をお願いします。で、俺達 が奴の動きを止めた後の攻撃を頼みます」 「よし。この作戦で行こう。全員、いいな?」  それぞれが力強く答えを返した。いよいよこの長い戦いも、最終局面に入ろうとしていた。 予告  赤い彗星の援護によって戦力を再編した第十三独立部隊  その持てる力全て投入して最後の戦いに望む  しかし、この戦いは、“彼”にとって始まりでしかなかった 次回「始まりの終わり」 
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