正面大型ディスプレイに、国家主席が映った。
司令長官、参謀長、副官の三人は、敬礼した。
「長官、事情は了解した。私は、君の意見を支持する」
「ありがとうございます」
「それで、無礼な闖入者をどうするのか、それを聞きたい」
「参謀長」長官は、参謀長に説明を促した。
「はっ。帰っていただきます」
「・・・どうやって?」
「無礼なお客はただでは帰りません。緑茶と和菓子でもてなして、帰ってもらいましょう」
「そううまくいくかね」
「お客が、酒飲みの辛党でなければ」
「甘党であることを望みたいが、そうもいくまい」
「参謀長」
長官が戒める口調で言った。副官は、やれやれと苦笑いを浮かべる。国家主席と参謀長は、犬猿の仲でありながら竹馬の友であるという間柄にある。
もっとも、周囲の人間に言わせれば「お互い素直でないだけ」ということになるのだが。
「申し訳ありません」参謀長は頭を下げた。真剣な顔つきになる。
「端的に申し上げれば、金で平和を買うのです」
「・・・・・・」主席は無言だ。
「ご不満であることはわかります」
「ああ、不満だ。金で平和を買うなど、唾棄すべき輩がやることではないか」
「確かに、避けてはならない戦い──そんなものないに越したことはないのですが──を金で解決しようとするのは唾棄すべき行動です。しかし、やらなくてもすむ戦いを戦わずに回避できるのなら、どのような方法をとっても恥ずべきことではない。・・・と私は考えます」
「お前は軍人より政治家に向いている」
「私は歴史に名など残したくないんだ。政治家は必ず名が残るが、平和な時代の軍人は名を残さない──戦争の時代の軍人と違ってな。私は、平和な時代を守る、名を残さない軍人でいたい」
「そういうのを責任回避というのだ」
「ははは」参謀長は力無く笑う。
主席は、咳払いを一つした。
「今は私の個人的な価値観にとらわれている時間はない。長官」主席は言った。
「はっ」
「これからの参謀長の言葉は、君の言葉と考えてよいのだな」
「はっ、一言一句もらさず」
「わかった。具体的な話を聞こう」
参謀長は、一呼吸間をおいてから、話しはじめる。
「戦争をするにしてもそうですが、交渉をするのにもっとも重要なことは、相手をよく知ることです。今回の指揮官の性格は、二通り考えることができます」
「一つは、ただのバカ」主席は言った。
「はい。敵軍たる我らの戦力はおろか、自軍の戦力すら把握していない。戦術は、無謀をとおりこしたお粗末さ。渡海のための艦艇の不足など、戦略的手腕も皆無。自殺志願者となんらかわりありません。──そして、敵指揮官がこちらの桃の場合、我らは金銭による解決を目指すべきなのです」
「何が何でも、金、というわけではないだな」
主席は安堵の表情を浮かべる。「で、もう一つは」
「恐ろしく先を読む目を持った、平和主義者です」
「なんだって?」副官が思わず声をあげる。
「こういう推論が可能です。敵の指揮官は、自分が桃であることを最大限活かそうとした。それで、あえて人間を連れず、動物のみの編成をおこなった。我らが専守防衛の、しかも人間の攻撃にのみ抗戦する軍であることを知っていたのです」
「なるほど」と、主席。
「敵指揮官は、桃、犬、猿、キジという編成で行けば絶対に攻撃されることはない、と確信している。仮に攻撃すれば、非難されるのは我ら鬼である、という脅し。これこそ彼の武器なのです」
「見えない武器・・・」と、副官。
「彼は、我らと交渉に入れることを確信しています。というより、我らが交渉に入らざるをえないことを確信しているのです」
主席は、ネクタイを気持ち締める。
「敵の指揮官がどちらの桃であろうと、我らの取るべき手段は、交渉しかないということか」
「はい」参謀長がうなずく。
「問題は、桃が何を要求してくるか、ということだが・・・」
「バカ桃なら、何も要求などしてこないでしょう。ただ、名誉や金を求めてこの島にやって来たにすぎません。こちらが身を低くして、金をやってさっさと追っ払うのがいいでしょう。金で平和が買えるのですから、安いものです。ですが、平和主義桃であった場合は違います。彼は当然、人間との和平条約締結を要求するでしょう」
「それは、我らの望むところだ。だが、人間が望んでいない。我らが人間の世界に行っただけで、敵視し威嚇してくる。交渉のできる雰囲気ではない」
「今回のことは、チャンスと考えるべきです」
長官が言った。「人間との共存という、我ら鬼の長年の希望を達成するチャンスです。決して金銭では解決できない、困難な道ではありますが」
「そのとおりだ。早速交渉の準備をしよう。・・・長官、敵の指揮官が、平和主義桃であることを願いたいものだな」
「はい」
「主席」参謀長は言った。
「なんだ」
「敵指揮官がどちらの桃であれ、桃並びに犬、猿、キジとも和平条約を締結しておくべきであると、私は考えます」
「その理由は」
「そうしておけば、今後同じような事態になったとき、条約破棄の名目で攻撃をしかけることができます」
「お前は、平和を望んでいるのではなかったのか」
皮肉をこめて、主席は言った。
「私は、当然のことながら、完全な鬼ではありません。・・・自分たちの平和を守るだけで精一杯、能力の容量オーバーだよ」
「無責任なヤツだ」
「だから、政治家なんて職業に就かなかったのさ」
「相変わらず、好きになれんヤツだ」
主席が、ディスプレイから消えた。
副官が、さっきまで主席が映っていたディスプレイと参謀長を交互に見やって言った。
「まったく、素直じゃないんだから」
照明、静かにフェードアウト。
暗転。
終わり。