トモ君の童話館



 ダイエットをした雪だるま


 その日、小学四年生のトモ君は朝からとてもワクワクしていました。
 
昨日の深夜から降り始めた雪は、トモ君の通う小学校の校庭も『白銀の世界に

変えてしまったはずだ』と思ったからです。トモ君はかけ足で学校に行きました。

 トモ君はその日の四時間目の算数の授業などは上の空でした。

 クラスのみんなも授業中なのに、しきりに教室の窓から雪の積もった校庭を見て

いました。

 『お昼休みになったら雪合戦をしよう!』
 『雪だるまをいっぱいつくろう!』

  クラスの男の子も女の子も、そのような気持でいっぱいだったと思います。

  みんなはいつもより速く給食を食べ終え、雪のいっぱい積もった校庭をめがけて

一目散に「サッー」と走り出しました。

  トモ君もみんなに負けないように校庭に出ました。

 クラスのみんなは雪合戦に夢中になっていました。
 
 でもトモ君は雪合戦には参加しませんでした。

 トモ君は、トモ君のお母さんがいつも作ってくれる『おむすび」くらいの雪の玉を

一人でゴロゴロ転がしいました。
 
雪の玉はトモ君が転がしていくたびに大きくなり、トモ君の背丈と同じくらいの雪だるまが

出来ました。 雪合戦をしていたクラスメートがトモ君のまわりに集まり、トモ君のつくった

雪だるまを見てすごく驚きました。
 
その日は放課後になっても,雪は降り続けていました。
 
  放課後、トモ君は雪だるまにバイバイを言って帰りました。
 
 次の日も、次の日も・・・・・・

 何故、トモ君がそんなに雪だるまに挨拶をしていたのかというと、トモ君は雪だるまの

声を
感じて雪だるまと会話をすることが出来たのです。
 
 初めの頃はトモ君も戸惑っていましたが、慣れてくると雪だるまと色々なお話をしました。
 
 ある日、雪だるまは「自分には名前がなくて悲しい。」とトモ君に言いました。
 
トモ君は「それじゃー、雪だるまだから『ユキちゃん』っていうのはどうだろう?」と提案しました。

 『ユキちゃんかー!』雪だるまはその名前がすごく気に入りました。
 
 そしてトモ君は雪だるまのユキちゃんに「校庭にずっといて寒いだろうから、僕のお姉さんに

許しをもらって、明日、僕のお姉さんの赤いマフラーをもってきてあげるよー」と言いました。
 
 雪だるまのユキちゃんは冬に生まれて、自分は雪だるまなのだからマフラーを欲しいとは

思わなかったのですが、黙っていました。

 トモ君は、お姉さんに許しをもらい、次の日、約束通りに、赤いマフラーをもってきて

くれました。
 
 そしてトモ君はユキちゃんの首に赤いマフラーをかけてあげました。
 
 ユキちゃんはトモ君の顔が近づいたので、マフラーの色と同じように赤くなりました。
 
ユキちゃんは、マフラーをかけてもらうと首のところがあたたかくなり、そして少し

かゆかったのですが、そのこともトモ君に黙っていました。

  トモ君が帰った後、ユキちゃんは校庭にいる自分達の仲間を見て、少し誇らしい

気持ちになりました。

 それから晴れの日が、何日も続きました。
 
 校庭の雪のほとんどが溶けて、なくなっていました。
 
 そうすると、トモ君はクラスの男の子達とクラス対抗戦の野球の試合に夢中に

なりだしました。

 ユキちゃんは野球の試合のためにあるバックネットの隅にいて、サードを守っている

トモ君を見ているだけの自分は、ものすごく淋しいと思いました。トモ君は昔みたいに

お話をあまりしてくれなくなりました。
 
 そんなある日の放課後、雪だるまのユキちゃんは、自分から聞こうとしたわけでは

なかったのですが二人の大人っぽい六年生の女の子達の立ち話を偶然に聞いてしまい

ました。
 
 「やっぱり男の子達ってスリムで髪の毛が長くてキレイな女の子が好きみたいだよね」と

一人が話し始めました。 「そうそう、それで私も今ダイエットをしているんだもん。」と

もう一人が言いました。

二人とも髪の毛が腰まであり、お人形さんのようなキレイな女の子達でした。
 
 ユキちゃんは、凄くおませな六年生の女の子達のおしゃべりを聞いていてすごく

驚きました。
 
  エッー!!!女の子ってやせていてキレイでなければ男の子達に愛されないの???
 
 最近、トモ君が自分をかまってくれなくなったのは、私の体型が『だるま』で、太っている

からなのだと強く思い込んでしまったのです。


 トモ君はユキちゃんを陽のあたらないバックネットの隅につくりましたが、ユキちゃんは、

みんなが寝静まった深夜に陽のあたる一塁側の方向に自分から動いてしまいました。
 
 悲しいかな、ユキちゃんは自分の命よりも、やせてキレイな女の子に変身したいという

気持のほうが強くなってしまったのです
 
 次の日、ユキちゃんは太陽にあたっていると確実に自分でもやせていくことが手に手を

取るようにわかりました。
 
 でもユキちゃんが喜んでいるのも、つかの間、自分の意識が朦朧(もうろう)として

きました。

 トモ君がもってきてくれた赤いマフラーは、汗とドロとで茶色く変色していたのです。
  
  ユキちゃんは(アッ!どうしよう)と思いました。トモ君から貸してもらったマフラーを

こんなに汚しちゃって・・・。
 
 きっとトモ君はお姉さんにしかられるだろうと思うと、なくなりかけた意識の中で申し訳が

ないと思いました。
 
 ユキちゃんが意識をうしないかけた時、トモ君がかけつけました。
 
 ユキちゃんはトモ君を見て「貸してくれたマフラーを汚しちゃって本当にごめんなさい。」と

言い残し、
静かに息をひきとりました。
 
 トモ君は校庭に立ちつくし、うんと泣きました。
 
トモ君はありのままのユキちゃんが好きだったのですから・・・。


 トモ君はドロだらけになったマフラーを胸にかかえてトボトボと歩いて家に帰りました。

 トモ君が帰宅すると、高校生のお姉さんも帰宅していました。

 トモ君は、お姉さんにユキちゃんとの悲しいお別れの話を聴いてもらいました。

 トモ君が全部を喋り終えると、トモ君のお姉さんはこんなお話をしてくれました。

 「命は今の世界だけのものではなく、それぞれの現世での行いで死んでしまったように

思える命も再び生まれ変わり、またその命も死を迎え、さらにそれぞれの行いで新しい

命として生まれ変わる。」

 「トモ君は、ユキちゃんの『死』を嘆き悲しむだけではなく、今度、生まれ変わった

ユキちゃんに出会った時に恥ずかしくない男の子になっていなさいね!」と諭されました。
 
 トモ君のお姉さんのお話しは、このようなものでしたが、小学四年生のトモ君にはいまひとつ

ピンときませんでした。
 
 トモ君のお姉さんは「体が温まるから。」と言ってトモ君にホット・ミルクを作ってくれました。
 
 その年はもう雪は降りませんでした。

 それから二年後の三学期の雪の降ったある日、六年四組のトモ君のクラスに転校生の

女の子が来ました。

 トモ君は小学六年生になっていて、クラスの委員長にもなっていました。
 
 トモ君は、ユキちゃんの生まれ変わりに、いつ、どこで出会っても恥ずかしくない男の子に

なろうと四年生の三学期から一生懸命に勉強をしたのです。それだけでなく、スポーツも

がんばりました。

 トモ君は六年生の春から少年野球の主将も務め上げました。
 
 転校生の女の子はトモ君の隣の席に座ることになりました。
 転校生の女の子の名前は佐々木 雪さんといいました。
 
 お昼休みの時間に、委員長のトモ君は、佐々木さんのために校内の色々な教室や施設を

歩きながら案内してあげました。

  トモ君が佐々木さんに「他にどこか観たい教室があるか?」と尋ねると、佐々木さんは

「校庭のバックネットの所に行きたいと言うのです。」

  雪もかなり積もっています。でも二人はそこに行ってみました。
 
 佐々木さんはトモ君に「優しくしてくれたお礼に!」と言って、自分のしていた赤いマフラーを

トモ君にかけました。

  トモ君は、雪の妖精のような佐々木 雪さんの白い整った顔が、自分に近づいたので、

ワクワクするようで、それでいて気恥ずかしいという、今までに感じたことが無い不思議な

気持ちになりました。

 そしてトモ君は、佐々木さんこそが、あの日のユキちゃんの生まれ変わりに違いないと思い、

そのことを声に出してみたかったのですが、どうしても声になりませんでした。
  
 全ての音をさえぎるかのように、音のない静かな校庭に、雪だけがシンシンと降って

いたからです。

                                                   終わり

                                           (トップに戻ります)