『土の中の彼女の小さな犬』(村上春樹著)


 村上春樹さんの初期の短編集を集めた『中国行きのスロウ・ボート』に収められている短編小説です。
 映像化されており、原作は『土の中の彼女の小さな犬』ですが、『森の向う側』として公開されました。
 二十数年前の事です。ちょうど私が大学生になった年です。文芸部に入ろうと、大学の合格発表を見た日から決意していた私は、当然、文芸部に入部しました。当時、文芸部員なら、村上春樹作品を読んでいるのが当たり前という空気がありました。
 私が大学に入学する前年には『ノルウェイの森』が上梓されており、大学一年生の時には『ダンス・ダンス・ダンス』が発表されているという時代でした。当然、私も村上春樹氏の作品を読むようになりました。『土の中の彼女の犬』が映画化されており、レンタル・ビデオ店で借りて鑑賞しました。凄くスタイリッシュでおしゃれで上品な映画という感想でした。私が観た数ある文芸作品を映画化したもので原作を超えたのは『ベニスに死す』、(ビョルン・アンデレセン 美しかったー!)『沙耶のいる透視図』(高木沙耶 これも美しかった)・『エーゲ海に捧ぐ』(イタリヤとギリシャが美しかった。いつかギリシャを訪れたいとギリシャ語を独学で学んでいます。)そういうわけで映像化されたものが原作を凌駕したのは私の中で三作品しかありませんでした。
 それほど、私は原作に影響されやすいのかもしれません。でもアニメの『みゆき』のTV版の (妹)みゆきの声優の荻野目洋子さんの、ひどさには、かなり辺りも、ぶーぶー文句を言っていた記憶があります。私だけでなく、原作や漫画本で読者は勝手に声質まで想像してしまうのでしょう。今回ご紹介させていただきます『土の中の彼女の小さな犬』を『森の中の向う側』より先に読みました。しかし、この映画が良かった。原作か?映画か?独断を申せば、映画の方が原作を凌駕しました。
 撮影のロケにどこのホテルを使ったか知りたいし、また、余裕があったら行ってみたい場所です。
 ストリーは、リゾート・ホテルに宿泊するも、数日間、雨に降り込められ、人気のない食堂、図書館での大人の男と女が交流?をします。心理ゲーム?彼女の経歴とか、職業とかを、男が当てていく戯れです。しかしそのゲームで男は彼女の閉ざしていて忘れかけた心理的外傷の琴線に(悪意ではないが)触れてしまうのです。とにかく映像が美しい。主人公を きたやまおさむさんが演じ、ヒロインを一色彩子さんがつとめています。北山修氏は、精神科医であり、ミュージシャンであり、作詞家であり・・・ザ・フォーク・クルセダーズを私はギリギリ知っているだけですが、マルチな人なんだなーと改めて思いました。一色彩子さんも美しいです。声も凄くよい。原作は、それほど美人といえなくないけれど・・・とされています。が彼女は美しかった。
 話は変わりますが、新潮社から、『象の消滅』と『めくらやなぎと眠る女』というニューヨーク発の短編コレクションとして
村上春樹氏の短編作品をアメリカで英語に翻訳され、掲載されたセレクションとして、日本でもオリジナルテキスト(村上春樹氏の短編小説を英訳されたものを日本訳したものではなく、一部例外的に翻訳したことに触れていますが・・
オリジナルテキストで(オリジナルというと御幣は出ますことは百も承知です)原作の村上春樹氏の短編集を二冊を入手しました。そこでオヤと思いました。
 『中国行きのスロウ・ボート』という短編集の中の作品はほとんど、『象の消滅』に掲載されていますが(掲載されなかったのは、今日、ご紹介しました『土の中の彼女の小さな犬』と『シドニーのグリーン・ストリート』だけが抜け落ちています。
 宮脇俊文著『村上春樹ワンダーランド』で、僕が選んだ「村上春樹・短編ベスト10」で『土の中の彼女の小さな犬』を4位に挙げられております。だから、なんなんだと言われそうですが、(色々な権利関係があったのかもしれませんが)『土の中の彼女の小さな犬を』アメリカの村上春樹短編集にセレクトしてほしかったという個人的なレベルで、一言申し上げたかったのです。
 
 もう、一言申させていただけるのなら、村上春樹作品を読んでいて『3行目でバシッと決める』ことに気づきました。
 『土の中の彼女の小さな犬』の書き出しでは窓の外側では雨が降っていた。とそっけないです。でも3行目で単調で無個性で我慢強い雨だった。でばしっとアマチュア作家とは技量の違いをみせつける。『ノルウェイの森』でも僕は三十七歳で、そのときボーイング747のシートに座っていた。とそっけないで出だしですが、これまた3行目で十一月の冷ややかな雨が大地を黒く染め、雨合羽を着た整備工たちや、のっぺりとした空港ビルの上に立った旗や、BMWの広告板やそんななにもかもをフランドル派の陰うつな絵の背景に見せていた。とびしっと決める。
 『めくらやなぎと眠る女』でも 目を閉じると風の匂いがした。とそっけないもの3行目で、そこにはざらりとした果皮があり、果肉のぬめりがあり、種子の粒たちがあった。と決める。職人芸だと私は思っています。
 かつて田中美代子氏は三島由紀夫氏の短編を、短編のデーモンと評しました。村上春樹氏の長編ももの凄いので短編は月前の星かもしれませんが、私は村上春樹氏も短編のデーモンだと思います。

 『土の中の彼女の小さな犬』是非、お読み下さい。


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